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よしなに(25歳・女・オタク)


●BTSに会うこと

●文章を書く仕事をすること

●ねこと暮らすこと

●いぬと暮らすこと(オーストラリアンラブラドゥードル)

●好きなことを仕事にして生活に困らないくらい稼ぐこと

●家を植物園くらい緑でいっぱいにすること

●ソファを置くこと

●スイスに行くこと

●ニュージーランドに行くこと

●タスマニア島に行くこと

●英語が喋れるようになること

●月1の遠出

●世界中のカフェリストを作ること

●たまの贅沢を我慢しないくらいの暮らし

●タトゥーを彫れるようになること

●犬と2人で旅行すること

●たんまり洋服を買うこと

●ちょっといい家具

●リモートワーク

●週休3日自由制

●自分の家を自分で買うこと

●自分で買った家で犬と暮らすこと


しろい皮の桃


実家がなくなった。

つい最近の話である。

昨年祖母が亡くなって、両親が離婚して
家族5人が、ひとりぼっちずつになった

離婚の原因はまあ色々あるが、
根本的理由といえば母の不倫である。

不倫というとドロドロとしたなにかという響きであるが、実際にはそういうのはなかった。

私が小学校低学年の頃から父は単身赴任で家にあまりいなかった。

父が買った実家なのに、おかしなことに
祖母と母と姉と私と犬が占領していた。

それから、家族という核の熱が冷めていくのはすぐだった気がする。

私と母は同じ習い事をしていた。
一緒にいる時間も長かったから、母のことは何でもわかる気がした。

母の不倫相手はその習い事先で出会った人だったから、
私もよく知った親しい人だ。

その当時の感情やらを話すと長くなるから、
それはやめておいて、
ただ、まあ、そんなこともあったから、

母は父に対して生理的嫌悪を抱き、
私は母に対して気持ち悪さを感じ、
まあ、夫婦としても家族としても終わっていたと思う。


それから10年以上が経って、
父が定年後65歳まで働いて、
とうとう実家に帰ってくるタイミングで、
母は逃げるように離婚届を郵便ポストに投函し、
父はそれを何も言わずに受け入れた。

(父は不倫されていただなんて知らないと思う)


世知辛い世の中である。
父が生涯勤めた会社。
60を過ぎたあとの給与明細は酷いものだった。

私よりもずいぶん低い給料だった。

現役で働いていたころはそれなりに頂いていたと思うが、リーマンショックやらの波はモロに受けていた。

でも貧乏と思ったことはなかった。

でもそれは、ただ私が子供だったに過ぎない。


空っぽの家に帰ってきた父の居場所はもうそこではなかった。

自分が買った家に居場所がないという感覚は
父にしか分からない。


父から連絡が来たのは5月半ばのことだった。

『突然ですが、ローンが返せそうになくて家を売って青森(父の実家である)に帰ることにしました。
父として、何もしてあげられず、不甲斐なく、申し訳ない』

それまでに何度か「お金を貸してほしい」と連絡がきていた。
何かを聞くのは怖くて、
何も言わずに登録済みの口座にお金を振り込んだ。
当然だが返ってこないこともあった。


でもそれでも良かった。


父と過ごした思い出が少なかった私は
やっと帰ってきた父と一緒にいたかった。
(一緒にいたかったといっても、私は一人暮らしを既にしていたので家は別なのですが)


