新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

死後、
天国よりも異世界に行くのが最近の流行りらしい。
どうやら俺もその流行りに乗れたようだった。

「召喚成功だ!」

ギャルゲーでは可愛い女の子の高い声、
しかし今聞こえるのは男性の低い声。
ちょっと初老の掠れたテイスト。

それが異世界で初めて聞かせて頂いた声となり、
目の前の何か青黒いローブの方々の風貌はなんていうか、
その、魔法使いっつーんすか。
それで「召喚」なんてワードを聞かされ、

あ、これ異世界召喚だ。

と思考回路が行きついた訳ですが、

うーん、

でも世に出回る異世界召喚って死後が多いらしく、
どうにも死んだ時の記憶が今の自分には無いんです。
肝心な所が、あれ?って。
どうしたんかな。

「勇者様!」
「勇者様!が降臨なさった!」

でも目の前の人達がそんな事を言いつつ次々と跪くもんで、
ああこれってやっぱり異世界召喚だよねって、
自分の中で理解が目一杯押し切られちゃいました。

「勇者様、ちなみにどちらからいらっしゃいましたか?」
「え?」
「お国の名前など……お聞かせ頂いても」
「に、日本です」
「ニホン……ジャポネーゼだ!」
「おお!ジャポネーゼ!」
「ジャポネーゼ万歳!」

ジャポネーゼは多分『日本人』って意味になっちゃうけど。
国の名前じゃないと思うけど。

あ、でも日本から来た日本人って判ってるって事かな。
いやでもジャポネーゼも国の土地の名前とか誤解してたり、
今後のやりとりの上でも聞いた方が良いのかと思うけど、
でも両手を掲げて喜ぶ方々を目の当たりに、
日本か日本人かのニュアンスを修正する気まずさが勝り、

「ええ、まぁ」

なんて社会人生活で培った作り笑いを披露するに至る。

「勇者様、ではこれを」
「え?これは」
「伝説の剣でございます」

”国に災い降りかかる時
 ニホンの国から勇者が呼びこまれる
 彼の者 かつて魔王を打ち滅ぼした聖剣を抜き
 これをもって災いを打ち滅ぼし
 かつての平和を取り戻すであろう”

「かような伝説に残る通りに貴方様はニホンから降臨し、
 この聖剣を抜く事で」
「ごめん待って待って待って、
 説明の途中で申し訳ないんだけど、
 俺さ、剣道もやった事無いのよ……」
「おお、ケンドーでございますか」
「剣道が判るの?」
「過去の勇者様がケンドーを体得していたと言います、
 しかし大丈夫、準備万端!
 この剣を抜けば過去の勇者様の技の数々が身に沁み込み、
 剣の使い方を知らずとも身体が自然と動き出すらしいのです」
「へー」

確かにそういう御都合展開みたいなのが多いよな、異世界物って。
そんで知らん間に都合の良い能力がある事が判って、
行った先の美人に都合よく惚れられて三角関係とか、

いや、三角関係はいかん。
総務課の橋場が井口さんと森田さんに言い寄られて困ってたし、
ああ、もう会社の事とかどうでも良いわ。
だって俺、もう異世界転生したんだから。

「ではでは勇者様!
 いざ!その剣を抜いて真の勇者の力を!」
「おっ、そう?
 では御声援に応えまして よっ」
『お?またか』
「え?」
「は?」

子供の頃のことだ。
親父が俺を本気で怒った。

高い崖から飛び降りて足をくじいた時の事で、
あの頃は男子の中で高い所から飛び降りたらカッコいいという競争があり、
それに負けたくない一心で飛び降りたんだけど、
結局得られたものは捻挫と親父のカミナリだった。

あの時は背中に岩でも背負ってるのかと思う程身動き取れず、
怒っている親父の目を見る事すら怖くて出来なかった。
親父の怒っている声だけが耳に入って来て、
背筋に氷水でもぶっ掛けられたかのような鋭さが走っていたが、

