新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

爆発と言うとニトログリセリンを思い出すのですが、
ニトロと言えばニトロ基、
二酸化窒素のNO2が化合した化学物質は割と危ない。
ネット友達の『強熱残分』さんがそう教えてくれました。

きっと生涯使わない知識だろうと頭に浮かべつつ、
「教えてくれて有難う」と言える位には礼儀を弁えているので、
私は自分の世渡りの上手さに一人悦に入ったのですが、
そう言えばと思い、

「自爆の能力を備える我が家系は、
 体内のニトロうんちゃら濃度が高いのでしょうか」

等と母に伺いましたところ、

「バカ言わずにさっさと朝ごはん食べてよ、
 片付かないんだから」

と叱られた次第にて御座います。

前述の通り、
我が家の直系の人間は自爆が出来る訳でありまして、
そりゃあもう見事にドカン、と身体が爆発するらしいのであります。

高校でカ行変格活用を学ぶよりももっと前、
中学一年の春に父から、「お前は自爆が出来るんだ」と教えられ、
「どうやったら自爆できるの」と返したらば、
「お父さんには判らない」と言いやがりまして。

知らないにしろ、
こう言う繊細な事柄は家長が責任持って言うべきなんだと言う父に、

「判らないなら言わないで」

と言ったら、

「すいません」

と謝られたのも今となっては懐かしい思い出です。

『自爆』直系の親族はまず私の母である陽子を筆頭に、
続いて母方のおじいちゃんの正実(まさみ)、
更にその系列のひい婆ちゃんのトキさん、は、もう他界してる。
あとは母の弟の光彦おじさんと、
その娘、従妹のさおり姉ちゃん。
多分他にも自爆の血筋は居るんだろうけど、

「三親等より離れた親族なんていちいち把握してられない」

と母は言うのです。
これが現代の孤独ってやつなんだろうか。

さおり姉ちゃんとは自爆の話をした事がある。
私が姉ちゃんに「私達って自爆できるらしいよ」というと、

「あまり意識しない方が良いよ。
 何かの拍子でやっちゃったら大変だから。」

と、私の手を軽く握ってくれた。

そんな私も大学生になり、
世の理不尽があれやこれやと降りかかってくる。

ある日私が脳味噌の血管をドクドク鳴らしながら家に帰って、
開口一番母に相談を持ち掛けた。

「――てな理由で自爆しようと思うんだけど、どう思う!?」
「それって相手を巻き込んで自爆するって事でしょ」
「そーだよ!」

大学の先輩にほとほと嫌な奴が居り、
その日は私の堪忍袋の緒が切れた。
交通事故で親友が死んだから実家に帰るという私の友人に向かって、

「お土産よろしく!」

と言いやがって、
本当にコイツ、このまま生かしておくかよ、
アタシが諸共ぶっ殺してやる!と頭に血昇り、
その場で抱き着いて自爆しようとも思ったのだが、
とは言えお父様とお母様から頂いた身体である。
やはりちょっと断りを入れておこうとこのような運びになった。

「まぁ詰まらない人間はどこにもいるものよ」
「でも酷くない!?
 親友の葬式でお土産頼むってどういう脳味噌してんの!?
 これ以上誰かを不快にするまえにアタシが殺さなきゃ!!」
「とっときなさい」
「とっとく!?」
「大学出て会社に入ったらその二倍、三倍はムカつくことあるから。
 別に今その人の為にアンタが自爆する事無いわ。
 だからとっときなさい。」
「でもおかーさん、アイツマジ!本当マジ!」
「ちゃんと述語と形容詞を言いなさい。マジ、なんなの」
「マジ許せない、殺す!!!!!!!」

母君はちょっと目が御悪い。
かけていた眼鏡を片手で外して、
レンズをふきふき、アタシから視線を逸らした。

「あのね、お母さんも年に一回は自爆したい時があるわ」
「アタシは今がそれなの!!!」
「でも、結局自爆しないの。何故だか判る?」
「大人だから、とか言わないでよ!?」
「アンタが居るからよ」

思えば、母は。

「自爆したらアンタのご飯は誰が作るの。
 まぁ、料理位はアンタでも出来るでしょうけど、
 家の家計簿は誰がつけるの。
 誰がアンタの朝寝坊を起こすの。
 誰がアンタの愚痴聞くの。
 誰がアンタの誕生日にチーズケーキ焼いてくれるの。
 アンタ、今まで生きててアタシのチーズケーキより美味いの、
 食べた事あるの?」
「いや、無いけど」
「それに自爆したらアンタと映画館にも行けないでしょ。
 俊彦(父)さんともキスできないでしょ。
 アンタが居るからよ、アンタ達がいるから、自爆できないでしょ。」
「――でもおかーさん、それって」
「ん?」
「結婚する前は」
「……って言う事をね、
 アタシもお父さんに……おじいちゃんに言われてきたの。
 だから今度はアタシがアンタに言う番。
 不思議に思った事は無かった?
 自爆できるうちの家系が、どうして今まで残ってきたかって。
 こうしてんのよ。」

思えば、母は。
私と喧嘩した時、
一回でも、
アンタなんか自爆したらいい、とか、
もう自爆してやる、とか、
言った事が無い。

「そんな口が悪い先輩、近寄らないようにしなさい。
 そんな馬鹿な人が社会に出て生き残れる訳ないんだから。
 勝手に死ぬから放っておきなさい、
 アンタが自爆して殺すまでも無いわ。
 アンタは来年の誕生日もアタシのチーズケーキ食べてりゃ良いの。」
「――来年は」
「ん?」
「アタシにもチーズケーキ、作り方教えて。」
「へぇ、どうした?」
「アタシの子供にも、同じ事言いたい……」
「……その前に彼氏の二人や三人、家に連れてきなさいよ」
「そこは一人や二人じゃないの。なんで複数が前提なの。」
「アタシだってアンタの彼氏見てきゃーのきゃーの言いたいのよ。
 早く連れてきなさい、今いるの?彼氏」
「あーもーうるさい、今作ってる!20%くらい!」
「20%って、あんたどういう事よ。
 人形作ってる訳じゃないんだからさ」

我が家の直系は自爆の血筋。
その殆どは自爆せぬまま死に至る。
恐らく自爆しようとしても走馬燈が邪魔をするのだろう。
頭に巡った家族の顔が、
自爆の引き金から指を抜かせるのだろう。

「ところでおかーさん、自爆ってどうやるの?そろそろ教えてよ」
「今日のアンタを見てたら、まだまだダメだわ」
「そんな事言って、本当は出来ないんじゃないの?」
「お?言ったね?試してみる?」
「もちろんさ」
「オイやめろやめろやめろやめろ」

そう言って止めてきた会社帰りの父の顔が面白くて、
今日も私は大笑い、
母と一緒に、大笑い。

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