見出し画像

天国の娘からのラブレター 後編②

死んでなお家の中に残る娘の霊。
それを不気味がる母のジェリーを、
一体誰が咎められるのか教えて下さい。
聖書にすら、

「霊としてこの世に残る家族と仲良くせよ」

とは書いてないのです。

霊媒師のサラの家から帰る時に、
サラからこんな提案がありました。

良ければ今日これからお宅に行きましょうか。
今日の予約はアナタだけだから、
ここからの時間はフリーなのよ。
良ければ娘さんと話すお手伝いをするわ。

ジェリーには嬉しい申し出でしたが、
丁寧な言葉を選んで遠慮しました。
十年以上居ると知らなかった娘の霊と向き合うため、
色んな葛藤と心の整理をしなければなりません。
それに、リンダの親はジェリーだけではないのです。
リチャードにも自分の心の内を含め相談したいのでした。

「判ったわ、じゃあ今日はここまでね。
 でもジェリー、もう怯える必要は無いのよ。
 リンダはあなた達家族を愛しているから、
 ラブレターを送り続けているの。
 それを忘れずにね。」

ジェリーがエンジンをかけた帰りの車の中、
ラジオをかけるとカントリー曲が流れてきました。
まだリンダが生きている時、
病院に向かう車の中でよく流れていたのもカントリー曲、
バックミラーで覗き込んだリンダの顔が、
青白いながらも微笑み返してくれた事を思い出します。

ああ、そう。
リンダ、私思い出したわ。

アナタが死んですぐの頃、
私は神様の事が大嫌いだった。
呪っていたの。
どうして私からリンダを奪ったのですかと。
リンダを私達家族に与えてくれた時、
私とリチャードはあんなに喜んだのを見た筈なのに、
どうして悲しむのを判って取り去られたのですかと。

旧約聖書のアブラハムが妬ましかった。
一度は神様に実のイサクを生贄として捧げろと言われ、
自らの手で殺す寸前に神様自身から止められた。
結局は別の生贄の羊を用意されて、
その後アブラハムとイサクは長く一緒だった。

神様、
確かに私はアブラハム程敬虔なクリスチャンじゃありません。
しかしイサクと同じようにリンダを愛していました。

どうしてリンダは救ってくれなかったの。

暫く聖書を開く事も出来なかった。
教会で賛美歌と聖歌も歌えなかった。
歌おうと思って口を開けても、
神様を賛美する歌詞が言えなかった。

娘を助けてくれなかった神様に、
何を賛美しろと言うの。

牧師は何度も私達に、

「神様のなさる事は人間に理解できないのです」

と言うだけで、
それは私の心の慰めにはならなかった。

家の中で何度もリチャードが肩を抱いてくれて、
アリーが私の足をさすってくれて、
リンダはラブレターを書いてくれたのね。
天使が天国へのお迎えに来てくれてたかもしれないのに、
お母さん達が心配で家に残ってくれたのね。

そうだよね、
あんなお母さんみたら、
リンダだって大丈夫かなって思うよね。
弱いお母さんでごめんね。

ジェリーの乗った車は帰り道の途中、速度を落とし、
路肩の一角で停車してエンジンを切りました。
冷静で良い判断でした。
そのまま運転し続けたら、
もしかして事故を起こしたかも知れません。

