新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

教えてあげるのはここまでよ。

何もかも、
全てを知れたら便利。
そんな事を思っていた時期が私にもあった。
でも全てを知る事が出来たら、きっとそれは恐ろしい事だ。
今ならそう思う。

「来週の土曜日、千駄ヶ谷で。」

飲み会の誘いである。
しかも夜通しの。
私は先月四月で二十歳になったばかりだと言うのに、
全く、情けも容赦も何も無いお誘いで。
そもそも私は二十歳を迎える前から飲み会の席に招かれているので、
今らさ

ごめん、噛んだ。

今更「行かない」とは言えない立場。
もしこれが計画的なものであるとしたら、
飲み仲間達はどんなに用意周到な事だろう。
手を叩いて褒めてやりたいものだ。
「貴方達の計画性には舌を巻く。帰らせろ。」と。

「えーと、
 じゃあ十二月になりましたので!!」

人間とは酒の席で腕を高く上げるのが好きな生き物だ、本当に。
毎日欠かさず宴に出向けばグラスを持つ利き手だけ鍛えられてしまうな。
ざっと三十人分は下らないグラスは高々と担ぎあげられ、
「乾杯!」という言葉をかき消す大きな音を上げ各所で弾け合う。
私は二十歳で今回の飲み会の席では下から二番目の若さだ。
一番下は何歳かって?
えーと…じゅう…

まぁ細かい事は良いじゃない。
社会勉強と言う事で。
その最年少の男の子は既にテンションぶち抜いて主力陣と騒いでます。
こう言う場は年齢なんて関係ない。
楽しめた者勝ち。

飲み会の席では二種類の人間が出来上がる。
酒の力が渦巻く直中に自ら飛び込んで回転力を増す者、それが一つ。
その渦の轟きを遠目で眺めて酒の肴に楽しむ者、それがもう一つ。

私は元来血の気の多い人間ではあるが、
長期耐久に向いている体の構造をしていない。
頭にカッと血が上ったら一撃で相手を叩き伏せるか、
もしくはしくじって一撃でノされるかだ。

この飲み会と言うのは朝までだ。朝までかかる。
ハイ、理解してくれたね皆。
エネルギー渦巻くど真ん中で騒いだら持って一時間が限度。
一軒家になだれ込んでの見ていて楽しい飲み会だ、
出来るなら最後まで付き合いたいのが人情と言うもの。
そんな訳でいつもコップを一つ手にしたら端っこへと移動する。
私と似た性質を持つ御仲間もいるので退屈にはならない。

始まりの乾杯直前から、なんか今回は雰囲気が違った。

『クレイセリング』という現象を御存知だろうか。
エネルギーが充ちた流動系の物質の動きの事だが、
エネルギーが飽和していて波の様に上下運動をしている状態をそう呼ぶ。

乾杯前の場内に満ちる気の波の動きの、まぁ激しい事。
『クレイセリング』の現象は最終的に些細な衝撃の付加で、
上下していた表面が火山が噴火する如く天に向かって唸る。
乾杯がまさにそうだった。

「はーい かんぱあああああい!!
 それじゃあいくぜえええ一気!いっき!いっきいい!!
 よーし皆大好きあいしてるううううう!!!」
「………(うわー…)」

とまぁこんな感じである。

「今日は何か恐ろしい程に皆漲ってますね…。」
「まぁ、そりゃあ松田さんが来てるからね…。」
「松田さん?」
「あれ?お前松田さんに会った事無かったっけ?
 今年の5月の飲み会にも来てたよ。」
「あれ?5月は僕、全部出席ですよ?」
「あー…そりゃ嘘だ。
 ほら、一回ノロウイルスにかかった事があっただろ。
 あの時は気を回して誰もお前に連絡取らなかった筈だもん。
 そうだ思い出した思いだした、
 あの時丁度松田さんも来てたんだ、そうだそうだ。」
「……で、その松田さんが来るとなんでこんな事に?」
「そりゃあ皆、何かが起こると思うからさ。
 どうせ何かが起こるなら、盛大にはしゃいじまおうって腹だね。」
「……松田さんと言うのは?」
「お前は何の『異能持ち』だっけ?」
「季節の変化を匂いで嗅ぎわけるものですけど。」
「なるほど。
 松田さんは『全知』だよ。」
「ぜんち?」
「超レア。」

