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天国の娘からのラブレター 前編

夫の名前はリチャード。
妻の名前はジェリー。
二人には子供が二人いました。
リンダとアリー。
この家庭に不幸が訪れてしまい、
姉のリンダが病で死んでしまいました。
まだ姉妹が幼い頃です。

妻のジェリーは我が子の死に打ちひしがれました。
病院から娘の道具を持ち帰りましたが、
娘の匂いが残る服やタオルをバッグから出せません。
夫のリチャードも深く悲しみましたが、
自分よりも落胆している妻が気がかりでした。

けれどもどう声をかけて良いかも判らず、
リチャードはジェリーの肩を何度も優しく抱きました。
アリーも幼いながらも母の暗さに気が付いていました。

リンダが病死してまだ一週間も過ぎないある日、
アリーがお母さんに言いました。

「ねぇお母さん、
 今日は何かお鍋を使った料理を作って。」

それまで娘の闘病で忙しく、
家のお鍋は久しく使われていなかったようです。

「判ったわ、何が良い?」
「何でもいいよ、いいからお鍋を使って!」

母親らしい姿を見たくなったのかしら。
判ったわ、じゃあチキンのシチューにしましょう。
そう言ってジェリーがキッチンの扉を開け、
お鍋を手に取り蓋を開けました。
すると、四つ折りになっている紙が一つ、鍋の中に。
なんだろうと思って開けてみると、
赤いペンでハート(💛)マークが大きく書いてました。

アリー、これは何?
ジェリーが娘にそう聞くよりも早く、
アリーが紙を指さしました。

「お姉ちゃんが病院に行く前に書いたのよ。
 沢山の紙にハートを書いて、
 色んな所に隠したの。
 あたしも手伝ったんだから!」

開いてみると、大きな紙でした。
メモ紙と呼ぶには大きくて、
新聞にするには小さい。
その紙に書かれた精一杯のハートがジェリーに、

「愛してるわお母さん」

と言いながら書いているリンダを想像させて、

「これ、リンダが?」
「アタシもね!」
「そう、ありがとう――」

紙を開いた手を片方口に当てさせ、
娘の前ではこれ以上泣くまいと思っていたお母さんに、
その日沢山涙を流させたのでした。

家に帰ってきたリチャードにジェリーが紙の事を言うと、

「本当かい!?
 じゃあ家の中を僕も探してくるよ!」

と息巻きましたが、
以外にもジェリーがストップをかけたのです。
ちょっと待って、そんな宝探しのようにしては駄目よ。

「どうしてさ?」
「私だって探したくなったわ。
 でも病院に行く前のリンダがしたのよ。
 そんなに沢山隠せた筈がない。
 それを一日で全部見つけてしまったら、
 もうこの家から本当にあの子がいなくなるみたい。」

もう家族の愛するリンダは確かにいません。
でも彼女が残したメッセージが家の中にあるなら、
まるで娘の欠片のようなそれらと、
ゆっくりと向き合っていきたいの。
たった一日で娘の死を受け入れる事は難しいけど、
一日一枚、もう居ないリンダからのハートに助けて貰えるなら、
この家の中にあるリンダからのラブレターを全部見つけ切る頃には、
私達家族はきっと立ち直れるわ。
それを聞いたリチャードは妻を抱きしめ、

「僕らは本当に良い娘を神様から貰ったよ。」

と言ったのでした。

それからリンダからのラブレターが色んな所で見つかります。
洗面台のミラードアの中、
靴箱の奥、
ソファーの下、
枕カバーの中からも。
ある時に見つけた枚数を数えてみると、
それは28枚にもなりました。
家族の雰囲気も大分明るくなってきました。

その頃、
近所でもリンダのラブレターの事は話題になってました。
スーパーですれ違った人達がジェリーやリチャードに、

「娘さんの事は残念だったね」

と慰めの言葉をかけると、

「ええ、でも私達の愛する娘はプレゼントを残してくれたの」
「それは何だい?」

と言った具合に、
近所の人達はこの家に残る静かなラブレターに魅せられていきました。

ある日遂に、
テレビ局から電話が家族の家にかかってきました。
近所の一人がFacebookにこの話題を書いたので、
それを見た関係者が取材をしたいと頼んできたのです。

取り上げられる枠は15分のドキュメント。
実際に見つけたリンダのラブレターを机に広げ、
彼女の闘病と元気な時の様子を交え、
思わずジェリーが涙ぐんで言葉に詰まるシーンはあったものの、
リチャードが彼女の肩を抱きながらインタビューを繋げました。

