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罪の中でお待ちあれ

情報、寿命、食品、時間。
時代が変わり、
人間の生活における様々なものが変わったと言われるが、
何も変わったのは人間だけではない。

「えーそれでは会議を始めます。
 近年人間達の中で顕著になった変化の一つ、
 他人の事を悪く言う、
 いわゆる『悪口』という部類の罪ですが、
 これに対する新たな地獄を制定しようと思います。」

悪人達の終着点は地獄。

生前に溜めた悪事の種類や度合い、
それに応じて豪華な特典が付与される。
なんと釜茹で、針山、蟲喰い、鉄責め。
他にも心折(しんせつ)なオモテナシがめじろ押し。

おや、お客様、鉄責めにご興味がおありで?
こちら焼けた鉄の上でのマラソン大会、
鉄の棒での全身バット、
更には鉄の巨像に全身のツボを丹念に踏みつぶされる等、
多種多様に渡るサービスパックがなんと七万年分。
絶望を骨の髄まで楽しめます。

しかし時代は移ろう、サービスは変わる。
今、地獄も変革期に移ろうとしていた。

「昔は盗みや殺しが流行っていたが、
 最近はなんだ……情報化社会?みたいなので、
 言いたい事が星の裏側まで届くんだよな。」

議長席で腕組みをする閻魔様。
議会は円卓、地獄の重鎮達が一人二人、三人四人、
数え上げて締めて十八。
人間を苦しめるエキスパートが一堂に会したわけだが、
情報化がうんたらなんて喋るもので、
皆、必要以上にお茶に口を付けていた。

「単刀直入、それに伴った新しい地獄の開設が急務だが、
 どういった感じの地獄システムが良いと思う?
 えーと、おい、炎天魔」
「えっ俺?」
「そうだよお前の名前を呼んだ」
「えぇー……新しい地獄…じょうほうか……。
 あの……弄ったら炎が噴き出すケータイ作って」
「うん」
「それで……えーまぁ……。
 指とか耳とか燃やす地獄……どうですかね」
「ふざけてんのか」

可哀そうに。
天魔の奴、炎が好きすぎて他の分野に興味無いから、
今更情報化がどうのと言われて判る訳ないだろうに。
そんな事を牛鬼天が思っていると、

「おい、牛鬼、なんか良い案無いか?」
「へぇあ!?お、俺ですか?」
「お前だよお前」
「えっとぉ……そおっすねぇ……スーッ……」
「……」
「……暴れ牛が走るど真ん中に放り込むとか……」
「それ、もうあるじゃん」
「いや、ちが、違うんすよ、
 その牛の角にこう、スマホ付けて、」
「スマホ?それで?」
「そしたらこう……当たった時ちょっと痛いじゃないすか」
「で?」
「いや、そんなもんでどうかなーと……」

流石地獄のエキスパート達。
自分が得意な分野以外には興味がとんと無い。
普段は人間を阿鼻叫喚のガン底まで追いやる身だが、
この『新地獄決定会議』においてはどうしたものか。
誰もが普段は見せない苦悶の表情の大売り出しで、
故に部下は一人も入れない。
お茶くみの鬼が一人紛れるだけである。

「いやぁ、どうしたもんか」

と閻魔様。
地獄はただ悪戯に人間を苦しめる訳では無い、
生前の悪行に相応しい責め苦を与えるのが美学なのである。
嘘吐きに針山なんてしようモンなら大ブーイング間違いなし。

「ごめんごめん、こっちの地獄じゃなかった!」

といった具合に丁重に謝った上、
舌を引っこ抜いて口に地獄ムカデを突っ込まなければ。
そう、雑なようで地獄にも美学はあるのだ。

でも情報化?スマホ?
人間てのはこれだから困る。
言霊も使えない生き物だからそんなモン使うんだよ。
しかも使えるようになった途端に粋がっちゃって、
他人の悪口を地球の裏側まで飛ばすとかどんだけ暇なの。
他にやる事あるでしょ、掃除とか料理とか。
なに、最近の人間はゴミを食べる体にでも進化したの?

はぁーあ、めんどくさ、
早く担当の地獄に戻って人間いたぶりてぇーな。
そんな心境が各自顔に漏れ出し始めた頃、

「あのぉー」

と、控えめな声が聞こえるのはどこからだ。
閻魔様が顔を上げる。
どこだ、どこから声がした。
女の声だったが金光膳の声か、それとも黒般若か?

