新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

続・首だけリゲル

御客達の騒ぎ声も鳴りやんで、
そろそろ宿の二軒隣の家で飼っている馬鹿犬が鳴く頃か。
宿屋の主人が女房と一緒に片づけをしながらそう思ったが、
今日はなかなか聞こえてこない。
おや、あの馬鹿犬、今日は喉の調子でも悪いのか?
そんな事を思いながら皿をフキフキ、
ふと窓の外を見てみるとポタリポタリと雨の始まり。
そうか、雨のせいで馬鹿犬も今は小屋の中という訳か。
納得した店主が皿を一枚戸棚に仕舞うと、
空の向こうで雷が寝返りを打つ音が聞こえた。

天が味方した。

小僧がある客室に連れ込まれる頃だろうか、
見計らったように雨脚が強まり、
首だけ男と五体満足男が小僧と一緒に、

「しぃー!」

と言った言葉はうまく隠さた。

宿の外は夜に雨が加わり見通せぬ程まっくろけ、
かたや小僧は『首だけ男』に目が光り、
その輝きを前に、
大人二人は悩んでいた。

部屋の中に攫いこんだのはいいものの、
所詮は子供よ、口止め等は出来ぬだろう。
色んなものを聞いて色んな事を喋ってしまう。
それが子供と言う生き物だと大人達は重々承知、
自分も子供だった時代を経験したのは伊達ではない。

「あのな、ボウズ」
「うん!」
「俺達は悪魔じゃない、悪者でもない」
「うん!」
「ただ、この首だけの奴のな」
「うん!」
「身体を探してるだけなんだ。
 さっきも言った通り身体が戻れば首とくっつく。
 牛を丸のみになんかしないし、
 豚を盗んだりもしない。」
「うん!うん!すげぇ……!触って良い?」

小僧の目は好奇心で眩いばかり、
それに見つめられる首は眉を歪ませるが、まぁそうだろう。
明らかに小僧の目付きは面白い玩具を見つけた『それ』で、
指の一本でも触れられたが最後、
あれもこれもと何をされるか判らない。

「駄目だ、触るな」
「えーいいじゃん、ちょっとだけ」
「お前さっき首なしリゲルの話をしていたな。
 魔法使いが同行しているって言ってたろ」
「うん!」
「こいつもな、魔法使いなんだ。そうだろ?」
「お?」

話を合わせろ。
首がそう目くばせをする。

「俺達が宿に来た時は俺が袋に入ってたろ。
 俺には呪いがかかっててな、
 そんじょそこらの人間が触っちまったら肌が腐っちまう、
 例えばお前がその可愛い小さな御手てで俺を触るだろう?
 そしたらその指の先から腐って、手首までもげちまう」
「ええ?」
「この男は魔法使いだからその呪いが利かない。
 旅先で出会う外の人間に迷惑がかからないよう、
 こうやって窮屈な袋の中で我慢してるんだ。
 そんな気遣いを、お前は台無しにするってのか?
 お前が手が腐ったと大騒ぎして親父と御袋に駆けよったら、
 それを触った二人も肉が腐っちまうぞ。」

当然嘘である。
嘘も嘘、真っ赤っか。
よくもまぁ、こんなにスラスラ適当な言葉が出るもんだ。
五体満足な方の男は感心して首と小僧を眺めていた。
小僧はもう首だけの奇怪な生き物に夢中のご様子、
横顔だけでも興奮しているのが手に取るようにわかる。

五体満足は思った。
もし、自分にも子供がいたら、
土産に玩具でも買い与えたら、こんな感じなのだろうか。

窓の外の雨よ唸るな、この子の眉が歪まぬように。
窓の外の闇よ脅すな、この子の夢が暴れぬように。

「身体が元に戻ったら、またこの宿に来てやるよ。」

ふと、
そんな事を言ったのは五体満足の方であった。
首は思わず目を開いて声の方を見たが、
そこに立っていたのは優し気な顔の男が一人いるばかり。
どういう事だ、とそれまで吐いていた嘘も一休みし、
事の成り行きを任せる事にした。

