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小説 『ゲームスタート』

真夏の夕方。年季の入った窓ガラスが夕陽によって照らされる。
英司は、街角にあるゲームセンターの一角を興味深そうに見つめていた。
「珍しいね」
 その視線の先では、時代錯誤なアーケードゲームの筐体が列をなしている。流行の最先端、渋谷には似合わないノスタルジー漂う光景だ。時代に取り残されたような異質さに、失くして久しい好奇心が刺激される。たまには遠出してみるものだな、と英司は鼻歌混じりにその一角へと足を踏み入れた。
「さて、どれで遊ぼうか」
 さながら遠足に行く前日の子供のような響きだ。L字型に並んだレトロゲーム街道を吟味しながらゆっくりと歩く。時折、すれ違った人が珍しそうに見てきたが、英司が気付いた様子はない。
 十五分ほど経過し、ようやく遊びたいゲームを決める。さっそく小銭入れを取り出して筐体の前に座った。ギチギチ。嫌な音がして椅子がへこむ。
年季の入った座り心地に腰が痛みを訴える。だが、それよりも英司の中では楽しみの方が勝っていた。百円玉をゲーム機に放り込む。
しかし、
「……あれ、何にも動かないぞ?」
筐体はうんともすんとも言わない。これはおかしい、と再び百円玉を入れてみるが結果は一緒。真っ黒な画面には反射した自分の間抜けな顔しか映っていなかった。
——まさか、故障? 
念のためゲーム機を確認してみるが異常はなさそうに見える。しかし所詮は素人目のため保障などどこにも無い。
「……今日はとりあえず帰るか」
そう独り言を呟いた瞬間だった。

「これ、スタートボタンを押さないと始まりませんよ。おじいさん」

〈完〉

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