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それは唇に聞いて

父は魔法具発明家である。

発明家とはおかしなもので、
いや、こう書いてしまうと語弊がある。
あたかもこの世の発明家は皆おかしいと言うようなものだ。
所詮私は発明家と名乗る人間は父しか知らないし、
父の振る舞いがこの世の発明家としての全てなのだ。

とどのつまり、
うちの父はちょっとおかしい。

父も母も子供の私に仕事の内容を詳しく話した事は無い。
ただ、母はイベントデザイナーなので、
母が手掛けた現場に父と一緒に遊びに行った事はある。
目に鮮やかな開会セレモニー、
煌びやかな展示品、
それらを見て「これがお母さんの仕事だよ」という父に、
「お母さん凄いね!」と私は叫ぶように言ったのを覚えている。

だが父だ。
父は魔法具発明家で、
開発した技術がどこそこのエンジンやら、
なんちゃらの発電所の通電かんちゃらに、
早い話が難しくて良く判らない場所に使われているらしいが、
残念ながらおいそれと見に行けないので尚更判らない。
結局、家の中にある父の「発明品」しか目に入らない訳だが、
家の中の発明品はどれもこれもポンコツしかない。

取り分け私には価値が判らないのが口紅だ。
ただの口紅ではない。
自分で決めた事をやり終えるまで落ちない口紅だ。

何故口紅にそんな機能を?
私もそう思った。
子供の私でもそう思うと言う事は、
これを売り込まれた会社の方々も思った事だろう。
事実、魔導テレビで流れるCMでもそんなのは見た事が無い。

だが母がずっと父の口紅を使い続けている。

その事に気が付いたのはある朝の事。
あっ、アレ出来たよ。
そんな言葉で母を呼び止めた父が何を渡すかと思えば、
それは一つの短い筒だった。

ありがとう、
そう言って受け取った母がポンと筒を鳴らし、
底をクルリと回してニョキ、と口紅が顔を出したので、
その時に初めて知ったのだ、
母は父が渡した口紅を使っていると。

それなぁに、と聞くと、
何って、口紅よ。と母。
いや違うよ、どうして父さんが母さんに渡したの?
と聞くとさも「知らなかったのか」という顔で父が、

「母さんがいつも付けてるのは俺が作った口紅だぞ」

と言って。
そんな言われ方をすると、
まるで私だけが家族の秘密に気付かない間抜けみたい。
三人家族で一人仲間外れにされたようで、
その日は朝食のパンをバリバリと食い散らかした。

疑問の矛先は母に向く。
ねぇ母さん、なんでそんな口紅使ってるの。

「あら、そんなに不思議な事でもないわよ。
 父さんに頼めば私好みに色を調整してくれるし、
 ちょっと違うなって思ったら直接作り主に言えるのよ。
 それに注文してからの返事が早いし。
 なんでか判る?
 あの人が私を愛しているからよ。」

よくもまぁ、そんな。
聞いてるだけで耳から砂糖が沸きだしそうな惚気を。
確かにこちらは貴方達の愛の結晶で生まれた子供だけれど、
だからと言って惚気を受けきれる訳でもない。
例えそれが実の親であってもだ。

「あっそう……」

これ以上の惚気を送られてはたまらん、
話を打ち切ってその場を去ろうとしたのだが、
いやいや、肝心の話まで至ってない。
その口紅にとっては無駄な機能、一体何なのさ。
なんで口紅に「決めた事をやり終える」、なんて、
そんなミスマッチな機能がついてるの。
なんでお母さんがそんなの使ってるの。

