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palabras*1

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メキシコシティに到着したのは
太陽輝く真っ昼間だった。
春の始まりのソウルとは違い暑い。

ドアが開くと同時に熱気が機内に滑り込み
動き出す人の気配と共に気温が上がる。

久しぶりの休暇。
行ったことのない土地に行ってみたくて
マネージャーのイアンを誘って
この国に来てみた。

正直行き先はどこでもよかった。

アメリカでもヨーロッパでもアジアでも。
ワールドツアーで訪れた街でもよかった。
でもなんとなくメキシコの文字と青い空を見たら
そのままひかれて旅先に決めてしまった。

何かあっても
何もなくても
何が観れても
観れなくても
この休暇を
休みというものを味わえれば
どこでもよかった。

でもできれば
暖かい場所が良かったから
ここは正解だったと
窓の向こうの青い空を見て
大きく息を吸い込んだ。

ソウルとは違う匂いがする。

空港から出るドアの手前
隣を歩いていたイアンが突然踵を返す。

「やっぱり…ちょっと…
もう一回トイレ行ってくる。
ごめん。」

そう言って荷物と僕を置き去りに
さっき出てきたトイレへと走っていってしまった。

僕はやれやれと彼を見送ったが
出口付近で通行の邪魔だったので
2つの荷物を転がしながら流れで外に出た。

再会を喜ぶファミリーや
熱々のカップルや
スーツのビジネスマン
旅行客
色んな人が各々の車に荷物を乗せ
車に乗り込み去っていく。

タクシーが数台
運転手と見られる男たちははみな車から降り
売店付近で時間を持て余していた。

近くのガードレールに腰でもたれて
スマホの電源を入れ
イアンにカトクでメッセージを入れる。
『出口出て直ぐのとこにいる』

メッセージを送って周りを眺める。

女の人が一人、目の前を横切る
売店まで行って
数人いる男たちに声をかける。
スーツケースを持っているから旅行者か。
運転手たちは互いに顔を見合わせる。
中の2人がお前行けよと言うように一人にアゴを向ける。

仲間からの指名を受けた男が手を挙げながら立ち上がった。
どうやらドライバーが決まったらしい。

ちょっと待って、という感じで
女性が売店の冷蔵庫に手を伸ばし
水のボトルを取って
ポケットから硬貨を出し店主に渡す。

僕も水買おうかなぁ、と思って
デニムのポケットに手をやるが
財布を持っていないことに気付く。

空港で両替したこの国のお金は
イアンと共にトイレにいる。

やれやれ

仕方なく売店の横で
水をゴクゴクと飲む女性の姿を
めっちゃ飲むじゃんw と
見るでもなく眺めていたら
飲み終えて顔を戻した
女性と目があった。

女性はじっとこっちを見て
チラッと素早く僕の全身を確認し
水飲む?とでも言うように
ボトルを軽く左右に降った。

あー…

何て答えればいいのかな
Noだけでも失礼じゃないのかな
手を振って断れば伝わるのかな

突然向けられた親切に戸惑っていると
彼女が冷蔵庫から今度はボトルを2本取り出し店主にお金を払い
1本を立ち上がったタクシー運転手に
もう1本を僕の所まで持ってきた。

