写楽

歌撰恋之部 (その2)

 見番芸者は、二人一組で座敷に呼ばれることになっている。長次に長箱を持たせたおとみが、いつ花と一緒に兵庫屋に上がったときには、花魁の花妻やお付きの新造、幇間たちが座敷に居流れていた。

「さあさあ、姐さん方。早く、早く」

 おとみたちに手招きするのは、地本問屋宝聚堂の主人――近江屋権九郎だった。よほど、今日の宴が嬉しいらしい。とろけるような、と言ってもいいほど、顔をほころばせていた。

 近江屋から、歌麿が五枚続きの美人画を出すことになり、最初の一枚が兵庫屋の花魁花妻に決まった。今宵の宴は、花妻の生写しを兼ねた祝いの席だということだった。

 歌麿の美人画といえば、その名は遠く清国まで響きわたり、長崎に来たオランダ人も、つてを頼って入手したがるほどなのだ。宝聚堂で売り出される錦絵は、間違いなく近江屋の内証を潤すことだろう。権九郎が上機嫌なのも、当然のことだった。

 賓客である歌麿は、周りの者にかしづかれながら、煙管をふかしていた。もう四十は越えているのだろうが、当代一の絵師らしく、唐桟の着物も煙草入れのような小物も、若く粋な拵えにしている。

「ところで、師匠。うちの花妻は、どのように描いていただけるのでございましょう」

 兵庫屋の遣手が、満面の笑みで歌麿に酒をすすめている。歌麿の絵で花妻の名が上がり、兵庫屋にも金が落ちてくるはずだった。

「もう、ここの中では決まっているよ」

 歌麿は左手の指でこめかみを叩きながら、右手で酒を呑み干した。

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