先に言っておくべき事だったかもしれない。
世の中に、何も無い所で発火させる事の出来る人間がいるとする。
他にも、黒い色があったらそこから寒さを呼び寄せたり、
切った爪の長さだけ代謝を遅らせたり出来る人間が居るとする。
そんな人間が『仮に』世の中に居たとする。
そんな人間をこの飲み会では『同胞』と呼び、
全員、飲み会参加者の事をそう呼ぶ。
要するにそういう人間の集まりなのだ。

当然各々が持つ力は千差万別。
それは何の役に立つの?という力もあれば、
使い方次第では島国一つ位容易く海に沈められるものまで。
でも『同胞』は階級付けや差別なんてしない。
皆等しく神に選ばれた『同胞』だから。
それがこの組織の絆でもあり掟でもある。

「松田さんが来ると何でそう言う事に?」
「…全てを知るって事は、
 どんな厄介事が起こるか判ってるから、来てくれるって事だろうがよ。」
「はぁ。」
「要するに厄介事のもみ消し役って事。」
「…で、何で騒ぐんですか?」
「この乱痴気騒ぎ。
 波を制御できる真壁さんが音漏れ防止をしてくれてる。
 他にも佐藤さんとか水谷さんが近所にばれない様に頑張ってる。
 だからいつも馬鹿どもが酔いに任せた能力合戦をするんだけれども、
 まぁ、考えてみろよ?
 松田さんが来るほどの何かが起こるって事だよ。
 真壁さん達、世話役三人の手に負えない事が起こるって訳だから、
 どうせならいつも以上に騒ごうって、そういう魂胆。」
「………馬鹿ですよね?」
「その通り。馬鹿だね。
 もう今日は世話役三人も最初から諦めてるよ。
 見て、あの顔。
 もうどうにでもなれって。」

どうにでもなっちゃ困る。

「大丈夫、松田さんが居るから。」

本当かよ。
今日の皆の乱れ方は確かにヤバイ。
本当かよ。大丈夫かよ?
桐山さんは重力使いだぞ?
下手したらイージス艦くらいは沈められるぞ。
他にもヤバイ面々はごきげんに酒を煽っている。

「あ。」

午前一時を回る頃。
いよいよ修羅場みたいになってきた酒の席。
隣に座っていた誰かが声に出した。

「松田さん、立った。」

声の主の視線を辿って見てみると、
長いスカートを穿いた女性が椅子の前ににっこり笑って立っていた。
私の視線が追いついた次の瞬間、その周りにいる三人も立ち上がる。

「もうやめなよー。」

私の視線の先とは別方向からそんな声が聞こえた。
次の瞬間だった。

ガッ!

という音が聞こえたと思ったら目の前が真っ白になり、
体の表面が焼けるような感じに襲われた。

「何だこれ!?熱い!!」

そんな事は思うだけで言葉に出せない。
あっという間に意識を失った。

気付いたら朝になっていた。
くらくらする頭で周りを見渡すと、
ふーやれやれと言った顔で数人が飲み会の後片付けをしている。
他の大多数はと言うと、先程までの自分同様地面に転がっている。

「あ、やっと起きた。」
「は  え?」

松田さんだ。

「じゃあ、私帰るわね。」
「あ、お疲れ様ですー。」
「お疲れ様したー。」
「ありがとうございましたー。」

片づけをしている人達が松田さんに挨拶。
つられて思わず「あ、お疲れ様です」と私が言ったら、

「駅まで送ってくれる?
 って頼んだら、送ってくれるわよね?」

と。

「え?」
「君が起きるまで待ってたのよ。
 送ってくれるわよね?」
「え?
 ああ、はい…。」

そんな風に言われたら送らない訳にはいかないだろう。
私は着ている服を正して寝起きの頭髪がどうなってるかも確認せずに、
女性を連れて朝の町へと出ていった。

「………。」

その最中、思い出す。

「あ、昨日の夜…
 あ、思い出した。
 何か目の前が真っ白になって…。
 あの…あれって何が起こったんですか?
 なんか気付いたら朝になってたんですけど…。」
「殆どの人がそうよ。
 五人だけよ、一部始終全部を見たのは。」
「五人?」
「あ、私を入れたら六人。」
「……何があったんですか?」
「まず真坂さんが怒って爆発。」
「……って事はまさか、
 あの光ってちょっと熱いと感じたのは」
「真坂さんね。酒の力も合って本気で怒ったんでしょうね」

