現代風刺の虫
電車に乗る用事があって、出かけてきた。そんなに混む時間帯ではなかったけれど席が大体埋まっていて、立っている人がちらほらいる程度の電車内で、席に座ってなんとなくぼんやりしていたら、止まった駅から結構でかい虫が入ってきた。蜂とか虻とかではなくて、すごく細長い体に極細の脚と薄い羽がついたような、無駄に体長だけはある感じの、まれに見るタイプの名前がよく分からない虫。あれってカゲロウなのかなあ。確実なカゲロウをしっかり見たことがないからイメージでしかないけど、そんな感じの虫だった。刺されたりはしないはずだし、毒を持っているみたいな話も聞かないから特に害はないはずだけど、パッと見だいぶ大きいのでいきなり見るとびっくりする。毒虫以外にはそんなに苦手意識のない伊藤でも驚くんだから、虫が苦手な人とかは悲鳴を上げたりするんじゃないだろうか。そんなカゲロウ(仮)は、僕が座っていた反対側の席の人の目の前を飛んでいるのに、座っている人たちは寝ていたりスマホを見ていたりしていて、誰一人虫に気づく様子がない。なんなら本当に、慣用句でなく本当に、スマホを見ている「目」の前を飛ばれた人もいたのに誰一人、だ。僕の見間違いでないなら、確かに顔とスマホの間を飛んでいたはずだ。すごいものを見たな、と思いながら虫を目で追っていたら、隣の車両に近いドアの前に立っていた人と目が合った。虫は幻覚ではなかったらしく、その人も虫を見ていたようで、どちらからともなく二人で軽く頷き合い、その間に虫は隣の車両へ消えていった。全く知らない人と謎に通じ合うという、稀有な瞬間だった。虫が飛んでいった隣の車両がざわついたり、悲鳴が聞こえたりも特にしなかったから、多分向こうでも誰も気づかなかったんだと思う。
こういう現代の風刺画、探せばありそうだ。
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