![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/21106229/rectangle_large_type_2_82494e89f4e057f65ee86fc57066a394.png?width=1200)
死ぬまで待てない ⑤
オーストラリアが親日の気風である要因として、
まず挙げられるのは多民族国家である事。
様々な人種が混ざり合った結果、
偏見などが起きにくい。
あくまで相対的な比較と言う話で、
『その土地の人種が集まっている国』
よりも外から来る人間に寛容であり、
それが他の国より親日に見える一助となっている。
オーストラリアは西海岸、
土地の名前はパース。
旅行に訪れるにも良い土地で、
日本語話者も一定数要る事から日本人観光客も多い。
五十年前に大流行りした『甚兵衛』が今でも根強く、
夏になれば金髪と和服のコラボレーションが巷に溢れる。
日本風の髪型とセットで楽しむ層も未だに健在で、
日本ではお目にかからない『金色のチョンマゲ』を結う者も。
しかも男だけでなく女性でもたまに結っているので、
本国日本から来た慣れない観光客は度肝を抜かれる。
尚、サカヤキまで剃っている人間はかなり稀だ。
パースへの観光客に向けて配布されるパンフレット、
その中に現地で使われるアジア人向けの挨拶というのがある。
他から見ればアジア人の顔はいつの時代もよく似ている。
オーストラリアの親日家達はアジア顔の人間にこう言うのだ。
「メナステ」
判るだろうか。
御免なすって、である。
これも五十年前の流行と一緒に広まった言葉だ。
一体どこの誰が何を見て使い始めたのかは知らないが、
五十年の間にまず「ご」が頭から抜け、
徐々に響きがインドで使われるナマステに寄っていった。
サンスクリット語であるナマステも、
やぁ、こんにちはといった挨拶の言葉なので、
「諸々似てるからそれでええやんけ」
と定着して今の時代にいたる。
パースではアジア顔がいる場ではメナステと言い合い、
アジア顔しかいない集まりでもメナステと言い合う。
アジア顔がいない場でもたまに使われると言うのだから、
流行と定着というのは面白い。
「メナステ」
「あっ、メナステー」
今、パースは治安もすこぶる良い。
昔は護身用ナイフの携帯必須とまで言われる時もあったが、
今ではツマヨージさえあれば食べ歩きが出来ると言われ、
レストランだけでなく、大人向けのバーも多い。
どうぞ、うちの店へいらっしゃい。
まるで口説き文句の代わりのように光る店の光に、
つい先日ここに来た日本人女性の一人が誘い込まれていった。
メナステ、メナステ。
あなたもメナステね、メナステメナステ。
店に入ってきたアジア顔に他の客達が気さくに手を合わせる。
女性の方も習った習慣通りに両手を合わせて人波をくぐり、
ふと目をやるとアジア顔の男が一人カウンターに座っている。
おや、と思って一瞬首を傾けて覗いてみると、
相手も女性に気付いたようだ。
アジア顔同士では更に頻繁にメナステの挨拶。
そう教えられた記憶はしっかりと覚えている。
女性は両手をまた胸の前で合わせて笑顔を見せてみた。
「メナステ~。」
「ごめんなすって」
「えっ?」
「はは、僕は日本人ですよ」
「えっ、わぁー、こんばんは、メナステー」
「メナステメナステ、ごめんなすって。
どうですか、パースは。もうどこか行きました?」
「いやまだ来たばっかりでー。
……アタシ観光客だって丸判りですか?」
「いつもは毛先にヘアルージュ付けてるでしょ。
それ、洗ってもなかなか落ちなくなるらしいじゃない。
今の向こう(日本)の流行りだよね。」
「そーそー、こっちでは付けなくても良いかって思って、
でも染み込んだのが光っちゃうのよねー。」
「しつこい道端セールスされてません?
昔は観光客は靴で見分けろって言われてたけど、
今は髪で見分けろって言われてるから。」
「えーどうしよ、チョンマゲ結っちゃおうかな」
「マゲの先が光っちゃうねぇ」
「あはは、新しい流行りになるかな」
「キュウ、試してみたら面白いよ、きっと」
決してパースに日本人がいない訳じゃない。
定住している日本人はかなりいる。
それでもたまたま入った店で、
たまたま一人だけカウンター席に居た日本人。
外国へ久しぶりに来たという不安が後押しになったか、
女性はその男性と話し込んだ。
相手の男性も話題が豊富で、
店のマスターがグラスを二つ持ってきた。
「ヘイ、随分楽しく話しているね。
君は旅行客だろ?ようこそパースへ。
これは楽しい思い出になるサービスだよ」
男がマスターの言っている事をすばやく通訳するので、
女性も満面の笑顔を見せて礼を言う、サンキュー。
「アリガト、アリガトゴザイマス、Good!」
ヘイとマスターが掌でタッチを誘う。
アルコールが熱を帯びた女性も上機嫌、
良い音を鳴らしてハイタッチをすると、
他の客からも「Foo!」と賑やかな声が乗ってきた。
「はは、あのマスターには僕が少し日本語教えたんだ」
「へぇ、教えた言葉のチョイスが良いわ。
ありがとうって素敵な日本語よ」
「そうだろ?だから教えたんだ、僕にも言って欲しいからさ」
「それで、言って貰えてるの?」
「オカワリタノメっていつも言われる」
「あはは!」
「商魂たくましいよ、あのマスターは」
一杯、二杯、
間にチーズとチョリソー、
そして手を伸ばしたお酒は三杯目。
優しいマスター、話しの上手い日本人男性。
もう女性もすっかり酒の世界で上機嫌にならざるをえない。
「ところで、どうしてパースへ?」
「うん?」
「もう日本の事で知りたい話は大体聞いたからさ。
今度は君の話を聞かせて欲しい。」
「うーん、そうねぇ……気分転換かな?」
「ただの気分転換?」
「気分転換……気持ちの切り替えかな?」
「なにか悪い事が?」
「折角楽しいのにそんな事聞きたい?」
「人から聞かせて貰える話はなんでも好きなんだよね。
君さえ良ければ。」
「……まり子よ。」
「おお、名乗ってくれるんだね。」
「あなたから君って呼ばれるのも、
なんかちょっとしっくりこなくてね。」
「ごめん、失礼だったんだね。
旅行で来た人とじっくり話すのは久しぶりで、
ちょっと日本語がなまっちゃったかな。」
「まり子。」
「まり子。オーケーまり子。日本で何があったんだい。」
「友人の夫が死んだの。」
「………オー。病気?」
「自殺だった」
「ええ?どうしたんだい……」
「乗り換えが上手くいかなかったの」
「僕も昔乗り換えの店やってたよ」
「本当に?」
「何がどうなってミスしたの」
「――この話、聞く?」
「是非、まり子さえ良ければ。」
名前で呼び合う文化はいかが?
