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明るさノンストップ、自称チャランポラン、実はきっちり真面目な朝清掃で会社員。田中良典(36) / わたしの湯 vol.10

わたしの湯 サムネ

「僕をインタビューしてください!」そう言われたのは初めてだった。
わたしが田中さんの存在を知ったのは履歴書を受け取った時。志望動機が裏面までギッシリと書かれていて、表面にそれが透けるほどだ。一体どんな人なんだろう。会うのが楽しみなような、怖いような。少し暗い朝の小杉湯、窯場からわたしが声をかける。「おはようございまーす!」とわたしより元気な声が返ってきた。それが田中さんだった。話せばこちらまで元気になる不思議な人。
正直普段は「いやいや、僕なんて…」と謙虚な田中さんが、「僕を!」と立候補したのは意外だった。そう、彼は今回の、釜浅商店×小杉湯【日々の暮らしを豊かにする料理道具月間】について本気である。彼の本気を、わたしもここで誠心誠意伝えたい。あの履歴書に負けないように。
企画:つっつー/インタビュアー:ガースー/写真:Gota shinohara/編集:えっぐ・くみこまる/
企画協力:ジェット石田・むとちゃん

小杉湯との出会い 魅せられて…

タナカ①

—まず、なんで小杉湯で働こうと思ったかを聞く前に…普段は何をしてらっしゃるんでしたっけ?
普段は釜浅商店という明治四一年創業の東京・浅草、合羽橋にある料理道具屋で働いています。“良い道具には良い理がある「良理道具」”をコンセプトに、料理人や一般のご家庭の方一人ひとりに合った道具の提案をしている会社です。

—釜浅商店の話を聞いたら、すごいちゃんと接客の時の顔。(笑)
はっはは(笑) スイッチが(笑)

—すでに一つ仕事を持っている訳じゃないですか。そこでなぜ小杉湯の、しかも朝清掃をやろうと思ったの?
僕は36にもなって独身で、周りの友達は結婚をして、自分たちの家族を養っている。だが、田中に関してはそういう状況じゃない。それに加えて、釜浅はシフト制で、田中は平日休み。そのダブルパンチで、遊ぶ友達がどんどん少なくなっていく。僕は昔からスケジュール帳の空白が埋まるほど予定を入れるタイプ。それが、どんどん予定がなくなってくると、自堕落な生活になってくるんですよ。なんてもったいない休日の使い方をしてるんだろ…この時間をうまく自分の為、もしくは今の会社に何か反映できるようなことに使いたいってずっと思っていた。そう思いながら、小杉湯に通ってたんです。小杉湯はやってることが銭湯の枠から逸脱してる印象を持っていて。誰がこの企画を立ち上げて運営をしてるのか純粋に気になっていて。ある日、朝清掃募集の張り紙を見つけて、面白そう…!と思った。家までの帰り道はずっと頭の中で考えてて、小杉湯のやってることが釜浅に反映できたら、もっと自分の幅が広がるんじゃないかって勝手に思ったんです。翌朝目覚めた時に、この熱が冷めていなかったら、もう一回行って、話を聞こう!と。そしたら熱が冷めるどころか、遠足に行く前の様なドキドキ感で寝付けなかったのを、今でも鮮明に覚えてます。翌日の仕事終わりに再度小杉湯に行ったら、ちょうど番台に美帆さんが居ました。

