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未払い残業代を骨が笑う 前編

お早う御座います、魔族です。

皆様の中には魔族嫌いの方もいるかと思いますが、
少しだけその偏見を捨てて私の話を聞いて下さい。

ある日の事なのですが、
目が覚めたら身体が骨だけになっていました。

その時、目の前に魔王様がいらっしゃったので、
私は勇者にやられて死体が回収されたんだなと理解しました。

勇者ってのはですね、アホみたいに強いんですよ。
そのアホみたいに強い奴が、これまたアホみたいに成長するので、
もう手の付けようがないんですね。
奴は人間の皮を被った化け物ですよ。
要するに勇者ってのはアホなんです。

そんなアホが私達魔族を片っ端から殺すもんで、
もう幾つかの魔族は種が途絶えました、所謂絶滅です。
そんなもんだから魔王様は復活の呪文を覚えて、
死体が綺麗な魔族は呪文で蘇らせることにしたんですね。

いや、もう私もかれこれ五回位死んでるんですが、
流石に骨だけで生き返ったのは初めての事でした。

ちょっとびっくりしたので魔王様になんで骨なんですかと伺ったら、

「作戦を思いついた」

って言うんですね。
いや、まぁ嫌な予感はしましたよ。

イタチごっこでして、
最初に復活の呪文を乱用し始めたのは人間側です。
先程言ったアホの勇者ですが、
こいつは何度も死んでいるのです。

しかし死んでも死んでも蘇る。
お陰でどんどん強くなるので、
魔族が人間の中にスパイを送り込んで、
復活の呪文のノウハウを盗んだんですね。

それで一番魔法の知識がある魔王様が復活の呪文を覚えてんですが、
まぁこれが蘇らない。
ええ、蘇らないんです。

勇者のアホが魔族を殺す際にケチョンケチョンにするもんで、
身体が傷つき過ぎて魂が戻ってこないらしいんですよ。

じゃあ同じ事を勇者にすれば良いんじゃないかと言う話なんですが、
卑怯な事に粉微塵にしても炭にしても蘇りやがります。

どうも何かが違うらしい。
大体一緒らしいけど、
やっぱり何かが違うらしい。

そこのノウハウまで完璧に盗もうと何人ものスパイをそれから送り込んだんですが、
最初にノウハウが盗まれてから技術保護対策が厳重になってしまったらしくて、
何度スパイを送り込んでも帰ってこない。
殺されたのか、または殺されたのか。

仕方がないから魔王様が研究開発しようとか言ったんですけど、
死者復活の作業で研究なんてしてらんない。
これは勇者を倒してしまうのが一番早いという結論に至ったと聞いて、

「それでなんで私は骨になってるんですかね。」
「まぁ聞け、名案だ。」
「はぁ。」

お前以外にも骨で復活する兵士を四十名ほど作る。

「魔王様、作るって。一応私まだ意識はあるんですけど」
「ごめん言葉が悪かった」

まぁそれでな、
骨兵士を拠点の一つである洞窟に配備する。
位置は奥の奥だ。
そこに勇者を誘いこんで落盤させる。

「えっ」
「えっ」
「らくばん?」
「そう、生き埋め。」
「……それは我々まで生き埋めになるのでは」
「大丈夫、骨だから後から掘り返して救出可能」
「それは勇者まで一緒に救出してしまうのでは」
「ここからがキモだ。
 勇者を生き埋めにしてその間に人間達を攻める。
 現状なんで我ら魔族が困ってるかというと」
「勇者がいるからですね」
「だろ?
 それを生き埋めと言う形で足止めするんだ。」
「はーなるほど」
「そこでお前達骨部隊は洞窟の奥で文字通り死んだふりをするんだ。
 そこにやってきた勇者が中ほどまで来た時、
 全員で勇者に取り掛かって、
 そこで身動きできなくなった勇者を生き埋めにする!」
「私ら諸共ですか」
「拠点も放棄する」
「私ら諸共ですか」
「苦肉の策だ。あのアホ勇者を野放しにしてはおけん」
「えーでもー」
「特別手当出すから」
「それって勇者を待ってる間も家に帰れないんでしょ?」
「正規時間以外は残業代ちゃんと出すから!」
「ほんとにー!」
「ほんとにほんとに!ちゃんと記録付けるから!ね!ね!」

