十四日「夢」2023/4/28

「今日はやけに天気がいいな、月がよく見える。」
 今日は英語の補修があった。帰る頃にはすっかり暗くなって金星がよく見えるいい時間になっていた。いつも通り一人で帰るか、と薄暗い下駄箱のなかのローファーを手に取って考えていると、物音がした。音がする方を振り返ると同じクラスの平塚(仮名)がいた。今までの三年間なんだかんだ同じクラスで話せないことはないが、わざわざ話さない、性別も違うしわざわざ関わりに行かないような人物だ。
「平塚も帰りか。」
 俺は気分がいいらしい。
「ん、ダンス部が長引いたからね。」
 振り返りながら言う。今まで気づかなかったけど髪の毛伸ばし始めてたのか。今までボブだった髪型がポニーテールになっている。
「そっちは?」
「英語の補修に引っかかって、てっちゃんとマンツーマンだった。」
「よかったんじゃない?イチャイチャできて。」
「やだよ、あんな独身のおっさんと。」
 なんでもない会話。特別仲がいいわけでも、特に悪いわけでもないただのよく顔を知っているクラスメイトという関係。

——沈黙。
「今日めっちゃ晴れてるね。あ、金星。」
 は平塚の能天気な声ですぐに破られた。幸いにも帰る方向は同じだった。
「18時でもまだ空が赤いともう春って感じがするな。」
「春ねぇ。すこしあったかくて、風が気持ち良くて私は好き。」
「虫が出てくるし、花粉で鼻が辛いから俺は好きじゃない。でも春の夕暮れは好きだ。」
 遠い西の空が赤く染まっていて、東を向くと暗い空が広がっている。いわゆるエモい、というやつだ。
「そういえば私、今日で誕生日だったんだ。」
「へぇ、おめでとう。18歳か。」
「——私、今日お酒飲むんだ。」
 びっくりした。なんの気兼ねのなしにさらっと未成年飲酒する宣言をされた。お酒を飲む、その言葉がすごい神秘的に感じられた。
「いいんじゃないか?肴は大事だぞ。」
 一滴も飲んだことのない男子高校生の戯言だ。酒を飲むって言葉に少し大人っぽい言葉でカウンターを打ちたかった。
「寿司を頼んでて、楽しみなんだ。マグロ好きでさ、今日はいっぱい食べるんだ。」
振り向いて少し伸びたポニーテールが靡く。髪とスカートが風に揺らぐ。
「私、お酒飲むんだよ?すごい、大人っぽくない?」
 にかっとした笑顔で白い歯が見える。月明かりに照らされた顔はとても綺麗だ。可愛かった。

「今日は月が綺麗だから酔うだろうなぁ。」

「———。」
 うるさいアラームの音で起きる。セットする時間を間違えたのか夜中の2時半に起こされた。
「——夢か。」
 言えなかった、ポニーテールがよく似合ってる、可愛いな、と、夢の中の彼女に伝えられなかった。
 記憶によく残っている、霞まない夢。

 朝が始まる。

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