「一番面白いからよ」

母の答えはそういったものだった。
何が面白いの?
子供だから親には遠慮しない、グイグイいく。
すると母が勿体ぶったように腕を組み、

「ついにあなたにもこの話をする時が来たようね」

と変な笑みを浮かべるではないか。
実は私が養子だったとか、そんな事を話されるのだろうか。

んなわきゃない。
鼻の形は父譲り、目の開きは母譲り。
二人の血が混ざればそりゃこんな顔の子供も生まれるわ。
なんて事を言われ続けた私が養子な訳がない。

「で、早く続きを聞かせてよ。」
「いつからそんなせっかちになったのかしら、この子は。
 あれはまだアンタが生まれる前の事よ。
 あー違う、そもそも私達がまだ結婚してなかった時ね。
 今でこそ違うけど、あの人ってとっても心配性でね。
 会う度に私に言うの、ねぇ、本当に僕の事が好き?って。」
「うわ、めんどくせえ。」
「そこが可愛いのよ。
 私はいつもハイハイ愛してるって言ってたけれど、
 ある日こんな事を思いついたのよ。
 そんなに心配ならば、目に見える形で私の愛を確かめたら?って。」
「え、それが口紅なの?」
「んもう、本当にせっかちね。
 それであの人にこの口紅を作らせたのよ。
 それでどうするか判る?
 いつもデートの後に、ちょっと口紅を拭きとるの。」
「へぇ?」
「自分で決めた事をやり終えると落ちる口紅なのよ。
 意味、分かる?」
「わかんない」
「このデートの最中、
 ずっとあの人の事を好きでいるって決めて、
 それでデートの終わりに拭き取れたら、
 その事は真実だって。
 しかもね、いつもお父さんが神妙な顔して、
 私の口紅にそっとハンカチを当てるの。
 その時のお母さんの気持ちわかる?
 ああ、もし口紅が落ちなかったらこの人、
 どんな顔するんだろう!って!」
「悪魔かよ」
「でも毎度落ちるの。
 ここ、下唇の、左端の方。
 そこの口紅が落ちたのを見て、
 いつも子供みたいな顔して喜んで。
 ね、可愛いでしょ。」
「でもそれ、どうやって証明するの?」
「ん?」
「だって何を自分で決めるかって」
「あーあー、はいはい。
 それはね、口紅のカートリッジに予め制約文字を書くのよ。
 デートの最中お父さんの事を好きでいるって。
 あ、でも今使ってるのは違うわよ。」
「え?」
「今日も一日、お父さんの事を愛す。
 そう書いてあるわ。」
「……要するに、それ、
 カートリッジをいちいち変えないと、
 他の制約は自分にかけれないってこと?」
「そうね」
「なるほど、企業じゃ売れない訳だ」
「ね、面白い発明品でしょ」
「なんでよ」
「だってこれ、あの人が私の為だけに作ったのよ。」

他にも凄い物作れるのに、
私の愛を知る為だけにこんな物作るなんて、
もう愛おしくてたまらないじゃない。
この発明品はお母さん専用なのよ。

それを聞いた子供はもう両耳から砂糖が流れ出しそうだ。

「……一回嘘ついてみたら?」
「どんな?」
「口紅が取れなくなったって」
「ああ、それはもういいわ。」
「やったの?」
「あの人、血相変えてティッシュで私の口、
 ぐいぐいやるんだもの。歯が折れるかと思ったわよ。」
「取れたの?」
「当たり前じゃない!
 その時のお父さんの顔が本当にね」
「あ、もういい。それ以上は聞かなくていい。」

うちの両親は仲が良い。
かかあ天下で夫婦円満。
それが知れただけで、

子供としてはもう結構で御座います。


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お久しぶりです、けんいちろうです。
この一か月間程、動画を作りながら色んな事を考えてました。
一体自分は何でオハナシを書いているんだろうと、
ずっとグルグル考えていたんですが、
結局、物語を作る事が好きだから書いてるんだと、
そんな基本原則のような所に戻ってきました。
まだ色々と新たに手掛ける事もある中、
なかなか更新の頻度は上がらないとは思いますが、
今後の活動も応援して頂けると有難いです。
何卒宜しくお願い致します。

涙鶴けんいちろう

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