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この魔女を殺して 後編

「魔女裁判で火炙りにしたのはただの人形です。」
「えっ いやでも――」
「雇った兵がリオーネを連れてきたのはその一日前、
 男達に金を渡すとそのまま帰らせ、
 裁判自体は次の日に行いました。
 そこでここ一帯の民衆の前で火炙りまで行ったのです。」
「……いや、それは…え?
 それだと周辺の人達はその嘘の火炙りを見てた事になる、
 しかし誰もそんな事は言わなかった、人形を焼いたなんて」

ライエルも最初の一週間をぷらぷらしていた訳では無い。
周囲の住民に裁判の様子や火炙りの様子、
更にはリオーネの人柄や素行もきっちり聞き込みをしていた。

それによって得られた情報は以下の通り。
裁判は罵声が飛び交い、
火炙りは焼かれる魔女の悲鳴が長く響く凄惨なもの、
そしてかのリオーネは男を惑わす悪女と言われ、
どの住民に聞いても同じ話が返ってきた。
確かに、教会で見た裁判記録書と同じだった。

「この辺りの誰に聞いても魔女は悪女だったと……。
 魔女は確かに火炙りになったと言いましたよ。
 それに私だって火炙りの痕跡を確認しました。」

ライエルの強めの語気にカーミラの落ち着いた言葉が被さった。

「痕跡、だけね。骨は無かったでしょ。」
「骨………」
「あった?リオーネの骨。無かったでしょ。
 当然よ、だってまだこの身体の中に入ってるんですもの。」

カーミラの手がそっと椅子に座っているリオーネの肩に触れた。
リオーネもまたその手に静かに触れて、
今度は自分の番だと悟ったのだろうか、
俯いていた顔を少し起こし、唇が薄く開いた。

「一人の殿方が私を気に入った事が始まりでした」
「求婚してきた男がいるのよリオーネに」
「カーミラ、」
「あ、ごめんなさい、続けてリオーネ。」
「――この町は都市を繋ぐ交通の要になっています。
 行商だけではなく、吟遊詩人や薬売り、
 貴族の方も長旅の宿をとる為にこの町に立ち寄るのは、」
「ええ、私もそれは存じております」
「今は生誕祭の季節、誰もが故郷に戻って一週間を過ごす時です。
 今ならこの町に他所から来た人は誰も居ません。」
「私を除いては、ですか。」

まだライエルの背中からは汗が引かない。

「変に聞こえてしまったらすいません、話しを戻します。
 ある時に旅の貴族の方が怪我をされました。
 私の家の前だったのですが、モルメントという子爵の方で――」

話そうとしていたは確かにリオーネだった。
しかしカーミラが会話に強引に入ってきた。
まるでそこからは私の番よ、とでも言いたげだ。

「その馬鹿が馬車を降りようとした時に馬が動いたんですって。
 それで足場から派手に転んで怪我をした所を、
 リオーネが家から出て手当してあげたのよ。
 それで勝手に盛り上がっちゃってねぇ、
 花を送ってきたり、意味も無くこの町に来たり――」
「ちょっと、カーミラ」
「あの男の事を思い出すと苛々して口が出るの。」
「……それで、遂には、結婚をしてくれと……。
 正直困りました、私はこの土地を離れたくないし、
 身分も違うので色々と面倒もありそうですし、
 何より………」

何やらリオーネが言いにくそうに口ごもるので、
「……相手の男に対して気が乗らないない?」
とライエルが突っついてみると、

「……はい……。」

と控えめな返事が聞こえてきて、
まぁ、相手のモルなんとか様も気の毒な事であるなぁ。

「良い方なのですが……」

とまで聞かされていよいよ恋愛の難しさを覚える。

「はっきり言いなさいよリオーネ、
 あの男の口が臭いって」
「っカーミラ!」
「送られてくる花もケバケバしいし、
 色々と趣味が悪い男なのよ、そいつも。」
「……まぁ女性陣に話させると盛り上がってしまいますので、
 ここからは私が話をさせて頂きます。」

妻の背中を撫でながら、
いよいよフェルマン伯が話し出したが、
その落ち着いた様子、どことなく重苦しく、
開ききらずに細めた両目はまるで威圧、
何かの覚悟を決めているような佇まいであった。

「モルメント子爵はどうにもリオーネの事を諦めないようで、
 最近は強引な手口にも出るようになりました……。
 リオーネの家の土地を無理やり買い上げようとしたり、
 リオーネはもう自分と婚約していると吹聴したり。」
「それはデマですか?」
「勿論です。そもそもリオーネにその気がない。
 リオーネも彼の押しの強さに悩まされ、
 民衆も困っていました。
 リオーネは薬の調合師としてこの町に貢献してまして、
 多くの人間が彼女の薬の世話になっています。
 かくいう私も胃薬を……今その事はどうでもいいですな。
 とにかく民衆としてもリオーネを連れて行かれるのは大変困る。
 そこで、この町ぐるみで大芝居を打つ事になったのです。」

なるほど。合点がいった。
どうりで魔女の呪いの件を触書に立てても誰も出てこない訳だ。
男をたぶらかす魔女だというのがそもそも嘘なのだから、
リオーネと関係を持った男もいないに決まってる、
一人も解呪を頼みに来なかったので不審に思っていたライエルだ。
だがこれで話の辻褄が合った。