「あのぉ……」

いや、鬼だ。
頭に生えてる角一つ、長さも短い下働き。
お茶くみに入っている鬼だ。

「提案があるんですけど……」

円卓を囲むのは何れも天位の上級幹部。
その会議の場にたかが下っ端の鬼が一匹、
しかも『角一つ』が割り込もうとはなんとも大胆だが、
会議はもつれ、案も無く、
誰もが腕を組んで何も無い卓を見つめるだけのこの状況。

「なんだ、言ってみろ」

思わず許しを出す閻魔様。

「人間がした事、
 そのまま返すのが一番手っ取り早いですよ」
「どういう事だ?」
「今回の地獄って、
 他人に悪口言いまくる罪人の為のものですよね。
 じゃあ、そのまま返しましょう。」

数日後の事、
試運転で作られたのは一つの森、
いや、作られたのは一つの地獄、罪の贖い。
立ち込める濃霧で森の中は一寸先すら見えない、
見えるのは一番外側に生える木々のみ。

「これか」
「はい」

初の試運転という事もあり、
データを取る為に用意された人間は約五百。
森への投入まであと二分。

「こんなので上手くいくのか」
「まぁ、やってみましょう。
 上手くいかなかったら私クビで良いですから」
「いや、別にクビがどうとは言ってないだろ」
「そろそろです」

パン、
と何かが弾ける音がすると同時、
森の中から音が聞こえ始めた。
それは足音、人間の足音。
サリサリ、ガサガサ。
草木に当たっているのか、落ち葉を踏んでいるのか。
しかしまだ森からは肝心の悲鳴が聞こえない。

「折角作ったのがピクニック場にならねば良いが」

閻魔様がそんな皮肉めいた事を言ったが、
となりの一本角は静かに森を見る。

「じゃあ、また一か月後に来ましょう」
「は?」
「今日はここまでです。」
「一か月だと?」
「そうです、一か月です。」

地獄の内容は即痛(そくつう)のものが多い。
釜茹でもそうだし針山もそう、蟲責めも割と早い。
そんな中、一か月と言う時間はかなり悠長なもので、
閻魔様も思わず声を上げた。

「おい、一か月もこの森の中で散歩させてるだけか」
「一か月もすれば散歩が追いかけっこになりますよ」
「本当か?」
「本当かどうかは一か月後に確かめましょう。
 私の言った事が嘘になってたらクビで良いので」
「だからお前なんでそんなクビになりたがるの。
 別にクビにはしないから。」

地獄の一か月は早い。
なにせ地獄の刑期は何万年、何億年単位のものばかり。
それに比べて一か月という時間のなんと早い事か。

「で、どうなった。」
「モニター作りました。どうぞ」
「お」

閻魔様がモニターを覗く。
するとどうだろうか、
画面の中には追いかけっこどころか、
お互いを殴りあい蹴りあう人間達が凄惨な形相をしている。
地べたに転がる人間の中にはピクリともしない者もおり、
閻魔様が画面を指さしながら、

「おい、こいつは生きてるのか?」

と聞くと、

「死んでも五分で生き返ります。
 ちゃんと従来通りのシステムです」

と鬼の回答。

森の中はさながら殺人アスレチック。
悲鳴と怒号がお互いを消さない程度に調和して、
まさに地獄と呼ぶにふさわしい具合ではないか。

「ちゃんとした地獄になってるじゃないか」
「ちょっと時間はかかりますけどね。」

森の周りには閻魔様達だけではない、
地獄の獄卒達が知らぬ間に集まっていた。
中には以前から森の近くに通っている者もいる。

地獄の民、
彼らは人が物を食べるように悲鳴を聞く。
三度の飯より阿鼻叫喚。花を見るより悲鳴好き。
まるで御菓子でも摘まむかのように、
まだ幼い鬼ですら物珍しさに寄って来た。

一本角の鬼の企画した地獄はこういったもの。
地上にある目には目を、歯には歯をという言葉の通り、
生前他人に言った悪口を返して差し上げよう。
森に立ち込めた特殊な濃霧が記憶の中を探り、
昔に言った悪口をそのまま囁き返す。

森の木々は人間達を寝かさぬ瘴気を放ち、
森から出られぬように延々と迷わす。
四六時中も悪口を言われた人間はどうなるかというと、
言う間でもなく、遅かれ早かれ正気を失う。

「誰かの悪口を言う人間は、
 自分が言われるのに慣れてないんですよ。
 だから割と早くに気が狂う。
 加えて攻撃的になります。
 森の中で殺し合うのはそういう仕組みです。
 濃霧は森の中の方が濃いので10cm先もろくに見えません。
 だから見えた人影が自分の悪口を言っていると勘違いして、
 相手が誰だろうと殴り掛かって蹴り倒す。
 そしてめでたく死んだ相手は、
 また正気の段階へと逆戻り。」

