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精密制御震源について ACROSSとは何か?

はじめに

見出し画像はなんだか分かりますでしょうか。これは、今はすでに撤去してしまいましたが、精度良い振動を発生させることができる装置で、淡路島の野島断層のそばにあったものです。黒い部分がモータで、地下に埋め込んだ偏心したおもりを回転させて振動を出す仕組みになっています。床からモータの上面までの高さは、およそ1mです。1995年の兵庫県南部地震のあと、断層の詳細を研究したいという計画からこのような震源装置を作って研究を行いました。この震源を用いた代表的な論文はIkuta et al. (2002) や Ikuta & Yamaoka (2004)で、当時大学院生で今は静岡大学の先生をしている方がこの研究で博士を取得しました。また、近年Tsuji et al. (2022)でもこの装置を使ってIkuta et al. (2002)で得られたデータを用いており、この学生は博士取得後に、今はJAMSTECで研究員をしています。私達が使用した震源としては最も古いタイプがこの写真にあるもので、設置にはいろいろと手間がかかっています。その後いろいろと実験を行ってできるだけシンプルな装置としました。ここでは、それらの装置の原理と特長、また開発の歴史について書いておこうと思います。なお、このタイプの震源は精密制御定常震源ACROSS(Accurately Controled Routinely Operated Signal Source)と名付けられました(Kumazawa  &  Takei, 1994.  日本地震学会予稿集)。

ACROSSの系譜

Yamaoka20190920のコピー

1994年以降、たくさんのACROSS震源が作られました。もともと名古屋大学で熊澤・武井・鈴木の3名が作成した小型の震源装置が元になっていましたが、1996年に最大発生力2x10^5N(ニュートン)とした「淡路・土岐型1996」が作られました。名前は私が分類のためにつけたものですが、設置された場所にちなんでつけています。淡路島の装置(見出し画像にも用いました)は主に名大の私達のチームが、土岐の装置は当時の動燃(東濃地科学センター)が運用していました。その後、「三河・桜島型1999」と名付けたやや小型の装置を作りました。淡路・土岐型に比べると水冷が省略されています。この装置は桜島での観測に持ち込まれ、噴火活動にかかわる地震波速度変化の研究に利用されました(Yamaoka et al. 2014)。その一方で、最大発生力1x10^4ニュートンの装置が作られHIT型1996と名付けた装置があります。これは一対の逆回転する偏心おもりにより直線加振力を発生するタイプです。しかしACROSSとしては、この後このタイプは作られることはなく、1台の回転のみによる運用となりました。これは正逆の回転それぞれのデータを後でデジタル的に足し合わせることで、仮想的に直進加振と同じ振動をさせることができるようになったことによります。
 ACROSS震源は一方で大型化していきます。森町型2004は気象研究所が静岡県の森町に設置をして運用をしているもので、偏心量を大きくして低周波でも力を出せるようになっています。またJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が運用する装置は高速(50Hzまで)で運用することを前提として作られました。この装置は現在カナダのアクイストア(Aquistore)のCCS(二酸化炭素地下貯蔵)の実験場で用いられている(Nakatsukasa et al. 2018など)ほか、JOGMECの柏崎テストフィールドに全く同じ装置が設置してあります。遠隔地での運用のためには手近な場所に装置があり、テストできることが必要です。
 名古屋大学では、装置の簡素化とユニット化をめざしています。多種多様な装置を作ってもいちいち大変なので、ユニット化して同じものを組み合わせる方が自由度が上がります。そのコンセプトで制作したものがType-2014と名付けた装置で、現在名古屋大学の三河観測所に設置し、地下水や降雨による地下速度構造変化の研究に用いられました(Suzuki et al. 2021)。同じタイプの装置は九州大学が導入し、地熱フィールドにおいて実験を行ったほか、釜石沖の海底光ファイバーを地震計として用いた実験もおこなわれました(Tsuji et al. 2021)。
 これらの震源のうち、淡路・土岐型1996はすでに撤去され、震源の機械部分は名大に保管されています。また桜島の震源についても撤去され、同じく機械部分が名大に保管されています。電気関係部分は劣化による寿命があり廃棄されました。機械部分は整備することと新たな制御部を準備することで将来の利用が可能です。

ACROSSの独自性と特徴

(1)周波数変調と多重震源の運用

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振動として発出する信号にACROSS独自の工夫があります。工夫の一つは、周波数変調です(図の①)。一般に物理探査におけるバイブレータの信号は低周波から高周波に連続的に周波数を増加させるスイープ信号を用います。それと似てはいますが、特徴は正確な一定時間間隔で同じ信号を繰り返し発出することです。これは回転周波数を上げたり下げたりすることで実現します(図の②)ので、これを周波数変調(FM = Frequency Modulation)と呼んでいます。このようにして発出された信号はフーリエ変換という数学的に確立された手法によって簡単に取り出すことができます。例えば50秒毎に一定間隔で周波数変調を繰り返す信号は、周波数軸上で1/50Hz間隔に並ぶことが数学的に示されます。この50秒毎に繰り返す信号を8つ分(つまり400秒)まとめてフーリエ変換すると、周波数軸の刻みは1/400Hzとなりますが、データは1/50Hz間隔となるため、周波数軸上では8つごとにデータが現れます。残りの7つはノイズのみが含まれます(図の③)。つまり周波数軸上で8つごとにデータを選び出し、それを逆フーリエ変換することで、時間波形に戻すことが可能になります。
 このような信号をGNSS等で得られる正確な時刻に同期して発出しているところがACROSSの独自性と特徴です。このような信号を発出する仕組みは技術的には面倒ですが、その信号を一旦地震計で受信してしまうと、フーリエ変換という数学的に単純で確立された手法でデータを取り出すことができるため、解析は容易になるという利点があります。