紙に書かれたのはゴッホのヒマワリではありませんが、
このテレビドキュメントは非常に話題になりました。
ピカソのゲルニカのように人々の心を揺さぶったのでしょうか。
多くの人が番組を見た感想をSNSに書きました。

「天国から家族に娘が残したラブレター」

そのドキュメント題名を記事に盛り込み、
子供が書いたバランスが取れてないハートマークが、
SNSのあちこちで話題になりました。

多くの人達が書く「娘が残したラブレター」の文字。
それを見て、家族はより一層娘の愛を実感しました。
もう、ちゃんと生きていく事は出来そうです。

娘からのラブレターが見つかって67枚目。
もうそろそろ全部を探して当ててしまったかしら。
でも、もうお母さん達大丈夫だからね。
素敵なプレゼントをありがとう、リンダ。
家族と相談したジェリーが、
少し娘の遺品を整理しようとタンスを開けた日のこと。

服を取り出していると、
引き出しの隅に、紙が一枚ありました。
まだリンダのラブレターが残っていたかしら。
でもおかしいわ、この棚は前に入れ替えたもの。
その時に中は全部見ている筈よ。
そう思いながらジェリーが紙を開いてみると、
他のと同じような大きなハートが書かれていました。

ああ、これはもしかして。
ジェリーの母親としての勘が働きます。

もう見つからなくなったら私達が悲しむからって、
アリーが新しい紙を隠しているのかしら。
そう思うと家族を思う残されたアリーの優しさに感じ入り、
お母さんはまた別の涙を流してしまいます。
ジェリーはどうするべきかと少し悩んだのですが、
いつもと同じ笑顔で家族に新しいラブレターを報告しました。

家族が平和な生活に戻っている頃、
話題はネット伝いに海を越え、
太平洋の向こう側の日本にまで届いていました。

あの日と同じように電話がかかり、
なんと海の向こうから、
天国の娘のラブレターを取材しに来たいと言うではありませんか。

ジェリーは内心複雑でした。
もうリンダからのラブレターは70近くになるけど、
これのうち何枚が本当にリンダが書いたものか判らない。
私達は枚数にはこだわらないけど、
話題にしてる私達以外はどう思うだろう。
幼い子供がこんなに沢山残してくれたからって、
それに感動してる人も多いんじゃない?
そう思って躊躇している妻にリチャードがこう言いました。

「ハッピーな話は色んな人に分け与えてあげよう。
 リンダが僕らに残してくれた幸せを独り占めは良くない。
 そう思わないか?この取材、受けようよ」
「え、ええ、そうね……」

ジェリーは日本からくる取材陣に予め言うつもりでした。
最近は、一度見た筈の場所からもラブレターが見つかっている。
これはきっと下の娘が私達の為に新しく書いてくれた物です。
だからこのラブレターのコレクションには、
私の娘たち、両方の愛が詰まってるんです。
それをどうか理解して下さい、と。

なるべく変に『炎上』しないように、
悪いドキュメントにならないように、
ジェリーは何度も頭の中でインタビューを練習しました。

そしてついに日本からの取材陣が来た時、
たまたま家にはリチャードもアリーもおらず、
ジェリーだけがいました。
取材陣も父性より母性を求めていたのか、

「ジェリーさんが話してくれるなら大丈夫です!」

とOKが出ていました。

丁寧な挨拶から始まり、
二度目の取材が始まります。
最初にリンダの事から軽く説明をし、
これまでラブレターを見つけた場所も話します。
ある時まさかねと思ってめくったカーペットの下、
そこから出てきた時は笑っちゃったわ。
そうやって少しユーモアを挟んで話し終えて、

「良かったら少し家の中を撮らせてもらって良いですか?」

と取材陣。
勿論構わないわ。
この日の為にしっかり掃除はしてあるの。
そう笑って家の中を案内して、
リンダの部屋に向かった時、

「この部屋でも色んな所で見つかったわ。
 そう、例えばこうしてタンスを開けるでしょ、
 それで――」

と一枚ジェリーが服を取り出した時、
その下から紙が現れたのです。

「あっ」

と思わずジェリーが声を上げました。
それを見た取材陣も興奮します。
ジェリーさんそれが娘さんのラブレターですか!?
ジェリーが紙を手に取り開いてみると、
そこには大きく、子供の書いたようなハートが。

「凄い!あのジェリーさん、
 もし良ければそれを一旦戻してもらえませんか?」
「え?」
「見つけたシーンというのを取りたいんです!
 さも初めて見つけた、という感じに
 さっきの様なリアクション、して下さい!」
「  ええ、OKよ」

そう言ったジェリーは開いた紙を元通り折り、
またタンスの中にしまったと言います。

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