剣を抜こうとした刹那、
あの時と同じような悪寒が背中に走った。

「どうしたので  」

言いかけた言葉が凍って止まる、
目の前の男が微塵も動かず。

『おい、二分しか時間は止められねぇ、よく聞け』

目の前の男、周りの他の人達だけではない、
自分も例に漏れず、
指さしの関節ひとつ曲げようにも曲がらない。

「  あ?え?」
『俺はお前が抜こうとした剣だ。
 抜くなよ、抜いたらそこまでだ。』

怒鳴り声ではない。
命令する口調でもない。
森園部長の声に似ている。
もう退職寸前の部長の、老人が諭す様な、あの雰囲気。

『剣を抜けば勇者の血がお前の体に巡る。
 そうすればお前の身体に神性が宿っちまって、
 連中はその血を残さず飲む。』
「えっ、え?、血を飲む?」
『そうだ、飲む。だから』
「なんで飲むの、
 えっ、国に災いがなんちゃらは?」
『ここ数百年この世は平和だ。良いかよく聞け。
 まだ床の魔法陣に効力が残ってる。
 目の前のジジイが動き出したらお前も動ける、
 そしたら頭を思いっきり床にぶつけろ。
 正面からだ、それでお前の世界に戻れる』
「ちょちょちょ」
『なんだよ、もう一回言わなきゃ判らんか?』
「いや、え?俺は勇者?」
『聖剣である俺を抜いたらな』
「 その、勇者になった俺の血を、なんで飲むの?」
『勇者の血を飲むと寿命が延びるって連中が信じてる。
 初代勇者は晴れて『平和の使者』になった後に暗殺された。
 世間では事故死とか言われてるみたいだが。
 なんでもその血を飲んだ変態が長生きしたらしくてな。
 その話が貴族連中には長年伝わり、
 老いぼれたジジイ達は死にたくなくて今でも『勇者』を召喚すんのさ。
 勇者になったらお前も貴族のジジイの寿命の一部よ』
「………」
『おい、そろそろ動くぞ』
「え」

膝カックンをされたように、
急に動き出す周囲が途端に音を取り戻す。

「 すか勇者様?」
「………。」
「勇者様?」
「――すいません、ちょっとおいとまします!」

ゴン

「――てな夢を見たんすよ」
「へえー、おもしろ」

金曜日、
仕事の疲れを五日間分着込んで、着込んで、我慢して、
社会人は見えない十二単(じゅうにひとえ)を纏うもの。
疲労の衣が肩や腰に食い込んで、
缶コーヒーを持ちながら休憩時間に伸びをする。

「異世界召喚かー」
「二本くらいしかアニメは見た事ないんですけどね」
「なろう小説とかは読まないのお前」
「文字だけのは頭が痛くなるんすよ」
「ははっ、お前それで良くそんな夢見たね」

頭を床にぶつけた後は、
元居た世界に無事に帰還。
頭を振りかぶった勢いが持ち越されたようで、
布団の上で身体がエビのようにグイ!と丸まったのは自分でも笑った。

「でも、…はーなるほどな、良く出来た夢だ。」
「そうですか先輩?」
「お前を最初出迎えた魔法使いみたいなの、
 凄く友好的にお前を出迎えてさ、
 都合の良い条件を並べ立てて跪いて褒め千切って」
「そうすね」
「それで剣を抜かせようと」
「渡されましたね」
「俺達営業が客相手にやってる事と変わらねぇと思って。
 相手に都合の良いデータ見せておだてて褒めて、
 それで都合の悪い部分はなるだけ隠して、
 見せるにしてもなんとか取り繕って」
「あぁ……なるほど」
「しかも抜かせるまでの畳み掛けが早い。
 ヤなモンを売る時は速攻が基本だからな」
「相手に余計な事考えさせたら売れませんもんね」
「ああ。
 それと、その剣な。」
「何がすか?」
「いや、俺ならこう考える。
 最初の勇者も異世界召喚で日本から来ててさ、
 その人と一緒に世界の為に戦って、
 その後……まぁ英雄ってのはいつの時代も邪魔ものになりがち、
 お前、ロンメル将軍って知ってる?」
「いえ」
「あーそう……まぁ戦いが終わればな、
 活躍した英雄ってのは国を追われがちなのよ。
 それで相棒の勇者が暗殺され、
 その後も権力者たちの至福の為に勇者が召喚されて、
 自分がその片棒を担がされてるなんてな……。
 剣を抜いたら勇者として覚醒すんだろ?」
「そう言ってましたね」
「俺がその剣なら、やるせねぇよなぁ……。
 だとしたら召喚された奴らを助けたいとか思うもん。
 そりゃ元居た世界に帰れって言うよ、全部事情を説明して」
「はぁー……言われてみれば判る気がします」
「全てに筋が通ってる。
 おまえそれ、本当にただの夢だったか?」
「…………」
「……なんてな、
 トラックにもひかれてないし電車にも飛び込んでない、
 異世界転生するには条件が揃ってないもんな」

だけど、
私利私欲の為に、
強引に召喚をしているとしたら。

異世界物の『創作』は偶発性が多いけど、
異世界物の『現実』が必然性を求めていたら。
その理由が、なんであれ。

事故からランダム、ではなく、
夢から選択して、だったなら。

「さて、午後の客回り行くかー」
「あ、今飲み切りますんでちょっとだけ」
「早くしろー」

傷の一つも残ってない。
『土産』も『証拠』も何もない。

ただ少し、
幼少のみぎりに覚えた異様な悪寒が、

この背中に残るばかり。

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