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僕は魔法使いじゃないから

まだ私が15の時だった

15だなんて
大昔過ぎて笑ってしまう
とても昔の事なので
大切に 誰にも言わずに取っておいた

そんな
あの人と 僕の少しの時間の おはなし

僕の家の宗教は、
夏の終わりに集会を行う。
多い時は二百人の人間が一所に集まり。
変な話をするのだ。
遠い昔に行かなくなったが、
子供の頃に行っていた恒例の年間行事だった。

15の時だった。
夏の終わりに近づくにつれ、
両親がそわそわするのだ。
そわそわがもっとそわそわになり、
最終的には朝から晩までそわそわするようになるのだ。
僕はそんな両親に尋ねた。
それがきっと子供としての好奇心に対する礼儀であった。

「何をそわそわしてるの?」

子供に指摘される程のそわそわだった。
母が言うのだ。
今度の夏の集会には、魔法使いが来る、と。

魔法使い?
魔法使い。
へぇ、魔法使いが来るんだ、凄いな。

当時の私は15歳だった。
「常識」という世界を少しずつ体の中に埋め込んでいた時期だった。
そんな時期の私に、「魔法使い」という外部情報?
私は即座に自分に突っ込んでいた「常識」の片足を抜き、

「うわー、すごいね!」

と、
「非常識」の湖の中に体一つ、飛び込んだ。

あの人とはもっと仲良くなりたかった。
あの時の僕はまだ15で、
あの人は30を過ぎていた。
あの人の気を引く程の何かを当時の僕は持っていなかったし、
あの人も僕みたいな子供に興味を持つ程若くも無かった。

悔しさばかりが残る今だ。
僕が、あの時もっと幼く無ければ。
何かを持っていたならば。

魔法使いの名前は「えだ こうすけ」で、
彼は男で、
そして僕より背が高かった。
髪の毛の色は黒。
でも、あの時代の日本人の髪の毛は黒が主流で、
誰も金髪に染めたりなんかしていなかった。
だから「髪の毛の色が黒」と言ってそれが何の特徴になるだろうか。
だが、悔しい事に後は何も覚えて無い。
特徴的な事は、他に何も。

ただ、強引にもう一つだけ挙げるとしたら、
彼の声は芸能人の『タモリ』よりも低かった。
当時の私はタモリが大好きだった。

あの年の夏の集会に、魔法使いである彼がやって来た。
皆があの人の事を魔法使いとして遠巻きに見ていた。

別に、何かの講師としてやってきたのではなく、
何かの演説をしに来たのではなく、
あの人は一参加者として集会にやって来た。
偉い人の話を聞く時も別に特別な席に座る訳ではなく、
他の参加者と同じように一般の席に座っていた。
彼の両隣りには常に人が座っていた。
私の両脇もそうだった。
参加者分揃えられた椅子に、
参加者全員が座っていて、
あの人もその一人。ただそれだけの事だった。

おかしな事だった。

誰も、彼に「魔法使いですよね?」と問わないのだ。
それはそれで正しい事かも知れなかった、
何故なら皆があの人は魔法使いであると知っていたからだ。
今更確認の言葉を投げかけるなど愚行である。
しかし、

「ねぇ、魔法を見せて?」

ぐらいは言っても良い様なものの、
誰一人としてその言葉をあの人にかけないのだ。
まだ15の私はそれが不思議でたまらなかった。
だって魔法だ。
見たくないのか?
見たくてたまらなかった。

今思えば、
その集会に参加した人間はみんな見栄を張っていたのかもしれない。
こんなに人の集まった中で自分だけしゃしゃり出て、

「あの、魔法を一目見たくて、是非」

等とそんな興味津々な姿を他人の目に晒すなど下品である、
自分はそんな事はしない、
珍しいものに群がる様なそんな真似は絶対に。
きっと一人残らずそう思っていたんだ。
皆無駄に長く生きて背負ったプライドが邪魔していたのだ。

その点幸運な事に私は15だった。
その集会で一番の最年少だった。

プライド?
恥ずかしげ?

