検証 金融政策

 2023年度の物価上昇率が前年度比1・0%にとどまるとの見通しを日銀が発表し、自ら掲げる2%の物価上昇率目標を黒田東彦総裁の任期中に実現することは絶望的となりました。何が間違っていたのでしょうか。金融政策はどうあるべきでしょうか。
1. 逆立ちしている日銀
2. 富裕層だけが資産増
3. 国債ビジネスを活性化
4. 格差招く低金利と円安
5. 独占支配かSDGsか

検証 金融政策/群馬大学名誉教授・山田博文①〜⑤/
(図表はPDFファイルをダウンロードしてください)


逆立ちしている日銀

 2023年度の物価上昇率が前年度比1・0%にとどまるとの見通しを日銀が発表し、自ら掲げる2%の物価上昇率目標を黒田東彦総裁の任期中に実現することは絶望的となりました。何が間違っていたのでしょうか。金融政策はどうあるべきなのでしょうか。
 私たちは財布を持ち歩き、銀行の預貯金を利用し、マネーに囲まれて暮らしているのに、マネーのあり方に影響を与える金融政策となると、あまりなじみがありません。
 でも、歴史的な金融緩和政策が続き、金融経済が膨張して実体経済の数倍になり、バブル崩壊やリーマン・ショックなどで世界中が振り回されています。適切な金融政策が実施されることは、安定した暮らしや経済にとって不可欠です。
●物価目標は破綻
 通貨及び金融の調節を行う金融政策は中央銀行(日本銀行)が担当します。その本来の目的や機能などは表1の通りです。
 一見して気づくのは、物価を2%引き上げるという日銀の金融政策は本来の政策とは逆立ちしていることです。というのも「物価の安定」とは、国民生活を破壊し、経済を混乱させるインフレ・物価高を防止することでした。2%も物価を上げようとする日銀の政策は逆立ちしており、生活目線にも反しています。
日銀の言い分は、持続的に物価が下がる「デフレ不況からの脱却」を図ることでした。日銀は2013年4月以来、大量のマネーを供給する異次元金融緩和政策を続けてきました。でも「2%物価目標」は実現せず、経済も成長せず、日銀と政府の経済目標はことごとく破綻しています。
 そもそも日本で持続的に物価が下がるのは金融政策のせいではありません。賃金の削減、消費税率の引き上げなどで国民の所得が抑え込まれ、消費が冷え込んで消費不況が発生しているからです。国民の所得を増やし、消費需要を大きくすることが「デフレ不況からの脱却」の道です。これは日銀でなく企業や政府のやることです。
 実体経済の動向を無視し、日銀が供給する貨幣量の増減が物価の上昇や下落の原因と考える「貨幣数量説」は、学説でも実証でも誤りであることが検証されています。
●別物の「マネー」
 異次元金融緩和政策は、日銀が民間銀行から年間100兆円前後という巨額の国債を買い入れ、その代金を日銀内に置かれた民間銀行当座預金口座に入金するやり方で実施されます。
 でも、日銀から民間銀行に供給されたマネー(マネタリーベース=民間銀行の日銀当座預金と紙幣・貨幣の発行高)と、生産と消費を担う実体経済の現場で使用されるマネー(マネーストック=企業や家計が保有する現金と銀行預金)とは別物です。(図)
 マネタリーベースが市中に流入してマネーストックになるためには、企業や家計が事業拡張や住宅建設や消費のために銀行から借り入れたりしてマネーを引き出さなければなりません。景気の加熱や物価の上昇をもたらすのはマネーストックです。その動向は、日銀でなく、実体経済の担い手である企業と家計の行動で決まります。
 米国では企業と家計が借金をしてでも投資や消費に走ります。しかし日本では増税や賃金カットやリストラの不安で消費が萎縮し、企業が利益すら投資に向けずに内部留保金として貯め込んでいます。これではマネーストックは増えようがなく、「デフレ不況」が続かざるをえません。
 その上、日銀は民間銀行の日銀当座預金残高の一部に0・1%の利子をつけ、年間約2000億円も支払っています。民間銀行は不良債権化するリスクのある企業や家計に貸し出すより、日銀当座預金に積んで利子をもらう選択をしますから、マネーストックは増えません。日銀は一方で金融を緩和し、他方で引き締めるダブルスタンダード(二律背反)の政策を実施しています。(つづく)(5回連載です)