たなか②

—ちょうど行った時に?
そう。で、話したら、「え、めっちゃいいじゃんーん!」みたいな。すごく忙しい時間帯にも関わらず、「あっ、ちょっと待ってね、470円です〜」「おやすみなさーい」と何一つ嫌な顔せず、ナチュラルに接客もこなしていて。その姿に僕は結構魅せられた。これ自分が逆の立場で、例えばお店に誰かが営業に来た時に同じような対応ができたかなと思うと、絶対できない。“格好いい!”って。もちろんそこで朝清掃の内容もしっかり教えてくれて、自分の中で“これは絶対働こう”と思ったのがきっかけ。「すぐに履歴書持って来ます!」といって後日、面接で佑介さんと美帆さんと話しました。二人揃って“釜浅商店、すごい・・・面白そうな会社で働いてるね”って興味を持ってくれた。朝清掃の募集は(水)(日)だったけど、当時僕は(火)(水)休みで、(日)は朝湯もあるから、“4時くらいに入って8時終わり…そのあとに会社に行く”っていうのがちょっとネックだった。それでも自分はやりたい気持ちがまさっていて、やってから考えよう!と思っていた。でもそこで佑介さんが、「いや、いいよ、こっちでそれは調整するから、田中くんの休みの日あげて。それでシフト組む」って言ってくれて。

—その話、覚えてる。面白い人が来たから、どうにかできないかなって佑介さんが言っていた。必要なところに人を当てはめるんじゃなくて、来てくれた人に合わせて、その人たちが働ける場や、仕組みを作ったりしてくのが小杉湯らしいよねっていうのは、僕らもずっと思っているところ。
いや、すごいですね。それは僕たちの会社も学ばなきゃいけないなと、ものすごく思う。

—実際、朝清掃として働いてみてどう?
感覚的には趣味や習い事、ジムに行ってる、に近い。朝清掃が終わって綺麗になった現場をみると、「はあ…」とほっとする。お風呂に入ってほっとする感覚にも似てて、掃除し終わったあとの景色を見るのは結構好き。仕事を続けるほどに、そういう心にどんどんなっていって、それが今、自分のルーティンになっている。5日間の釜浅での仕事が、小杉湯で働く2日間で整う分、翌週の仕事にスッと入っていける。“よし!やってくぞ!” と靴紐を結ぶ感じ。だからすごいありがたいです。

田中みどりさんから田中良典さんへ 月曜日来てくれるお客さんには

たなか③

—最初入った時に仕事を教えてくれたのが、田中みどりさん※?
そうです。みどりさんの仕事のスタイルは、めちゃくちゃかっこいいです。3時間という時間枠の中でどう動けば効率的かを考えながらやられていて。一方で明るくて面白い面もあって、この時間を自分のために有効活用するために、「田中くん、この3時間は掃除に集中するのもいいけど、例えば英単語覚えるとか、自分の中でちょっと面白いことをやりながらやるといいよ」みたいな教えをもらって。 “みどりさんって面白いこと考えながらやっているんだな”と。でも仕事はきっちり丁寧! なおかつ缶コーヒーとか買って来てくれて。「休憩しようよ」と声もかけてくれる。

※田中みどりさん:田中良典さんと入れ替わる形で退職された元朝清掃。小杉湯で二十年以上朝清掃を続けてくれたレジェンドで、今でも小杉湯の朝清掃の神的存在。

— へー!いいねー!
面接の時点で僕はみどりさんが辞めることを知らなくて、辞めると聞いた時は、「まじ!?」って思った。だから初日はノートを持ってみどりさんのあとをひっついて、やることを全部書いた。「大丈夫、書かなくて大丈夫だから」って言われたけど。(笑) でも、それもあってか、みどりさんのやっていることの継承ってわけじゃないけど、しっかり仕事の流れを掴めた。それは今の自分の仕事にも活きているなと思います。特に段取り。お客さんが、開店15時半に来てくれた時に、髪の毛とか、玄関周りにゴミが残ってるのはすごい気持ち悪いことだなって思うんですね。気持ちよく入ってもらうために、できる限りその時間枠の中できっちりと、ここからここまで1番2番3番4番…って組み立てていく。釜浅での仕事もスケジュール管理はしているけれど、結構僕はパツパツに仕事を詰めちゃうんです。でもみどりさんの段取りには、その中に余白がある。余白を残すと、全体を俯瞰で見れる時間が生まれて、“あれはこうだったな…”と振り返りもできる。それを教えてもらえたのはありがたかった。みどりさんは僕まじで尊敬してます。

