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粉瘤の手術

「▲☆=¥!>♂×&◎♯£」

「え?え、はい。お願いします」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「あ、あ、はい。5月でしたら」


先月、形成外科に行くと猫ミームのヤギのように捲し立てて喋る先生の勢いに押されてあっという間に手術の日程が決まった。

「粉瘤」

中年男性の背中にできやすいおできのような物だ。放っておくとコブのサイズまで大きくなる事もあるらしく、自然治癒しない。良性の腫瘍なので切開するかは本人の意思である。
数年前にできた粉瘤。ヤギからは「▲☆=¥!6mm>♂×&◎♯£1万円ちょっと」と粉瘤のサイズと費用を告げられた。手術といっても少し皮膚切ってちょちょいとやるだけ、そう思っていた。



検診衣というらしい。

手術当日、受付を済ませて手術の段取りを説明される。その間に乾燥機から出したばかりなのか、シワッシワの検診衣を渡された。看護師さん達はドラマ等でみる手術服と帽子を着用しており、やたらピリついている。今から行われる事が外科手術である事を意識せずにはいられない。

(えぇ…たかが6mmの粉瘤取る手術でこんな雰囲気なん?手術怖いんやが)

準備が終わるまでその場で待っててと指示され置物のように待機することに。物々しい雰囲気に緊張が走る。
院内には俺の心境とは裏腹な軽快なジャズが流れていた。


検診衣は背中が空いており、少し肌寒く感じる。この寒気は服の面積のせいだけではあるまい。自ら志願した手術なのに後悔すらしていた。

手術室に入り、初の手術台へ。寝返りを打つだけで落ちてしまいそうな狭いベッドにうつ伏せで寝る。
女性の看護師さんが三人がかりで俺の身体をまさぐる。
「靴下脱がせますね」
「ズボンめくりますね」
字面にすると何かハーレム感すらあるのだが、実際は右足ふくらはぎに謎の計測器具、左足親指に謎の計測器具、左腕にポンプ圧が強い血圧計を装着されていただけだ。心電図のようなものもあり「ピッ…ピッ」と音が鳴る。

(えぇ…たかが以下略)

そうこうしてる内にヤギの登場。
すぐに手術は始まった。やたら念入りに消毒をしてくる。
「痛いですよー」
部分麻酔を打つ前の言葉だ。
手術前の雰囲気ですっかり怯えてしまった俺は、その言葉に身構える。歯医者だと「ちょっと痛いですよー」はバリ痛い。外科の「痛いですよー」は初耳であり相応の覚悟を強いられた。無事に帰れるか怪しい。

ところが

(あれ、痛くない。歯医者の麻酔の1/5も痛くない)

そっち系?先に誇大表現してギャップ安心させるタイプなんか?

流れるように手術は進む。
切開。粉瘤の除去。縫合。
一連の流れがものの10分程で終わる。痛みはない。
粉瘤を取る時だけ背中からズポンという感覚があった。
取れたんだな、と分かる手応えだけが背中に残る。

「はい終わり」

ヤギの一声に胸を撫で下ろす。
取れた粉瘤を見せてくれた。
タコ焼きに入ってるタコみたいな、形の悪い真珠みたいな物体がピンセットに挟まれていた。思ってたのと違い、白くて意外と綺麗だった。

こんなのが背中にいたのか、と驚きながらヤギにお礼を伝えて院を後にする。あの雰囲気なんだったん?という疑問だけを残して。

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