今年は何とも不穏な始まりだったのは、
皆様御存知の通り。
俺の生活としては大学二年目、
キャンパスの景色に慣れた気楽さがあった。
サークルで気の許せる仲間も出来て、
いよいよ楽天的な学生生活に本格突入か、
と思った矢先に件のコロナ。
大学はオンライン講義を行い、
学生からは結構好評だったようだ。
一口に学生と言えど十人十色、
真面目、不真面目の差異は濃淡様々。
終始真剣に耳を傾ける学徒あれば、
友人との会話に全てを捧げる輩あり。
その二つが混在するのが大学の教室というもの。
だがオンライン講義だ。
一所に密集を許さないコロナのお陰で、
授業は画面越しの一対一、
生徒と教授のサシの状態となった。
「普段の講義よりも集中出来た、
良ければこれからもやって欲しい」
六月頭に行った学生アンケートで、
上記の様な意見が半分を占めたのは意外な事で、
学校側もこれには一考の余地があるとした。
学生の中には当然、
「オンラインでは身が入らなかった」
と書いた者もいたが、まぁ、
アンタは生の授業でも身が入らんでしょどうせ。
と言った具合に斬り捨て御免。
ともかく学び舎に学徒は戻り時節は六月終わり、
そろそろ定期試験が忍び寄って来た。
コロナ規制の緩和当初、
学校側はオンラインとオフライン、
両方の授業を行う事を教授陣に要請。
殆どの生徒は来ないのではないかという意見もあったが、
蓋を開けてみると八割を超える学生が登校する展開へ。
要因となったのは学友、サークル、学食など。
大学と言う場所は『勉学だけ』ではないという証拠だ。
しかし、新島が来ない。
同じ学科仲間の新島が大学に来ない。
同じ学科では田村、田中、塩見、山城に瀬戸、杉山。
一年時の後半に『不登校』とあだ名された猪田も来たのに、
『あの』新島が大学に来ない。
俺はあいつの話す言葉が羨ましかった。
去年の新島の周りと言ったら賑やかなもんで、
学食では話題をいつも作って皆と笑っていた。
俺もその皆の一人で、
ポンポンと面白い事を毎回口走る新島が羨ましかった。
その新島が大学に来ない。
「まだコロナ症候群なんじゃない?
ほら、新島ってちょっと神経質そうなところもあるし。
オンラインの方が授業も集中できるって言って、
家の中をまだ楽しんでるんだよ、きっと」
学友の一人がそう言うが本当にそうだろうか。
コロナが収束したとされる六月半ば頃、
それでも家から出ようとしない人はコロナ症候群と呼ばれた。
冗談めいた言葉である。個人的には好きではない。
久々に大学に来た学友の誰もが一度、新島の名を口にするが、
「いないと寂しいね」
と言うだけで、
じゃあ家に行ってみようと、とまでは言わない。
去年だったら軽いノリで行こう行こうと言った筈。
みんな、非常事態期間で家の中で大人しくした結果、
すっかり自他差別なく孤独に慣れてしまったのだろうか。
他のやつらは同じ学科ってだけだが、
俺は新島と同じサークルという縁もある。
学科仲間で、サークル仲間。二倍の肩書だ。
どうにも気になって遂に、
「今日遊びに行くから」
と強引に連絡を新島に送り付けた。
アイツの好きなコーラを一本買って学生マンションへ。
「マジでくんなよ」
「コーラ買ってきたから」
180円で買った粗品をちらつかせ、
俺は数か月ぶりに新島の部屋へと上がる事が出来た。
長居引き籠り生活でどれだけ散らかっているかと思いきや、
意外と綺麗に掃除も片付けもされている。
住むには随分気持ちよさそうなんだが、
新島、お前そんな目の開き方してたっけ。
なんか随分眠たそうな、目が座っているような。
「それでお前どうしたの、コロナ症候群?」
人間てのは不思議なもので、
嫌悪している言葉であっても何かの拍子に出てしまう。
久しぶりに会った友人との会話の切り出しとかで。
「いや、ちょっとな」
新島が持ってきたコップが二つ、
弾ける黒い液体を注ぎ込んでぐいと傾ける。
