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清澄三姉妹 初春外人とオケラ座の怪人⑤

五、フォーリナーズ金沢


 当初の元旦二日出発金沢計画は宿泊予約等不能で結局白紙のままでした。三日と四日は皆自由行動、と諦めていたその矢先、突然に中村仙一さんからの電話。三日一泊の団体予約キャンセル情報が入ったのです。

 サンピンが即座に予算を組み上げて観光団他各員の参加意向もまとめ、明日三日午前の空いた新幹線下り時間帯をようやく、翌日の上りは企業の業務開始日のため夕方を難なく、総勢九名席を確保、日頃の行いが幸いしてかのその空情報に直ちに応じて急な訪日旅行団のツアー計画が整ってしいました。

 元旦三日朝八時、軽茶から二姉妹に見送られ、舞子チーム四人、まだ眠い宮子チーム二人、フランス国策催事予習を万全に済ませたマイさんチーム二人、その正規メンバーに、手配に奔走した旅行代理店役サンピンが原資管理方を兼ねて加わり、清澄白河駅を目指しました。

 金沢地元引き受け総責任者は千鶴子ちゃんの旦那中村仙一さん、宿泊は偶然空きの出た常盤町「蔵之助旅館」。この蔵之助旅館は大仙閣ご主人前田氏のつてでご紹介が叶いました。旧造り酒屋をモデルにした純和式、最近外国人観光客には東山茶屋街からもほど近く評判の旅籠です。

 十一時すぎ総勢が金沢駅改札から現れると何故かテレビカメラが向けられていました。どうやら宮子ちゃん経由のTBNユカさん、絵になるからとの理由でジョーク倍掛けの誇大情報を地元テレビ局に流していたようです。そのせいで周りの人々も足を止めてこの外国人団体を観察し始めていました。

 みなさん、観客の視線は嫌いではありません、笑顔で会釈、マイさんファビさんコンパニオン式手振りポーズ。

 こちらのキャスターさんが小声でコメントしながら通訳さんと思われた舞子ちゃん宮子ちゃんをスルーしてマイクを持って近づいてきました。

「今日も沢山の外国人の方々がこの北陸の京都金沢にやってきました。オーストラリアからいらっしゃった有名劇団員の方々のようです。ちょっと声を掛けてみますね。」
「GOOD MORNING、THE FIRST VISIT TO KANAZAWA?」
「OH、YES、」、年長背高のアンディが答えました。
「SIGHT SEEING?」
「YES FROM AUSTRALIA.」
「YOU ARE UPーCOMING TROUP?」

 マイクはマイさんとファビさんに向けられてしまいましたが、宮子ちゃんが二人の背中を突っついたので、二人は笑いそうになりながらも、
「ハイ、ソーデース。」

「オーストラリアの女優さんけ、いちゃきなお人。」、と写メする人も現れました。

「お姉ちゃーん!宮子ーっ!」
「千鶴子ちゃーん、和服似合うやんかあ、ひっさしぶりやあーっ!」
「元気?宮子!」
「あんやとなあ、仙ちゃんも。」
「みなさん、おいでましー、金沢へ。」

「みなさんお出迎えがこられたようです。ENJOY YOUR TRIP!THANK YOU!」
「バイバーイ!」

「千鶴子、真里ちゃんは?お店か?」
「んーん、お母さんに頼んで。」
「では、みなさん、こちらの方へ。」
「お姉ちゃん、みんなバスの中で紹介するわね。」

 マイクロバス、胴体の広告が新しくなっていました。横にお盆に乗ったきんつばの絵と「田原屋金鍔」の筆文字、リアに「おいでまっし金沢」のキャンペーンロゴ。漢字書体の新デザイン、外国人さんにも評判がとても良いのだそうです。

 車中、はしゃぎながら全員の紹介を済ませ、まずはお土産ツアー、田原屋本店へと向かいました。

 白壁瓦葺き、和風堂々の店構えに観光客たちは窓から素敵コール。ぞろぞろとバスから降りて来た集団に大暖簾を背景にした田原屋御一同が国旗代わりに売り物の正月羽子板飾りを振ってのお出迎えです。

