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【キングオブ路線バス】全長169.9km。「八木新宮線」乗車記録

地域住民の足として、全国で走っている路線バス。通勤や通学で使用されるもの、主要駅と観光地を結ぶものなど様々な役割を果たす路線バスがあります。その中でも、奈良交通が運行する「八木新宮線」という路線は奈良県の橿原市から和歌山県の新宮市までの169.9kmを結ぶ屈指の長大路線として全国のバスファンに知られています。

https://www.narakotsu.co.jp/rosen/yagi-shingu/:奈良交通HPより

私も前職でバス関係の仕事をしていたこともあり、以前から乗車してみたいと思っていました。今回はその乗車記録となりますが、文字だらけなのでYouTubeに乗車した動画を載せている方に比べると旅行気分は味わえないかと思います。その分、今後乗車を検討されている方の不安要素を取り除けるようにできるだけわかりやすく説明できればと考えています。

「八木新宮線」の概要

起点は橿原市の近鉄大和八木駅。そこから奈良県を南北に貫く国道168号線を南下して大和高田市・葛城市・御所(ごせ)市、五條市と十津川村を経由、県境を越えて和歌山県に入り田辺市と新宮市を経てJRの新宮駅を目指すという路線です。この路線の始まりは1963年までさかのぼり、当初は奈良大仏前(奈良市の東大寺付近?)という停留所からの出発でした。奈良交通は当初から新宮への直通便を3便担当し、その本数は現在も変わっていません。また、2011年の台風12号による豪雨災害の影響で乗客が減少したことを受け、一時は路線の存続が危ぶまれましたが、沿線自治体から補助金を受けることで路線の維持を決めたという経緯があります。

冒頭の通り、走行距離は169.9km。168もの停留所を約6時間半かけて運行するので、途中で3回の休憩が入ります。乗客のトイレ休憩ももちろんですが、乗務員の交代がなく一人での運行となるのでその休憩も兼ねたものになります(バスは法令上4時間以上の連続運転が不可能なため)。休憩時間は10分~20分と短めですが、場所によっては周辺を散策する時間を作ることも可能です。「日本一の吊り橋」とされる谷瀬の吊り橋や熊野本宮大社といった有名観光地も経由するため、そのアクセスに利用される乗客の方もいらっしゃるようです。

①大和八木駅~五條バスセンター

ここから実際に乗車した際の乗車記録となります。バスは大和八木駅の南口から出発、通勤時間帯ということで多くの乗客が行列をなしていましたが、ほとんどが別の行先のバスに乗車していきました。

大和八木駅のバス乗り場

出発5分前となる9時10分ごろ、ついに乗車するバスがやって来ました。このとき乗客の数は7人ほど、うち私を含めた3人が観光目的での乗車とみられます。乗車すると運転士さんがメモを片手にどこまで乗車するかという聞き取り(※)に来られました。この聞き取りは全員にするという訳ではなく、観光を目的とされている乗客に対してのみ行うものとみられます。終点まで乗り通すのは私ともう一人のマニアとみられる若い男性(違っていたら失礼!)の計2名。もう一人は熊野本宮大社までの乗車だそうです。
※運転士さんによって対応が異なるかと思います。

バスの車内の様子はこんな感じ。座席は普通の路線バス車両と比べて背もたれが高く作られており、リクライニング機能がない観光バス車両の座席といった感じです。長い路線ということで、通常の路線バスに設置されているような硬貨を投入する運賃箱の隣には紙幣専用の運賃箱が横付けされていました。新宮まで乗り通すと運賃は5,000円を超えるので、それに対応した仕様になっているものかと思われます。さらに、通常の路線バスにはないドリンクホルダーも備え付けられています。また、運転士さんは新宮まで行くとそこで一泊されるようで、車両左前方には宿泊用のお手荷物が置いてあります。

車内の様子
ドリンクホルダーも備え付けられている

9時15分、ついに新宮へ向けた約6時間半の長い長い道のりがスタート。まずは約1時間ちょっと走ったところにある「五條バスセンター(以下五條BC)」を目指します。この時点ではまだ片側一車線の大きな幹線道路を走っており、沿線には病院などもあったので、通勤や通院で利用するとみられるお客さんも乗り降りされていました。走り出してから30分を過ぎて御所市に入ると車窓右側には金剛山が姿を現し、少しずつ緑が多めの風景が増え始めます。また、近鉄の御所駅からは金剛山への登山客とみられる装備を身にまとったご年配のグループも乗り込んで来られました。

