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ここは地獄。

正午を知らせる鐘が鳴り響き、
規則正しいゴハン時。

地獄を束ねる閻魔様、
大好物はジンタン。
ギュウタンは牛の舌だが、
ジンタンはヒトのベロ。

後を切らさず裁かれに、
いつでも地獄は罪人だらけ。
閻魔様は大忙しで、
お昼御飯が待ち遠しい。

「閻魔様、本日のランチで御座います。」

カーン!
と鳴った鐘の音で席を立つと、
その閻魔様を見て罪人達が耳打ちし合う。
なんだ、閻魔様でも御飯は食べるのか。
なんか親近感がわくじゃねぇか。

長蛇の罪人に見守られ、
赴いた休憩室に金の皿が通された。

いそいそと首に白いナフキンを巻きつけて、
さぁ料理長、今日のメニューを言ってみろ。

「今日は女たらしのジンタンでござい。」
「おお、悪くない」
「好きだ、可愛い、愛してる。
 女をたぶらかす嘘八百で熟されて、
 もうコクがたまらない一品です」
「俺にはお前しかいない、も仕込まれてるか?」
「それはもう」
「うひょお、たまらん」

人間の舌には嘘が染み込む。
あの嘘、その嘘、こんな嘘。
人を騙して嘘をつき、
嘘の上からまた嘘を。
何層にも丹念に熟成された嘘吐き達の『タン』が、
閻魔様は大好物。

「ふいー、美味かった。
 料理長、また良いジンタンが入ったら頼む。」
「お任せあれ」

料理のネタには事欠かない。
何せここは罪人の掃き溜め、
泣く子も黙る地獄の底。
見ろ、閻魔の裁きを待つ嘘吐き達が、
長蛇の列で鈴生(すずな)りの様だ。

またある日、
事前に料理長が閻魔様に耳打ちする。

「閻魔様、今日はジンタンでございますよ」
「なに、本当か?」
「はい、今日のお仕事、頑張って下さい」

好物が出るとあって閻魔様も目が爛々。
次、また次と罪を犯した人間どもを裁きまくる。

すると、ぷうんといい匂いが漂ってきた。

「おや、なんだこの匂い」

閻魔様の裁かれている罪人が、
その匂いに勘付いた。

「お、そろそろ昼飯時だな」

閻魔様もそう言うので、
罪人が思わずくすりと笑った。

「あらま、閻魔様もご飯を食べるんですか」
「もちろんだ、働けば腹が減る。
 しかも今日はワシの好物だ、
 嗅いでみろこの匂い、たまらんだろ」
「これは何の匂いでしょうか」
「これはな、ジンタンだ」
「ジンタン?」

カーン

裁きの途中だが仕方ない。
鐘が鳴っては仕方ない。
じゃあこれにて昼休憩!
そう言うと閻魔様は急ぎ足で席を立った。
なにせ、今日は好物のジンタンが待っている。

「料理長、飯はまだか」
「おまちどおさま、
 本日は薬売りのジンタンでござい」
「おほー、いいぞ!」
「これを飲めば痩せる、楽しくなる、害がない。
 調子の良い嘘で麻薬、覚醒剤を売り放題。
 ピリリと味わう染み込んだ嘘をお楽しみ下さい」
「これは合法だから大丈夫、も入ってるか?」
「そりゃあ勿論」
「むふー、頂きます!」

本日のジンタンも絶品よ。
頬が落ちそうでもう大変。
舌の鼓も鳴り放題。

「ふいー、美味かった。
 料理長、また良いジンタンが入ったら頼む。」
「お任せあれ」

食べる度に虜になる。
もう閻魔様はジンタンが待ち遠しくてたまらない。
料理長、今日の飯は?
料理長、今日はジンタンか?
毎日子供のように尋ねてしまう。

またある日、一人の男が閻魔様の前にやってきた。

「えーとお前はなんの仕事をしていた」
「はい、私はとあるテレビ局で働いてました」
「ほう」
「正しいニュースを皆に届けるのが!私の仕事で!
 そうなんですよ、この情報化社会、
 私達みたいな仕事をやるのが本当に大切で……、
 ん?なんだこの匂いは」

ぷうんと香るこの匂い。
閻魔様の所まで届く、この匂い。

「むっ!これは……!」
「えっ、なんですか」

閻魔様の目が大きく開く、
それに男も興味が深々、
生前の仕事の性か、様子が変わった閻魔様に、
思わず身体が前のめり。

「この匂い、今日の昼飯は……!」
「へぇ、閻魔様でもご飯を食べるんですか!」
「当たり前だ!仕事終わりの飯程楽しみなものは無い!
 毎度毎度しょうもない罪をお前達から聞かされて、
 もうこっちはウンザリ!
 それを癒しの昼飯時が……あっ、この匂い!
 ジンタンか!!」
「ジンタン!?それは一体どんな料理ですか!?
 教えてください!
 まさか地獄に落ちてこんな面白いスクープがあるなんて!」
「ええいうるさい!
 おーい!料理長、この匂い、今日はジンタンか!?」

閻魔様ったら、
我慢できずに厨房の料理長へ大声をあげてしまう。
すると厨房から、「そうですよー」と返事が来た。

「ぬふー!」
「ねぇ閻魔様ったら、ジンタンってどんなのですか?
 もしかしてスイーツですか!?」
「うるさいのおお前はさっきから。
 ジンタンってのはな、お前達人間のベロ、舌だ。」
「なるほど、牛タンみたいな感覚ですか!」
「そうそう、お前達罪人から引っこ抜いてな、
 生きてる時についた嘘がそりゃあ美味しく染み込む。
 嘘を吐けばつくほど美味しいジンタンになってなぁ」
「えっ」
「おーい料理長、今日は何のジンタンだ!?」

もう閻魔様、
ジンタン狂いになってしまって、
種類まで聞かずにいられない。

「元テレビ局員のジンタンですよー!!」
「むひょー!高級食材じゃないか!
 ああまだかまだか、鐘はまだか――」

閻魔様が身体を揺らしてソワソワし出したと同時、
カーンという昼時を知らせる音が鳴り響く。

「あの、さっきの、何のジンタンって……」
「んん?聞こえただろうに、報道のジンタンよ。
 でっちあげ、偏向報道、印象操作、
 恥知らずな我が物顔で仕込まれた風味がピカイチでな。
 いやー、ワシの大好物じゃ!」

ガタンと音が鳴る程の勢いで席を立った閻魔様、
おっと、そう言えば、と何かに気付いたのか、
身体をぐぐぐと傾けると、
裁判机の前に小さく立つ男にヒソヒソと囁いた。

「教えてやったジンタンの事、
 スクープと言うなら、たんと報じろ。
 地獄の中でも罪人同士は会話が出来る。
 報道魂とやらがうずくのだろう?
 どんどんやれ、
 根も葉もない尾ひれはひれをまぶしてな。
 お前の罪状にそうあった。得意なのだろう?
 はぁっはっはっは、
 お前の舌が食卓に出るのが楽しみよぉ!!」

ここは地獄、罪人のゴミ穴。

御存知じゃあありませんか。
吐いた嘘は舌に染み込み、
そりゃあ美味しくなっちゃいますよ。

あら、あなた。
ちょっとベーっとして見て下さい。
ほほう、まぁまぁ。


地獄でお待ちしております。

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