「お父様お母様、お久しぶりです。あー、真里ちゃん、真里ちゃーん、はじめまちテー、おばちゃんですよー。」

 舞子ちゃん早速ベビーを抱っこです。

「おいであそばせ、さあさあ、おあがりあそばせ、さあどうぞどうぞ、お茶のご用意ありますけ、やわやわっと。」

 全員が白木の長椅子に腰掛けてお玉露の茶にお茶菓子をいただきました。

 奥からはチントンシャン、ゆったりした三味線の音色とおおばあちゃんの地唄が聴こえています。

 お茶を頂くとすぐに一行は広い店内に入って品物の見定めにかかりました。

 オーストラリアなどへの和菓子持ち込みガイドも店内に表示されています。昔は厳しかった卵入りの和菓子類も今は持ち込み可、ほとんどの店内製品がオーケーなのだそうです。買い求められる外国人観光客のために石川県観光課の指導に基づきそれぞれの英文のコンテンツシールが貼られます。

 御一同、味はともかく和の包装の美しさにまずは食指が動きました。英語を勉強中の妹さん二人も熱心に和菓子とお土産雑貨ガイドを行いました。

 コーニーさん、妹さんたちからジャスティンビーバー似だと言われてからはしゃぎ出し、妹さんらもレジ係役を放棄して盛り上がり、すっかりお株を奪われてしまった格好のサンピンがダブルツーショットのカメラマンになりました。

 スージーと宮子ちゃんのお二人はお店のサービス梅干しをお口あーんして肝試しの入れっこ。真里ちゃんにべったり舞子ちゃんに放られっぱなしのアンディ、元々かなり甘党なので片っ端から試食しヤケ買い、ローラは雑貨を中心に爆買い、マイさんファビさんは甘いお餅を試食しながら玉露茶をお代わり。

 帰国しないマイさんチームを除きオーストラリア組は沢山のお土産を購入し先ほどの歓迎用の羽子板飾りも対でプレゼントされ、更に風呂敷まで貰って、プチ感激です。

 途中、お稽古を中断した中村イトおおおばあちゃんがお弟子さんのサポートで顔を出しました。

「おおばあちゃま、皆、千鶴子はんの妹はんお友達や、オーストラリアからお買い上げみえなさったんやが。」
「あんやと存じみす。」

 お弟子さんが板の間に立て掛けた三味線に興味しんしんのローラを目ざとく捉えたおおばあちゃん、お弟子さんにバチともう一棹の三味線を奥から運ばせると、座布団を敷いてローラに手ほどきを始めてしまいました。

 おおばあちゃんがペンペン、ペンペンペンと糸巻きに和服の袖を伸ばし音合わせを始めると、バチを取ったローラもその音に合わせ素早くチューニング。

 おおばあちゃんは三の糸に薬指を乗せ離しして二の糸と共に鳴らすと、すかさずバチを上手に弾くともうそれは三味線の音。

 更におばあちゃん、指先の滑りを加え一の糸も押さえ奏でれば、ローラも難なくクリア、二、三度繰り返して短い楽曲が完成してしまいました。

 さすがのおおばあちゃんも上機嫌、同じフレーズを二人で繰り返しながら即興の地唄を歌い出してしまったのです。そしてテンポを落としてツンテンドン。そして勿論拍手です。


「か、蒼い眼んたあた、たっだガンコ、おじょずやがに。」
「おおばあちゃんなあ、ローラ生まれて始め弾くねんで、お三味線。」
「け?ほんながあ?おどろき桃ノ木山椒の木い、ちょっこし掛けて覚えたがや。いやーできまさる、おどろいたあおばあ。」
「アリガト、ござい、ました。」
「よーこそおいであそばせたあ、ごきみっつあんなあ、おしずかにい。」

 おおばあちゃん、感激だったみたいです。お母さんに抱えられ、お弟子さんがローラに何度もお辞儀をしながら奥の部屋に戻って行きました。みんなシーンとして見ていました。

 すると、千鶴子ちゃんが奥に呼ばれたあと小ぶりな桐箱を持って戻ってきました。

「おおばあちゃん、ローラさんとの出会いがとっても嬉しかったみたいなの、これね、お土産なんだって、ローラさんに。」

 蓋を取ると中から出てきたのは加賀人形の赤い起き上がり小法師、赤い座布団を敷いていました。舞子ちゃんがその縁起を説明してくれました。

「カワイイ!」


 御一同様、次は食べたかったクルクル回転寿司屋さんに向かいます。今様ゲーム感覚注文システム導入のお店、でもさすがに日本海のネタ豊富で大人気のお店です。予めボックス席を四つ確保して貰っています。

