歌撰恋之部 (その3)
正月十五日から桐座に掛かった曾我狂言の浄瑠璃、「文枕閨初恋」を復習って、おとみは昼過ぎに師匠の富本斎宮太夫の家を辞した。
長次を先に吉原へ帰し、おとみは一人柳橋から両国に向かう。葦簀掛けの見物小屋や、それに群がる雑踏には目もくれず、両国橋の真中を目指して歩いた。
富本正本を持ち歩くためのつばくろぐちには、浅吉の鼈甲櫛が入っている。両国橋の上から捨てるつもりで、袋の中に潜ませてきたのだった。
ここから先は
2,668字
¥ 100
ご覧いただき、ありがとうございます! 小説、写真等、気に入っていただけたら、ぜひサポートお願いします。とても励みになります。