「はい」
と胸元に差し出されたボトルを
断るつもりで手のひらを彼女に向けたら
その手のひらにぐっと押し付けられ

あっ

と思った瞬間
彼女が絶妙なタイミングで手を離すので
反射的に思わずボトルを掴んでしまった。

受け取ってしまったボトルを
穏便に断る方法が即座に思い付かず

「Thank you」と伝えると

「My pleasure」と答えて
ほとんど空のボトルを持った手を降りながら
運転手の待つタクシーまで歩いていった。

動き出すタクシーを見届けて

目の前で売ってたやつだしな
知らない人からもらったけど
害があるもんでもないよな
と一人で納得して

もらった水に
「ありがとう」と今度は母国語で語りかけ
蓋を開けて一口飲むと
渇いていると思っていなかったのどと体に
静かに透明の液体が染み込んでいった。

ほどなくしてイアンがバタバタと空港のドアから出てきた。

キョロキョロと左右を見て
僕を見つけると右手を挙げた。

「ごめん、ごめん」
そう言って近づいてくる。

僕の持っているボトルに気付いて

「あれ?お金持ってたっけ?買えた?」
と聞いてくる

「お金はイアンが持ってるだろ。
親切な人が買ってくれた」

「え?大丈夫それ?」

「大丈夫だろ。
売店で目の前で買ってたから。
見てたし。
大丈夫だと思って飲んだ。」

「え?飲んだの?気をつけてよ。
知らない人からなんて危険だよ。
今回は良かったけど。
何か入ってたらヤバいよ
体調悪くなったら困るよ」

そんなことは言われなくてもわかってる。

「まともな機内食でお腹壊してる
お前に言われたくないわ」

でも大丈夫だとしか思えなかった。
そして大丈夫だった。
だから僕はそれで良かったけど
心配するイアンには

「今後気を付けまーす」
と伝えておいた。

2人で荷物をゴロゴロ言わせて進み
タクシー運転手にイアンが声をかける。

イアンは韓国とアメリカのミックスなので
母国語と英語が話せる。

そのイアンがてへっ
とおちゃらけて僕を見てくる。

「ジミン、僕たち調べてなかったね。
メキシコはスペイン語だったよw」

「とりあえずホテルには行けそうだし
ホテルも英語で大丈夫だろうけど
どの程度英語で行けるかわかんないし
することによっては
対策が必要か考えないとだね」

そう言って運転手について歩きだした。
タクシーに荷物を乗せて2人で乗り込む。
幸いこの運転手はある程度なら英語が話せるらしい。
僕と同じ程度かな?

旅先の情報をちゃんと確認していなかったのは反省だけど
ほら
でもやっぱり大丈夫だ。
なんとかなる。

タクシーで無事にホテルまで着くと
イアンが料金を払い
トランクを開けてもらって荷物をおろした。

中に入るとレセプションで
チェックインを済ませる。
いや、
済ませたのはイアンで
僕は何もせずにイアンの後ろについて
周りをキョロキョロ見ていた。
イアンさま様だ。

エレベーターを待つ人のなかに
見覚えのある姿をみつけて
イアンの背中に
「ちょっとエレベーターのとこ言ってくる」
と声をかけてエレベーターに向かった

エレベーターが丁度着いたとこだったけど
僕の右手が間に合って
彼女の左肩に軽く触れたので
「あの、すいません」と声をかけた。

空港で彼女に水を差し出されたとき
「はい」と発した彼女の言葉は
英語のあいさつのそれではなかったので
きっと日本人だろうと思っていた。

僕の声掛けと軽く触れた指先に
絵に描いたよう肩をビクつかせた彼女が
針ネズミのような警戒心を纏いながら
ゆっくりと左側から振り返った。

振り返って僕を見留めると
「あ!」と同時に警戒心をとき
「さっきの」と言って目を大きくして
「同じホテルだったんだねー」
と言って安堵の表情を浮かべたかと思ったら
「あれ?日本人だったの?」
と不思議そうな顔になった。

「韓国人です」
「日本語は少しだけ」と言って指で『少し』を表現して
「ありがとうございました」とボトルを振って見せた。

「どういたしまして。ふふふ」と日本語で答えてから
「English?」と聞いてくるので

「a little」と言ってまた指先で『少し』を作った。

彼女が英語で
「私は韓国語がわからないけど」
「英語と日本語では
どちらが話しやすい?」
とおそらく聞いたので
「日本語、たぶん」
と日本語で答えたところで後ろからイアンに声をかけられた。

イアンに空港で水を買ってくれた女性だと説明すると
イアンが英語で
「お世話になりました。
ありがとうございました。」
みたいなことを伝えながら
握手を求めて右手を差し出し
僕の方を見て韓国語で「名前は?」と聞いてくるので「まだ知らない」と返したら
呆れた顔して「また知らない人かよ」と冗談談めかして呟いたので
「旅先だから知らない人だらけだよ」と応戦した。

それからはイアンさまの通訳のおかげで
お互いの名前を確認できて
晴れて知らない人ではなくなった僕たちは
荷解きをして軽く休んだら
少し早めの夕飯を一緒にどうかと提案し
17時にまたここで会うことになった。

17時に下に下りると
紺色のワンピースに着替えた彼女がもうすでにそこにいた。

ホテルはオールインクルーシブだったので
外で食べても良かったけど
初めての夜だしフライトの疲れもあるし
支払いの気兼ねもお互いしなくていいかというメリットもあって
ホテル内のレストランで食事を摂ることにした。