 それぞれ苦手なネタもあった様ですが、皆さんよく召し上がられました。スージーとコーニーも腹一杯、ただしイカタコ無し光もの無しワサビ抜きのお子様グルメではありました。アンディは抹茶アイスまで怒涛の食べ尽くし。


 それから、まだ所々に雪が残る金沢城を見学してから常盤町蔵之助旅館付近に到着、仙一さんの案内で旅館を訪れました。仙一さんが挨拶に出ていらしたご主人にお礼を述べた後マイクロバスを走らせ帰店されました。

 浅野川に面した敷地、車止め奥に木造二階建てのモダンな建物。昔酒屋を模したのだそうですが「蔵之助」看板も掛かるその本館入り口が側面にあって更に奥には中庭をはさみ渡り廊下で繋がる離れがあります。今日はこの離れ二室を借りきる事になりました。海外勢初の和畳にお布団を敷き並べての一夜です。

 離れ二部屋には小ぶりの桧風呂、本館隣接の酒蔵には大風呂がありますが、サンピンのおすすめは勿論なんと言っても徒歩三分で行ける市営露天風呂です。食事は一番大きな一部屋に蔵之助懐石イロハの中からハ料理をお願いする事になりました。これで一泊お一人通常一万八千円のところ三千円引きのお得価格、更に安東後藤田両家提供大盤振る舞い旅行券により新幹線代のみの会費。蔵之助ではJTBの束をお受け取り頂き豪州NAS様宛の領収書もお願いしました。ハルさん何かの考えがあってサンピンに指示をしていたようです。ともあれ豪州宗主国英国さまそして数馬さま、本当に感謝です。

 一同が暖簾を潜り対の門松のあるガラスドアが開くと、右手吹抜けの下に大きな酒樽の木桶が口を開けて迎えてくれました。桶の口径はアンディさんが手を伸ばしてやっと届く大きさです。中には鏡餅が飾られていました。

 半六角の上がり框に用意されたスリッパを履いてからチェックイン。予めサンピンが宿泊者リストを送ってあり受付はさささのさ。

 仲居さんが枯山水風の中庭を通り瓦葺き平屋の離れを案内してくれました。北側廊下からは豊国神社の森が、各部屋からは中庭が、それぞれ眺められます。

「お客さまがた、超ラッキーでしたがや、昨日の今日やて言うてましたあ、女将さん。元旦のお客さんらインフルエンザでダウンさけ、キャンセルされたんやが、そこに舞い込んだ話やろ、大仙閣さんからの問い合わせなんけ。普通祝祭日なあ三カ月先まで満杯い、神様の思し召しやがなあ。」
「ああ、そうなんや、おばちゃん?きっとおばちゃんにも来るでえ、ええ事が、風邪うつるみたいに幸運おとずれますよお。」
「あてがいなあ、あだけまさんなまあ、お客さまあ。」
「みんなそんで来れとんやで、ここに。ほんま、ほんまや、おばちゃん。」
「ホンマ?け?」

 オーストラリア勢、初めての和室体験に感激です。仲居さん、お風呂の使い方、お布団の敷き方、お茶器やスイッチや三ヶ国語ガイドの説明などしてくれました。サンピンが部屋割りを指示して一同は早速大風呂小風呂に別れて軽く一風呂。湯上り後は初めての浴衣を着、中庭を入れて記念撮影となりました。

 陽が落ちかけて、男性軍は露天の湯に出発しました。アンディさんとコーニーさん、浴衣ドテラスタイル、股引代わりにジーンズを履き、サンピンはそれらをリュックに詰めて、また下駄を鳴らしながら浅野川沿いの細道を登って行きました。

 女性陣は本館で缶ビールをたっぷり買い込んでから中庭の蝋梅の匂いをおつまみに酒盛りを始めています。

 男たちの湯上り帰り道、蔵之助本館は最後の少しの西陽を浴び暖かく輝いていました。西側の全面と南の縦の格子の二面内側から明かりが漏れ森に連なる丘にまるでランタンの様に輝いていたのです。

