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ようやく夏が終わろうとしている。
今年の夏も大変だった。
それもこれも高校野球のせいだ。
何回オナニーをしただろうか。

初めて高校野球で事に至ったのは小学五年の時だった。

高校野球と言う単語は既に耳から入り、頭の片隅に置かれていた小学五年。
夏に丸刈りのお兄ちゃん達がユニフォームを着込み、
カンカン照りの日差しの下であくせく動き、
それを見たお母さんが「溶けちゃわないのかね」と心配するスポーツだ。

その年の夏は珍しく暇だった。
小学五年の夏休みの事である。

小学生の夏休みなんて毎日遊んで最後に31日を惜しむものだが、
その年の夏はいつも遊ぶアキちゃんが家族旅行だかで二週間もおらず、
私はアキちゃんがいなくなった三日目で途方に暮れた。
そこで目を向けてしまったのがNHKである。

電源を点けた画面の中では球児達が一つのボールに対して必死になっていた。
白い玉一つに対して丸刈りのお兄ちゃんが二十人程も真剣になる。
どうやら男の子はそういったバランスの悪いスポーツが好きらしい。
サッカーだって一つの玉に二十人程がてんやわんやしてるし、
ラグビーだって一つだけの変な形をしたボールに大勢が群がる。
バスケだってそうでしょう。
どうして男の子は一つの物を取り合うのスポーツが好きなのだろうか。

そういう気持ちを持っていたせいか、
高校野球をじっと見つめたのは小学五年生の時が初めてだった。

テレビの中では夏の日差しがカンカン照りで、
コッペパンの表面色に焼けたおにいちゃん達が動いている。
皆が片手にバットやらグローブやらを付けて立ち、
その姿が余程面白いのか観客席の声援が画面越しに聞こえていた。

野球とは勝負事。それは私も知っている。
九回の表が終わった後、ウーというサイレンと共に坊主頭達が走りだし、
そのまま裏にいかずに試合が終わってしまった。
『雄々しい大地の』から始まる校歌が流れ出し、
画面には晴れやかに笑うお兄ちゃん達が左から右に映し出されたが、
その流し撮りが終わると、ふと撮影対象が負けたチームへと移った。

勝負事は最後が明白。
勝った人と負けた人がくっきり分かれる。
野球もそれに漏れる事無く、
負けたチームはそこでもう甲子園を去らねばならない。

画面に映ったのは陽に焼けた顔をしわくちゃにし、
細めた瞳から涙を流しているお兄ちゃん達だった。

その時の事は今でも覚えている。

私は試合後の挨拶で両チームが頭を下げる光景を待たずにトイレに行った。
駆け込んだと言って良い。
勢いよくパンツを脱いだのは本能に近い。

当時の知識で下半身に何やら人前に晒してはマズイものがある事は知っていた。
それをどうこうして大人達はエッチな事をしているらしかったが、
性教育の勉強は実技を伴わない為にイマイチふんわりしていた。
だがパンツの中が叫んだ。触れと。
まるで蚊に刺された部分に自然に手が伸びるように、
その時初めて真面目に股ぐらに手を伸ばした。
それが初めてのまともなオナニーである。

その時頭の中に駆け巡っていたのは高校野球のお兄ちゃん達だった。
別に坊主頭の男性が好みの訳では無かったし、
スポーツをしている男性がタイプな訳でも無かった。
ただ何の運命の悪戯だろうか、
試合に負けて泣いているお兄ちゃん達を見た時、
パンツの中で蛇が激しく踊った様な感覚を覚えたのは確かだ。

そう、私は人が泣いている時に性欲が破裂する性癖を抱えて生きている。
しかもこの性癖は泣いた人が苦労や努力をしている程度合いが増すもので、
その点高校野球はこれ以上ない卑猥さだった。

