新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

もう何も思い浮かばない。

オハナシを書き続けて幾年経ったか、
遂に脳味噌が死んだらしい。

いや、死んだのは妄想力か。
幻想の魔王様を思い浮かべても、
不倫をするOLの事を思い浮かべても、
大好きなチョコレートの事を思い浮かべても、
全て駄目、何の役にもたたない。

魔王様は世界を滅ぼすし、
OLは結局別の男を見つけちゃうし、
チョコレートは美味しい。
どれもこれも今更書こうとも思わない、
自分でも書いた事があるグズグズの内容ばかり。

もうこれは酒の力を頼るしかないか。
ええいままよ、酒よ、我に力を。
意を決して靴を履き、
電車に乗ってお酒を出す店が沢山ある駅に向かった。

先に断っておくが私は酒が飲めない。
弱い上にアレルギー持ちという合わせ技。
しかし致し方あるまいよ、
持ち前のアレルギーは死に至る程でも無いし、
オハナシのネタを得る為だったら多少の苦難はなんのその。

あらかじめ銀行でおろしておいた諭吉を五枚、
懐の財布に忍ばせて、
ライトを怪しく光らせる店の戸を叩いた。

狙い目はお酒に強い人。
呂律の回らない酔っ払いや、
互いの性器を結合させる事しか頭に無い輩は度外視、
思わず書きたくなるような話を聞かせてくれる人が良い。

人生の余暇に酒と夜を選んでまどろみ、
グラスの中をうっとり眺めているような人が良い。

しかし一軒目、二軒目三軒目。
幾つか店を回ってみたけど、
酔っ払いしかいやしねぇ。

理不尽な事を言っているとは判っている。
幼稚園に行って、

「ガキしか居ねぇな此処は!」

と唾を吐くようなものだ。
酒を飲む場所に酔っ払いがいる事は当然。
だが皆様予想以上に酔いに任せ過ぎではなかろうか。
酒に飲まれて恥とモラルを忘れ過ぎではなかろうか。

人間酒を飲む年齢にもなると面白い話の一つや二つ持ってるものだが、
いかんせん酒がそれを語るのを阻んでて、
遂には有益な話を何も聞かずに三軒目の店を出た。
消費した福沢諭吉は1.5人。
身の丈に合わないお店の敷居ばかり跨いでしまった代償か、
紙切れが二枚減っただけなのに随分懐が軽い気がする。

こうなっては意地だ。
ここまで出費して手ぶらで帰路にはつけない。

終電を逃すのを覚悟で四軒目の扉を開くと、

「あれ?今からですか、終電大丈夫です?」

開口一番店のお兄さんがそう尋ね、
ペコペコと頭を下げながらこちらも大丈夫ですと返した。

店の中にはカウンターの中に一人、
カウンターの席に一人、計二人。

少し気を利かせてみた。
すいません、もうお店閉めるところですか。

「いやー常連さん達がね、
 明日皆で一緒に旅行行くって、
 もう帰っちゃったんですよ。」
「ね、酷い人達よね、さっさと居なくなっちゃって。
 お陰で今晩は私が一人でお店の売り上げに貢献しなくちゃならないの。
 良ければ手伝ってくれる?」

カウンター席に座っているのは女性だった。
狐に化かされてなければ年上の雰囲気、
随分と細い手首の先の手の平で横の椅子をポンポンと叩くので、
あながち悪い気はせずにこちらも腰を下ろした。

「こんな時間に一人でって、もう終電ないの?」

最初の一杯を取りあえず口に含んだのを見計らい、
女性がそう尋ねてきた。
いや、まだ終電はあるんです。
でも、と言葉を継いで事のあらましを話した。

「あら、物書きなのね。
 私そう言う人とは初めて出会うわ。」

そこから『物書き』定番の話を披露し、
最近の不調も絡ませてねだり事に手をかけた。

「そうねぇ、オカルトみたいな話でもいいの?」

すると女性、乗って来てくれる。
どんな話でもまずは聞いてみなくては。
喜んでと言い話に耳を傾けると、
そういう喋り方なのか、
身体をこちらに向け片手の甲で頬杖をついて語りを始めてくれた。

「オカルトってね、判りにくい事だと思うの。
 それが本当に起きてるかあやふやで、
 あやふやだから色んな人が疑ったり怪しんだり。
 明らかにしようと近寄ってみると結局見つからなかったり。
 でもね、私が知ってるオカルトって、実際体験した事なの。
 信じる事は強要しないわ。
 人から聞くオカルトの話なんてそもそも信じられないでしょ。
 ところで、川の話なんだけどね。」

カウンターの中から声が飛ぶ。
エミコちゃん、久しぶりにその話聞くね。

「マスター悪いけど水頂戴。
 お酒だと喉が焼けちゃうから。」

マスターの短い返事の後に太いグラスに水が入る。
気合が入っているそぶりに見えてしょうがなかったが、
彼女がその水をぐいっと一飲みすると、う~んと唸りをあげた。

「母ちゃん川って言うんだけどね。
 そうそう、母親の意味の、母ちゃん。
 例えばガム噛んだ後に紙で包んで鞄に入れるとするじゃない。
 それでその川を渡るの。
 あー、まだ私が子供の頃はその川に船頭さんが居てね。
 朝の六時半から午後六時まで船を出してたの。
 今はもう多分居ないと思うんだけど。流石にねぇ。
 話がそれちゃった。
 それでね、鞄にガムのゴミ入れたままその川を船で渡ると、
 鞄の中からそのゴミが消えちゃうの。
 これはもう要らない、って思ってるものが消える川!
 どう?本になる?」

