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【創作】桜色症候群

桜色症候群さくらいろしょうこうぐんが流行り始めたのは数年前の春ごろだった。その年、病院には頬が桜色に染まり原因不明の高熱に侵される患者が多発した。

特効薬などはないこの病気に対して、かつて感染症の時に感じた不安が人々を襲った。しかし人から人への感染は見られず、時間の経過と共に頬の桜色は消え熱が下がっていったことから一種のアレルギー性の病気だと診断された。決して深刻な病気ではではないと徐々に認識されていった。

ただ、この未知の病気に対する漠然とした不安は拭えておらず、政府は解明するための研究チームを発足した。
チームリーダーにウイルス研究に明るい吉野教授を置き、その助手として女性ながら研究員のホープである染井准教授を筆頭に総勢5名をチームに加えて研究をスタートさせた。


チーム吉野は桜色症候群のDNAからドーパミン、セロトニン、エストロゲンなどの興奮物質の発見に成功した。しかしそれがどう高熱を引き起こすのか、そしてなぜ頬が桜色に染まるのかの解明に苦しんだ。

この桜色症候群は毎年春ごろになると患者が増え始めそして夏前には終息していくという傾向があった。突然変異をして感染が広がったり症状が悪化して命を落とす患者がいなかったため、政府は徐々に研究費を削減していった。それに伴いチームメンバーも一人また一人と離脱していった。

研究を開始して4年目には吉野教授と染井准教授の二人だけになっていた。実は染井にも大学からチームから抜けて戻ってくるように要請があった。しかし染井はそれを頑なに拒んでいた。

染井は吉野が好きだった。

もともと染井は吉野に憧れてこの世界に身を投じたのだった。憧れはいつしか恋へと変わっていった。そんな染井にとって吉野と一緒に研究ができる今の環境は幸せ以外の何物でもなかった。どうしても吉野と一緒に結果を出したかった。


5年目のことだった。桜色症候群のDNAの中に通常時では人には含まれない成分があることが分かった。その成分はアントシアニンという桜の葉などをピンクに発色させる色素だった。
このアントシアニンが分泌されることで頬を桜色に染めて発熱するのだった。
アントシアニンは時間が経つにつれて分解され消滅するため発見するのがとても困難だった。アントシアニンの消滅と同時に頬が通常に戻り発熱が治まることが分かった。しかしなぜ人の体内でアントシアニンが分泌されるかがどうしても解明できなかった。


ある夜、染井は吉野から桜を見に行こうと誘われた。二人で夜桜を眺めていた時だった。吉野からチームの解散が正式に決まったことを報告された。食い下がる染井を吉野はおだやかな表情でなだめた。

もういいんだ、君はとてもよくやってくれた。君との研究の日々は本当に幸せだった、ありがとう。

そう吉野から告げられた瞬間、染井の頬がみるみると桜色に染まっていった。吉野と染井はすぐに研究室に戻り染井のDNAを採取した。染井は桜色症候群を発症していた。染井の体内からは次々とアントシアニンが分泌されていた。
染井は身体がどんどんと熱を帯びていく中で、自分が発症した原因に気付いていた。

おそらく発症した理由は恋です。人を好きだと思った時、アントシアニンが分泌されるのだと思います。

そう吉野に伝えた。だが吉野には疑問があった。恋は季節を問わずいつ起こっても不思議ではない。しかし桜色症候群が発症するのは春ごろだけだ。その理由が分からなかった。

吉野は染井が発症した時のことを振り返った。染井の頬が桜色に染まった時、何をしていたかを考えた。

桜だ、桜を見ていた時だ。

吉野は染井と一緒に再び桜の元へと戻った。桜の木の下で吉野は染井に自分の想いを伝えた。

君が好きだ。たとえ研究が終わってもずっと側にいて欲しい。

伝えたと同時に吉野の頬が桜色に染まっていく。DNAを採取するまでもなく吉野も桜色症候群を発症したのは明らかだった。その後、二人は研究室に戻ることなく桜を一緒に見ていた。互いの手をしっかりと握ったまま、ずっと桜を見ていた。


半年後、吉野と染井は桜色症候群の研究結果を発表した。
桜の匂い成分のクマリンを体内に摂取した状態で人が恋をするとアントシアニンが分泌される。分泌されたアントシアニンが頬を桜色に染めて発熱を引き起こす原因となることが分かったのだった。

原因不明の未知の病気の解析に成功した二人は世界中で称賛された。
桜色症候群は海外では、二人の名字をとって桜色症候群ソメイヨシノシンドロームと呼ぶようになった。


おしまい


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