その日、きっと早すぎたのだろう。
私は気が付いたら壁に頭をよりかからせて身体から力が抜けていた。
誰も見ていた訳では無いが、察するに気絶していたようだった。

私の両親は割とカタイ教育方針で、
恋愛ごとの会話なども進んでしようとはしない傾向にあったためか、
私はトイレの中でした初めての自慰にとてつもない罪悪感を覚えた。
一瞬だろうが気絶もした事だし、
これはきっと私がするべき事じゃないんだ。
親の教育方針と子供が動きうる狭い世界が私をそうなじった。

幾つかの不幸が重なったと言って良い。
トイレと言う閉鎖的かつ汚い場所で、
性に関しては閉口する親が牛耳る家庭環境で、
自慰と言う行為は基本的に孤独と共に楽しむという事。

頭の中の思考は何重にも封をされたようだった。
息を整え平静を装い、
トイレから出た私は少し震える足を動かして居間に戻った。
次の試合を見る為だった。

その年は本当に忙しかった。
一度覚えた甲子園オナニーで毎日トイレに駆け込み、
しかも甲子園の試合は一日に三試合はあるので、
朝昼夕方とテレビの前から離れる暇もない。
試合が終了してはトイレに行き、
トイレから戻っては試合を見てを繰り返す。
私の頭の中は高校野球で一杯だった。

それから年を重ねるにつれて色んな知識が入り、
私は自分の性癖がまんざら悪い物ではないのでは、と思うようになった。
中学生になると『痴漢』という方々が学校周辺に出没してるという噂が流れ、
その方々は女性の身体を路上で触るなどし、
それが原因で警察に追われて終いには逮捕されてしまうらしい。
どうしてそんな事をするのだろうか、という話に友達となった時、

「そうしないと興奮しないんじゃないの」

とある一人が言った。
興奮とは。興奮とは厳密に言うとどういう事だろう。

「エッチな気分になる事でしょ」

私の思考を読んだどなたかが疑問と回答をしてくれた。
それを聞いた私は心底「可哀想に」と憐れんだ。
痴漢と呼ばれる方々をである。

高校野球を見て興奮し、トイレに駆け込んでオナニーをする、
自分でもなにかいけない事をしていると思ってはいるがやめられた事は無い。
きっと痴漢の方々も同じような事なのだろうが、
それが他人に迷惑をかけて警察の御厄介になると、
なんというか気の毒になると同時に「自分がそうじゃなくて良かった」と思う。

更に知る所によれば世の中には露出狂という方々もいるらしく、
その方々も公然猥褻罪だか何だかで逮捕されてしまうらしい。
どうしてそんな事をするのかと考えれば、
やはり『それ』が興奮する行為だからなのだろう。
歴史を遡れば有名なクラシックの音楽家にもこの性癖の方がいらっしゃったらしく、
何かの偉業を成し遂げられるほどの人物が変な癖を持たない訳では無いらしい。

どうやら身長と同じようなものらしい。
世の中には背の高い人もいれば低い人もいる。
食生活で大きくその度合いは変わると言われてもいるが、
遺伝的な要因も大きいと言われていて、
私はぶっちゃけ、背が高いも低いもその人の運だと思う訳だ。

性癖も同じのように思えた。
痴漢したがる人、露出したがる人、高校野球を見て興奮する人。
それぞれが心の中に秘める性格だろうが、
それがどのようなものであれ、個々人にはどうしようもないのだろう。

しかし、おいそれと口にはださない。
痴漢する人を「しょうがないと思う」なんて言ったら、
お前は犯罪者の片棒を担ぐのかと罵倒をされて袋叩きにされるのがオチだ。
ただ、私は痴漢や露出をする人達を「罰せない」だけ。

判っているんだ。
例えばどこかの高校野球をやっている男子がいて、
その子が甲子園に出るも負けてしまい球場で他校の校歌を聞きながら涙し、
それに大興奮した私がオナニーをした後に駆け寄り、

「君の泣き顔最高だった、おかげでオナニーが捗ったよ」

等と言ったら、どうなるだろうか。
きっと友達になれる事は無いだろう。
恐らく「なんだこの女は」という目で見られ、
その上頭がおかしいと蔑まれ、敗北の八つ当たりに殴られてもおかしくない。