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—いい師匠に出会えたんだ。
そう、本当に!年上の人って、言葉悪いですけど、自分のやってきたことを押し付けたり…おっしゃっていることはわかるんだけど、自分の中ですっと腑に落ちない、というのがあったり。でもみどりさんのことは、「あ、すごい!かっこいい!」って思えてしまう、それがあの方の魅力なんだなって思う。ニコニコ笑いながら不機嫌にやることなんて一切なかったです。大げさかもしれないですけど、多分みどりさんの教えがあるから、今も一人の時間を楽しく、きちんとできているっていうのはあると思います。本当に感謝です。

—朝清掃ってお客さんと会う時間じゃないから、仕事に対するモチベーションはどうなのかな、って思うんだけど、朝清掃・田中として小杉湯のお風呂に入りにきてくれる方に伝えたいことはありますか?
お客さんに…もう存分にその時間、湯に浸かって癒されてください。(笑) 朝清掃って、僕自身の持っている意識とちょっと似てる部分があって。僕は見えないところに気を使うっていうのをモットーとしていて。例えば、ポケットからちょっと出てるハンカチが可愛いとか、袖やコートの裏地の柄が可愛いとかって結構好きなんですよね。朝清掃メンバーは小柄な方が多く、鏡の上とか埃がどうしてもたまってしまう。それって頑張っても絶対届かない。それを、僕が入ることで補える。見えないところを綺麗にするっていうのが僕は結構好き。あと、朝清掃は脱衣所・玄関・トイレと決められた枠があるけど、それ以外にプラス1行動、どこかしら違うところを一箇所掃除しようというのを自分の中で心がけている。別に気づいて欲しいとか、そういう思いは全然無いんだけれども、今、自分のシフトにはいっている(月)(火)に関しては、開店してすぐの15時半にきたら綺麗で最高なんだぜ!という感じにしたいなと常に思っています。それをかすかに感じてくれる方がいたら嬉しいです。週の初めだからなかなか足が向かないと思いますが、是非(月)(火)に入りにきてください。

—あーいいですね。自分の仕事にプライドを持ってやってくれてるんだ。
プライドなのかな。強いこだわりなのかもしれない。

いつか叶えたかったこと

たなか④

—小杉湯では朝清掃をやってくれているけど、それ以外に小杉湯で関わってこれから叶えたいこと、やりたいことはありますか?
そうですね。一個はもう念願叶いました!12月からの釜浅商店と小杉湯のイベントができるのは本当にありがたく、嬉しいです。正直、いつかできたらいいな〜くらいで、あんまり現実味がなかったんですね。でも佑介さんが、朝会う度に「ねえ田中くん、ここにさぁ、合羽橋を集結させたら絶対面白くない?釜浅の湯やろうよ〜」と言ってくれて。“あぁ、そんなに興味関心持ってくれてるんだ”って素直に嬉しかった。それを会社にフィードバックすると、うちの社長が「めちゃくちゃ嬉しいね、やろうよ!」って言う。僕としては、やりたい気持ちはあったけれども、小杉湯に入った当初は、本業がバタバタしていたし、なかなかそこまで頭が回らなかった。さらには朝清掃に入って間もない上、小杉湯のみなさんのことも分からない状況の中でいきなりイベントってなると、逆の立場だったら“ちょっと何やっちゃってんの”と思うところもあった。ある程度時間が経過したタイミングの方がいいんだろうなって思っていた。そして、小杉湯に入って約一年経とうとしてる時、再度佑介さんが「もう、ちょっと是非やってほしい」と声を頂き、これはしっかり形にしなくては…!と動き出しました。
こうやってやりたかったことのひとつが叶えられて、今そのイベント企画・準備で小杉湯のスタッフも巻き込んで、やっているところです。僕としても新しい仕事の一環だからとても楽しいし、大変というより、“あぁ小杉湯ではこんな事ができるんだな”っていうのを感じて、会社のメンバーにすごい自慢してます。

