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天国の娘からのラブレター 中編

日本のニュースはアメリカまでなかなか届きません。
日本のチャンネルをチェックしてるなら別ですが、
そうでないなら大きいニュースでないと無理です。

けれども日本で放送された番組は好評のようでした。

取材後に日本のテレビ局から、
丁寧なお礼の文章と共に、
検索すると感想記事が引っ掛かるワードを送られました。
ジェリーが試しにその日本語列で検索してみると、
確かに、沢山のヒット数が表示されます。
しかしそのどれもが日本語のようなので、
残念ながら読もうとする努力を諦めました。

「もしかしたら、
 神様が日本語を勉強するチャンスをくれたのかも」

夫のリチャードは笑いながらそう言いましたが、
ヒットした記事を全部訳すとなると、
どうみても一年以上はかかってしまいそうです。

「判ったわリチャード、
 先にアナタがお手本を見せて。
 それを私が読んであげるわ」
「うーん、よし、
 これは僕らより頭の柔らかいアリーに任せよう。」

しかし夫婦は判っていました。
アリーは日本語の勉強よりも、
テレビのアニメで忙しい事を。

残念ながら、
アリーが日本語をマスターするのは当分先のようす。
夫婦で立派な諦めの理由が作れたと思い、
一度開いた検索ページを静かに閉じました。

それとは別に日本の取材陣はプレゼントを家族にくれました。
日本で放映された動画データです。
字幕が無いので全て日本語でしたが、
折角なのでコーラとアイスを用意して、
映画を見る時のように家族でテレビの前へ。

言葉は判らないながらも出演者の表情、
優し気なBGMから良い感じに編集してくれたと判ります。
そして家の中へとカメラが変わった時、
テレビの中のジェリーがタンスを開けました。

「へぇ、これ、実際に出てきたの?」

タンスの中から出てきたラブレターを見て、
夫のリチャードがそうジェリーに尋ねます。

「これは撮り直したもの。
 でも直前に同じ場所で見つけたの。」
「そうなんだ」

そのシーンを見る時、
ジェリーは変な気分に襲われました。

こう思ったのです。

あんないつでも開けそうなタンス、
他に百枚近く見つけてるのに今更そこから見つけるの?
って見てる人は思わなかったかしら。
これは番組の為のヤラセだって、
そう悪い方に想像した人だっているかも知れない。
もしかしたら読んでない日本語のSNSの中に、
そう書いている人が何人かいるかも――。
ああ、なんでこんなに不安になってしまうんだろう。
この番組は私達の幸せを分け与える為のもののはず。

でももし、
アリーが私達の為を思って、
私とリチャードを喜ばせたいと思って、
新しいラブレターを作って隠しているとしたら?
待って、考えるのよジェリー、それは怒る事では無いわ。
でも、世間にわざわざ知らせる事でもない。
私達家族の間だけならとても幸福な事なのよ。
でも外の誰かはアリーを心無くウソツキと呼ぶかも知れない。
もう、『幸福の分かち合い』はここまでにした方が良い。

「アリー、リチャード、聞いて。
 もう無いとは思うけど、
 これ以上は取材を受けるのはストップしましょう」
「いいけど、どうしたんだい急に。
 この前の取材で何か嫌な事があった?」
「いえ、とても良い取材だった。
 でももうこれ以上は余計な事だと思うの。
 リンダは私達が有名になる為にラブレターを残したんじゃない、
 私達の事を愛しているって教えてくれる為なのよ。
 だから、これ以上は私達だけで守りましょう。
 それと、神様には罪を犯すけど一つだけ嘘を吐きます。
 誰かからラブレターの事を聞かれても、
 いや?最近はもう出てこないよって、
 そう言うの。」
「なるほど、もう本当に僕達家族だけにするんだね」
「そっちの方が良いと思うの。
 アリーもいい?」
「でもママ、まだラブレターは家の中にあるかもよ?」
「もう探さないと言ってる訳じゃないのよアリー。
 それにラブレターを見つける事が悪い訳でもないの。
 新しいラブレターがまだまだ家の中にあるとしたら、
 それはもうママも凄く嬉しいのよ。
 でもね、リンダは私達に残してくれたでしょ。
 それをわざわざ他の人に言うのはもう止めましょ。
 こんなに話題になっちゃって、
 リンダも実は天国で恥ずかしがってるのよ。」
「わかったわ」
「OK。
 じゃあこれが我が家の新しいルールね。」