とどのつまり、
私の性癖も人に知られたら不快を呼ぶものなのだ。
痴漢をする人や露出狂の人達とその度合いが違うだけで、
私も性癖も決して世間様に顔向けできるものではなく、
故に、痴漢の人達を悪く言う事なんて出来る筈も無い。

罪人が罪人を裁くなんて愚かな事だと思いませんか。

小学五年のあの夏以来、
私は夏が来る度に高校野球を見てはトイレに籠った。
中学、高校になり、夏が来るたびに罪悪感が募ったが、
同時に押し寄せる期待で胸がいっぱいに。
試合が終わり球児達が泣く度に私はオナニーをする毎日だった。

そんな私でも大学には行く事ができ、
そこで三年目の夏を迎える。
正直就職の事を考えると頭が重いばかりだが、
サークルで行く合宿の楽しさでそんな事は一瞬麻痺だ。

しかしこの合宿にも不幸がある。
なんと高校野球の日程と数日被っているのだ。
私は泣く泣く録画の予約をして合宿の支度をした。

合宿と言っても遊びとお酒を飲みに行くようなもので、
女だけのテニスサークルで誰に気兼ねをするでも無し、
誰もが羽目を外してやらかすのが火を見るよりも明らか、
故にちゃんと各々が責任をもって行動する事。
そのように主将から御達しを形式的に受けたあと、
それぞれが水着に着替えて人気の少ない海へと飛び込んでいった。

だが一人だけ、
海に入りはしてるがどうにも様子がおかしいのが一人いる。
腰から上が水面から出ていて、
身体の高さから水の中で胡坐をかいているようだ。
他の皆が少し離れた所できゃっきゃと騒いでいる中、
彼女一人だけがじっと沖の波を眺めていた。

皆は楽しむ事に必死なのか誰も彼女に声をかけないので、
逆に興味が沸いて彼女の傍までジャブジャブと歩き、
お隣失礼して良いかなと声をかけて同じように胡坐を降ろした。
お尻が水中の砂に当たり、少し気持ち悪い感触がした。

「波の数でも数えてんの?」
「や、ただボーっとしてただけです。」
「そ」

一年生の子だった。
秋田からきたという子で少し猫背ぎみ、
餡子が嫌いなので大半の饅頭が食べれないという、
そこまでの情報は入っていた。なので、

「餡子でも食べちゃったの?」

と尋ねると、

「あんこ?」

と返って来た。どうやら餡子は食べてないらしい。

「いや、なんか後ろ姿が元気なさそうだったから。
 大丈夫、体冷やした?」
「いえ、体は元気なんですけど……」
「心が元気じゃないってか。」
「そうですね」
「頑張ったね、よく合宿来たね」
「気分転換になると思って、それに楽しみにしてたんで」

だがどうみても楽しそうには見えない。
水中に胡坐をかいて波が絶え間なく押し寄せる沖をじっと眺める。
まるで悟りを開く修行僧のようではないか。
私達は大学生と言う日本で一番気楽な時間を、
しかも夏休みと言うハイグレード期間に海まで遊びに来たんだよ。
主将は「あくまで合宿だから!」と怒りそうだが。

「先輩、彼氏いるんですか」
「え、アタシ?いやぁ、相手に恵まれないもので今まで一度も」
「えっ、今まで一度も?」
「そうなんだよねぇ」
「……女の方が好きとかですか」
「いや、恋する心はあくまで男性の方にしか沸かない」
「あ、そうですか」
「うん」

ピンときた。
人間の言葉のやりとりは時に山彦の様だと伝え聞く。
訪ねられた質問は実はその人が聞いて欲しかったりする事だったりするのよ。
お母さんがそう中学生の時に教えてくれた記憶がよみがえる。

「横田さんだっけ、ごめん、名前合ってる?
 私人の名前覚えるのが下手でさぁ」
「合ってます、横田です。」
「横田さんは彼氏いるの」
「実はついこの前別れちゃって……」
「あらぁ……どうしちゃったの。
 振ったの?振られちゃったの?
 あっ、これ聞いても大丈夫?アタシなんかが」
「大丈夫です大丈夫です。
 まぁ振られちゃいまして。」
「そっかぁ……。
 今さ、横田さんの横に居るのは恋愛経験ゼロのダメ先輩ですけど」
「ええ、駄目じゃないです全然」
「まぁまぁ、で、アタシで良ければちょっと話を聞かせてくれませんか」