良い仕事をした、と自慢げでもない。
一本角が淡々とただ喋るだけ。

「閻魔様、御存知ですか?
 一番きついのって狂っていく最中なんですよね。
 だから……まぁ、この地獄はそういう事です。」

熱い。
人間の悲鳴は熱い。

地獄において人の声は熱を持つ。
まるで焚火に当たって頬がチリつくように、
人の悲鳴が頬をなぞる。
獄卒達の頬をなぞる。
にやける口元、せりあがる頬肉、
すっかり細くなった瞼の中では眼が黒光りし、
今、森の外側は悲鳴に舌鼓を打つ地獄の民がわんさと。
その民の光景がこの地獄の良さを証明している。

なかなかの出来具合に採用を考えていた閻魔様に、
傍らにいた一本角が独り言のように話しかけた。

「これ、他の地獄にも導入、いかがですかね」
「それは、この霧を使えと言う事か?」
「そうです」
「いや……他は他でそれぞれの仕事がだな」
「ナンセンスじゃないですか。
 たかが人間の為に窯のお湯かき回したり、
 針山掃除したり。
 これなら放っとくだけで一発OKですよ。」
「うーん……言いたい事は判るが、
 でも仕事と言うのはな、与える事も大切だから……」
「分かりました、じゃあもう私クビで良いです」
「いや、だからお前はどうしたの。
 なんでそんなにクビを熱望するんだ、言ってみろ?」
「クビになった方が変なシガラミ感じなくなるので。
 ところで、
 この霧、増えますよ」

なに、
増える?

閻魔様がふと目をやった森の境界、
よくみると見えていた木々の輪郭が、
少し霧に飲まれた様な。

「じゃ、上司の言う事聞かなかったんで、クビで」
「待て待て待て、増える?この霧がか?」
「針山も血の池も蟲壺も、全部あの霧まみれになりますよ。
 ご安心なく、どんな物も貫通するんで、
 この地獄全域、漏れるところはありません。
 じゃ、私はお先に」

子供が家に帰る時、
その足取りの軽さを見た事はあるか。
この鬼もまさにそうだ、
まるで自分の家に帰るかの如く、
颯爽とした足取りで森へと向かい始めた。

「待て待て、おい、なんだ!
 どういう事だ!
 委託先か?この霧の委託先になにか吹き込まれたのか!?」

簡単な話だ。
このまま霧を放っておけば地獄の民は殺し合う。
閻魔様も例外ではないだろう。
しかし、なぜ。
この鬼、なぜそんな事を。

この霧の委託先はかなりの小規模会社。
たかが『一本角』の企画だからと言って、
予算もかなりケチられている。
いつも不遇な扱いを受けている会社が一泡吹かせようと、
この企画に乗じてこんなマネに出たのか。
閻魔の頭に回ったのはそんな推測。

「おいこんな事をしてどうする、
 なにか望みがあるのか?言ってみろ!」

森へと向かう一本角に閻魔様が叫ぶが、
歩みは止まらず、振り返りもせず。
ただ一本角、進みながらこう答える。

「望みを叶える為ですよ。
 この地獄で『差別』を無くしたいんです。
 人間も、獄卒も、閻魔様、あなたも。
 でも安心して下さい。
 悪口を言った事が無い奴は気が狂いませんから。」

もう一本角の目の前は霧寸前。
そこでようやく一本角が立ち止まりゆっくり振り返ると、
閻魔様がその顔に見たのはなんと気味の悪い笑みだろうか。

「閻魔さん、中でお先に待ってますね」

霧が誘ったか。
あたかも娘を迎える母御のように、
一本角の身体を包んで霧が優しく飲み込んだ。

最早閻魔様が声をかける相手はいない。
背中に冷や汗が伝う。
目の前の霧は地獄の人間も鬼も差別なく、
こちらにおかえりと言いたげにゆっくり広がる。

ここは地獄、人ばかりを苦しめれば良いと思われる場所。
だが獄卒の中にも上下関係はある、貴賤がある。
長年その構図は崩れる事が無かった。
誰も蔑まれる者の心を慮った事が無かった。

今日のこの日までは。

森の周りのやじ馬達も霧の異様さを察して騒ぎ出し、
その声が悲鳴に変わるまでが待ち遠しい。

地獄で『何か月』は早いもの。
殆どの地獄は数万年、数億年の刑期。

霧が地獄を埋め尽くすまで数か月、
霧の中で全てが狂うまで数か月。
そう、たった数か月。
ここ地獄では早いもの。


いざ、地獄が真に『地獄』に成り果てる時。

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