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【日常】

「相談があります…」

デイサービスの管理者であるEさんが青ざめた顔で僕のところにやってきた。Eさんの表情はとても険しく、間違いなく良い話ではないと思った。

「看護師の○○さんが感染しました…」

(やっぱりか)

想定内の答えに驚きは全く無かった。ふぅと息を一つ吐いてこれからのことをEさんに指示を出す。

スタッフから感染者が出たのはこれが初めてではなかったが、今回は以前とは違い直接利用者を介助しているスタッフの感染だった。


「マスクを着用されてるので規定では濃厚接触者に当たる方はいないと思いますが、あとは事業所で判断してください」

案の定、保健所からの答えは事業所任せだった。

このまま『濃厚接触者無し』として通常通り運営する事も可能だったけど、何とも言えない漠然とした不安があった。


念のためデイサービスを一時的に閉鎖をして、スタッフ全員のPCR検査を行った。すると別のスタッフからも陽性が1人確認された。

感染した2人のスタッフが支援に当たった利用者全員へ連絡をして体調確認などを行った。幸い1人も体調不良な方はいなかった。

感染していないスタッフ達に2日続けて検査を行い、陰性を確認してデイサービスを再開した。

再開してすぐだった。お子さんが感染し濃厚接触者となったスタッフがまた1人自宅待機になった。再度スタッフにPCR検査を実施して陰性を確認した。


それから感染者や濃厚接触者が出ることなく、今は自宅待機していた職員も戻り通常通り運営している。ただ、いつどこで誰が感染してもおかしくない状況だと思う。

それは分かっていた。感染者や濃厚接触者が何人出ようが対応してやる、そう覚悟していた……そのつもりだった。

でも結局僕は頭のどこかで『いつか終わる。また日常が戻ってくるまでの辛抱だ』そう思っていた。今だけ我慢すれば良いんだ、そう思っていた。


僕の覚悟は甘かった。


多分、前の日常は戻ってこないと思う。

この異常とも言える状況が日常なんだと思う。

「コロナが明けたらお出かけしましょう」

「感染が無くなったらカラオケをやりましょう」

きっとそんなのは幻想で、利用者に期待を持たせる事は言っちゃいけないんだと思う。

コロナは明けないし感染は無くならない。

利用者が感染しない事を第一に考える、それでも誰かは感染する。

それが普通でこの先ずっとそれに対応していかないいけないんだと思う。

それこそが本当の覚悟だ。


そんな風に自分の中で決意を新たにした時だった。

再びEさんが思いつめた顔で僕のところにやってきた。

「相談があります」

今回は何だ?誰が感染した?濃厚接触者が出た?

どんな状況でも受け入れる僕にもう怖いモノなんてない。これが普通。これこそが日常なんだから。


「あの……最近、急に暖かくなったので桜が早めに散っちゃうと思うんです。だからお花見を例年よりも早めに行きたいと思うのですが…やっぱりこんな時期に不謹慎ですかね?」


うちのデイサービスでは桜が咲く時期に毎年利用者を連れてお花見に行っている。

一昨年はコロナの影響から中止にしたが昨年は車内からだったが桜を見に行けた。間近で見る事は出来なかったけど、利用者たちは本当に喜んでいた。

「来年もみんなで桜を見に行きましょうね」

そんな約束を利用者たちとした。そんなことすっかり忘れていた。

感染者が出た、濃厚接触者になった、PCR検査だ、デイを閉鎖しよう…

ネガティブな事が続いており利用者の事を考える余裕が無くなっていた。


現場の人たちは本当にすごい。

少ない人員で感染の恐怖と隣り合わせてきっと心身共に疲弊している中で、利用者に喜んでもらうために何をすれば良いかを常に考えている。

本当に本当にすごいなぁ。


「いや全然不謹慎じゃないよ!すごく良いと思う!行こう!お花見に行こう!!」


僕の返答にEさんの表情がパァと明るくなって、「ありがとうございます!」と笑顔で戻っていった。

逆に僕はEさんからの相談に思わず泣きそうになった。


現場はいつだって利用者のことを考えている。

現場にとってきっとこれが日常で、それは過去も今も未来もずっと変わらない。

コロナがいつ終息するかは分からない。もしかして終息しないのかもしれない。

でも環境や状況が変わっても利用者に喜んでもらうために最善を尽くすのが僕らの日常であり、覚悟なんだと思う。


今年の桜は例年より早く咲くかもしれないけれど、きっと例年よりキレイに咲くんじゃないかと思っている。




……なーんてことがありました。

こんにちは、久々の更新に記事の書き方を忘れかけたコッシーです。


さて、前置きで全部書いてしまいましたが、要するに何が言いたいのかと言うと『なんやかんやありましたがやっぱり現場って素敵やん』ってことです。

きっとうちのスタッフだけじゃなくて、他の現場職員の方々は本当に毎日頑張ってくれていると思います。

感染の恐怖と戦いながら利用者のためにと、利用者の笑顔のためにと懸命に日々支援に当たっていると思います。

しつこいくらいに嫌がらせしてくるオミクロンのヤツに心折れそうになりましたが、現場の方々にパワーをもらいました。


この大変な状況がいつまで続くか分かりませんが、僕は頑張ろうと思います。

今度利用者と一緒に桜を見に行きます。

皆さんところにも満開の桜が咲きますように。


それではまた。

コッシー

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