◎検証 金融政策/②/


富裕層だけが資産増

 米バイデン政権はコロナ禍対策もあって「大きな政府」に舵を切り、大型景気対策に乗り出しましたが、金融政策の2%物価目標は掲げたままです。この20年間のアメリカの実質経済成長率平均2・1%(ちなみに経済協力開発機構〈OECD〉全体1・99%、日本0・9%)の実現を金融政策から支援しているのでしょう。
 他国の物価目標を先取りしてきた日銀が「2%物価目標」の看板を降ろさない主な理由は、異次元金融緩和を継続することによって、低金利、バブル経済、円安を誘導し、「デフレ不況」対策という大義名分で、大資本・国家・富裕層の利益を増やしてやるためといえます。それは、異次元金融緩和下の日本の経済動向(表2)から検証されます。
●貧困格差は拡大
 2012年以降、日銀が躍起になってマネタリーベースを5・7倍に増やしたというのに、マネーストックは1・4倍にとどまり、実体経済(GDP)は1・05倍にしか成長していません。むしろ消費税増税や社会保険料の増大で国民負担率が上がり、国民生活は悪化しました。年収200万円以下の勤労者は4人に1人の1200万人に増大し、国民生活は深刻化しました。政府債務も増大する一方で、とうとう1355兆円まで膨らんでしまいました。
 他方で、異次元金融緩和下で大きく伸びた経済指標があります。株価、株式時価総額、全産業の利益剰余金、富裕層の純金融資産などは、この期間に2倍ほども増大しました。大資本や富裕層の利益だけが大きく伸びました。
 金融政策のあり方を決定する日銀の「政策委員会」の9人のメンバーには国民生活と消費者の代表は含まれていません。異次元金融緩和政策で供給された大量のマネーは、生活を支える実体経済の成長や生産的な投資でなく、株式市場や海外投資などに向かい、株高や対外金融資産の積み上げに利用されました。
 株式投資や対外投資のできる大資本や富裕層は自分の金融資産を倍増できました。値上がり株の一部を売ったお金で、高級別荘や高額商品が飛ぶように売れる一方で、貯蓄のない世帯が3割に達しています。
 異常に増大したマネタリーベースの中の現金通貨(うち日銀券)は116兆円です。その内訳を見ると、1万円札が一番多く109億枚(109兆円)ですが、買い物に一番使われる千円札は43億枚(4兆3000億円)に過ぎません。増発された1万円札のほとんどは、家庭の「へそくり」・「タンス預金」というより、大資本や富裕層の脱税のための資産隠しとして秘密の場所に退蔵されているようです。
●日銀が株を買い
 中央銀行が株式を買い、民間会社に資本金を提供する、世界に例のないことをやっているのが日銀です。日銀は、株価指数連動型上場投資信託(ETF)という金融商品を買って、株式市場に日銀マネーを供給し、官製株式バブルを誘導しています。海外投資家の日本株の売り逃げなどで株価が下落すると、すかさず日銀が買いに入り、株価を高値で維持する株価維持策を続けています。
 すでに日銀の買った株式ETFは36兆円(簿価)に達しました。日銀が最大の「株主」になり、会社の経営に公的な意見が反映されるかと思いきや、日銀には株主の議決権はなく、株主総会で発言できず、経営のあり方に口出しできません。
株主の議決権は、野村・日興・大和など、株式ETFの3大運用会社にあります。日銀は、金は出すが、口は出せない存在です。その上、株価が下落し、日経平均株価で約2万円を割り込むと、日銀には株式の損失が発生し、「円」の信用が毀損します。(つづく)

