【創作】夢
振り返るのはやめようと思った。
君が死んで数年の時が過ぎた。
その悲しみは癒えることなくずっと僕の心にはぽっかりと穴が開いていた。
君は僕の全てだった。君を忘れることなんて出来なかった。君を忘れたくなんてなかった。
だけど周りの人間はそうじゃなかった。
「惜しい人を亡くしたわ」
「幸せにならなきゃ。きっと天国であの人もそう願ってるよ」
「いつまでも悲しんでいてはダメ」
「この子のために強く生きないと」
「いい人にまた出逢えるよ」
時間が経つにつれて周りは君を忘れろと言った。
娘の結衣のためにもいつまでも悲しむのはやめろと言った。
君を忘れる事、それが結衣のためになるのならと僕は振り返るのはもうやめようと思った。
それから君の事を口にすることをやめた。君のことを考えないようにした。君との思い出の物も押し入れに仕舞った。
ママ、ママと言っていた結衣もだんだんとその言葉を口に出すことがなくなっていった。
それでいいんだと思っていた。そうやって君は僕らの中から少しずつ消えていくんだと思っていた。
だけど心の穴が塞がることはなかった。
君が夢に出てきたのは、そんな時だった。
すぐに夢だと理解したが、あの頃と変わらない君の姿に胸がいっぱいになった。夢の中なのに涙が込み上げてくる。
だけど目の前の君に笑顔はなくてどこか怒っているように見えた。
声を掛けたくても思うように言葉が出ない。
「あなたさぁ」
ふいに君が口を開く。その言い方は昔浮気を疑われた時のそれだった。
「そんなに私が嫌いなわけ?死んだ人には用はありませんってそれはちょっと冷たいんじゃないの」
怒った時に寄せる眉間の皺、いつもよりも少し高くなる声、腰に手を当てる仕草、全てが君だった。愛していた君のままだった。
涙が止めどなく溢れてくる。今すぐ君に触れたい、君の名前を叫びたい、抱きしめて二度と離したくない。だけど声は出せず身体も動かなかった。ならばせめてこの幸せな時間が永遠に続いてくれと願った。
「なーんてね、びっくりした?」
君はふくれっ面から一転、くしゃくしゃの笑顔を見せた。
「あなたが私のことを忘れてないのは知ってるよ。振り返ろうとしないのは全部結衣のためってことも分かってる」
いたずらっ子みたいに笑う君もあの頃と変わらなくて僕も思わず笑顔になった。
「急に死んじゃってごめん。結衣を育ててくれてありがとう。私の事は気にしなくていいからあなたの思うようにやって」
君はそう言うとクルリと僕に背を向けて歩き出した。
嫌だ!行かないでくれ!もう君と離れたくない!君とずっと一緒にいたんだ!
頭の中でそう叫んでも声が出せない。この想いが君に届けと強く願った。
想いが通じたのか君は立ち止まると一度だけ振り返った。
「大丈夫。私はいつも側にいるから」
僕にそう告げると踵を返してまた君は歩き出した。君が見えなくなるまで僕はずっと君を見つめていた。
目が覚めると家のベッドだった。目尻の涙を拭って起き上がった。その拍子に隣で眠っていた結衣も目を覚ました。
「パパ、おはよう」
目をこすりながら起きる結衣に僕は君が夢に出てきたこと伝えた。
「おはよう。昨日ママの夢を見たんだ」
「ほんとうに?ママどうだった?」
「なんか怒ってたよ」
「何で怒ってたの?」
「さぁ?結衣が悪い子だからじゃないかな」
僕が笑ってそう言うと結衣は「えー!意味が分かんない!」と頬をプクっと膨らませた。その顔があまりに君にそっくりで僕は声を出してまた笑った。
おしまい
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