「わざわざ『外側』の兵を雇い、
 民衆達にも魔女裁判に協力させ、
 あとはこの町の人間だけで火炙りをする。
 神父にも裁判記録を作って頂き、あとは――」
「……『覚書き』である僕ですか?」
「そう、貴方が裁判通りの事を確認記録に書いて頂けば、
 ここまでの手間も全て報われる。」
「……一つお伺いしても?」
「人攫いに遭って貰います。」
「えっ」
「こちらの言う通りにしなければ、
 この町を離れた際に野党に遭って殺された、
 幸運な事に書類だけは書き上げていた、
 という事にさせて頂きます。」
「……そこまでの人格者なんですか?」
「ん?」
「そこのリオーネさんは……伯爵様が直々に手を下す程、
 それほどの人物なのですか、私は知らないので何とも言えません。」
「リオーネは、妻が」
「待って、私が話すわ。」

早い言葉、カーミラの声が旦那に刺さる。

「私は違う地方からここに嫁いできたのだけど」
「存じております」
「最初はなかなか慣れなかったわ。
 心労で頭が痛くなっちゃって、
 その時に世話をしてくれたのがリオーネよ。
 最初は疑ったわ、下町の薬屋なんか大丈夫かって。
 でも薬も良く効いたし、何よりとても親身になってくれた。
 私がこの土地で出来た初めての友達なのよ。
 リオーネは損得勘定が下手で、
 私と付き合ってても嫌らしい事は一つも言って来ない。
 金銭のねだり事とかね。
 逆にこちらが何かを送ろうとしても、
 高価な物が家の中にあると泥棒に入られるからって、
 全部受け取るのを拒否するのよ。」
「……それであの安物の指輪を?」
「そうそう、今貴方持ってる?返して。」

ポケットから取り出した指輪を受け取ると、
カーミラはそれをリオーネの人差し指にそっと差し入れた。

「また鎖を用意するから、それまでここに付けると良いわ。」

リオーネは一言「うん」とだけ言い安堵の表情を見せた。

「――私達夫婦だけじゃない。
 町の人達が協力してくれたのも、
 みんなリオーネが好きだからよ。
 それにリオーネの薬の供給が止まればかなり困るわ。
 今後リオーネは私達の屋敷の一角に住んで貰って、
 変わらず薬の調合も出来るように設備も整えるわ。」
「……ずっと屋敷の中に閉じこもりですか?」

悪い癖だ、悪い癖はなかなか治らない。
思った事が口からすぐに出てしまう性格を、
今こそライエルは呪っただろう。
その言葉を聞いたカーミラの眉間に皺が寄り、
明かな敵意があった。
相手は伯爵夫人である。引きかけた汗が鈍く出た。

「例え外に出られなくても、」

リオーネの声だ。

「この先一生出られない事になっても、
 それが、この町に住む方々の、
 私を守って下さる愛であるなら。
 これほど嬉しい事はありませんわ。」

蝋燭の光は弱かった。部屋の中は薄暗い。昼時だというのに。
しかしその光でも十分だった、
濁りの無い顔で笑って見せたリオーネを見た時、
ライエルは何故彼女がこのような扱いを受けているのかを悟った。

「……あの、ライエル殿。」
「 え?ああはい」

もし神が人間それぞれに贔屓を与えているとしたら、
リオーネにはこの笑顔を。
魔性とはまた違う、不思議と人を惹く力がある、
この笑顔を与えなさったに違いない。
そうライエルは思った。

「心苦しいお願いですが、貴殿にも御協力頂けないか……」
「――判りました、確かに書きましょう。
 魔女リオーネは裁判にかけられ、
 火炙りの末に確かに死んだと。」
「ああ、感謝します!」

それからライエルは報告の清書を始めた。

魔女リオーネは男をたぶらかし、
多くの金品を不当にせしめた罪により火炙りとなって死す。

その詳細を伯爵達と共に書き出し、
最後に神父のサインと印を押して終わりとした。

「協力頂き本当に有難う御座いました」
「いえ……ちょっと外へ身体を動かしに行っても?」
「もちろんです、どうぞ。」

暗闇の部屋に通された後から休みなく今に至る。
未だに教会の窓は閉め切られたままで、
それもその筈、まだリオーネが教会の中に居るのだから。
しかしいい加減外の光を浴びたいと、
ライエルは全身をほぐしながら教会の扉を開けた。

すると次の瞬間、
ライエルの前身の筋肉が強張り、
死を錯覚するほどの恐怖が全身を巡った。

教会の近くには何人もの町の人間がおり、子供から大人まで、
その殆どが眼を大きく見開いて扉を開けたライエルを見ていた。

視界に映る中の何人かはそっぽを向いて歩いているが、
その者達は遠方からきた旅の途中の者であり、
町の者ではなかった。

ライエルが恐怖で思わず開けた扉を少し戻すと、
暫くじっとライエルを見ていた群衆達が、
まるで魔法が切れたように各々の方向を向き始めた。

そうだ。
この町ぐるみで魔女裁判を、一芝居打ったのだ。
この町の全ての人間が、あの女一人の為に。

もし、協力を拒んでいれば、
自分の命は本当に無かっただろう。
例え、あの伯爵が手を下さなくとも。
ライエルは遂に自分が選んだ選択が生き延びる唯一だった事を知り、

「――魔女は殺しました、
 おかげで、誰も死ぬ事が無く……。」

と扉に頭をもたげて自分にしか聞こえない程の声で呟いた。
もし、魔女を『殺した』と書いた事を拒んでいれば。
今、自分がここに立っているかどうかも。

ライエルは身震い一つすると、
教会の扉はゆるやかに閉じた。
教会の窓は閉め切られている。
教会の中はまだ、暗いまま。


神はこの嘘を裁くだろうか。
翌日、ライエルは書簡を携え、帰路についた。
中央での報告が待っている。

(完)

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