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—念願叶ってできる12月のイベントについて、どんなことをやるんですか?
まずは、待合室を使ったミニ釜浅商店を、約一ヶ月間やります。同じ東京23区ではあるものの、高円寺から合羽橋は、なかなか距離があったり、知らない人たちも多いと思うんです。今回のイベントでは、12/4(土)には、道具に愛着を持ってもらえるように、購入していただいた庖丁などに銘入れをします。あと12/5(日)には、釜浅商店を軸にして小杉湯と関わりのある生産者さん、山燕庵さんと梅ボーイズさんを繋げて、【小杉湯にぎり】を販売することになりました!この実現自体が嬉しいし、それをお客さんにも味わってもらえたらとても嬉しいです!

—いいねー、イベントが楽しみ!
合羽橋の釜浅商店だと、【買う】・【使う】・【味わう】というのが一般的な購入からの流れ。だけど、今回の小杉湯のイベントでは、まず【味わう】ことからスタートできる。釜浅のごはん釜で炊いたお米を食べてもらえると「え、こんなに美味しさが違うの?」と味わってもらえる。じゃあちょっと購入も考えてみよう…と。普段と逆転の発想から道具が買えるのは、理にかなっている。できるようでなかなか難しい部分もあって、今回のイベントで実現できるのはとても嬉しい。

—なるほど!田中くんは二つの場所で働いてみて、その違いに気づいたり学ぶことがあったり、と言っていたけど、逆に釜浅商店と小杉湯で共通するところってあったりするのかな?
どちらも共通してるのは、歴史がある、そして、“生活導線上にある”ってこと。今回の企画を練る段階で、この事については何度も話して芽生えた気付きで、今はイベントの軸にもなっているんですが…小杉湯も釜浅商店も、別になくても生活は出来るものなんだけれども、あることで自分の生活を豊かにできる。例えば今は百円でも庖丁は買える。別にそれが悪いわけじゃないが、どうしても使い捨てになってしまう。釜浅商店の庖丁は作り手の背景や想いを知ることで自分が気に入ったものを長く使える。研いで使うことで道具に対しての愛着がわいてくるし、切れ味が復元するとやっぱり気持ちがいい。小杉湯も同じ。家に風呂はあるけれど、ここに来ることで何かほっとする。明日もっとがんばろうっていう気持ちになる。どちらもあることでちょっと暮らしが豊かになる。

—いやーいいね。田中くんは真面目だね。
面白いこと言ってなくてすみません。(笑) やっぱり一緒に考えてくれる人たちがいる環境に巡り会うことができたから、自分もそういう発想になる。どうしても歳を重ねるごとに人とのつながりが少なくなってきたりして、一人の時間が多い分、物事をいろんな側面から見られなくなってしまうんじゃないかなと思う時がある。小杉湯には大学生や仕事を掛け持ちしている人、いろんな職業に携わっている人が関わっていて、こういう環境の中でたくさんの話が聞けるというのは自分自身の幅を広げてくれているように感じていて、他にはない。だから田中にとってはとても嬉しい。

わたしの湯 しあわせを選べる勇気

たなか⑤

“嬉しい”という言葉がたくさん並んだインタビューだった。
ご機嫌な人の周りには、自然と人が集まる。田中さんはまさに、その輪の真ん中にいる人だろう。わたしも自分の機嫌は自分で取れる大人でいたいなと、彼の生き方をみてしみじみ思う。
のれんをくぐれば気持ちのいい玄関、笑顔の番台、綺麗で清潔な脱衣所、湯気で溢れた真っ白な浴室、いろんな場所に、たくさんの人の気配を感じながら、今日も湯船に浸かって、自分の体を満たしてあげよう。なくても生きていけるけど、あるとちょっと豊かになるのなら、自分のために、その小さなしあわせを選べる勇気をいつでも持っていたいな。    つっつー

今回の登場人物 小杉湯のひとたち

図1

Photo gallery  by Gota Shinohara

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