作家紹介:ガブリエル・ガルシア=マルケス

マジック・リアリズムの旗手として知られ、世界にラテンアメリカ文学ブームを引き起こしたノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケス(1927-2014)を紹介します。

ジャーナリストから世界的作家へ


ガルシア=マルケスはコロンビアのカリブ海沿岸にあるアラカタカという田舎街に生まれました。首都ボゴタの大学に進学したものの、政情不安の元で大学が閉鎖され、カルタヘナの大学へ移りますが中退し、地方都市でジャーナリストとして活動を始め、ローマ、パリ、中米を転々とします。その傍ら執筆活動を始め、1967年に代表作『百年の孤独』を発表、世界的なベストセラーとなりました。そのヒットをきっかけに、ラテンアメリカ文学への関心が世界的に高まり、1960年代後半から80年代にかけてラテンアメリカ文学ブームが起こります。1982年にはそれまでの文学的功績が称えられノーベル文学賞を受賞します。そして2014年4月、メキシコの自宅にてその生涯を終えました。


百年の孤独の世界的ヒット


ガルシア=マルケスを紹介する上で外せない作品が、代表作として知られる『百年の孤独』です。 ”一族の首長ホセ・アルカディオ・ブエンディアが創始した架空の街「マコンド」における一族の百年間の繁栄と衰退の歴史”の物語です。謎のジプシーがブエンディア一族の末路を意味する予言を暗号文で残し、代々に渡ってその暗号を少しずつ解読し、ついに解読に至る、というのが大きな筋なのですが、その一方で、ブエンディア一族の盛衰がロマンス、武力衝突、政治的陰謀、鉄道などの新しい技術・文明との出会いといった様々なモチーフや出来事を通し、膨大な数のエピソードで語られます。
特に、この作品で用いられた「マジック・リアリズム」と呼ばれる手法が、文学の全く新しい表現を生み出したとして世界的に広まりました。日本では安部公房がこの影響を受けたと言われています。

マジック・リアリズム


ありえない出来事(マジック)をごく当たり前の事実(リアリズム)として描く手法。『百年の孤独』には、時に超自然的な出来事が、事実であるかのように淡々と描かれます。

マジック・リアリズムの例として、自殺したホセアルカディオの血がまるで生きているかのように母ウルスラの元へ届く場面を紹介します。

ホセ・アルカディオが寝室のドアを閉めたとたんに、家じゅうに響きわたるピストルの音がした。ひと筋の血の流れがドアの下から洩れ、広間を横切り、通りへ出た。でこぼこの歩道をまっすぐに進み、階段を上り下りし、手すりを這いあがった。トルコ人街を通りぬけ、角で右に、さらに左に曲り、ブエンディア家の正面で直角に向きを変えた。閉っていた扉の下をくぐり、敷物を汚さないように壁ぎわに沿って客間を横切り、さらにひとつの広間を渡った。大きな曲線を描いて食堂のテーブルを避け、べゴニアの鉢の並んだ廊下を進んだ。アウレリャノ・ホセに算術を教えていたアマランタの椅子の下をこっそり通りすぎて、穀物部屋へしのび込み、ウルスラがパンを作るために三十六個の卵を割ろうとしていた台所にあらわれた。「あらぁ大へん!」とウルスラは叫んだ。

ガブリエル・ガルシア=マルケス,『百年の孤独』鼓直訳, 新潮社, 2006


ここで、ピストルによって流れ出た血は、あたかも意志を持つかのように家を出て、トルコ人街を抜け、実家に入り、丁寧に敷物を避けながら、階段を上がり母親の元へ到着します。いうまでもなく、現実にはこのようなことは起こりません。非現実的な出来事を、物語世界の登場人物たちは不思議に思わず起こりうる事実として受け止めます。(母ウルスラが叫んだのは息子の死のためで、血が遠く流れてやってきた現象自体には驚いていない)
このほか、伝染性の不眠症、チョコレートを飲んだ神父の人体浮遊、4年11ヶ月2日に渡って降り続ける雨など、通常の感覚からすればありえないエピソードが「百年の孤独」の独特な物語世界を肉付けています。
この作品の奇想天外な語り口は祖母トランキリーナ・イグアランの影響が大きいと言われています。ケルト系の血を引く祖母は、死者の世界の物語を、現実と区別せず普段と変わらない口調でマルケスに語ったそうで「百年の孤独」はその語り口を真似ることを思い立って執筆した作品です。

フィクションを通してラテンアメリカの厳しい歴史を描く


描かれる物語は、ガルシア=マルケスが身をもって体験したラテンアメリカの歴史ともいえます。ガルシア=マルケスは内戦により分断されたコロンビアで育ち、独裁時代のメキシコに住み、ジャーナリストとして1958年のベネズエラ・クーデターも取材しました。(『幸福な無名時代』)
また、祖父ニコラス・リカルド=マルケスは千日戦争を経験した勲章持ちの退役軍人です。彼の体験が、物語世界の中でも語られます。百年の孤独の中で、バナナ会社でストを起こした労働者が何千人も虐殺されてしまうエピソードがあります。これは1928年に実際起きたバナナ労働者虐殺事件を模していると言われています。(https://www.historychannel.com.au/this-day-in-history/banana-massacre/)(ちなみに「マコンド」は実在のバナナ農園の名前だそう)そのほか、物語内で描かれる数々の武力衝突、権力闘争の背景にあるのは、コロンビアそしてラテンアメリカ全体で植民地時代から繰り返されてきた痛ましい歴史上の出来事であるといえるでしょう。マジックリアリズムで描かれる非日常的な出来事と、かたやコロンビアで現実に起こった出来事が渾然一体となって語られる『百年の孤独』は文学史上、類を見ない作品と言えるでしょう。

おすすめ作品

  • ガルシア=マルケス中短篇傑作選 (河出文庫)
    『百年の孤独』や『族長の秋』より体力を使わず、どれも短めなので、初めてのマルケスにおすすめです。

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  • 族長の秋
    独裁者が主人公、反逆者を丸焼きにして宴席に出す、2000人の子供を乗せた船を沈めるなど、数々の蛮行が描かれる。独裁者の行動はどれも桁外れで読むのにとても体力と気力が必要です。

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参考文献


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