「約束をしよう、ボウズ。
 噂じゃここいらに胴体もあるってんだ、
 もう捜し歩くのにそう時間もかからない筈だ。
 それで首と胴体が一緒になったら、またこの宿にきてやるよ。
 その時はあの客達が喋ってた話より、
 もっと面白い話を聞かせてやるから。
 だから、今晩の事は秘密にしてくれ。どうだ?」
「うん!」

約束を交わして、もう夜も深い事を小僧に教える。
自分の寝床へお行きと促された子供は、素直に帰った。

首はたしなめた、適当な約束をするもんじゃないと。
俺の意見は全く聞かずに勝手に言いやがって。

「おいラバン、聞いてんのか」
「もうちょっと静かに話せ、雨が降っているとはいえだ。
 それに、寧ろよくやったと褒めてもいいもんじゃないか。
 あの子供に上手く口止めできた。
 殺すなんて野蛮な事が出来るか?しかもここは宿だ、
 あっと言う間に騒ぎになって身体探しどころじゃ無くなる」
「まぁ、今回はお前の顔を立ててやるよ。
 身体が近い事に免じてな。」

身体が近い。
その言葉を聞いた男、名をラバン。
この男ももう長らく首だけのリゲルと旅をしている。
それが身体が近いと聞いて、首をぐるっと回した。

「なにか感じるのか?」
「かなり近い。
 こんなに体の感覚がモロに来るのは初めてだ。
 肩が冷たい、雨に打たれてるな。」
「肩だけ…?どこかに雨宿りしてるのかな。」
「気に雨宿りしている。
 あと今なら手の感触も少し伝わってくる。
 手がゴツゴツしてるものに触った、木だ、この感触は。」
「てことは……」
「まぁ、十中八九エラメルトの森の中だろうな。」
「あぁ……やっぱり入らないと駄目か。」
「諦めろ。」

ラバンの故郷で『ジルヴェの滝』といえば有名で、
水の流れが緩やかな時に耳を澄ますと、
人の声が聞こえてくるという奇怪な場所だった。

ある日ラバンは恋人に振られた腹いせに、
滝に向かって石を投げていたが、
高い所、滝の中腹目掛けて石を投げ込んだ時に変な声が聞こえた。

「危ねぇぞ、何をするんだ」

という男の声だった。
ラバンも当然滝の噂は聞いている。
しかし何であそこに石を投げ込んだら、声が?
はて、と思ってもう何度か石を投げ込んでみれば、
三個目で再び声がする。

「止めろ!馬鹿!」

馬鹿と言われて少し腹が立った。
ラバンの心の中には怒りが少々、興味本位が大盛。
この滝本当に喋るんだな、初めて聞いたぞ。
ラバンは滝に近寄り石を放った高さまで近づいてみた。

「おおい、誰だ?誰かいるのか?
 まだ今は昼だ、幽霊さんだったらまだ早いからな!」
「幽霊じゃねぇよ!似たようなもんだけど!」

そんな返事が聞こえてきたので、
ラバンは一層興味を引かれた。
会話が出来る相手なのだ。
これは、何がどうなってやがるんだ。

「おい、どこだ!」
「近くだ!」
「だからどこだって聞いてる!」
「滝だ!滝の裏だ!頼む!俺を見捨てないでくれ!
 話が出来るまで近くに来たのはお前が初めてなんだ!」
「見捨てやしない、滝の裏だって!?」
「そうだ!この滝の裏に空洞があって俺はそこにいるんだ!」
「動けないのか!?勇気を出して飛び込んでみろ!
 この滝は底が深い、地面にぶつかって死ぬ事にはならないから!」
「動けないんだ!」
「動けない?怪我でもしてるのか!?」
「怪我って言うか、まぁ怪我みたいなもんだ!」
「はぁ……?どういう事だよ。」
「お願いだ、助けに来てくれ!!」
「あーもう、乗り掛かった舟だ、毒を喰らわば皿までとも言うしなっ」