約十分間。
それが安全に運転できるようになるまで必要な時間でした。

リチャードが家の車庫に車を入れた後、
家の中へ入ろうとドアへ向かった足が止まりました。
ジェリーが立っていたのです。

「ちょっと散歩しない?」
「これから?」
「ちょっとね」
「判った、良いよ」

もう辺りは夕暮れが店じまいを始めています。
あまり散歩をするような時間でありません。
殆ど人気の無くなった道の上に夜の冷気、
空の雲は紅から薄い黒へと衣装替え。

付き合いたての恋人達には似合わないけど、
大切な事を話したい夫婦にとっては、丁度良い。

「リチャード、私実は悪いママだったの。」
「おおっと。それは僕が怒らずに聞ける話?」
「判らないわ。でも聞いて欲しいの。
 あなたが必要だと思うなら叱って欲しい」
「いいよ、話して」
「リンダがまだ家の中にいると判った後、
 私あの子の事を気味悪く感じていたの。」
「ジェリー、それは僕だって」
「待って、最後まで話を聞いて。
 私の中で感情の整理が間に合ってなかったの。
 ずっと天国に居ると思ってたあの子が家に居た。
 それはいい事なの?悪い事なの?
 そもそもなんでそんな事になったのか判らなくて、
 どうか他の人達みたいに天国へ行ってと思ったわ。
 暫くして冷静になって、
 自分はなんて薄情な母親だろうって。
 死ぬ間際はあんなに一緒に居たいと思ったのに、
 今は一緒に居る事に怯えてるなんて。
 母親なら娘と居て喜ぶべきじゃないかと自分を責めたわ。
 割と重い自責だった。一人で抱えてられない程に。
 それで、今日ある霊媒師の所へ行ったの」
「霊媒師?一人で行ったの?」
「安心して良い人だったわ。スキンヘッドの女性でね。」
「ワオ?そいつはクールだね」
「そうでしょ?次は一緒に行きましょ。
 それで相談に乗ってくれて、判ったの。
 リンダにね、もう私達は大丈夫よって言うべきだって。
 私達ずっとリンダから勇気を貰うだけで、
 ありがとうって言えてなかったわ。
 家の中にいるとは思ってなかったから。
 ラブレターを貰っても喜ぶだけだった。
 リンダは私達家族が立ち直る為に書いててくれたのよ。
 それはもう大丈夫だよ、ありがとうって、
 ちゃんとお礼を言うべきなんだわ。
 そうしてあの子を安心して天国に送り出すべきなのよ。」
「親として?」
「親として。」
「なるほど。かなりきつい事だな。
 なんせ僕らはついこの前一人送り出したばかりなのに。
 それでもう一人追加で送り出すって言うのかい?」
「……ふふ、そうね……。
 でももしかしたらリンダ、
 天国でやらなきゃいけない宿題がたまってるかも。」
「どんな宿題?
 コーラとポップコーン片手に神様と映画を見たり?」
「きっと神様が上映を待ってくれてるわ。」
「はは、きっとそうだ、神様は優しいから……。
 なぁジェリー、正直僕もそうだった。
 リンダがまだ家に居ると判った時、
 少しゾッとしたんだよ。
 もしかしてこれは言わなくても良い事かも知れない。
 でも君が正直に言ってくれた手前、
 僕だけ何食わぬ顔で黙っている訳にはいかないからね。
 でも聞いてくれ、
 僕は子供にそういう感情を抱く日がいつか来ると思ってたんだ。
 例えばある日鼻に牛みたいなピアスを付けて帰ってきたり、
 綺麗な髪をバッサリ切ってツルツルの頭で帰ってきたり」
「あら、さっきは霊媒師の事クールだって」
「他人の事はさ、似合ってれば良いんだよ。
 でも自分の娘の事は別さ。だって娘なんだよ?
 そうやっていつか肝を冷やす様な日が来るとは思ってたんだ。
 それがまさか霊になって起きるとは思ってなかったけど。
 楽しいね、人生って。
 きっと僕達は他の親じゃ滅多にない体験を事をさせて貰ってる。」
「……そうね。」
「じゃ、そろそろ帰ろうか。
 リンダに『ありがとう』と『行ってらっしゃい』を」
「うん、言わないと。」

今日の夜のスケジュール、
いつもとちょっと違います。
リチャードが買ってきたテイクアウトを食べる曜日ですが、
今日はそれを温める前に、二つ椅子を用意しました。

「リンダ……リンダ?いる?聞こえる?」

二つ並んだ椅子に夫婦が座り、
姿の見えない娘の名前を呼びました。

「リンダ……リンダ?
 どうしよう、聞こえているのかしら」
「リンダーっ!聞こえるか?ダディだよー!」
「ちょっと、いきなり大声出さないで。
 それに近所にまで聞こえたらどうするの。」
「死んだ娘が今でも恋しいとでも思うだろうさ。
 実際にそうなんだから。」

