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この魔女を殺して 中編

報告書作成で出張する仕事はとにかく不人気、
なにせ駐留指定されるのは決まって教会だから。

教会で出される食事と言えばどこも同じようなもので、
喰った気がしないスカスカの質素な料理が出てくる。
思わず、

「これを毎日食べてるんですか?」

と言いたくなるが、
わざわざ角が立つような事を言わぬが人間関係のコツ。
恐らく普段はもっと良い物を食べているのだろう、
教会側の面々も渋い顔しながらこちらを見て、

「こいつが居なければもっと良い物を食べたのに」

と思っているのが恨めしい目付きで判る。

そんな目で見られてもなぁ。
そう思いながらライエルは、
肉の一かけらも入っていないスープをかき混ぜた。
掬っては混ぜ、掬っては混ぜ、
しかし何度やっても汁の中から肉は見つからない。

ライエル達はあくまで中央に『報告する側』なので、
駐留した教会で豪勢な料理を食べてたなんて報告書に書かれれば、
『欲深き行為』として中央から警告されるかもしれぬ、
そんな事になってたまるかい!
なんて事を教会側は恐れている訳だ。
さも、

「いつもこんなご飯を食べてるんですよ?
 だから変な事を報告書に書かないで下さいね?」

とアピールする為、
皆こぞって質素な料理を共に食べる訳だが、
そこまでするなら演技の方もちゃんとすれば良いのに、
とライエルは毎度思う。
恨めしい目でこちらを見たら、
普段は良い料理を食べていると言っているようなもんだ。
せめて美味しそうに喰ってる顔を作って欲しい。

しみったれた飯を喰い続ける事八日間、
そして残る駐留期間は二日を切った。

ライエルは朝から出向く所があった。
場所はこの町の外側、
今回の魔女狩りで雇われた男達に話を聞く為だった。

「この指輪なんだが」
「なんだこの安っちいのは」

取り出した指輪を見て話役の男が吐き捨てる。

「この前の魔女狩りの押収品の一つなんだが覚えがあるか?」
「覚えてねぇよ。
 金品の類はとにかく回収とだけ言われたんだ。
 いちいち確認した訳じゃねぇんだよ。」

それを聞いてライエルは落胆しない。
ただ予想していた答えが返って来ただけだ。

魔女狩りという大義名分に昂った男達に冷静さなど無い。
だが何かの情報が得られれば儲けもの、
まるで博打の気分で聞きに来たライエルだ。
これは一人一人に聞き込んでも意味が無かろうと、
町の方へと踵を返そうとした時だ。

「あっ、それ」
「ん?なんだ」
「俺だ、俺が引き千切った指輪だな。」
「引き千切った?ちょっと話を聞かせてくれ」
「あの魔女を連れて行く時、
 胸元から鎖がチャラっと出たんだ、それについてた。
 鎖もソレも安物だったが一応金品の類だ、
 首から引き千切ったんだ」
「という事はこれは身に着けていたのか?魔女が」
「だからそう言ったろ。
 首に付けてたのを引き千切った。」
「……本当に首に下げていたのか?」
「耳がイカレてんのか?だからそう言ったろ、確かだ。」

相手が少し苛立った理由は、
しつこい聞き方だけではないだろう。
その口から匂う酒の臭さ、
きっと今は二日酔いに違いない。
これ以上の問答は無理と見てライエルは話を打ち切り、
今度こそ踵を返して町への帰り道についた。

ライエルも無駄にしつこく聞いた訳では無い。
思い描いていた予想とあまりにも違っていて、
まさか、と思って念押しの問答に至った。

魔女狩りと言うのはヒステリックなものだ。
民衆の不安を『魔女』にぶつけ殺す、
それがこの時代の魔女狩りであった。
それこそ雨乞いや生贄のようなもの、
問題と対策が全く直結せず、
それらは民衆の気休めでしかない、

「こういう事をしたから大丈夫に違ない」

そう思い込みたいが為の雨乞い、生贄、そして魔女狩り。

しかし魔女狩りは行き過ぎた迫害が大きく、
魔女の家を焼くなどしても、
その近隣にまで興奮した民衆が手を出す事が多く、
治安の観点から見ても中央は魔女狩りを良く思っていなかった。
民衆に因る集団ヒステリーであると、冷静に判断していた。

ライエルは教会で指輪に彫られた文字を見た時、
今回の魔女裁判はカーミラが仕組んだものだと閃いた。

ライエルが考える筋書きはこうだ。

どんな因縁があるかは知らないが、
カーミラがリオーネの事を邪魔に思い、
わざわざ兵を雇ってリオーネを捕獲した。
その際兵に金品をリオーネの家に持ち込ませ、
さもそこから押収したかのように振る舞わせる。
押収品も証拠の一つとして裁判を始め、
晴れて邪魔な魔女は火炙りに。
金品の中に名前入りの指輪が入っていたのは、
品物をよく確認もせずに潜り込ませたカーミラ側の失態で、
ライエルが男達に確認したのは証言が欲しかったからだ。
こんな名前入りの金品を、魔女の家から押収したという証言を。

魔女の家の物なのにカーミラの名前が何で彫ってある?