この身体は骨。
肉は無い。
頭も随分と軽くなった気がする。
脳味噌はどうなったのか。

しかし脳裏に家族の顔が過る。
妻よ、息子よ。
お父さん骨になっちゃったよ。
でもこれで勇者を食い止めるんだってさ。
お父さん、ちょっと頑張っちゃおうかな。

「ちゃんと払って下さいよ。」
「え!出す出す!ちゃんと明細もつけるから!」

まぁ、考えてみたら楽な仕事かもしれない。
勇者を待つ為に床で寝てるだけで金入るんだし。
胃も無いから飯代もいらないし。
それから生き埋めになってからも残業代出るし。
なんだ、ほぼ寝るだけで金貰えるじゃん。ボロいボロい。
よーし、お父さん頑張っちゃうぞぉ。

配備当日、同じように魔王様に口説かれたのか、
予定通り四十名程の骨達が洞窟の中に集まった。

「じゃあ皆さんお願いします。」

ユラユラと燃えるたいまつを持った案内係が洞窟の浅い方へと行ってしまう。
俺たちゃ骨よ。死んだふりをするんだ、明かりなんかあったらおかしい。
死人に明かりは必要無いもんな。
でも本当は俺達生きてるのよ。
だから暗闇ってのは、少し寂しい。

めいめいが死体っぽく寝っ転がったのだろう。
ガチャ、カチャと暗闇の空間に骨が勇者を騙す準備が聞こえた。

さぁ、仕事開始だ。
これが俺達の仕事だ。
お父さん頑張るぞ。

指の一つ動かしてもいけない。
武器は出来るだけ手の近い場所に置いておく。
まるで魔物にやられた人間の骨みたいに振る舞うんだ。
多分、ちょっと形は違うんだろうけど。

「おい」

喋ってもいけない。
喋っちゃいけないのに、おい、
誰だ今喋ったバカチンは。

「喋るなって」
「足音一つ聞こえねぇから大丈夫だろ」
「いやそうだけど」

ここは洞窟のどん詰まり。
どん詰まりは行き止まり。
この場所よりも『奥』は無い。
故に行き交う魔物の一匹も無く、
音が聞こえるのは勇者が来た時と決まっている。

「あのさ、勇者っていつ来るのかな」
「そんなの判る訳ねぇだろ」
「そうだよな」
「良いから黙れバカ」

バカ。
最後の言葉にしては悪かった。
転がった死体たちの耳に『バカ』がずっと残る。
どうせならもっと良い言葉を聞きたかった。
そう思った兵士は何名いるだろうか。
また、皆黙ってしまって判らない。

「出来れば遅く来てくれねぇかな」
「おい、誰だ今喋ったの」
「お、俺だけど」
「喋んなっつったろ」
「許してくれよ、怖いんだよ」
「あ?」
「お、俺ここに来る前に勇者に十三回殺されててさ」
「じゅうさんかい!?」
「お前結構死んだなぁ」
「正直ここに来るのも嫌だったんだ。
 それでまだ心の整理も出来てなくてよぉ、
 整理つくまでもう少し時間があったらなぁって。」

それを聞いてある骨がこう言った。
今なら簡単に整理出来るだろ。
なんせ今俺達の胸はスカスカだからな。

「ふふっ、バカ、お前、笑わすな」
「ははっ、確かに整理すんのは簡単そうだな」
「ははは」

カタカタ、カタカタ、
カタカタ、カタ………カタ………タ……。
笑い震えた骨達の、音が静かに低くなる。

「お前、そんなに嫌そうなのにどうして来たんだよ。」

端の方にいる骨だった。
呟くような声だったが場所が場所だ。
その場に居る骨全員に聞こえる程には明瞭な声だった。

「娘が居るんだ」

心の整理が出来てないと言った骨が返事をしたが、
その声を咎める骨はいなかった。
ただ、その骨の言葉が続いた。

「給料日に給料袋を持って帰るとな、
 わーいお父さん稼いできたねってはしゃぐもんでさ、
 ある時石ころも詰めて持って帰ったら、
 その膨らみを見て今日は凄いね!って言ってさ。
 まぁ、後から中身見た母ちゃんに馬鹿だねって怒られたんだけど。
 でも最近死ぬのが続いて復活代が給料天引きされて袋小さくて、
 娘が言うんだ、お父さん無理しないでぇ、って。
 そんな事娘に言われるなんてなぁ。
 俺は臆病で十三回も死んだんだけどよぉ、
 娘を喜ばせたくてな。
 この仕事、残業代凄く出そうだろ。
 生き埋めの仕事って聞いた瞬間正直やろうかためらったけど、
 今までで一番大きな給料袋背中にしょって帰ってよ、
 それで娘に、わぁお父さんすごーい!って、
 そう言われるかもって思ったらさぁ、
 ――いやぁ………俺って馬鹿だよな。」