【参考】大和八木駅~五條BCまでのおおよそのルート(Googleマップより)

参考までに地図も貼らせていただきましたが、金剛山を右に見ながら国道168号線(一部国道24号線と重複)を南下していくルートとなります。なお、地図上のルートはあくまで最短のルートであり、実際にバスが走るルートとは一部異なります。地図上では40分かかるとされていますが、バスは途中停留所を経由するので1時間10分ほどかかります。

10時25分ごろ、五條BCに到着。「バスセンター」とは言っても、イオンの一区画をロータリーとバスの車庫に改造しただけの施設といった感じでした。ここで10分の休憩が設けられ、乗車されていた人は一斉に降りていきました。ここまでは大した遅れもなく、快調な滑り出しを見せたのではないかと思います。

五條バスセンターの様子①
五條バスセンターの様子②

②五條バスセンター~上野路

休憩の時、バスを撮影させていただいたのですが、車両後面のラッピングにはバスのルートが記されていました。

バスの後面ラッピング

紀伊半島をほぼ縦断するコースなのがおわかりいただけるかと思います。まだ全コースの3分の1にも達していません。先は長いけど楽しみが上回ります。

さて、次は山道へ入り十津川村の上野路を目指します。十津川村といえば、「日本一の吊り橋」で知られる「谷瀬の吊り橋」を有し、面積も村としては日本一を誇るとされています。ここからは山間部に入るので山道に入るほか、狭隘な道を抜けていくので車泣かせのルートとなります。所要時間は五條BCから1時間40分程度です。

【参考】五條BC~上野路までのおおよそのルート(Googleマップより)

ご覧の通り、ガッツリ山の中を通って行きます。道中には開通が叶わなかった「国鉄五新線」の遺構もあちこちに残っています。また、ところどころに2011年発生の紀伊半島豪雨による被害の爪痕も残っており、自然の猛威をうかがい知ることができます。運転士さんもしきりに「ここ紀伊半島豪雨で被害を受けたとこです」と解説なさっていました。

緑が広がる道を通る

バスは定刻通り1時間40分ほどで上野路に到着、ここでは20分の休憩があるので、停留所から歩いて5分ほどの場所にある「谷瀬の吊り橋」を散策することができます。渡って戻ってみましたが、足元は不安定でいつ足元が抜けるかわからない恐怖がありました。ゆっくり渡らないといけないので片道3分くらいを想定した方がよいでしょう。揺れるわ高いわで大変なので高所恐怖症の方はお控えください。

谷瀬の吊り橋
橋の上から撮影

また、この道中では車内からの写真を撮ることができなかったので、私が生意気にも沿線の解説させていただこうと思います。

②-1 国鉄五新線

その名の通り、五條駅と新宮駅を結ぶ計画がなされていたことからその名が付けられ、吉野杉の輸送を主な目的としていました。構想は明治時代に立ち上げられたものの、具体化したのは大正期に入ってから。その後、昭和14年(1939年)に五條から城戸(読みは「じょうど」、旧西吉野村・現五條市)というところの間で路盤の建設工事がが始まるものの、城戸から先のトンネル工事に莫大な費用が掛かることなどを理由に国鉄は工事を進めることに難色を示していました。

五條~城戸への延伸イメージ

五條~城戸間の路盤敷設工事は戦争による中断を経て昭和34年(1959年)に完了。しかし、旧西吉野村が村内における鉄道駅の少なさに対して苦言を呈したこともあり、国鉄は敷いた路盤をアスファルトで舗装、細かい場所の乗客を拾うことができるようにバス路線を走らようと提案し、昭和40年(1965年)に五條~城戸間で国鉄バスの運行が開始。これと同時に、城戸からさらに12kmほど南にある旧西吉野村の阪本というところへの延伸計画もなされ、トンネルなども整備されたのですが国鉄の財政難などもあって工事は停止されました。

その後、国鉄の民営化を受けた国鉄バス路線はJR西日本を経て、西日本JRバスに運行を引き継ぎ。しかし、旧西吉野村の過疎化・高齢化を受けJRが運行を撤退し、奈良交通に路線を引き継ぎました。その奈良交通も路線内のトンネル内壁落盤の危険性があったことから平成26年(2014年)にバス運行を中止しました。