チラと他の皆の様子を伺うとやたら元気に遊んでいる。
恐らくこちらに注意を払う事も無いだろう。
人間とは楽しんでいる時にわざわざ厄介な物に触れたがらない生き物である。
私と一年の後輩二人で座って沖を眺める姿に何かを悟ってくれるだろう。

「先輩って口固いですか」
「触ってみる?」
「え?」
「ほら、ぐにー」

と下唇を後輩の方向へ引っ張ってみせるとツンツンと頬を指でつつき返された。

「柔らかいです」
「そこはホッペ」
「はは」
「うん……まぁ、人が触れ回られて困る事は喋らんよ。
 サークルの新入生を減らしたくも無いしね」
「……あの」
「うん」

空気に片栗粉でも混ぜられたのか、
私達二人の周りが少し硬くなったような。

「性癖ってあるじゃないですか」
「えっ」
「えっ」
「ああ、ごめん、うんあるね。ごめん続けて。」
「すいませんこういう話って」
「いやちょっとビックリしただけだから、続けていいよ」
「……」

横田も少し戸惑ったのか、10秒ほど波の音だけが聞こえた。

「あたし」
「うん」
「性癖と言うか、その」
「うん、大丈夫、引かないから」
「……おしりが」
「おしりが」
「お尻の穴が、その、好きで」
「うん。うん?うん。
 それは誰の?彼氏さんの?自分の?」
「あ、自分の」
「なるほど、悪い事じゃない」
「あはは……で、まぁ彼氏とやってて、なんか、こう」
「うん、触って欲しかったんだね」
「そうなんですよぉ……で、」
「言ったんだね」
「そうなんですよぉ……触って欲しいって。
 そしたらぁ、」
「そしたら?」
「えっ、そこケツの穴じゃんって言われて」
「まぁ、間違った事は言ってないね」
「そんな汚い所は別に触りたくないって言われて」
「あら」
「そんで自分で触ったりしてんの?って聞かれたから、」
「そうだ、って答えた?」
「はい……そしたらその日からスンゴイ態度変わって」
「あー……」
「ケツの穴に入れた指だと思うとちょっと手も握れないって」
「んー……」
「振られちゃいましたね……」
「んんー……」
「……すいません、こんな話聞かせちゃって」
「いや全然、別に別に……。
 でもねー、巡り合わせが悪かったのかなぁ…。
 だってほら、お尻の穴が大好きな男の人だって世の中にはいるらしいじゃん」
「らしいですね。出会った事はありませんが」
「今回はね、たまたまね、そういう人じゃなかったってだけで。
 もしお尻の穴が好きな人だったら、ええ、マジか!俺も好きって、
 そうやって更に仲良く楽しめる訳じゃない」
「だと良かったんですけどね」
「今回は御縁が無かったという事で……」
「先輩……」
「ん?」
「お尻の穴ってそんなに悪いモノですかね……」
「そうでもないんじゃない?アタシにだってあるよ」
「え?」
「彼氏にだってついてる筈じゃん。
 お前どこからウンコ出してんだって話でしょ」
「ははっ……ふっ…そうですね……」
「お尻の穴なんて皆持ってんだからねぇ、
 悪いんならこの世の全員悪いモノ持ってる事になるよ」
「まぁ……はい。」
「でもいいんじゃない。」
「何がですか?」
「お尻の穴で気持ち良くなっても」
「……直球で言われると恥ずかしいですね、自分の事でも」
「アタシの話ちょっと聞く?」
「なんですか?」
「アタシ高校野球見てオナニーすんの」
「―――   は?」
「うん」
「  え、すいませんもう一回言って貰って良いですか?」
「高校野球見て興奮すんの、それでオナニーしちゃうのね」