ジェリーは娘に尋ねませんでした。
アリー、新しいラブレターを書いて隠しているわね?って。
それを確かめた所で満たされるのは好奇心だけで、
家族の幸せは逆に壊れてしまうかも知れないから。
それから家族の家に取材の電話はかかってくる事は無く、
近所の人達もまた、
家族にラブレターの事を聞く回数が減っていきました。

幼いアリーがすくすくと育ち、
ハイスクールを卒業して大学に行く事になりました。
立地の関係で独り暮らしする事が決まり、
引っ越す前に何を食べたいのかジェリーが聞くと、
大好きなチキンシチューの注文が飛んできました。

「作り方を学んでから出ていくわ。
 ママのコレを食べる為に、
 毎日遠い道のりを行き来する訳にもいかないからね」
「いつでも食べに帰ってきて良いのよ?」
「いいから教えて!」
「はいはい、じゃあまずお鍋を――」

あの日と同じでした。
アリーがお鍋を使ってと言い始め、
ジェリーが料理をしようとお鍋を蓋を開けたあの日と同じ。
開けたお鍋の中には折りたたまれた紙が一枚入っていて、
それを開けると大きなハートマークが書かれてました。

流石に間違えようがありません。
もうあれから何度も使っているお鍋で、
死んだリンダがこのお鍋にラブレターを入れる為には、
神様に頼んで生き返らなければ不可能です。

家族に新しいルールが増えたあの日から、
ずっとラブレターは見つかり続けていました。
ラブレターを保管したバインダーは幾重にも重なり、
死ぬ間際の子供が残した量でない事は明らかでした。

ああアリー、
引っ越す前にあの日と同じ場所に、
記念として思い出すように隠してくれたのね。
今まで本当にありがとうアリー。
多分こうやってラブレターを見つけるのもこれが最後ね。

「ねぇ、アリー、」

今まで本当にありがとう、愛してるわ。
そうジェリーが言おうとした時、
アリーがラブレターを覗き込みながら言いました。

「わぁ、リンダからだ。
 引っ越しするから祝ってくれてる。」
「え?」
「え?」
「リンダからって……」
「そう、いつもの。
 こうやってリンダのラブレター見つけるのも、
 引っ越すからもう無理かなー」
「……待ってアリー」
「どうしたの?チキンの解凍がまだ?」
「いいえ違うわ、いえ……。
 これは、アナタが書いたんじゃないの?」
「これ?このラブレター?」
「そう、これ」
「何言ってんのママ、これはリンダのラブレターよ。
 今までずっと家族で見つけてきたじゃない。」
「いやそうだけど……いえ違うの。
 なんて言ったら良いか、
 ねぇ、私は別にアナタに怒る訳じゃないの。
 それだけは判って。」
「なに、どうしたの急に」
「――アナタがリンダの代わりに、
 新しいラブレターを隠してくれてたんじゃないの?」
「……ママそれ本気で言ってるの?」
「……そうね」
「ラブレターを見つけた日には、
 今日のリンダからのラブレターはこれよ!って、
 いつもそう言ってたじゃない」
「  そうね、確かにそう言ったわ」
「あれは私が書いてると思いながらそう言ってたって事?」
「……アナタを変に問い詰めたくなかったの。
 それに実際私とリチャードはとても嬉しかったわ」
「ダディも同じ事思ってたの?」
「話し合った訳じゃないけど、多分そう。
 だって明らかに一度見た筈の場所から何回も見つかるのよ。
 それはアナタが新しく置いてるものだって思って当然だわ」
「……ママ、私も言ってない事があるから言うけど、
 それは本当にリンダが書いたラブレターよ。」
「……アリー」
「本当よ、私が書いたのじゃないし、
 まだ小さい頃はラブレターを隠すリンダが見えてたの。
 もう見えなくなって結構経つけど、
 でもリンダからのラブレターだ!って喜ぶ二人を見て、
 ママとダディもリンダが見えてるんだと思ってたの!」
「………ええ?」