話を戻しまして、乗車した八木新宮線からはバス路線として使用された五條~城戸間の路盤や、鉄道がまたぐはずだった橋梁が見えます。現在も「城戸駅」として使用されるはずだった施設を利用して旧線探訪ツアーなどが開かれるなど、活用に力を入れているとのことです。

②-2 2011年紀伊半島豪雨

台風12号によってもたらされた大雨に起因し「紀伊半島大水害」とも呼ばれるもので、8月末から9月の頭にかけ紀伊半島に降り続いた大雨によって各地で土砂崩れや家屋の浸水といった被害を受けました。特に、八木新宮線の沿線自治体である五條市大塔町・十津川村・田辺市・新宮市においては、土砂崩れや河川の氾濫による被害が甚大だったため、多くの住民が亡くなられたという大変痛ましい災害となりました。

乗車したバスの車窓からも災害の爪痕はくっきりと残っているのが見え、運転士さんがところどころで被害の様子を紹介してくださいました。その中でも熊野川の氾濫・浸水によって国道168号線をはじめとした道路は寸断され、十津川村は一時全村で孤立状態となりました。また、この熊野川の氾濫によって、新宮市の熊野川沿いにある熊野川行政局庁舎では3階部分まで浸水するといった被害も出ました。

この水害は八木新宮線の運行にも影響を及ぼし、2か月程度の運休を余儀なくされました。ただ、現在も一部で迂回ルートが残っており、通過扱いの停留所も存在します。この大きな災害を乗り越えてこんにちの運行が維持されていると考えると、奈良交通や沿線自治体のご尽力に感謝しないといけないですね。

③上野路~十津川温泉

谷瀬の吊り橋での散策を終え、次なる目的地は十津川温泉。源泉が発見されたのは江戸時代と歴史があり、日本百名湯にも選ばれている温泉です。所要時間は1時間ほど、これまで以上に曲がりくねった道を進んでいくので、対向車との離合も増えます。ここまで通行している国道168号線は「国道」とは名乗っているものの奈良県南部では「酷道」要素に富んでおり、大型車は特に通行が困難なくらい道幅の狭い道になっています。

【参考】上野路~十津川温泉までのおおよそのルート(Googleマップより)

右下に「新宮」の文字が見えてきました。上野路でようやく全行程のおよそ半分となります。なお、ここまでの乗客の動向についてですが、冒頭で触れた私を含む3人以外にも五條BCから乗車して十津川村内で降りられる年配のご夫婦がいたり、短距離の移動に利用する十津川村民の方もいらっしゃいました。また、五條BCから新宮付近まで乗り通されるお客様もいらっしゃったようです。

ここでも大した車窓の写真を撮ることはできませんでしたが、途中には「風屋ダム」という大きなダムがあったり、バイパス化工事が進む国道の様子を見ることができます。バイパス化の目的としては、災害発生時における土砂崩れや地滑りなどで幾度となく寸断されてきた国道168号線の強靭化が挙げられます。災害で寸断されることにより、紀伊半島南部の経済や住民の生活に大きな影響を及ぼすため、長期間・広範囲にわたってバイパス化が進められているそうです。

余談ですが、風屋ダムがある風屋地区は時に天気予報の観測地としてその名を見聞きすることができます。ほとんどの場合、市町村名が観測地点として使われることが多いですが、この場合ピンポイントで「風屋」という地名が使われています。十津川村があまりにも広大なため、地点を絞らないと詳細な天気が伝わらないというのが理由なのでしょうか?

休憩地の十津川温泉に到着したのは13時半ごろ。新宮まで残り約2時間というところまで迫ってきました。ここには足湯があったり、源泉を販売するスタンドもあります。このスタンドは100円で10リットルの源泉を買うことができ、ご家庭で温泉気分を味わうことができるというものです。軽い気持ちで100円をチャリンと入れてしまうと、10リットルの温泉がとめどなくドバドバ出てくるので間違ってもペットボトルに入れるのはNGです。持ち帰り希望の方は10リットル以上入るポリバケツなどをご持参ください!