ずい、と乗り出して来る女性に少し後ずさりしたが、
女性の方も冗談だったか直ぐに身体を引いて水を一口。

「ってまぁこれだけだったら面白くないよね。
 大丈夫大丈夫、まつわる私の話はちゃんとあるから。
 そもそもその川が母ちゃん川って言うのはね、
 要らないと思った物が知らない間に無くなってるからなのよ。
 ほら、若い頃無かった?お母さんが勝手に部屋を掃除する事。
 それで、あれ?そう言えばアレが無い、誰か捨てた?って。
 実際の母親とその川の違いは、
 ちゃんと『本人』が要らないって思ってる物が無くなるって事。
 だから、実際に色々無くなっても気付きにくいのよ。
 そこがまた分かりにくいオカルトなのよね。」

ああ、なるほど。
私がそう相槌を打ったのが良かったのが、
女性が更に水を一口、どうやら調子が出てきたようだ。

「私結構……二十歳少し超える位かな?
 その地元に居たんだけど、
 その時の知り合いの一人がねー、とんでもない女でさー。
 鍵を幾つもジャラジャラ持ってるような女なの。」
「鍵?」
「そう、全部男の家の合い鍵。」
「うわ、凄いですね。」
「そう、揺らせばジャラジャラ鳴るくらい付いてるの。
 それでその女がある日私にこう言う訳よ。
 ちょっと疲れたから一人に絞ろうかなーって。」
「疲れたって、大勢の男の相手がって」
「そうそうそう言う事」

もうご機嫌らしい。
食い気味に言葉を付け足された。
『物書き』という言葉を操る業種の人間に話をするのが初めてなのか、
随分と気持ちよく話してくれるのは有難い限りだ。
もっと聞かせてくれ、そろそろ終電が無くなる頃だ。
いっそ逃させてくれ。

「それでどの男がいいかなーって言うから相談に乗ったんだけど、
 その人が良いんじゃない、あっ、その人でも良いんじゃない?
 って言っても毎回、「えーでもー」って言うのよ。
 面倒臭い女でキリがなかったなぁ。
 それで私閃いたのね、そうだ、あの川を渡ろうって。
 合鍵の束をジャラジャラさせたまま川を渡れば、
 実は要らないと思ってる男共の鍵は無くなるんじゃない?
 もし一本だけ残ったとしたら、それこそ手間が省ける訳よ。
 その子は住んでる場所の関係でその川の事を良く知らなかったんだけど、
 説明したらかなりノリ気になって一緒に船に乗ったのね。
 それで―――え、なに?」

私が右の手の平を前に押し出して、
「ちょっと待って」と体で嘆願した。
酒のせいだった。
私もちょっと調子に乗ってみたかった。

出した手を引っ込めると、
映画の様にパチンと指を鳴らしてみせた。

「その知り合いってのは実はエミコさんで、
 川を渡って残った鍵の人が今の旦那さん、
 っていう話じゃないですか、ソレ!」

悪い事だった。
折角相手が気持ちよく話してくれているのに何故こんな事を。
話の先を読んでそれを指摘するなんてのは聞き手として酷い態度だ。
今思い出すだけで恥ずかしくなる。

しかしエミコさん、
私の言葉を聞くなりニンマリと笑顔になって、

「ちがいまーす!!!」

と大口を開けた。

「なんと!!その子!!    消えたの。」
「え 」

叫んで渇きが喉を走った。
渇きが水を欲して脳を操る。
また水を一口含んだエミコさん。

「船に一緒に乗ったのね。
 狭い船だから前の席に私が座って、後ろにその子。
 船が出て、川の途中で振り返ったら居なかったの。」
「――でも、その子は友達じゃ」
「知り合い。友達じゃなかった。
 知り合いは無くなるのね。」

知り合いは無くなるのね

響きが恐ろしかった、その言葉の響きが。
本当か嘘か、真贋どちらか判りようもなく、
こちらもグラスを一回傾けて喉を大きく鳴らした。

「でも、船頭さんが居るから、そんな実際居なくなったら」
「ああ、その時船頭さんが言ったわ。」

 久しぶりに見ました、こういうの

「って。」
「……それだけ?」
「それだけ。
 それにしても、ふふっ、なんだか嬉しいわ。
 物書きさんが思った結末と違ったなんて、ちょっと良い気分!
 いやー、今日は酒がおいしー!」

終電には本当に乗れなかった。
朝まで飲んだ。
家に帰った頃には身体がバキバキで、
寝てしまっては記憶が飛びかねないと思い、
何とか震える指でキーボードを叩いた。


しかし書いた内容は結婚する方の筈だった。
この一つ手前の行から、また別の日に書いている。

朝帰りしたその日、
思考回路がハッピーエンドに飢えていたのだろうか、

「一つだけ残った合鍵の男性と結婚した」

という私が予想を外した内容のオハナシを書いた。
ストックとして残し、
更新が滞った時にでも流そうと思って寝かせた筈なのだが、
今日アップしようとして読み返してみると、

なぜか内容はエミコさんが話したものになっている。

あの朝確かに酔いは残っていた。
意識も朦朧だった。

もしかしたら途中でこっちが良いと書く内容を考え直したかも知れないが、
いや、確かに最後に残った男性と結ばれるオハナシにした筈。

川が、
この内容は要らないと捨てたのだろうが。

元々このオハナシは『母ちゃん川』という題名の予定だった。
母親が結婚の面倒を見るという意味でも完璧だった。
事実、テキストドキュメントの題名も、『母ちゃん川』のままだった。

『これは要らない』

という題名は読み返して私がつけ直したものだ。
元の内容に書き直すのは怖くて出来なかった。

『要らない』方を拾い直しでもしたら、
私自身が消さ

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。