まずはアルコールで喉を濡らし
さっきは手早く名前だけで終わった自己紹介を再開した。

彼女の名前は『そら』で
「sky」かと聞いたら平仮名では同じだけど漢字では「airやspace」の『宙』の方だと『空』と並べて紙ナプキンに書いて説明してくれた。
40歳でビールが好き
メキシコは初めてで
好きな日本のミュージシャンが
フェスに出るのでメキシコに来たこと
フェスの後はカンクンへ行くこと
日本語話者で英語とスペイン語は教えられる程度に、中国語は住める程度で
日本で通訳を生業にしていると教えてくれた。

「ジミンさんは…」と言ってイア ンの方を向いて
「聞いて良いことと悪いことがある?
聞かない方がいいかな?」
と言っているけれど、
とイアンがご丁寧に通訳してくれるので

彼女の方を向いて日本語で
「大丈夫です。何が知りたいですか?」
と聞いてみたら
「BTSの人ですか?」と聞いてきたので
とびきりの笑顔で
「はい💜」と答えたら
「マジか!」と突然別人になってビックリしたw

僕はBTSの人だけど
ミックスで顔立ちもいい上に
身長が185センチもあるイアンは
存在だけで十分目立つので
2人でいると案外いい隠れ蓑になってくれていた。

いつから気付いていたのかわからないけど
そんな素振りは一切見せなかったから
自分で名乗る前に彼女が気付いていたのには驚きだった。

僕はイアンのことは知っているから
イアンの自己紹介にはあまり関心がなかったこともあり
イアンと彼女の英語で繰り広げられるそれは
いい感じのBGMみたいだった。

イアンが左手を曲げて
筋肉自慢をしている。

彼女の日本語は穏やかで
英語のときは早口だった。

もちろんイアンの英語も早口だ。
英語はいつも早口だ。

料理を食べながら
「ジミンさんとの会話は日本語で大丈夫なのかもう1回聞いて」
とイアンが訳してくるので

「日本語で大丈夫」
「日本語、覚えたいです、から、
日本語で、お願いします」
と彼女に日本語で答えた。

「ジミンさん、でいいですか?」
と聞いてくるので
「ジミンさん、でいいですよぉ」
と言ったものの

「ソラ、がいい、でしたら、
ジミン、がいいです。
ソラさん、がいいでしたら、
ジミンさん、です。」
と付け加えてみた。

彼女は一瞬考えて
「そらさんでお願いします。」
と言った。
イアンは何故か『イアン』と呼ばれ
『ソラさん』と呼んでいた。

僕たちは束の間の休息をとりに
ここへ来た、と説明した。
旅に中身は決まっていない。
ノープランで好きなことをするのが
プランだとイアンが話した。

彼女も僕たちも
よく飲んだしよく食べて
そしてよく笑った。

もう彼女は知らない人ではなかった。


楽しい時間はあっという間だった。

彼女はフェスは3日目で
明日は市内観光をするらしい。

イアンが「ツアーか何か頼んだの?」
と尋ねると(たぶん)
「『空港で歴史に詳しいドライバーいないか聞いて
市内観光のツアーと同じ金額払うから
自由度高めに個人でツアー出来ないか交渉した。
今日ここまで来たドライバーが明日も迎えに来てくれる』らしい、すげぇw」
とイアンが訳してくれた。

なるほど
空港での運転手たちのやりとりを思い出す。

「じゃあまたタイミング合えば飲みに行こうねー」
と声を掛け合ってその晩は別れた。

エレベーターでイアンと2人になってから
「面白い人だね」
「危険じゃなくて良かったね」
「案外お姉さんだったね」
「フェス誰が出るんだろ」
「カンクンてどこだっけ?」
「ジミンに気付いてたね」
「隠すのが上手で驚いたね」
「大人だねーw」
「場数が違うのかねー」
「めっちゃビール飲んでたね」
「お前もな」
「お前もだろ」
「明日どうする?」
「そういえばスペイン語」
「あ!」
「ソラさん喋れるんじゃん!!」

て二人で気付いたけど
連絡先を交換していないことに気付いて
明日の朝会えるかなーて言いながら
それぞれの部屋に入った。

#BTSで妄想
#palabras

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