馬鹿。
馬鹿は馬鹿でもこの響きは違う。
馬鹿は馬鹿でも、嗚呼、馬鹿は馬鹿でも。

「馬鹿じゃねぇよ。」

ほぼ反対側から別の骨が鳴った。

「アンタは馬鹿じゃねぇよ。
 今ここにいるのに十分な理由だ。
 少なくとも、俺にはそう聞こえた。」
「俺もそう思った」
「俺もだ」
「娘いるの羨ましい」
「いいなー」
「お父さん頑張れ」
「立派だぞお父さん」

カタ、カタタ………カタ……。
また骨達が静寂に服する。

洞窟の浅い所から何かが擦る音が聞こえた。
勇者が来たのだろうか。
配備されてから何時間経ったのだろうか。
カタン、コトン、音が大きくなり、
コトン、コト。また小さく通り過ぎて行った。

「……勇者か?」
「しっ」
「……違うな。」
「オイ」
「……多分見張りが気紛れに近くまできただけだろ」
「ここ一本っ道のどんづまりだもんな、
 来て戻るなんて見張りぐらいなもんだろ」
「なんだよ、くんなよ。」
「……俺もさぁ」
「あ?」
「息子がいるんだよ。」
「なんだよ」
「えっ」
「聞かせろよ」
「……いやぁ、気が付いたら骨になってさ、
 それで落盤がどうのと言われてさ。」
「ほんとほんと」
「それで残業代がどうのこうのと言われて、
 でもなぁ、そういう事じゃないんだよなぁ、
 結局は息子と嫁の顔が思い浮かんでさぁ。
 俺が勇者を足止めしたら、その分家族が安全になるって思って」

そうだよなぁ。

皆同じ事考えるよなぁ。

なんだオイ、恋人すらいない俺に喧嘩売ってるのか?

まぁまぁ、色んな奴がいるから

またそこかしこから骨達の声が鳴る。

「名前は」
「え?」
「息子の名前は何て言うんだ」
「ブルザレスだ。」
「昔の英雄の名前じゃないか、良い名前だ」
「名前負けしてるって言われるけどな」
「そんな事は無い、子供は皆成長する。」
「そうだよな……ちなみに嫁はプリスチだ」
「嫁までは聞いてねぇよ」
「えぇ?ついでだ聞いとけ」

カタカタ、カタカタ……。
また静寂が戻った。

洞窟の浅い所から何かの音が聞こえた。
大きな音のように聞こえた、パシィ!と何かが砕けるような音だ。
勇者が来たのだろうか。
配備されてから何日が経ったのだろうか。

「なんだ!?」
「勇者か!?」
「遂に来たのか!?」
「しっ!だまれ!黙れ黙れ!」

一瞬騒然となった洞窟の奥。
しかしそれぞれが自らの使命を思い出して即座に沈黙した。
騒ぎ立てるのは無理もない事だった。
何せずっと動かずにただ勇者が来るのを暗闇の中で待ち伏せる。
まるで延々と続く夜の森を彷徨っているように意識が皆、遠かった。

「………」
「………」

息を殺す。
ただじっと。
いよいよその時が来たかと各自に緊張が走った。

「……」
「……」

しかし音から続く気配がない。
足音も聞こえない。
何かが砕けたような音だったが、何が聞こえたのだろうか。

「なるほど、さっきはきっと水押しだな。」
「みずおし?なんだそりゃ」
「土の中の水分が増えて圧が増すんだ。
 この洞窟のどこかの部材がその圧に耐え切れずに割れたんだな」
「なんだぁ」
「勇者が来たんじゃないのかぁ」

カタン、カタタッタン。
緊張からの安堵はまるで跳ねる兎のよう。
骨達がリズミカルに身体を鳴らす。

「……なぁ、俺達こうしてからどれだけ経った?」

その跳躍的な骨の合唱に紛れるかの如く、
一つの声が暗闇の中に突き刺さっていった。

→中編へ続く

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