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何をきっかけにするかは自分たち次第 | 蓮実敏順さん | 蓮実麺業代表

〔表紙写真/蓮実麺業を切り盛りする蓮実夫妻。右:蓮実敏順(としゆき)さん、左:愛子さん〕

茨城県北部に位置する大子町、市街地からさらに北西へ向かった栃木県との県境、水と空気がきれいな「奥久慈」と呼ばれる地区にその製麺所はある。蓮実麺業、明治35年創業の老舗だ。

今回は四代目代表の蓮実敏順(としゆき)さんに話をうかがった。


製麺について熱く語る蓮実敏順さん。「トシジュンさん」や「センム」と呼ばれ皆から親しまれている。無類の釣り好きでもある。


水車小屋からスタートした蓮実麺業

蓮実麺業は明治35年(1902年)創業、2022年で120周年を迎える老舗だ。八溝山から流れる初原川、その川縁(かわべり)に建てた水車小屋が蓮実麺業の始まりだそうだ。当時は近隣の農家が作る穀物を挽いて粉にする製粉を行っていた。二代目蓮実寅男さんの代で製麺業をスタートする。

蓮実麺業の隣を流れる初原川。ここに水車小屋を建てたところから蓮実麺業の歴史は始まった。

そんな蓮実家の長男として敏順さんは生を受ける。ただ、初めから家業を継ぐつもりではなかった。「まぁ、思春期のささやかな抵抗ってわけですね。親が敷いたレールの上を歩くのは嫌だった」敏順さんは昔を懐かしむように笑った。

高校卒業後しばらく家を離れる。「人に頭を下げる経験をしたり、家を離れている間にいろいろな事を学びました。その時の経験が今も役に立っています」

おしどり夫婦としても有名な二人。ご存知の方も多いかもしれないが、愛子さんは蓮実麺業SNS公式アカウントの「中の人」


年々縮小している乾麺市場

後継ぎの話を振ると「特に子供たちに家業を継いでもらおうとは考えていません」と二人は口を揃えた。「別に継いでもらいたくない、と思ってるわけではないんです。本人たちが継ぎたいと思ってくれれば、その時考えようと思います」と敏順さん。

自分と同じ人生を強制はしたくないという思いと、現在の乾麺市場の厳しい状況が垣間見える。

昔ながらの製法を現在も守り続けている。「変えるべきところ、守るべきところ、このバランスが大切だ」と敏順さんは語る。

若い世代の乾麺離れが進んでいる。時短という世の中のトレンドもあり、世の中にはレンジで温めるだけ、あるいは流水にさらすだけでも美味しい商品がたくさんある。

食品新聞(※)によると平成元年に25万トンあった乾麺市場は近年18万トンまで落ち込んでいるという。以前は多かった贈答品の需要も芳しくない。最近は「お中元・お歳暮を知らない若者も多い。


新たな商品軸 中華麺シリーズの開発

蓮実麺業では、うどん・そば・中華麺を取り扱っていて、そしてそれぞれに生麺・乾麺のバリエーションがある。そこからさらに材料の配合や麺の太さにより種類が枝分かれしていく。

そんな中、事業を継続するために重要になるのは新しい客層の開拓だ。元々うどんとそばがメインだった商品ラインアップに中華麺が加わったのは新しい客層を取り込む狙いがある。蓮実麺業を最近知った方の中には「めんつゆで食べる中華麺」や「極太みそラーメン」がきっかけという人も多いかもしれない。

「でも、売れそうな商品だから開発するわけではないんです。まず、自分たちが食べたいもの、美味しいと思えるものであること。それが大前提です」と教えてくれた。中には研究・開発に1年近くを費やす商品もあるという。

ラーメン好きの敏順さんのこだわりが詰まっている「極太みそラーメン」、通称「ぶっといめん」。麺の太さはもちろんだが、麺の量にもこだわりがある。「他社さんの商品だと110gが多いですが、これは170gあります」と愛子さんが教えてくれた。(写真提供/蓮実麺業)

他にも「六十点ラーメン」というユニークな名前の商品がある。思わずSNSへ投稿したくなるような商品名だ。初めて見た人は「60点とはだいぶ控えめな点数だな、美味しくないのかな?」と思うかもしれない。パッケージにこう書いてある。

