きっかけ

ーすごいスピードだな。これなら15分くらいには帰れるかもしれない。ー

 目の前で生まれていく文字の羅列をみながら俺はそんなことを思った。

 時間は深夜1時を少し回ったところ。目の前のやつが仕事モードにはいってからもう4時間になる。たかだか4、5時間の頭脳労働で金がもらえるんだから楽なもんだと思うのだが頭の悪い俺には小説家なんて向かないことは百も承知なので何も言わないことにしている。

 2人でいるんだから仕事なんかしなきゃいいのにと思うがこいつの場合気分屋が仇となって気分がのらないと書けないというプロ失格な性格をしてるせいでこんなことになっている。気分がのらないとかけないってことは逆にいえば気分さえのればどこでも書くという事だ。

 ファミレスに席を陣取って5時間。会話なんかほとんどありゃしない。

 俺はあいつの中から文字が生まれるのを見ながら、時折あいつと自分のためにドリンクバーに足を運ぶ。

 ただそれだけだ。

 こんなことなら何か本でも持ってくれば良かったと思っても後の祭り。いつもと違うバックで来たのが間違いだったんだ。いつものバックの中にはこの間買ってまだ読んでない本が入ってるのに・・・

 結構『待つ』ってのは退屈なもんだと久々に痛感する。と言うよりこの時間が勿体なくて仕方がない。何かできないかとバックを漁るが何も出てこない。

 今日はこんな予定じゃなかったんだ。家でテレビ見ながらカップラーメンでもすすって、だらだらする予定だったのに。

「夕飯奢るからだべらねぇ?」

 そう誘われて、断る理由もなかったし、久々にこいつの哲学めいた話を聞くのも良いだろうとか思った。確かに、そう思ったから来た訳なんだけどさ。呼び出したのは相手なのに何で俺こんなに置いてけぼりな感じなんだろう。これじゃ、いてもいなくても変わらないじゃん。

 何かイライラしてきた。俺が悪いんじゃない、でもこいつが悪い訳でもない。だから、この怒りは表に出しちゃいけない怒りだ。

ーイライラした時は何が良いんだっけ?ー

 そんなことを思いながら俺はメニューを手に取った。

「何か食べる?」

 食事は5時間前だから、そろそろ小腹がすく頃だろう。ってか、ちょっと暴食したい感じ。

「いらない。何か頼むなら食べててくれて良いよ」

ーあっ、そうですか。じゃあ、俺頼んじゃうよー

 店員を呼ぶボタンを押すとすぐに店員はやってきた。こんな時間にいる客なんて少ししかいないから、この人も暇してるんだろう。

「この、デラックスイチゴパフェってやつ一つ」

「かしこまりました」

 営業スマイルで店員は去っていく。店員が消えるのと同時に目の前のやつがグラスの中身を飲み干した。

「コーラで良いか?」

「うん」

 俺は2つのグラスをもってまたドリンクバーへ。コーラを注ぎながら思い出す。確かイライラにはカルシウム、牛乳が良いんだ。でも、牛乳なんてドリンクバーには、ねぇ。そうだ、ヨーグルトサンデーにしておけばよかった。そしたらカルシウムが取れてこのイライラも消えたかも知れないのに。

「あっ、でも」

 パフェにだってアイスとか生クリームとかのってるんだから、カルシウム取れないこともないか。うん、そう言うことにしておこう。それが俺の平穏の為だ。

 そして、片手には、お湯の注がれたカップを、もう一方の手にはコーラとティーバックをもって席に戻ると、怒濤の勢いで書かれていた文字が止まっていた。

「どうした?」

「腕が痛くなった」

「お疲れ」

 そりゃそうだろ、4時間もろくに手を止めないのだ。痛くもなるって。

「で、出来映えはどうよ」

「まぁまぁ」

 そう言って、コーラを一気に飲み干した。俺はこいつが自分の作品を『上手くいった』と言うのを聞いたことがない。

 もっと高みへ、もっと良いモノを。

 こいつの欲望は果てがない様に思われる。

 現状をキープするのに精一杯の俺とはまるで違う。

 あぁ、だからこんなにイライラするんだ。

 こんなに置いてけぼりの様な感覚に囚われるんだ。

 こいつを見てると諦めた色んな物が首をもたげるから。

 生きる為、そう言って色んなモノを捨てたのは間違いだったんじゃないかと思うから。

「お前の人生に挫折とかってなさそうだよな」

 呟くように言った言葉は店のBGMにかき消えることなく相手に届いてしまった。

 そんなことを言うつもりじゃなかった。

 こんなの嫉妬みたいじゃないか。

 でも、やつは俺の目をまっすぐ見て言った。

「あるよ。でもそこで諦めたら駄目だと思うから」

 わかってる。

 こいつはそう言うやつだ。

 俺みたいにすぐ逃げ出したりしない。

 だからこいつの目は生気に満ちてる。

 こいつを見てると俺がどれだけ格好悪いかわかっちまう。

 だから…



 だけど…


「それが出来るお前を俺は尊敬するよ」

 俺には出来ないからな。

「お前…」

「お待たせ致しました。デラックスイチゴパフェのお客様」

「あっ、はい」

 あいつの言葉を遮るように俺の前にパフェが置かれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 そう微笑んで店員は帰っていった。

「食べる?」

「少し欲しいかも」

 予想より大分でかかったパフェの横にあったスプーンはちゃんと2つあった。

「じゃあ一緒に食べようぜ」

 パフェを真ん中に、スプーンを相手の手に移動させ俺達は食べ始めた。


 あいつの言いかけたことは分かっていた。だから聞き返さなかった。

『お前も諦めなきゃ良いじゃん』

 簡単に言ってくれる。

 それが出来たら苦労してねぇのによ。

 でも、もう少し粘ってみようか。

 どこまで出来るか分からないけど捨てたモノを拾って、みっともなくても足掻いてみたらこいつみたいに格好良くなれるかも知れない。そうでなくても今より世界は綺麗に見えるだろうから。

ー今、すげぇくさいこと思ったな、俺ー

 そう思ったら笑えてきた。

 どうしてそんな簡単なこと、(まぁ、やるのは簡単じゃないんだろうけどさ)今まで気が付きもしなかったんだろう。羨ましがるばかりで、嫉妬するばかりで、何もしようとしなかった。

 それが一番格好悪いよ、俺。

「何笑ってんの?」

 目の前でスプーンを銜えたままやつが不思議そうに首をかしげる。

「このパフェ、超甘くねぇ?」

 でも、教えてやらねぇ。

 いつか、俺もお前が変わっていくきっかけになる様な人間になりたいから。

 だから、教えてやらねぇ。

 いつかお前が同じ思いをするように。

「そうかぁ?丁度良いよ?」

「今思い出してけど、俺、甘いのそんなに好きじゃねぇんだもん」

「馬鹿~何頼んでんだよ」

 俺達はそう言って笑い合った。

 きっと俺達は今日のことも忘れてしまうだろう。

 こういう積み重ねで人は変わっていくんだ、きっと。

 それが良い方向なのか、違うのかはそいつ次第。

 でも、良くなりたい、そう思い続けてそっちに走り続ければ、良くなれる。

 俺はそう信じたい。


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 自分はちっぽけですが、何がきっかけになるかわからないのでその『何か』をちゃんとキャッチできるように感覚を研ぎ澄ませたいと思っているのです。

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