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カーネーション

あの時、おじさんは少し泣いていたと思う

おじさんはぼくをだきしめて
だいじょうぶ
何もしんぱいしなくていいんだ
君はうまくやっていける
ほんとうに
と、言った

そのおじさんと会ったのは学校からのかえり道だった

渡すあてがないけれど、学校で買うしかなかった、少し変な匂いのする紙で作られたカーネーションを持って歩いていると
前から歩いて来たおじさんが、おこったような目で、ぼくの手の中の赤いカーネーションを見ていた

お父ちゃんに似ていると、その時は思った

だから急にだきしめられても、なぜだかこわくはなかった
お父ちゃんとちがって、タバコとおさけのにおいがしなかった

このカーネーション、買いとってもいいかな
二百円だったよね
おじさんはズボンのポケットからお金を出して、ぼくの手の中のしめった
カーネーションとこうかんした

二百円がぼくの手の中におしこまれた時、少し目がまわったようなきぶんになったと思ったら、そのおじさんは、いなくなっていた

そう、もうどこにもいなかった

二百円で買ったカーネーションがもとの二百円にもどってしまった
朝、もんくを言いながらも二百円を出してくれたおばあちゃんに何ていいわけをしたら良いかわからない
でもカーネーションのことなんか、だれも思い出さないんだろうなとも思った

ぼくがおじさんから渡されたに二百円が、どこにもソンザイしないお金だと
気がついたのはずいぶん後になってからだった

その百円玉のねんごうは、なんて読むかわからない『平成』という字が書いてあった

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