横田の口元が笑った。ふへっと声が聞こえた。

「それ、どうやるんですか?
 野球部員が運動してるの見て興奮するんですか?」
「いやえーとあのね、
 負けたチームの人達って結構泣くじゃん。」
「そうですね」
「それ見たらムラムラくんの」
「………え?」
「訳わかんない?」
「……レベル高いっすね」
「人が泣いてる姿で性欲が爆発すんのね」
「爆発しますか」
「爆発するね。
 でもってねぇ、その人が凄い努力とかしてて、
 それが報われない時に流す涙が本当にたまんないのね」
「はぁー…それで高校野球」
「そうなの。もう本当夏は忙しくてさ。
 高校野球って一日に三試合はあるのね。
 それで毎回終盤になると負けそうなチームのベンチでさ、
 まだまだーとか、これからーとか、きっと叫んでんの。
 でも負けちゃうとそんな子達が泣きながら走ってさー。
 まぁ中には満面の笑みで終わる時もあるんだけど、
 大抵はチームで一人や二人は泣いてんのね。
 そういう子達は本当に頑張って来たんだろうなぁって、
 そう思うとオナニーしながら泣いちゃって」
「えっ泣くんですか」
「うん、この子はどんなに悔しかったんだろうって思いながらね、
 そうすると自然に涙が出てきちゃってね、
 そうなったのも中学の終わりからなんだけど」
「いつからしてたんですかそれ」
「小学五年かな」
「うわ結構……はぁ…世の中って広いですね」
「そうでしょ」
「なんかすいません、私がお尻の穴なんかで悩んでて」
「ええええ何言ってるの、悩みはそれぞれで重さが違うから」
「いやでも……え、それって」
「はい、何でも聞いて良いよ」
「……それって普通の人に性欲沸いたりするんですか」
「それがねぇ。カラッカラ」
「わぁ……」
「なんか本当限定的でね、
 がんばった人が、泣かないと、こないの」
「きませんか」
「うんともすんとも」
「ええー……でもそれってあの、
 誰かを好きになったりとかは。」
「する。」
「おっ」
「その人がね、何かを頑張ってて、
 それを失敗したりして泣いたりすると最高なのになぁー、
 とか思ってさ毎回」
「はぁー」
「そんなだから、彼氏できた事無いんだね、私きっと」
「……失礼なこと聞くかも知れませんけど」
「いいよ、お尻の穴を教えてくれたお返しに。」
「それって、どうにもならないもんなんですか」
「どうにか出来てたら今頃もうちょっとマシな恋愛してたかな」
「なんかすいません……」
「何で謝るのー」
「いえなんか…すいません」

でも性欲と恋愛は別だから。
そう言う事によって横田の謝る言葉を遮った。
しかし本当に性欲と恋愛は別なのだろうか。
他の人にとっては別でも、私に関しては別ではないのではなかろうか。
だって私は高校野球でオナニーをする女。
同じ事を言う誰かには今までお目にかかった事が無い。

横田の気が少しでも晴れたのか、
水中でかいていた胡坐を崩してバシャリと立ち上がった。
他の皆と楽しむ心の余裕が少しでも生まれたようだ。
先輩のお陰です、と言ってくれて、少し照れ臭かった。
しかし、

「でも先輩、それ多分他の人には言わない方が良いですね」

と付け加えてくれた。
大丈夫、判ってる。そう笑って返事をした。

いよいよ日が高くなり、
もうお昼にしようとよ誰かが言い出した。
水着の仲間達がそうしようと浜辺に引き上げる中、
私は一人頭の中で録画の事を思ってた。

もうそろそろ第一試合が終わった頃合いだ。
今回はどこの高校の球児が涙を流したのだろうか。
ああ、家に帰ったら日毎夜に録画を一日分ずつ消化せねば。
早送りなんて出来る訳がない、
試合全部を堪能する事で最後の涙に深みが出るのだ。

日中三試合、夜に三試合。
きっと大変になるに違いない。
そう考えるだけで疼く私が一体誰と恋愛出来ると言うのだろうか。

それでも甲子園を見るのが止められない。

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。