乾杯の言葉も相応しくない、とにかく俺も一緒に飲んだ。
コーラを飲むのは久しぶりだ、
喉に残る甘さが結構えぐい。
「そろそろ学校来いよ、
また昼休みに大富豪しようぜ。」
「別に大富豪やる為に行く訳じゃねぇだろ」
「リハビリだよリハビリ。
皆もお前が居なくて静かだなって言ってんよ。
寂しがってるよムードメーカーが居ないから。
それにそろそろ前期試験期間始まるしさ。
明日学校来いよ、皆の顔見ようぜ」
「いや、あのさ」
「ん」
新島が両手で作った拳を両腰に宛がい身体を前に傾け、
それは見た事も無い姿勢だったと後に俺は語る。
裏を返せば新島が俺達の前で本気で悩む事が無かったんだ。
口を歪ませ、眉を絞り、
お前、こんな表情が出来たんだな。
大学では笑った顔しか見た事が無かったよ。
悩みは絞り切った、
といった面持ちで身体をゆっくり起こした新島だが、
その口から出てきたのは間抜けな言葉だった。
少なくとも俺は間抜けの言葉に聞こえた。
なんか嘘言って、と新島は言ったのだった。
なんだそりゃ。
まるで四月一日の幼稚園児みたいな言葉じゃねぇか。
だから思わずこっちも気の抜けた相槌を打つと、
血相を変えた新島が手の平を突き出してきた。
「ああいや!やっぱりいい、言うな言うな」
「なんだよ、俺がお前に嘘言えば良いのか?」
「言うな!言わなくて良いから!」
「なんだよ、どっちだよ」
「あのな、変な力持ってんの、俺、今。」
「………何言ってんの?」
「そうだよな、お前は正しい。
正しいリアクションをしてる。
誰でもそう思うと思う、きっと俺でもそう言う」
「え?ごめん何の話してんだお前、
聞いてて全然判らないんだけど。」
「簡単に説明するぞ、簡単に。
俺に、誰かが嘘吐いて、俺がその嘘を信じると、
その嘘が本当になるの。」
「いやお前、どうした?
冗談にしても、もっと上手い喋り方あるだろ、
お前そんなに話の下手な奴じゃ」
そう、新島は話下手な奴じゃなかった。
大学の学所で皆で話す時はいつも感心していた。
よくそんな面白い話が次々沸いて出るもんだと。
傍に居れば楽しい話が始まるんじゃないかと、
学科の奴らも男女問わずいつも大勢周りに居た。
それが俺の知る新島だ。
そんな奴がつまらない事を言うか?
出そうとした言葉が思わず詰まった。
「いきなり無茶な話をしてるのは判ってる。
でもこれ以上上手い切り出し方が思いつかん。
お前だったらどう話す?」
どう、って。
そんなもん俺に判るかよ。
コップの中のコーラが揺れもしない。
カーテンを開けた窓から夕方の陽が入る。
俺は新島への代案を答える代わりに、
その力の出処を訪ねた。
受け入れる事にしたんだ。
長らく登校しなかった学友と一つ部屋の中で二人きり。
目の前の新島の顔にはふざけている様子の影も無い。
新島は夢の中で神様に力を押し付けられたと言った。
なるほど、押し付けられた、ね。
異世界転生モノというジャンルがある。
大体の内容は神様から非常に有用な力を授かったり、
前世の記憶のおかげで無開拓世界で有能ぶりを発揮したり、
そんな物語を見ていてこう思った事があったんだ。
神様、アンタはそれで面白いのかって。
転生した奴がサクサク楽々活躍してて、
それで面白いのは活躍してる本人で、
神様、見ているアンタは果たして面白いのか、って。
神様から見たら人間なんてアリのようなもんだろう。
何処で何が起こっても所詮アリがひっくり返ってるようなもの。
どうせなら、全てが無茶苦茶になるレベルの物事じゃないと、
神様としては面白くないだろうに。
神は人間の都合で動かない。
神は神の都合で動く。
その点、新島の話は筋が通っている。
「でも新島、お前試したのか?その力を。
そんだけビビってるって事は何かあったんだろ。
だってこんだけ人との接触避けてんだからさ、
一回位は使ったんだろ?」
「……アメリカとヨーロッパが今酷いだろ」
「ああ、コロナか?