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この利点は、多重震源の運用を可能にしています。ここでは、詳しく述べませんが、震源が発出する信号の周波数間隔を保ったまま、周波数の平行移動が可能だからです。例えば、フーリエ変換を400秒の長さの信号を用いて行うときには、周波数軸は1/400Hzごとに区分されます。それに対し、震源のFMの繰り返し周期を50秒とすると、周波数軸で8区分ごと(1/50Hzごと)に震源からのデータが現れます。この状況で震源の発出する周波数を1/400Hzずらして信号を発出する震源を用意すると、2つの震源の信号は周波数軸上で完全に分離されます。このようにして、最大8つの震源を用いることができ、それぞれの信号をフーリエ変換により完全に分離できます。震源の信号は地面の中でどんなに屈折や散乱しても地震計で得られる信号の周波数は変化しません。もちろん、地震計の信号には8つの装置からの信号が混ざっていますが、数学的に確立されたフーリエ変換という単純な手法のみで分離できることは、解析する側から見ると大きな利点となります。また、フーリエ変換をする信号の長さをもっと長くすれば、より多くの震源装置の信号を多重震源として用いることができます。しかし残念ながらこの様な実験はいまだ行われていません。これが実現すれば、リアルタイムで時間変化をモニターするトモグラフィーを実現することができます。魅力的なターゲットがあれば是非実現してみたいと思います。

(2)自動反転

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発出する信号に関するACROSS独自のもう一つの工夫は、自動反転制御です。これは、言うは易く行うは難しです。このような自動反転制御を行うコンセプトは、「一定時間毎に震源を反転させて同じ信号を発出すれば、後で信号の足し算をするだけで任意の方向の仮想的な直線加振による振動を得られる」というものです。
 ここでなぜ直線加振にこだわるかをまず説明します。地下を伝わる波にはP波とS波が存在します。P波は波の伝播方向に平行に振動して伝わる波で、伸縮が伝わっていきます。S波は波の伝播方向に直角に振動して伝わる波で、ずれ動きが伝わっていきます。P波とS波は振動方向が異なることで、岩盤(弾性体)の異なった性質を反映します。極端な例では、液体はP波が伝わってもS波は伝わりません。液体はずれ動きに対する反発力が働かないからです。このようにP波とS波の両方を用いることで地下の媒質の性質を知ることができます。地面に装置を設置した場合、上下方向の直線加振を行うとP波を効率的に発生させることができます。また水平方向の直線加振はS波を効率的に発生させます。このようにP波とS波の性質をうまく活用するためには、震源がそれぞれの波のうち主にどちらを発生させるかが明確になっていた方が都合が良いのです。
 さて、信号の足し算とはどのようにするのでしょうか、次の図をみてください。図は偏心した錘(おもり)が回転している様子を示したものです。濃い青丸が偏心した錘だと思ってください。二つの震源の発出する信号を足し算する場合、錘が下にある状態からそれぞれ逆向きに回転させます(下図の上)。そうすると上下方向については2つの震源は同じ向きに動きますが、横方向については逆方向に動きます。そのため、上下方向は足し合わされて2倍になりますが、横方向は打ち消されます。そのため、この場合には上下方向の直線加振として振る舞います。それに対して、左側に錘の位置を揃えてから回転させると、上下方向の振動は打ち消されるのに対し、横方向の振動が足し合わされて2倍となり、横方向の直線加振として振る舞います(下図の下)。
 このような操作は、震源から発出される信号を記録した後に、デジタル演算によって行うことができます。ただしデジタル演算によっても、震源の回転方向を逆方向にする操作はできないので、あらかじめ震源の回転は正逆2通りの回転の記録をとっておく必要があります。データ取得後にできるのは、錘の位置を仮想的に移動させることです。その場合にもフーリエ変換の性質を使います。フーリエ変換をして得た周波数軸上のデータ(複素数)の位相を変化させることで実現可能なのです。
 しかし、仮想的に錘の位置を移動させることができても、目的の位置に揃えるためには、装置の偏心した錘の回転を、回転角度(位相)も含めて精密に制御して動かす必要があります。そのような制御ができることで初めてこのような演算によって仮想的な直線加振に変換することが可能になるのです。

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  では、どのように精密に制御しているのでしょうか。1時間ごとに逆回転させることは、電気自動車で前進と後退を切り替えるようなものなので、それほど難しそうに思えません。実際、私たちは2時間ごとに回転方向を切り替える運用を標準としています。50秒ごとに周波数変調を8回繰り返す400秒を1セットとし、さらにそれを17セット繰り返した後、残りの400秒間で回転の切り替えと、位相の調整をします。まず周波数変調によって回転していた錘を停止させ、その後スイッチを切り替えて逆方向に回転させます。回転速度が徐々に速くし、一定回転とした後に時間に合わせて周波数変調を開始します。位相調整は、一定回転の時に行う方法と、停止中に行う方法が考えられますが、私たちは、両方の方法を実現させています。この位相を揃える方法については、またの機会に紹介したいと思います。

おわりに

ACROSSの概要の紹介はとりあえずここまでとします。このあと、稿を改めて最近の成果の紹介をしていこうと思います。


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