◎検証 金融政策/③/

国債ビジネスを活性化 

 中央銀行は時の政権から独立しないと、安定した国民生活や経済のための金融政策を実施できません。歴史的には、どの国の政権も、中央銀行を戦費調達などの「金庫」として利用してきたからです。
 第2次安倍晋三政権の出発点は、日銀の独立性を奪い政権に従属させる「政府・日銀の共同声明」(2013年)でした。アベノミクスの異次元金融緩和政策の仕組みは、政府―民間銀行―日銀の三者間で、大量の国債を取引すること(図1)でしたから、大量の国債がスムーズに取引されるために日銀の役割が不可欠だったのです。
●フル回転で増発
 まず政府が国債を発行すると、民間銀行がその国債を入札し、次いで日銀が民間銀行から国債を買い入れます。国債買入代金が民間銀行に渡されると、また国債入札に向かう、といった仕組みがフル回転しています。国債が日銀の間接的な引き受け(財政法第5条の 空文化)で増発され、日銀は国債増発機構に組み込まれています。その結果、日銀は国債発行残高のほぼ半分の500兆円の国債を抱え込みました。
 日銀を後ろ盾にして国債が発行され、予算が成立する異常事態です。国債は雪だるま式に膨張し、国内総生産(GDP)の2倍を超え、日本は主要国でトップの「政府債務大国」に転落しています。日本国債は60年間かけて償還するという世界に例を見ないルールですから、現生だけでなく将来世代にも深刻な負担をかけます。
国債は政府が利子の支払いと元本の償還を保証する政府の借用証書です。現在、一般会計予算の2割超がその返済(国債費)に費消されています。もし、日銀の「2%物価目標」が達成されると大変なことが起きます。国債の利子も2%ほどに引き上げないと買い手がいなくなり、国債が発行できず、予算が組めなくなるからです。
 現在の国債の利率加重平均は超低金利の0・87%ですが、これが2%まで上昇すると、単純計算で国債の利払い費用は倍増することになり、財政は破綻します。また500兆円もの国債を保有する日銀も、国債価格の下落によって損失を抱え込んでしまいます。
●ふくらむ償還損
 「政府債務大国」のもう一つの顔は、旺盛な国債ビジネスが展開されていることです。「2%物価目標」を掲げる異次元金融緩和政策は、政府・日銀相手の国債ビジネスを活性化させています。それは日銀が民間金融機関から年間100兆円前後の国債を大量に買い入れてやる政策だからです。民間金融機関は、政府から安く入札した国債のほとんどを日銀に額面を上回る高値で売却することで、日銀から国債売却益を得ています。その結果、日銀は約12兆円もの国債の償還損(償還時に確定する損失)を抱えました。
 国債は国家の信用に支えられた金融商品(証券)で安心できる投資物件であり、しかも発行額も兆円という単位ですから、大金を運用する内外の大口投資家の資金運用の舞台となっています。日本国債の売買高は2京円という天文学的規模に達しています。
 日本につきまとう財政破綻や日銀信用毀損(きそん)のリスクを回避するには、政府債務や異次元金融緩和からの「出口戦略」を提示することが必要ですが、まったくやっていません。コロナ禍対策で日本と同じように政府債務を増大させた欧米は、法人税・所得税の引き上げや富裕層への課税に舵を切り、応能負担による解決策に踏み出しました。こうした解決策は、大企業が460兆円もの内部留保金を抱える「政府債務大国」日本の菅義偉政権こそ、真っ先に取り組むべき課題といえるでしょう。(つづく)

◎検証 金融政策/④/

格差招く低金利と円安

 ご存知のように、国民の多くが利用する普通預金金利は0・001%という歴史的に例のない超低金利のため、100万円を銀行に預金しても年間で受け取る利子はわずか10円です。それは、日銀が民間銀行の預金金利や貸出金利に影響を与える政策金利を操作し、バブル崩壊後の1995年に0・5%のゼロ金利水準へ、さらに2016年にマイナス0・1%というマイナス金利水準にまで引き下げてきたためです。
●利子所得を削減
 超低金利政策は、多くの国民の利子所得を削減(392兆円)し、家計から銀行への巨額の所得移転をもたらしました。というのも、日本国民の金融資産の多くは、元本が保障され、利子がもらえる銀行預金として蓄えられているからです。他方、超低金利政策は貸出金利も下げたので、企業が調達する借入金や社債発行などの金利負担は大幅に軽減(571兆円)されました。政府は国債利払い費の引き下げを実現しました。ただ、資金運用の多くを貸し出しに依存する地域密着型の銀行は金利低下にともない経営を悪化させてきました。
 超低金利政策は、株式などの金融資産価格を上昇させるので、金融資産を大量に保有する企業や富裕層などの資産増大に貢献しました。というのも、国債や株式のような価値の実体のない有価証券(架空資本)の価格は、受け取る収益(利子や配当金)を平均利子率で資本還元する計算により形成されますから、利子率が下がると価格は上昇します。例えば、1万円の収入をもたらす有価証券の価格は利子率が4%なら25万円(=1万円÷4%)ですが、利子率が1%に下がると100万円(=1万円÷1%)に上昇します。
 そのようなわけで、現在のような超低金利政策は、多くの国民の利子所得を奪う一方で、企業の金利負担を軽減し、国債や株式を保有する企業や富裕層の資産を増大させる大資本・金持ち優遇政策といえます。純金融資産1億円以上を保有する富裕層は2011年から19年の8年間で81万世帯から133万世帯に増え、保有する純金融資産の総額は145兆円も増大しました。
●国民生活に打撃
 異次元金融緩和政策は、日銀による大量国債の買入で国債金利(長期金利)をゼロ近傍に張り付け、日米長期金利格差を拡大し、投資マネーの円からドルへのシフトを加速させました。このため円とドルとの交換比率(為替相場)も、1ドル=86円から106円へ、大幅な円安となりました。この円安の意味は、86円で買えた1ドルの外国製品が今では106円も払わなければ買えなくなった、ということです。(表5)
 食料や原材料・資源を輸入する日本にとって、円安は輸入物価の上昇となって石油・ガス・食料品などの大幅値上げを招き、国民生活に打撃を与えています。他方で、外国は安くなった日本の製品や不動産をこの時とばかりに購入するので、トヨタ自動車などの輸出産業の対外輸出は増大し、大幅の利益をもたらします。日本株や都心の不動産なども、円安による外国マネーの流入によって値上がりします。国内で株式や不動産を保有している大資本や富裕層の資産価格は上昇します。
 それだけでなく、日本の対外資産のほとんどはドル建てで保有されていますから、円安は巨額の為替差益をもたらします。1億ドルの対外資産を円に換金すると、この間の円安で86億円から106億円に増大するからです。
 このように、異次元金融緩和政策によって誘導された円安は、大資本と富裕層の利益を増大させる一方で、輸入物価高を招き、国民生活に困難をもたらしています。(つづく)

