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小説『雨降りバス停と先輩』

——降水確率0パーセント。今日は気持ちの良い快晴となるでしょう。
目の前の景色を見つめながら、寛太は思わず深いため息を吐いた。
 脳裏に浮かぶのは今朝方に流し見たニュースキャスターの爽やかな笑顔だ。
 まさか、あんな人の良さそうな顔のイケメンが詐欺師だとは思いもしなかった。
 ……いや、むしろ逆か。あからさまに悪人面をしている詐欺師の方が少数派なのかもしれない。
 寛太は濡れて素肌にまとわりつくシャツの感触に、ブルブルと上半身を震わせた。
「この感じだと、まだもう暫くは止みそうにないなぁ……」
 空には分厚い灰色の雲がかかっており、絶えず滝のような雨を降らせている。
 この天候で傘を持たないまま帰宅する、という案はあまり現実的ではない。
 都会のような雨宿りできるスポットが多い場所とは異なり、寛太の住む町は同県内の友達からも「ド田舎」と称されるほど今どき珍しい素朴な町なのだ。
 なので、ポツンと取り残されたような屋根のあるバス停から出ることなんてできっこなかった。
 せめてバスが来てくれれば希望はあったが、時間表を見る限りどうやら先ほど行ったばかりらしい。……ちなみに田舎のバスは一時間に一本しか来ないのがデフォルトだ。
「一応、上だけでも脱いでおくか」
 雨はまだ止みそうにない。
 かと言って、このまま何もしないでいたら、それだけで風邪を引いてしまいそうだ。
 たっぷりと雨水を吸ったシャツの重さに辟易しながら、第二ボタンに手を掛ける。すると、雨音に混じって別の音が聞こえてきた。
 ほんの一瞬だけバスの来訪を期待したが、すぐにその願いは儚く散ることになる。
 バス停にやってきた二人目の犠牲者は、寛太と同年代と思われる女子高校生だった。
 見覚えのある制服は寛太の通っている高校と同じ物。違いと言えばネクタイの色くらいか。寛太の一年生用の青いネクタイとは違い、彼女は二年生用の赤色のネクタイをしていた。
 しばし二人の間で無言のアイコンタクトが行われる。互いにこれまでの経緯を瞬時に把握すると、彼女の方が先に口を開いた。
「きみも傘持ってきてなかったんだ」
 どこか嬉しそうな響きを伴う綺麗な声音。年上ということもあり、余裕を含んだ声質は聞いているだけで心を落ち着かせる。
 寛太が頷くと、女子高生は外に視線を向けながらその場で伸びをした。
 シャツが透けているせいで、何とも目のやり場に困る。
 なので、寛太は諦めてガン見することにした。
「うーん、これでも天気予報はちゃんと毎日見るようにしてるんだけどね」
「僕もです、先輩。ちなみに今日は降水確率0パーセントのはずでした」
「ふふ、私もそれと一緒。多分、同じ番組だね」
「これからは、もう見ないようにします」
「私もそうしようかな。あ、あと胸も見ないようにするといいかもしれないよ?」
 さり気ない感じで話題に混じってきた注意に、露骨に寛太がたじろぐ。
「……すいません」
「ふふ、って言いながらも実はまだ胸のこと見てるでしょ?」
「それが高二男子の背負う業なので」
「随分とまた悲しい業だね、それ。——まぁ、今回は特別に許してあげるけど、注意した方がいいよ? 中には本気で嫌がる子もいるからね」
「善処します」
「その返答の仕方はちょっとズルいなぁー」
そう言いながらも、別にそこまで彼女は気にしている様子はなかった。
「先輩って優しいですね」
「ふふふ、当たり前のことを言ったって私のご機嫌取りはできないよ」
 言葉とは裏腹に柔和な笑みを浮かべる女子高生。
 初対面にも関わらず、こうして気兼ねなく喋れるのは田舎の良い所だろう。都会では、こんなことはまずあり得ない。
 それからしばらくの間、二人が談笑を続けていると少しずつ雨の音が小さくなった。
 外を見ると、どうやらようやく雨が弱まってきたらしい。
 安堵と共に一抹の寂しさが寛太の胸の中に生まれる。もう少しだけ、この名前も知らない先輩と喋っていたかった。
「雨弱まって来たね。今なら、帰れそうだよ」
 話を区切るように先輩がそう呟く。それが帰りの合図だと理解した寛太は名残惜しさを残しつつ、バス停のベンチから腰を上げた。
 そんな寛太に続くように、先輩も腰を上げる。すると、立ち上がった拍子に持っていた鞄の中から何かが落ちた。
反射的に拾い上げてみると、寛太は思わず「あっ」と声を漏らす。
「折り畳み傘あったんじゃないですか……」
「ふふ、でも一人で寂しそうな後輩がいたからね。先輩としては、助けないわけにはいかないから」
 優しそうな目つきでそう言われてしまうと、もう何も言い返せなかった。
「……先輩って、意外と馬鹿ですね」
「そうかな? 自分ではそう思わないけど」
「でも、その百倍くらい優しいです」
「ふふ、流石にそこまで言われると、少しだけ照れるね」
 最後にそう言って微笑んだ先輩の姿があまりにも綺麗で、しばらくの間、寛太はその笑顔が頭から離れなかった。

〈完〉

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