店の中はお酒で良い気分の人間ばかり、
海岸の波ならきっと優しくそう聞くけれど、
夜のバーには誰も弾かないピアノだけ。
郷に入れば郷に従え、
誰も彼もが酔っている。
きっとそれはまり子もそう、
これ位で怒っちゃ勿体ない、
このパースの夜が勿体ない。
私は今オーストラリア、
この夜は日本じゃない。
「その旦那さん、
乗り換えの紐付けが完了する日に自殺したの。
心臓発作を引き起こす薬を飲んでね。
死んだ時刻は紐付け完了の一時間前。
予定時刻は19時で、死亡時刻は18時。
事件現場の部屋にはデジタル時計しか無くて、
寝起きで8を9に見間違えたんじゃないかって」
「ふん、それで」
「警察に夫の不倫相手が来たの」
「へぇ!?どうして」
「その不倫相手に旦那さんがデートの連絡してたんだって。
死んだ二日後に新しい体でデートしようって」
「じゃあ旦那さんは死ぬつもりではいたんだね。
でも乗り換えによる故意の自殺は違法でしょ?」
「彼が飲んだ薬は隠匿性がとても高かった。
ファーカミ14っていうんだけど」
「ああ、あれか」
「しかも死ぬ前に奥さんとセックスしたの」
「……どういう事?」
「老体で激しい運動をしたあとの心臓発作だと」
「あーあー、なるほど、みせかける為ね」
「普段はいつもすぐシャワー浴びる人らしいんだけど、
その日はわざと入らないままだった。
あたかも、セックスしましたよって主張するみたいに」
「奥さんは何してたの?
旦那さんとセックスしたんだったらまだ家に居たんでしょ」
「その日彼女はコンサートに行ったの」
「旦那を残して?」
「そう。」
「趣味が合わない夫婦だったの?」
「まぁ……旦那さんがあまりそういうの好きじゃなかったわね。
奥さんが家を出たのは四時半。
その後五時前後に不倫相手と連絡取り合って、
六時に死んだの。」
「……ちなみにその不倫相手の名前は?」
「この話、面白い?」
「かなり興味深い」
「須藤って名前だったわ、確か。
彼女は奥さんがなんらかの方法で殺したって主張したけど、
死亡時刻に奥さんはコンサート会場、
そもそも家のセキュリティ記録に第三者の出入りは無し、
旦那さんが死んだ時家は完全に密室状態、
しかも自殺をほのめかす事を不倫相手に言ってたの。
彼女の登場は完全に裏目で、
旦那さんが自殺した可能性を深めただけだったわ」
「……で、その後は?」
「え?」
「その後。なにか続きは無いの?」
「そうね……その奥さん、謝りに行ったんだって、
乗り換えの斡旋してくれた会社に。
ほら、自分の旦那が違法な事をしようとしたのよ、
最終的に乗り換え出来なかったから法に触れる事は無かったけど、
色々心配や、店舗に御迷惑をかけてすいませんでしたって。
良い奥さんでしょ?
話は大体こんなところ。楽しかった?」
「……まり子」
「ん?」
「僕ね、最近小説でも書こうかなって思ってるの」
「へぇ!面白いじゃない、どんな?」
「どんなのかは決めてないけど、
ミステリーなんて書けたらカッコイイと思ってるんだ。」
「本出したら読ませて」
「それでね、僕達今、酔ってるよね?」
「ええそうね、お陰でちょっと落ち着いてきたけど」
「酔いの冗談で考えたんだけど、
もしその奥さんが、
実は旦那さんを何らかの方法で殺していたら、
面白いと思わない?」
「――私の友達の話よ?」
「だからだから、もしも、もしもの話。」
「……良いわ、続けて?」
「本当?良いの?僕の勝手な妄想だけど」
「あなたが将来売れっ子になれるか見極めてあげるわ。
そう言えば聞いてなかった、名前を教えて?
名前が判らなかったら本を探せないもの」
「名前は勇人。ファミリーネームは赤沢。」
「オッケー、ユート。」
じゃあその妄想を聞かせて。
お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。