あの辺は酷いって確かにニュースでやってる」
「アレ」
「あれ?」
「アレ、俺のせいだ」
「……あれが?
いや、ニュースじゃスーパースプレッダーに連鎖感染して、
病院は医者が罹患して軒並み機能停止、
それがヨーロッパとの航空交通網上で広がったって」
「それ、フェイクニュースだったんだよ。
五月の頭にネットで流れていた奴を俺が読んじまった。
ゴールデンウイーク前だ。
ニュース報道があったのもそれ以降だろ」
「え?あんまりよく覚えてないけど……」
「夢で神様が言ったんだよ、
お前よりによってそれを信じたのか、まぁ良いけどって。」
「いや、いやいやいやいや。流石にそれは」
「だろ。信じられねぇだろ。そうなんだよ。
全部本当になるから誰も信じられないんだ俺の話を。
この力の本当の恐ろしさはな、
誰も信じないから俺は嘘を吐き続けられるって事なんだ。
判るか?全部本当になるんだ!
下手をしたら俺ですら気付かない!
誰かが嘘で言った言葉を俺が信じたら本当になる、
それでどこかの誰かが死んだりするんだ!」
「まて、落ち着け」
「だからって誰かが俺にそんな力無いよって嘘を吐いても、
俺はそれを信じられない!俺の知ってる事が本当の事だからだ!
俺は確かに力を持っている!欧米が大変な事になった!
他人はそんなの成り行きだろうって言って取り合わない、
でも他人がどう思おうがこの力は変わらない。
なぁ、
そんな俺がどうやってノコノコと外を歩ける…!?
誰かがとんでも無い嘘を吐いて俺がそれを信じたらどうする?
いきなりテレビかYoutubeの馬鹿がドッキリ仕込んで、
明日核戦争が起こるから逃げましょう!とか、
それを手の込んだ仕掛けで俺を騙しにかかったら!?
なぁ!?……考えただけでも恐ろしい……!!」
「新島」
「なんだよ」
「良いか良く聞け。お前にそんな力は無い。」
「……はは、やめろ無駄だ」
「俺は明日もコーラをもって遊びに来る。
そしてお前に言う、そんな力は無いって。
明後日も来る、その次の日も、
お前が俺の言葉を信じるまで言い続ける。」
話を聞いてて大体理解した。
新島は『嘘を言われて騙されたら』と言ったが、
恐らく『新島が聞いた話を信じたら』が本質的な条件だろう。
新島の言う通り信じ難い話だ。
欧米の状況だって自然とそうなった思うのが普通だろうし、
超常的な力で感染爆発したなんて嘘臭いにも程がある。
欧米の事に関しては何が本当かは判らない。
ただ、今俺が判る事は、
非常事態期間の間にすっかり新島は変わってしまって、
にわかには信じがたい話を真剣な剣幕で話していて、
以前の新島からは想像しがたい変わり様だって事だ。
一体どこからどこまでが本当かは判らない。
でももし新島が俺の言葉を信じる事が出来ると言うなら、
それで色々事が治まると言うのなら、
「俺はお前が信じるまでいつまでも言い続けるぞ。
俺達が大学を卒業しても、
違う土地で就職したってラインか何かで毎日言う、
それぞれ誰かと結婚しても知った事か、
お前の奥さんなんか気にせずに連絡するぞ、
毎日連絡してるからってホモの気を疑われても知らん、
お前が俺の言葉を信じるまで言い続けるからな、
俺かお前が死ぬまで続けるからな!!!
良いな!?
信じろ!!!」
新島という男はいわゆる人気者だった。
だからか苦虫を噛みつぶしたような表情は見た事が無い。
その新島が今、
眉間に眉を寄せ、
片頬を少し吊り上げ、
唇を震えさせ、
ああそうか、
コイツは本当に力を持ってるんだ、
だからこんなに変わってしまったんだと、
ようやく俺は確信を得るに至った。
広い世界で仲間と大活躍をするでもない、
未開の土地に新技術を持ち込み重宝がられるでもない、
ただこの七畳半の学生マンションの一室、
新島はたった一人で戦っていた。
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※)スーパー・スプレッダーとは
感染症病原体を保有した時、
通常以上の感染を引き起こした者の事をこう呼ぶ。
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