真坂さんは怒りの感情を爆発に変える。
今まで「どーん」や「どーん!」位の爆発は見てきたが、
あんなのは初めて見た。
「ズドーン!」という音が鳴るかと思っていたが、
本当に凄い爆発と言うのは「ガッ」という音なのだと勉強できた。

「それで、真壁さんと水谷さんと佐藤さんで、
 私達の周りと部屋に『壁』張って貰って、
 申し訳ないけど他の人たちには手を回さなかったわ。
 というか回してたら防ぎきれなかったし。」

どんだけ激しかったの。爆発。

「爆発直後に横糸さんに火を吸収、
 小島さんに時間を戻してもらって、
 皆の傷を無かった事に。
 ま、簡単にまとめたらこう言う話。」
「…要するに全員本当は死ぬ筈だったって話ですね?」
「違うわ。
 本当の話は、今全員無事で、今日は残らず二日酔い。」

そう言って松田さんはにっこり笑った。

「…松田さんの異能って、全知と聞きました。」
「そうよー。」
「何でも知ってるんですか?」
「さぁ、どうかな?」
「じゃあ自己紹介とか、要りませんかね。
 僕達一応初対面なんですが。」
「でもそれは礼儀に反するんじゃ無くて?」
「あーそれはそうだ。
 あの、津田健一郎です。」
「どうもー、松田ミキですー。」
「あの、駅までの道って実は結構短くて。」
「うん、知ってる。」
「…僕が何を聞きたいかも知ってますよね?」
「さぁ、どうかなー。」
「…昨日の飲み会の最中に松田さんが『全知』って聞いて、」
「うん。」
「聞きたいと思っていた事が…。」
「どうぞ。」
「… 自分が死ぬ日も、判っちゃうんですか?その力…。」
「そうだね。」
「……怖くないですか?」
「なにが?」
「いや、なにがって」
「怖い、か……。
 怖くないわ。
 だって、
 私が死んだらアナタが泣いてくれる事は判っているもの。

 あ、もう着いちゃった本当に早かったわね。」

朝日と言うのは肌に刺さる。
ちくちくする。
松田さんは朝日に少し目を細め、
私の方に振りかえり手を振ってくれた。

「あ、の」
「なにー?」
「今度は、いつ飲み会に来るんですか?」
「  さぁねー、わからなーい。またねー。」

私が死んだらアナタが泣いてくれる事は判っているもの。
その理由は。
私が泣いてしまう理由は何ですか。
今後私達が良い飲み仲間になるからですか。
それとも、松田さんみたいな美人が死ぬ事が悲しいからですか。
それとも、もっと別の理由ですか。

私は、何も知らない。
ただ、彼女の『全知』が知っている。

朝日がちくちく、肌に刺さる。
二日酔いは、まだ来ない。

(※ クレイセリング / Claiserling)
物質状態が液体であり、尚且つ形状の変形自由度が高い時、
その物質を構成する分子もしくは原子に等しくエネルギー充填が行われ、
液化、気化する寸前の封鎖型飽和状態の事を言う。
クレイセリングである物質は波の様に上下する運動を起こすが、
これは何の為に起きているのか未だ明らかになっていない。
不安定な状態を保つ為の自然運動だという加藤理論が現在一番支持されている。
緊張状態であるクレイセリング物質に衝撃を加えると物質は膨張し爆発する。
爆発の方向はそれまで上下動をしていた二方向のみで、
衝撃を加える方向はこれに影響を及ぼさない。
この爆発の方向も今だ機構が解明されておらず、
クレイセリングは今だ謎の多い現象である。
2009年に東北大学チームがSPring8にて水銀を用いた実験中にこの現象を発見、
以来世界中で研究されている人工現象である。
尚、wikipedia等で検索してもこの単語は上がってこない。
何故ならけんいちろうの虚造語だからである。

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