 アンディは湯上りの火照りにオペラの舞台装置を観ている錯角に捕らわれてしばし音の想像を加えながら観入ってしまいました。

 コーニーは湯上り缶ビールのせいですぐそこに宇宙船の着陸を見てしまいました。

 そしてサンピンは日頃標高差の無い暮らしに気付き、視距離と視直径の錯視を計算していました。

 そして。

「コンバンワー」
「タダイマー」

 湯上りに湯冷めの男たちが帰ってきました。

「WONDERFUL WORLD!」
「FURO、CASCADE、'T WASTOO HOT!」
「THE WAY HOME、SO CHILLY!」
「CORNY?COULD YOU SEE NAKED GIRLS?」
「TOO MUCH !」
「?」
「ワァオ!なん?」
「HE WAS HIDING IT、BUT MR.SANBE WASN'T.」
「ANDY!」
「わらえるでえ、サンピンセンパイ。」

 夕食が箱に入れられて運ばれて来ました。仲居さん二人が襖の中の食卓を並べ配膳を始めました。

 色とりどりの食器とその小分けされた料理の数にはまず目を見張りました。

「若い外人さんさけ料理長ちょっこしお品を変えとりますけ、まずこちら、お刺身平皿はブリ甘海老ノドクロ槍イカにウバ貝、江戸前では北寄貝ですけ。」
「ズワイガニは二皿盛りにして食べやすいように山造りにしてありますさけ、こちらのポン酢醤油でえどーぞ。」

 舞子ちゃんとファビさんが交互に通訳しています。訳せない魚はそのまま日本語で。

「輪島塗り一合升には紅白かまぼこと伊達巻、小椀には鶏治部煮、竹串はコンニャクと里芋の田楽、焼き物はヒラマサの雲丹載せ、茶碗蒸し、こちらは分かりますがえ、車海老と甲イカの天ぷら。」

 翻訳は天ぷらまで、後は追いつけません。

「こちら能登牛の朴葉焼き、七輪に載せシメジがシナッとなったらお召し上がりにい。レアで美味しさけ。男はんは多めのお肉さけ。」
「外人さんがたやが、みなさんこの七輪がみょうに気に入りますがえ、そやさけ、大旦那はん、本館お土産売店に同じもん出しはりましたんがや、千八百円でございみす、宜しかったら是非にい。」

「THIS COOKING EQUIPMENT IS A THOUSAND EIGHT HUNDRED YEN 、WE CAN GET IT!」

 白地の七輪には現代日本人でもすらすらとは読めない毛筆分が綴られています。洋の東西を問わず食卓利用が可能な土器、かさばるもののニッポン土産
として売ってつけ、なのかもしれません。

「ゴハンはこの竹籠、ゴマ俵、シソ俵、錦糸俵、の重ね俵。外人さんどうやろけ、菊の花と香箱蟹の酢の物、香の物に代わりグリーンサラダ、ガラスの器はフルーツゼリー寄せ、などなどでございみす。」
「七輪の火種はこちらの五徳にございますけ、板の間に置いときますさけ。あと、これがお品書きい。あんやとございみす。おゆるっしゅ、おはしをお取りあそばせ。」

 もう一方の仲居さんがこもかぶりのお酒を運び込み注ぎ口を付けてくれました。

「これえ、大仙閣の旦那さんから差し入れですがえ、灘のお酒え、この湯桶置きますさけ。」
「お世話さまです。これ、こちらさんのお母様がたから仲居さんたちへ。」
「まあ、きのどくなあ。」

「それでは、みなさん、カンパーイ。」
「チンチン!」

 板前さんがこの外国人さんたちのために上手くメニューを仕上げてくれたようです。ゆっくりと時間を掛けて堪能され、皆さん見事きれいにお召し上がりになりました。

 夜がしんしんと訪れ、中庭の庭石はうっすら雪の薄衣を纏い始めておりました。

 仲居さんたちがお膳を片付けると、仲居さんお一人が布団敷きの実演と寝方を見せてくれました。


海外勢、和の儀式をしっかり覚えてくださいね。明日は雪の金沢散策ですよ、夜更かしし過ぎないように、風邪引かないように。


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https://note.com/kotan777/n/n5ca6fdacbaad

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https://note.com/kotan777/n/n92efae649ed9

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