十津川温泉の足湯
源泉販売スタンド。10リットル単位での販売

八木新宮線の旅はまだ続きますが、一足お先に運転士さんから完全乗車の記念品が贈呈されました。中身は八木新宮線の路線図と吉野杉で作られたしおり。路線図は縦に広げると50センチを超える大きさで、しおりからは木のいい匂いがしました。大切に保管させていただきます。

完全乗車記念品

④十津川温泉~新宮駅

いよいよ旅もラストスパート。十津川温泉での休憩を終えるとここからは休憩なしで一気に新宮駅を目指します。ついに奈良を抜けて和歌山へ入るのですが、途中で熊野本宮大社や複数の温泉地を経て、熊野川沿いを抜けて新宮市外へ走っていきます。

【参考】十津川温泉~新宮駅までのおおよそのルート(Googleマップより)

上のルートはあくまで最短ルート。道中には迂回箇所もあるので新宮までは2時間少々時間がかかります。途中の熊野本宮大社からは外国人観光客の方も乗車され、近くにある湯の峰温泉や渡瀬温泉、新宮市街にある熊野速玉大社を目指すようです。

湯の峰温泉周辺も道幅が非常に細いため、対向車との離合は不可避です。運転士さんが対向車の中途半端な離合に対し、相手のドライバーさんに「(バスに)当たるー!」と絶叫されていた一面もありました。運転士さんもそろそろ集中力が切れてきた頃でしょうか。

温泉地を超えるとバスは和歌山・三重県境となる熊野川に沿って南下、新宮までのラストスパートとなります。この熊野川沿いに先ほどの紀伊半島豪雨の解説で出てきた熊野川行政局庁舎が見えてきます。建物の3階まで水があふれたと考えると自然の猛威に圧倒されるばかりです。

大和八木を出発してから6時間半以上が経過した15時50分ごろ。ついに終点の新宮駅前に到着。ここで降りたのは私とともに大和八木から乗り通したマニア風の男性の二人。私はスマートSuicaでの乗車でしたが、乗車時間が長すぎるためICカードの処理には運転士さんによる運賃箱の手動操作(乗車停留所からの運賃を手動で入力してからICカードをタッチ)が必要となります。操作が完了したらICカードをタッチして降車。問題なく運賃の支払いができて安心しました。運転士さん、最後まで安全運転に努めていただきありがとうございました。そして、本当にお疲れさまでした。

新宮駅到着後のバス
新宮駅の駅舎

バスを降りてから帰りの電車が出るまで2時間ほどあるので、熊野速玉大社を参詣してから新宮城跡を見学しました。なお、速玉大社の参詣をもってめでたく熊野三山のコンプリートを果たしました。やったね。

熊野速玉大社
新宮城跡

まとめ

前々からの念願が叶ってついに乗車できた八木新宮線。まず初めに、「トイレは大丈夫だろうか」と身構えている自分がいましたが、休憩の間隔もちょうどいいものでした。上野路での休憩では、谷瀬の吊り橋を散策することもできたので、つかの間の観光を楽しむことができたのも高ポイントでした。「秘境」と名高い奈良県南部の風景を楽しむことができましたし、何より狭隘路を難なく通過する運転士さんの運転技術には脱帽せざるを得ませんでした。改めて安全運転に努めていただいたことに感謝申し上げたいと思います。

乗車する上で我慢しなければならない点としては、昼食を取れないことがまず挙げられます。ただし、途中の休憩時間でおにぎりを1個食べるくらいはできますので、空腹が気になる方は事前におにぎりを買っておくことをお勧めしておきます。また、背中や腰へのダメージが思ったよりきつかったですので、適度にストレッチをするなどして体への負担を和らげましょう。さらに、道中には揺れが激しい場所もありますので、乗り物酔いしやすい方は万全の対策を期してご乗車ください。

最後に、公共交通の存続にはよく「乗って残そう」というスローガンが掲げられることがあります。近年バスそのものの乗車人員が減少している中、この八木新宮線についても例外ではないと私は考えておりますので、興味がある方は是非ご乗車いただければと思います。風光明媚な景色があなたを待っていますよ!

【参考】
五新線 - Wikipedia
壮大だった“伝説の未成線”ついに一般開放へ バスが走った幻の鉄道「五新線」地域はどう活かす? | 乗りものニュース (trafficnews.jp)
平成23年台風第12号 - Wikipedia
kiihantou-kirokushi.pdf (mlit.go.jp)

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