茹でに成功で70点、ネギやメンマで80点、角煮やチャーシューで90点、真心を込めてお待ちどうさま〜、と言えたら100点ラーメン

確かに言われてみると納得なのだが、麺は麺単体で食べることはなく、ほかの食材、つゆやスープ、それらが調理されて私たちの食卓に並ぶ。100点にできるか否かは私たちの手にかかっているのだ。(これは麺に限らず、他の全ての食材に言えることだが)

極太みそラーメンのファンから「普通のラーメンも食べてみたい」とリクエストがあり開発した六十点ラーメン。筆者もまんまと戦略にはまり「え、60点てなんだ!?」とSNSに投稿してしまった。「真面目にふざける。これが大切だと思っています」と敏順さん。(写真提供/蓮実麺業)

最近販売をスタートさせた「生やきそば」も好評だ。これは元々蓮実家で食べていたものを商品化したものだ。一般的に多い蒸し麺タイプと違って一度茹でる必要があり、手間はかかる。しかし、そこが逆に人気だという。

一手間かけても、より美味しいものを食べたい」コロナ禍でおうち時間が増え、そういった需要が高まった。また、SNSで料理好きの人たちに見つけてもらえたのも幸運だった。

時短という世の中のトレンドを逆手に取った商品開発。「大手メーカーさんの土俵で勝負しても勝てない。隙間にある需要に勝機がある」


コロナ禍で縮まったお客さんとの距離

「コロナ」というとネガティブな印象を持つ人が多いと思う。ただ、敏順さんは「確かにコロナは大変な出来事だ。でも、どんな出来事でも、どうきっかけにするか、が大切だと思っています」という。蓮実麺業ではコロナ禍においてSNS発信やイベント出店によりお客さんとの距離を縮めている。

「以前は小売店さんとの結び付きが強かった。でも最近はユーザーさんとのコミュニケーションが増えました」。イベント出店などをきっかけに興味を持ってもらい、結果的に小売店さんへの来店が促進されるような効果もでている。

以前はイベント出店の声がかかっても見合わせていたが、最近は積極的に参加している。「SNSもイベントもお客さまから直接感想が聞けるのがとてもありがたい、良いことも悪いことも含めて情報量が多いですね」と愛子さん。

TwitterやInstagramの公式アカウントは愛子さんが担当している。そんな愛子さんは初めはSNSが苦手だったというから驚きだ。何事もやってみなければわからない。

フォロワー数が多い蓮実麺業のTwitter公式アカウント。定期的にレシピをつぶやいたり、「蓮実麺業」などのキーワードが入っていると、間髪入れずにコメントを返してくれる。

最近はSNSなどを見て、直接製麺所へ買いに来てくれる人も増えた。取材当日も何件か来客があり夫婦で対応をしていた。単純な販売ではなく、近況を聞いたり世間話をしている姿にお客さんとの距離の近さを感じる。

来客の中でも驚いたのは阿部さん夫妻だ。なんと新潟県在住だという。蓮実麺業の商品について尋ねると「やっぱり味と食感が良いよね、一度食べると他のものは食べられなくなりますね」と教えてくれた。

通販で注文された出荷待ちの荷物。12月は特に注文が多いという。この日も全国への出荷作業が行われていた。


みんなが集まれる直売所を作りたい

今後も細く長く事業を続けていきたいという蓮実さん夫妻。今後の夢を伺うと「皆が集まれる直売所を作りたい」とのこと。よりお客さんと接点を増やしていきたい、そんな想いからだ。

その直売所で蓮実さんが茹でた100点の麺を試食できる日も遠くないかもしれない。


コラム 島田うどん・そば

U字に曲げられ真ん中で結われている島田うどん・そば(写真提供/蓮実麺業)

皆さんは「島田うどん」「島田そば」という名前を聞いたことがあるだろうか。蓮実麺業の主力商品の一つでもある。

「島田」とは地名や開発した人物の名前ではなく「島田結い」という髪の結い方に似ていることを由来としているそうだ。一般的な棒うどんのようにストレートでなく、U字に曲げられている姿がそう見えるからだ。

他の麺に比べ倍の長さがあり、細く長く束ねられているところから「縁起物」とされ、昔から贈答品として重宝されてきた。


店舗情報

蓮実麺業
住所|〒 319-3543 茨城県久慈郡大子町左貫176-1
電話|0295-78-0555
通販|https://hasumi-mengyou.stores.jp/
SNS|Twitter @hasumi_mengyou|Instagram @hasumi_mengyou

※食品新聞 https://shokuhin.net/39788/2021/01/25/kakou/kawaki/

(©文・写真/是好時報 編集部)



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