父が娘に「お金を貸してくれ」と言うことの
父の情けなさを思うと涙が出た。

謝らないでほしかった。

家族なんだから、それでもいいじゃないか

そう言いたかった。
だけど、父の気持ちを考えたら言えなかった。
正解じゃない気がした。

私にもっと財力があったら、
父は罪悪感なく私と一緒にいてくれただろうか。

私がもっと父の居場所を作れていたら、
父はあの実家に未練を持ってくれただろうか。


「私が養うから、一緒に暮らそう」
と言う言葉は、怖くていえなかった。

父のプライドを傷つける気がした。

いや、そうじゃないな
私にそんな財力はまだなかった。

途中で今のレベルの生活ができなくなる未来が怖かった。
それを父のせいにするのが目に見えていたから、
できなかった。

ごめんね。


実家の売却がつい最近決まった。

もうあそこには帰れないこと。

もうあそこには誰もいないこと。

もう私の居場所ではないこと。


ただいまと言える場所が、わたしにはなくなったことを知った。


父は、父の実家に帰った。兄弟や親戚がいる家。 

母は、当時の不倫相手と新しい家を買った。
相手はお金に困らない人だった。
私と実家に暮らしていた時よりも、いい暮らしをしていることを知った。


姉は、彼氏と同棲していた。
結婚はしないらしいが、生涯一緒にいるらしい。


私だけ、「ただいま」を言える場所がなくなった気がした。


どの家に帰っても、「お邪魔します」と言うしかないのだ
お邪魔します。



私は誰も恨んだりしていない。

母のことも恨んでいない。
むしろ母のことが大好きだ。

なぜなら娘である私のこと、
間違いなく大好きで大切で大事に思ってくれていることが分かっているからだ。

母の私に対する愛を疑ったことなんて一度もない。

母は昔も今もいつだって私が大切だ。
疑ったことなんて一度もないよ。

だけどやっぱり、母の家は私の居場所ではないのだ。


たまに母の家に行く。
まだ離婚する前から実家で飼っていた犬が2匹いる。

そして、母の相手と新しく飼った犬2匹がいる。

私よりも、
母と母の不倫相手に懐いている犬をみた時の
私の気持ちがこの2人にわかるだろうか。

母には新しい家族がいる。
そこに私はいない。


母の相手は優しい。私にもとても優しいひとだ。

だけど私は知っているのだ。
その優しさは私に向けられた愛ではないこと。

"愛する人の娘"だから、優しくしていること。

母の相手に対する嫌悪感は、そこなのだ。
どうしたって私は母の娘なのだ。

「なによりも娘が大事な母親」と
「私よりも母親が大切なお相手」が
同じ構図で食事をする気持ち悪さを
私は一生抱えてお邪魔するしかないのだ。


母が幸せならいい
なんて言ってあげられなかった。

父と離婚しても、
私と姉と犬2匹がいれば幸せだと
言って欲しかった。

私と姉と犬2匹だけで母は十分幸せであって欲しかった。

家族でいたかった。


ただいまなんて、言ってやるもんか。


ずいぶん遅くきた、反抗期。


固かった




父から連絡が来た。
「家の売却が決まりそうです。これで借金も返せます。お金を借りることももうないから安心してね。今まで苦労かけてごめんね。ありがとう」




おとうさんへ

あんな汚い家でも売れるんだね。
だってさ、ずっと暮らしていくものだと思っていたんだ。
だからたくさん壁紙を傷つけたし落書きもしたし
床もぼこぼこだよ。
先に言っておいてくれたら、もっと綺麗に使ったのに。
そしたらもっと高く売れたかもよ。


おとうさん。

遠いよ。青森は遠いです。

あなたと一緒にご飯が食べたい。
あなたの作ったご飯がいい。
あなたと一緒にくだらないテレビが見たい。
あなたと一緒にたまの贅沢がしたい。
あなたと出かけたい。
またキャンプがしたい。
まだ家族でいたい。

あなたの死に目にあいたい。

呼ばれたらすぐ行ける距離に居て欲しかった。

それでもおとうさんが
私にできる罪滅ぼしが、この術だと知っているから、
私はもう、おとうさんを解放しなきゃいけない。

その情けなさから。
その悔しさから。
その寂しさから。

こちらこそ、ありがとう。

父が巻いたキンパ


夢がある。
自分のお金で家を買って、
自分のお金で犬を育てたい。

オーストラリアンラブラドゥードル。

毛足が長くて大きな犬。

君を抱いてふたりで寝たい。

仕事は家でしたい。

誰の上にも、誰の下にも立ちたくない。
ただ一直線上で個人として生きていきたい。

誰かの人生を守りたい。

25歳、女オタクのゆめの話。


よしなに。


おわり

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