証言と指輪の食い違い、
そこから今回の魔女裁判の真相を追求しようとしたライエルだったが、
思ってもみない事だった。
まさかこの指輪、
魔女が『身に着けていた』ものだったなんて。
即ち、魔女リオーネと伯爵夫人カーミラは面識があり、
その上気の置けない仲、だと考えても不自然ではないだろう。


じゃあ何故カーミラはリオーネを裁判にかけた?


予想の基礎を崩された脳はすぐには持ち直さず、
ライエルは眉間に皺を思いっきり寄せながら帰路についた。
教会に帰りついたのは昼を幾らか越えた頃。
教会で持たせてくれたパンを頬張り終え、
残す一日で一体何が判るのだろうかと思っていると、
教会の入り口に神父が立っているではないか。

「おお、お帰りなさい。
 そろそろだと思ってました。」
「出迎え頂けるとは恐縮です、なにか?」
「ライエル殿に、お客様が……」
「私にですか?中央から誰か来ましたか」
「いえ……まぁどうぞ、中へ」

神父が教会の中へ帰っていくが、
その様子はどこか急いでいる。
お前も早く来い、まるでそう言われているような気もして、
ライエルも神父のあとを追いかけた。
足はもう既にかなり疲れている。
階段を昇る動きで筋肉が痺れるように痛い。

二人の後ろでは幾つかの足音が聞こえていた。
足には音がある。しかし視線には音が無い。
幾つの視線が自分の背中に向いていたか、
ライエルは果たして気が付いただろうか。

まだ昼だというのに教会の中は光が少なく、
まるで洞窟の中の如くそろそろと歩く。
どの窓も締め切られ、これからここで悪さでもするのだろうか。
しかし神はどこからでも見ておられる。
それがキリスト教の考え方の筈、
なのに教会がこんなに窓を閉め切ってる事を考えると、
ライエルは少し可笑しくなってしまうのであった。

「こちらへ」

神父が先に入るのではなく、
先に入れと促してくる。
開いた扉が手招きする部屋の中は薄暗く、教会の中とは言え、
あたかも悪事を匿う後ろめたさが巣食っているようだった。

部屋の手前にある椅子だけが辛うじて見える。
あとは暗くて目玉が闇と区別しない、
椅子以外はこの部屋の中、全てが闇。

「あの、どなたか」

不安がライエルの声を灯し、
それに反応したのか、
暗い部屋の中から弱弱しい光がひょっこり生まれた。
それが蝋燭についたので光が大きくなると、
部屋の中にいる人数が、一人、二人、三人か。女が二人、男が一人。
いずれも見慣れぬ顔だったのだがきっと身分は高かろう。
三人が身につけている庶民では買えない服装がそう言っている。

「『覚書き』のライエル殿か?」
「はいそうです、初めまして……あのぉ、」
「フェルマンです。」

伯爵ではないか!

「えっ、あっ!初めまして!ライエル・ボニュートです!」
「おお、おお。どうかそのままに。お座りになって。
 私の横のこれは妻のカーミラです。」
「えっ!?」

ライエルの汗腺と言う汗腺から汗が。
カーミラは言わずもがな今回の魔女狩りの仕掛け人、
どこからか名前入りの指輪の存在がバレて私を口封じに――、
いや、神父か!?
昨日の今日だ、こんなに早く知れるのは神父が口外したとしか。

くそぉ、この悪党め!
さてはこの教会ぐるみで悪事を働いていたか!!

「そしてこちらがリオーネです。」
「………ん?」
「リオーネ・ウィルトです。」
「……いや、リオーネは魔女裁判で」
「あれは嘘です。一芝居打ちました。」

死人が目の前に現れる事は、人生そうそう無い。
死んだと教えられた人間においても同じである。
ライエルはただ口を開けてリオーネをまじまじと見るのが精一杯、
少しの沈黙の後に場の空気を読んでか、
リオーネが口を開いた。

「実は、ライエル殿にお願いがあってきました」
「………」
「ライエル殿?」
「ああ、はい、いやすいません、混乱してしまって。」
「すいません、と最初に謝っておきます。
 これからのお願いで更に頭を悩ます事になるでしょうから…。」

窓は閉め切られている。
闇は悪事を働く温床だと昔の皇帝が言ったそうだ。
だがこの教会の中の闇は果たしてそうだろうか。
少し歪んだ窓から洩れる光で、
教会の中に舞う埃が妖精の踊り子のように舞っていた。

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