テレワーク

テレワーク【telework】
パソコンなどの情報通信機器を利用して、事業所や顧客先などと離れた場所で働く労働形態。         -広辞苑ー

2XXX年、平和な世界に突然ウイルスによる感染症の恐怖が襲い掛かった。そのウイルスは感染力が極めて高く、人々は外出の際マスクの着用を義務付けられていた。またサラリーマンの多くは極力テレワークにより出勤人数を減らすことを求められていた。

これらの感染症対策が功を奏したのか、それからともなく感染者は減少し、世界に再び平穏が訪れた。しかしテレワークやリモート会議といった勤務形態はその後も世の中のスタンダードとして定着することとなった。

「家でも仕事ができる人はいいよな、俺なんか会社に行かねえと仕事にならねえんだもん。」

とある小さなロボット会社の技術者として働くエヌ氏は近頃日常的に不満を漏らしていた。そう、彼の仕事はロボットの開発。毎日設計図とにらめっこしながら、ああでもないこうでもないと言ってロボットを作り上げていく。すなわち、会社で作業しなければ仕事にならないのである。

「俺もできるもんならずっと家に引きこもってタマとのんびり過ごしたいもんだ。」

「ニャーン」

タマというのはエヌ氏の愛猫の名前である。エヌ氏が家にいたいと考えるようになったのは家が快適だというのもあるが、少しでも長くタマのそばにいてやりたいという理由が最も大きい。

先々月のとある雨の日、エヌ氏が会社から帰宅すると家の前の道で雨に打たれながら弱っているタマを見つけた。どうやら外を散歩中に雨に打たれ、家に帰る途中で力尽きてしまったらしい。

「お前もそろそろ人間でいうと80歳くらいになるんだろう。あんまり無理するなよ。でも傘寿なんだから外出するときは折り畳み傘くらい持って行かないとな。」

この一件以来エヌ氏はタマを家に残して外出することが不安でたまらなくなった。

「俺が家にいられたらいつでもお前をこの腕の中で抱きしめられるし、怪我したらその傷を拭ってやれるのになあ。。そうだ!家から会社での作業を遠隔で行えるロボットを開発しよう。」

それからエヌ氏は遠隔操作ロボットの開発を始めた。数か月後、ロボットが完成した。そのロボットはエヌ氏と全く同じ形をしており、離れた場所で専用のスーツを着た本物のエヌ氏の動きを感知し、全く同じ動きを再現できるのだ。しかもこのスーツの優れた点はロボットが感じた感覚をスーツを通して人間にも伝えることができるのだ。例えば、ロボットがネジを持ったとする。その時、実際にスーツを着ているエヌ氏の指にもネジを持っている感覚が伝わる仕組みになっている。ロボットに搭載されているカメラの映像は専用のゴーグルをかけたエヌ氏に伝えられ、実際にロボットになりきったような感覚を得られる。味覚、嗅覚についてはまだ開発途中だが、聴覚についても音質は悪いながら聞き取ることができる段階まできていた。

「これで職場に行かなくても家でロボットの開発ができるぞ。タマ、これでずっとお前のそばにいてやれるからな。」

「ニャーン」

遠隔操作ロボットの完成後、エヌ氏はしばらくの間出社することなく仕事を進めることができた。しかしある日機械の修理に立ち会わなければならない案件が発生した。当初エヌ氏は遠隔操作ロボットで修理に立ち会うと言い張ったが、故障箇所を正確に判断するには生身の人間が立ち会う必要があるという上司の判断により、出社を余儀なくされた。

「タマ、すまんが明日は一人で過ごしてくれ。。。そうだ!会社から遠隔操作ロボットを家に運んでおいて、会社で修理の合間にスーツを着てタマの世話をしてやればいいのか!」

そう考えたエヌ氏は修理作業前日の夜に会社から遠隔操作ロボットを家に運び入れた。

「これで会社にいてもお前を一人にはしないからな。」

「ニャーン」

そして修理作業が始まった。予定では半日程度の作業時間だったが、思った以上に機械の破損がひどく、数日間泊まり込み作業を行わなければならない状況となった。しかし、エヌ氏の心は穏やかだった。なぜなら遠隔操作ロボットの性能は素晴らしく、会社にいながらでも十分にタマの世話をしてやることができたからである。また、タマを抱きしめた時のぬくもりもスーツを通して確かに伝わり、すぐそばにタマを感じることができた。

一方で久しぶりに生身の体で修理作業をすると、普段家から遠隔で行っている時には感じられていなかった微細な感覚が存在することが分かった。そしてエヌ氏はこの微細な感覚をスーツを通して感じられるようになれば、世界が変わると確信した。

「タマ、すまんがもう少し職場にいさせてくれ。といってもお前とはロボットを介して毎日会っているから離れている感じは全くしないな。」

少し音質の悪い「ニャーン」という返事が返ってきた。

そこからエヌ氏は修理作業が終わっても会社に泊まり込みで改良ロボットの開発を続けた。何といってもタマの世話レベルの作業であればスーツで十分なのだから。

数年後、、、2YYY年のとある記者会見。

「私が開発しました、この遠隔操作ロボットNEOは自分の同じ姿形をしたロボットを、離れた場所からこのスーツを着ることで操作できます。さらにロボットが感じた五感を完全に再現できます。これがあれば、職場にいながらにして家での作業を行うことができます。可愛いペットのぬくもりを職場にいながら本物さながらに感じることができます!」

とあるテレビ番組。

「2YYY年の流行語大賞は、テレホームに決定しました!!これからは職場に居ながらにして家で作業をすることが可能になります・・・」







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