鍋が出しっぱなしです。
チキンは冷蔵庫の中でスタンバイしています。
オレンジジュースも今夜分は十分にありますが、
ジェリーはそれどころではありません。

「それは正気で言ってるの?」
「ママ、私ドラッグなんてやってない。
 そりゃこーんなに小さい頃は小説だって書いたわ、
 私に妖精の羽が生えて空を飛ぶようなね。
 でもそれとこれとは別、本当の事なのよ。
 このラブレターは私が書いたものじゃない、
 リンダが書いてくれたものなのよ」
「……じゃあリンダはまだこの家の中に?」
「こうやって新しいラブレターが出てきたって事はね。
 少なくとも私はそう思ってるわ」

ジェリーが新しいラブレターをじっと見て考えています。
今まで予想していた事が違うと言われ、
違う可能性のルートを機械に負けない速さで考えました。

そうか、リチャード。
リチャードだわ。
アリーじゃないならリチャードじゃないの。
だってそう考えるのが普通じゃない。
確かに子供は不思議なものが見える事があるらしいけど、
その大半は夢の中との混同とする説もあるわ。
現にアリーはもう見えてないと言うし、
これがリチャードがしてきた事と考えるなら、
全てが現実的に結び合う。

「……これはリンダからのラブレター、
 それで間違いないのね?」
「そうよ、誓って私じゃないわ」
「判ったわアリー、リンダにもさよならを言わなきゃね」
「良かった、ママ」

ここで「実はリチャードが」、
なんてジェリーが口を開けば、
引っ越し前の娘との間にしこりが残る。

もうこの家の人間の誰も、
サンタクロースを信じる年頃じゃないけれど、
アリーがそう信じているなら、
それを否定する事は親としてするべきじゃないわ。

この子の中ではリンダがまだこの家に居るのよ。

「さぁ、じゃあ最後にチキンシチューを伝授しなきゃね」
「うん」
「あのねアリー」
「ん?」
「さっきの話、リチャードには内緒にしててもらえる?
 私達、本当に話のすり合わせをしてないの。
 だからもしリチャードもリンダが書いてると判ってたら、
 私が怒られちゃうかも知れないわ。
 引っ越す直前に愛する両親の喧嘩を見たい?」
「喧嘩にはならないと思うけど……良いわ、判った」
「ありがとう。キスさせて」

ジェリーは心の中でほっと溜息をつきました。
これでアリーがリチャードにこの話をする事はありません。
実はリチャードが隠していたという事もバレず、
引っ越し前と言うデリケートな今に、
家族の絆を揺さぶる事もないでしょう。

チキンシチューの作り方もしっかり覚え、
お鍋の中にあったラブレターもいつもどおり分かち合い、
夜が去って朝が満ち、
アリーが家から出ていく時間になりました。

「ママ、本当についてこなくて大丈夫?」
「いいのよ、お父さんに駅まで送ってもらいなさい。
 駅のホームでわんわん泣くママに見送られたい?」
「そんなに?」
「ママはおばあちゃんに似てるの。
 おばあちゃんも見送ってくれなかったわ。
 絶対大泣きしちゃうって判ってるもの。
 それにお別れのキスは何度もしたでしょ?
 向こうで誰かに聞かれたら、
 このキスマークは彼氏のだって言うのよ?
 そうすれば少しは変な男が寄りつかないわ」
「もうママったら!
 じゃあ行ってきます!」
「チキンシチューが下手になったら帰ってくるのよ!」

リチャードが運転する車が坂を下って行きました。
後部座席を貫いて見える娘の顔も、もう見えません。
はぁ、これでリチャードと二人きりか。
少し寂しくなっちゃうわね。
そう思うと少し涙がこみ上げるジェリーが家の中に入ると、
玄関のカーペットの端に何かが落ちてるのが見えました。

なにかしら。

そう思って屈んでみると、
カーペットの下に何かが挟まってるのが見えます。

そっと滑らせてみると、
それは折りたたまれた紙でした。

家の中にはジェリーしか居ません。

ジェリーが折りたたまれた紙を一回、二回、
三回と開いてみると、
そこには大きなハートマークと、
その中心に子供が書いたような文字で、

『It's me mom』

と書いてありました。

『ママ私よ』

と言う意味です。


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最近ずっと不定期更新でしたが、
明日もちゃんと更新あります。
天国の娘からのラブレター後編、
シリーズ完結編です!

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。