戦争の記憶も適度に風化させたほうが良いのかも
今年58歳の私が高校生の頃にはまだ戦争経験者の大人が一杯いました。
私の高校時代の先生で機械課課長は元特攻隊の生き残り、
化学の先生は海軍出身でシベリア抑留経験者。
その他にも満州で戦車隊にいた先生とか…
試験の後の、先生が特別にしてくれたシベリア抑留生活の話は聴いててとても面白くて生徒みんなに人気があった。
家業についてからは商工会議所でのお仲間の中には元陸軍の偵察機のパイロットだった人もいた。
そして、私の祖父は中支戦線で下士官でした。
残念ながら祖父の昔話を聴くことは一度もありませんでした。
祖父は終戦数日前に中国で戦死。
七人兄弟の長男だった父は高校を中退し、一家を支える為に働きに出ます。
私は子供の時から父の戦中戦後の大変な時代の苦労話を度々聴きました。
父は話がうまく、暗い時代の話を何回聴いても面白かったのでした。
父の苦労を子供の時から聴いて知っていたので父をいつか助けて楽にしてあげようと子供心に思ったものでした。
その父も十年以上前に亡くなりました。
戦後七十六年もたち、新聞テレビで扱う枠も随分と小さくなりました。
これはこれで良いのだと思います。
時間と共に風化していくことは自然の摂理でもあります。
「悲惨な体験を忘れてはいけない」
「次の世代にも戦争の悲惨さを伝えていかなくてはならない」
と言う人はおられます。
これはこれで大切なことです。
しかし、これも複雑な一面があります。
皆、後世に伝え残したいのは被害者の立場の経験です。
日本では原爆資料館、韓国や中国では抗日記念館などがそれに当たります。
昔、韓国に行った時にむこうの人から勧められて抗日記念館に見学に行ったことがありました。
日本の統治下、韓国民族にどれだけ日本人が残酷な仕打ちをしてきたと言うのを実物大の人形のディオラマで紹介してあります。
そこに韓国人の子供たちは小学生低学年から集団で見学に行ってました。
先生に引率された小学生の子供たちを見た時にこれでは未来永劫両国は仲良くはなれないだろうと思いました。
適度に過去を忘れることが新しい未来を作ることにつながると思います。
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