そんなもの、
まだ私の心理には導入していなかった。

13時を回って、
大広間で参加者全員が囲った昼食が終わった後、
私はあの人の傍に駆け寄った。

駆け寄ったその日は集会の最終日で、
この日を逃すともうどうにもならない。
何がどうにもならないかと。
決まっている、もう魔法を見せてとせがむ事が出来ないのだ。

信じられない事に、
それまで誰一人としてあの人にその様な事をせがむ事が無かったのだ。
最早正気の沙汰とは思えない。
だって魔法ですよ?
見たくないのか?

見たいに決まってる。
見たくて見たくてしょうがない。
他の人は誰も見たくないの?
ああ、そうですか。
したらば私、嘆願しにまいります。

「魔法使いさん。」

僕は出し抜けにあの人をそう呼んだ。

「魔法見せて!!」

畳みかけた。
欲求だった。
魔法が見たかった。

悪い事だったのか?
さぁ、それはどうだか。

「両手を出してごらん。」

それが彼が私に初めてかけた声だった。
その声が、
タモリの声より低かったのだ。
僕は両手を差し出した。

「落ちてくるよ。」

僕が差し出した両手の上に被せる様に、
あの人は片手をかざし、そう言った。
何かが両手の上に落ちてくる。
察知した私は両手を寄せ、器を作った。

光るのだ、青く。あの人の片手が。

私は思わず聞いた。

「魔法の呪文は要らないの?」

するとあの人、

「魔法に呪文なんか要らないよ。」

と教えてくれた。

次の瞬間、
私の両手の上に赤、青、白、黄色。
沢山のこんぺいとうが落ちてきた。

「わぁ、すげぇ!!」

すげぇ。

下品な言葉だろうか。
まさか。
男の子供が口に出来る最大の讃辞である。

「食べれるよ。
 ほら、あーん。」

私の両手に積ったこんぺいとうのうち一つをあの人が摘まみ、
それを私の口に放り込んだ。

「おいしい?」

私の癖はこの頃からだ。
飴などの系統のお菓子を口に入れると即座に噛み砕く。
私はガリガリと口の中を鳴らしながら頷いた。

「魔法は一日に一回しか使えないから、
 もう終わり。」

うそ、だったのか。
それとも本当だったのか。

きっと、嘘だったのだろう。

両手に積ったこんぺいとうを抱えながら席に戻る私の姿を、
多くの人がじっと見ていた。
私の姿が見にくかった人は、じっとあの人を見ていた。
皆きっと、魔法が見たかったんだ。
それなのに何で言わなかったんだろう、「魔法を見せて」と。

しかし私が草分けをしてしまったものだから、
あの人は「魔法は一日に一回」などと嘘を言ったのだろう。

それまで「何もせがんだりしないよ?」と足を組んでいた輩どもが、
あの人の周りに来て「魔法を見せて」と、
我も我もと言い出しかねない、
それを抑制するには、あの言葉はどんぴしゃりだった。

15だった。
まだお菓子が大好きだったから、
そのこんぺいとうは全部平らげた。

それにしてもあの宗教は何だったのだろう。
魔法使いがすぐ近くに居るのに、
だれも「魔法を見せて」と言わないなんて。
何も面白くない。

その後に私は見極めて、その宗教から足を洗った。
17の時だった。
家を出た。
今思えば変な宗教だった。

家に帰って両親に聞いた。
「魔法を見たくなかったの?」と。
両親は言った。

「だって、皆の前で頼むなんて恥ずかしいじゃない。」

その言葉を聞いた瞬間、
あの集会に出た全ての人間のみならず、
この宗教に参加している人間は皆そうなのだと直感した。
恐らく宗教理念をある程度知っていたからだろう。
そこから来る行動原理なのだと思った。

つまらなくて、
私はその宗教から足を洗ったのだった。

あの人はもしかしたら、

そのつまらなさが好きで、
あの宗教をやっていたのかもしれない。
あくまで、「しれない」。

何故なら、私はあの人の、
「魔法使い」の世界を知らないから。

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