水が覆う岩肌を慎重につかみ、横移動。
岩肌を登る事も珍しいのに、
その上滝の中にまで入るなんて、
多分生きてて今だけだろうな。
うっぷ、うぷ、水で口を塞がれながら、
手足を滑らせない様に進むと、なるほど、確かにくぼみがある。

「ぷっは!」

ラバンが身体を空洞に転がり込ませると、
何かにドン、と当たった。

「うおあ!」
「ん?おお悪い、そこにいたのか。
 って、え!?」

振り向いた先には髪の毛も髭も伸び放題、
まるで毛玉の様な風体の首が一つ、
今にも泣き出しそうな顔でラバンを見ているではないか。
かつてない程の驚いた声を上げてラバンが身じろぐと、
首が情けない声でこう叫ぶ。

まて、逃げるな、俺を見捨てないでくれ、
ずっとここで一人だったんだ。
ある魔法使いに身体と首をバラバラにされて、
首だけここに置き去りにされて、
もう何回朝と夜が変わったかも覚えてないし、
お前が久しぶりに見た人間だ、
お前以外に助けに来てくれた奴なんて居なかったんだ、
頼む、俺をここから出してくれ……!

よく見ると、
目の下にはカサカサの肌の上、筋のようなものが見える。

涙の痕だ。
今だけじゃなく、ここできっと何度も泣いたんだ。
鼻の下だって、子供の様な鼻水の通り道がある。
この滝の裏には、孤独しかなかったのだろう。
腰を抜かしたラバンは落ち着きを取り戻した。

「……その、身体って言うのはどこにあるんだ?」
「え……いや、わからない」
「そうか……ん、でもお前が首だけで動いてるって事は、
 その身体の方もどっかで動いてると思った方が妥当か。
 よしここまで来て知らんふりなんて嘘だろ。
 お前の身体、探してやるよ。」
「本当か!!!!」
「でかい、声が。
 そんなに叫ばなくてももう聞こえるよ。
 俺達は目の前にいるんだ。」

それが全ての始まりだったが、
身体探しは順風満帆には行かなかった。

首だけリゲルは魔法がかけられている為か、
何かを感じてその都度あっちへ行け、こっちへ行けというのだが、
大体それは他の呪われている人間だったり、
呪われている物だったりする訳で、
肝心の身体だった事は一度だってなかった。

西へ東へ、東へ西へ。
あっちへ行ってこっちへ行って、
下手な冒険家よりよっぽどこの大地の事に詳しくなった頃、
いよいよ入ってきたのが『首無しリゲル』の噂だった。

噂の発生源を突き止める為、
首を袋の中に隠して人間の中を聞き込み続け、
ようやく、手が届きそうなところまでやってきた。

「毎度あり
 それじゃあお客さん、近くに来たらまた寄ってね。」

昨日の雨はすっかり晴れて頭の上は眩しい青空。
店の玄関で宿泊客が次々と出て行く中、
客達に店主がそう挨拶する横で、
小僧もしっかりと声を張り上げた。

「おじさん!約束だからね!また来てよ!」

袋を背負った男は笑わなかった。
ただ手を二回だけ振った。
小僧にはそれだけで十分だった。
袋の中が、一回もぞっと動くのが見えた。

「やっぱり猫かね。」

宿屋の親父も袋の動きに気が付いてそう言ったが、
小僧が得意そうに顎を吊り上げて見せ、

「違うもんねっ」

とだけ小声で言い、その言葉は親父に聞こえただけ。
ラバンはもう振り返る事をしなかった。

――――――――――――――――――――
→次のオハナシを読む←

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。