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明治に入る前の話だとか。

文明開化の音が鳴る前、茨城は水戸より北の町。
恋人達の行き交う道の上に、こんな唄があった。

「男が連れて歩く女は
 髪を腰より上で落とすべし
 髪が腰下までかかる女の
 横に立って歩けば桶屋」

デートの際に連れ歩く女性は、
髪の長さを腰より上までに留めておけ、という唄。

当時の髪型の流行りの事を言っているのだろうか。
いや、そうではない。
後半の部分を読んでみる。

「髪が腰下までかかる女の
 横に立って歩けば桶屋」

髪が腰の下までかかる女性と一緒に道の上を歩いていると、
男が桶屋のお世話になってしまう、という話だが、
桶屋と言うのは「棺桶屋」の事、
要するに「死ぬ」という事である。

『垢舐め』、『雪女』というのは言わずもがな妖怪の名称である。
名は体を表すという言葉の通り、
日本の妖怪はその在り方が判り易い。
水戸の北の地方には『二枚髪』という妖怪が語り継がれている。

しかもこの話は非常に歴史が浅く、そして狭い。
話が出来たと思われる時期は明治前で、
その『二枚髪』というのは一匹しか見られてないとか。

二枚髪の伝わる話は二種類ある。
まずは、広く伝わっている方の話から。

夜更けの飲み屋で男ばかりで飲んでいると、
髪を結っている女がいつの間にか傍まで寄っている事がある。
その女に声をかけて顔を見れば、これまた何とも美人じゃないか。

是非御近付きにと一緒に酒を飲んでいて、
男達がほろ酔い気分になった頃、
誰かが抜け駆けで髪を結っている女を外に誘い出した。
「家まで送る」と言って男が夜の道を連れ歩いていると、
女がふと、こう男に尋ねるのだそうだ。

「幸せな刀と言うのは、どういう刀の事だと思いますか。」

刀は斬るのが本分。
ならば何かを斬る事が、刀の幸せではないだろうか。
男は女にそう答た。

それを聞いた女が、おもむろに結っていた髪を解くと、
解かれた髪がゆらりと下りて、
刀の様に横に立っていた男の体を前と後ろに真っ二つ。
魚の様に二枚に断たれた男の体の横には、
伸ばせば頭から腰の下まで伸びる髪の毛が落ちてあったとか。

これは当時の若い女子を酔っ払いから守る為の話か、
それとも当時の髪の長さの流行りが生んだ話か。
真偽はどうあれ、連れ歩いた男の身体を二枚に断ってしまう事から、
その妖怪に付いた名前が『二枚髪』。

身体が前と後ろにスッパリ分けられてしまうなんて、
そんな危ない妖怪にはお目にかかりたくも無い。
危ういと感じるが早いか三十六計逃げるにしかず。
そう男達は背中を丸めたのだが欲がどうにも止められない。
酒場で美人を放っておいては男がすたる。

ある夜も一人の男が美人を口説いていた。
しかしどうにも手応えが悪い。
相手がのらりくらりと蛸の様に言葉をかわす。
酒も底をついた頃に女の方が腰をあげ、
男も慌てて店の外までおっかけた。
するとどうだ、女が立ち止まるや否やこう男に尋ねた。

「幸せな刀と言うのは、どういう刀の事だと思いますか。」

ぎくり、男の追いすがる足が止まる。
足が止まって汗が背中をつつつと通る。
これは聞いたぞ、知ってるぞ。
最近巷で噂の身体をスッパリ二つにやられるやつだ。
そういえばなんと答えたら悪いんだっけか、
うーんと、うーんと。
身体が二つになりとうない、
その一心で男がかすれた記憶をたどっていると女がもう一度言う。

「幸せな刀というのはどういう刀だと思いますか。
 早く答えないとこの髪をほどきますよ」

うひゃあ、こいつはせっかちだ。
男は逃げる事も考えたが逃げる途中で背中からバッサリやられても酷い。
刀なんて腰にぶら下げた事もねぇし、
そんな俺に刀の事なんざ聞くんじゃねぇよと悪態を心に隠すが、
あっ、そうだ!と目が開いた。

「手入れだ!手入れをしてもらう刀が幸せにきまってら!」

これには言われた女がぽかんとした。
手入れとな。
成る程手入れか、それは刀も嬉しかろう。

「どんな手入れをされるのがいいかのう」

男は酒を飲んだ筈だがすっかり冷めた。
しかし妖怪に会うとは思わなんだ、
夢かとどうかと思ってみるも覚める気配は微塵も無い。

「そ、そりゃあ研いでもらうのがええじゃろうて」

女がどう研ぐんだいと更に問うもので、
男も見た事も無い刀研ぎをしどろもどろに語り出す。
こう、水に濡らしてな、それで砥石で磨いてやる。

「人間で言うと、湯屋で身体を磨くようなものか」
「そ、そうじゃそうじゃ!」
「なるほどぉ」

と女がニヤリと口を吊り上げると、

「アタシも幸せになりたいなぁ。
 それとも別の幸せを聞いた事もあるんだけど」

と言うではないか。
男は懐から銭貨を二枚取り出した。

「いやっ、湯屋がいい、湯屋が良いに決まってるっ。
 これで温まってくると良い、ほらよっ!」

と女に銭貨を放るとスタコラと尻尾を巻いた。
銭貨二枚は湯屋一浴びの値段である。

命拾いしたと額を拭いた男は次の朝に話をした。
相手は朝顔を洗う時に出会う顔なじみ。

「いや聞けよ、俺ぁ昨日の晩にあれに会ったんだよ、あれに。」
「あれってなんだよ、あれじゃわからねぇよ。」
「二枚髪だよ、二枚髪。」
「噂のあれか。その割にはてめぇ、身体が二つになってねぇな」
「風呂に入って来いって銭放り投げて逃げてきたのよ」
「風呂?」
「ああ、幸せな刀は手入れされるもんだっつって。
 それで女がな、人間でいうなら湯あみですね?っていうからよ。
 だからこれで風呂でも入って来いってなもんさ。」
「ふーん。
 それでその女、どのくらいの髪の長さがあった?」
「噂通りの長い髪よ。降ろしたら尻にかかるほどでな」
「あれ?」
「なんだ?」
「噂じゃ腰よりさらに下に伸びる長さって聞いたぞ」
「なに?」
「ははぁ、お前さんよ。
 二枚髪は二枚髪でも身体を二枚にする妖怪じゃなくて、
 湯浴みの銭貨を二枚とられる妖怪だったらしいな」
「ええっ、なんだよそれ」

それからも時たま二枚髪と酒を飲む男が居たそうですが、
身体を二枚にする女のふりをした妖怪か、
それとも湯浴みの銭貨二枚をせびる妖怪のふりをした女か、

酔った男は馬鹿なもので、

それはなかなか見抜けなかったようで御座います。

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