呼んだ相手から返事は返ってきません。
いえ、返ってくる方が普通じゃありません。
何せ呼んでるのは死んだ娘。
普通なら返事をする筈が無いのです。

返らない返事をいつまで待てば良いかも判らずに、
少しばかり躊躇した様子でジェリーが話始めました。

「リンダ……聞こえてる?
 ちょっと話したい事があるの。
 長らく言えてなかったんだけど、
 私達に書き続けてくれたラブレター、
 本当にどうもありがとう。
 リンダからのラブレターを見つけ切る頃には、
 私達家族はきっと立ち直れるって、
 私昔にそう言ったわよね。
 ママ達ね、リンダからのラブレターに夢中になって、
 もう立ち直れたよって言うの、忘れてたの。
 皆おっちょこちょいでごめんね、
 本当にありがとうリンダ、
 私達、もうすっかり立ち直ったの。
 リンダの死が悲しい事は今でも覚えてるわ。
 でももうそれで何も出来なくなる事は無い。
 アナタからのラブレターのおかげよ。
 本当に励まされたわ。
 アリーだった大きくなったわ。
 知ってると思うけど、大学の為に引っ越したの。
 もうこの家の中には居ないわ。
 正直ちょっと安心したわ。
 子供はいつか親の元を巣立つもの。
 うちの子はいつだろうって思ってたから、
 ああ、無事に巣立てたって、ほっとした。
 それで――」

アナタにも巣立って欲しい、なんて言うの?
それはまるで早く出て行けって、
追い出すみたいじゃない?
ああどうしよう、
肝心な時に、肝心な言葉が出てこない。

ジェリーが少し沈黙に惑っている様子を悟り、
リチャードが言葉を繋ぎました。

「リンダ、今度はお姉ちゃんの番だ。
 今度こそちゃんと天国に行こう。
 ダディ達も悪かった、
 長らく『ありがとう』も『もう大丈夫』も言わなくてな。
 かなり遅くなっちゃったけど改めて言わせてくれ。
 リンダのおかげで僕達はもう大丈夫だ。
 ありがとうリンダ、あとは天国でゆっくり休んでいいよ。」
「――そうね、ありがとうリンダ。
 呼ばれている場所に、もう行っても大丈夫。
 アリーとリンダ、両方無事に巣立つのを見届けたら、
 ママ達もうすっかり安心出来るわ。
 あとね、これだけは忘れないで。
 ママ達もリンダの事、ずっと愛してるから――」

少し窓の外を風が走ったようでした。
庭の木が揺れて葉がこすれて囁きます。
家の中では変わらず返事はありません。
もし誰か盗み聞いてる者が居たら夫婦の気が狂ったと思うでしょう。
居ない筈の死んだ娘に語りかけてるなんて。
しかし話し終えた夫婦の顔は晴れやかでした。
リンダならきっとこの話を聞いてくれている。
ずっと私達に会いを伝えてくれた自慢の娘なのだから。

翌日、
ジェリーがまどろみながら枕の下に手を入れました。
彼女の癖なのです。
するとあの日のように固い感触が指先にあります。
するすると抜き出してみると一枚の紙でした。
リチャード、起きて。
そう隣で寝ている夫と一緒に見つめながら紙を開くと、
夫婦は胸から深い息を吐いたそうです。

紙には子供の字でこう書いてありました。

I love you everyone, bye.


その日から、
バインダーに新たなラブレターが挟まれる事はありませんでした。

インタビュアーも来ないので、
ここまでの事は、
家族のみが知るだけらしいです。


―――――――――――――――――――――――――
数年前、
確か『奇跡体験!アンビリバボー』だったと思うのですが、
そこで見たのがこのオハナシの元となるドキュメントでした。

幼くして死んだ娘が妹と残したラブレター、
それは本当にA3程の大きな紙に、
これまた大きく書かれたハートマークがあり、
それが娘の死後、家の至る所から発見されるというもので、
番組中でも何気なく奥さんが開けたタンスから、

「わぁ!ほら、こんな感じにね!」

と新しいラブレターが発見されるという場面もありました。
その時は既に発見数が200枚を超えており、
そのタンスも日常的に明ける場所だと思える所で、
少し疑問符を感じていたものです。

あれからどれだけの時間が経ったか、
もう正確な所は判りませんが、
もしかしたらこんな結末があったかも知れない、
というオハナシでした。

ここまでの読了ありがとうございます、
けんいちろうでした。

(以下余談)


ちなみに私は本当にクリスチャンなのですが、
礼拝で聖歌を歌おうとして声が出なかった事があります。
口は開けども歌が歌えないのです。
まるで喉だけ金縛りにあっているようでした。
その時はとても辛い事が起こっていた時期で、
どうしてこんなに苦しい事を回避させてくれなかったのか、
神様にとても不信感を抱いている真っ最中で、
歌なんて歌っている場合じゃなかったんです。
今となっては懐かしい。
クリスチャンでも色んな事が起きるのです。
キリスト教は別に御利益宗教じゃあないので……。

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。