◎検証 金融政策/⑤/

独占支配かSDGsか

 新型コロナウイルス禍で人命が失われ、失業と倒産の大波の中で株価が記録的に上昇し、貧困と資産格差が拡大しています。主要国政府と中央銀行が昨年供給した資金は、世界GDPの3割強の約27兆ドル(2880兆円)に達し、世界の株価も85%ほど上昇したからでした。
 アメリカ主導の日本版金融ビッグバン(大改革)は、日本の金融システムを貯蓄から投資のシステムに変換し、アメリカの金融大資本による日本支配が強まりました。金融ビジネスのあり方も変わりました。生産や投資のためでなく、手持ちのマネーを効率的に増やすため、価格・金利・為替の変動を利用し、その売買差益を狙う寄生的な投機活動が広がりました。
●上位10社だけで
 現代の金融ビジネス、とくに債券や株式などの証券ビジネスは、グローバルに一体化し、世界のトップ10社(表5)が市場の半分を支配するグローバルな金融寡頭制下で営まれています。ゴールドマン・サックスなど、米ウォール街の5大金融機関は世界の金融証券市場を独占的に支配しています。
 インターネットや人工知能( AI)などの情報通信技術(ICT)を利用し、1秒間に数千回から1万回の売買を実行する超高速取引(HFT)は、時間と空間の制限を突破した地球的規模の金融ビジネスを可能にしました。このような体制を整備できる資金・技術・スタッフを持つごく少数の金融機関や投資家たちが、あっという間に巨万の利益を独り占めする時代です。わずか数十人のスーパーリッチの金融資産は低所得層に属する世界人口の半分の人々の金融資産に匹敵します。
 各国政府やグローバル企業相手の金融ビジネスは、閉鎖的なデジタル空間で行われるため金融犯罪の温床になっています。ギリシャの財政破綻の背後に米ウォール街の国債ビジネスがあり、これらの5大金融機関は、各国の政府に莫大な賠償金を払いながらビジネスを続けています。米欧の中央銀行役員には、ゴールドマン・サックスの経営経験者が就任し、世界最大の年金積立金を運用する日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のトップにも就任しています。
 主要国の財政金融当局は、世界のトップ30大銀行が破綻すると、世界経済が大混乱するので、「Too big to fail」(大き過ぎてつぶせない)」措置を事実上採っていますが、これはグローバルな金融寡頭制を擁護する措置といえます。勝者独り占めで貧困と格差を拡大する「カジノ型金融独占資本主義」に貢献する金融政策から脱却するべきでしょう。
●大きな転換必要
 現代のような深刻な貧困と格差拡大の一端は金融政策のあり方にも起因しています。儲からないという理由で、人類の生存に直結する物やサービスの生産に直接関わる産業や地域の金融ニーズに応えず、目先の金銭的利益を追求する金融ビジネスや、国民経済・暮らし・地球環境を悪化させるような経済活動への資金供給は制限し、ペナルティをかける金融政策が求められています。
 貨幣経済から脱却しない限り、近未来にわたって金融政策は世界の経済社会や地球環境にも大きな影響を与えつづけます。国連が決定した2030年までの「持続可能な経済開発目標(SDGs)」、すなわち、貧困と格差の解消、健康と福祉の増進、地球環境保全と平和な社会に向かう17のゴールとターゲットを実現するための金融政策や環境・社会・ガバナンス(ESG)を基準にした金融政策への大転換が求められているようです。
(おわり)出所:「しんぶん赤旗」2021年6月15〜19日


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