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なんてことない忍ぶの日常〜忍ぶの欲望〜

銀座はトウキョウの中で1番好きな街だけど、中でも夜の銀座は最高だ、と忍ぶは思う。

職場の飲み会の後に、二次会に向かう列からそっと離れて、夜の銀座を歩いて見て回るのが忍ぶは好きだった。

眠らない街。
ずらりと軒を連ねるそうそうたるブランドショップが全部店じまいをしていても、そこには閑散とした寂しさがない。

夜には、それらの立派なショーウィンドウが良く映えるからだ。
手の届かない美しくきらびやかな洋服や、鞄や靴が、進んでも進んでも次々目に入って来て、そのすべてに目を奪われる。

忍ぶは、それらを立ち止まって飽きるまでじっと見ている。
だって、昼間はそうはいかないのだ。お店の入り口には、精悍な顔立ちの男性スタッフがにこりともせずに立っている。
悪意のない一瞥も、なんだか居心地を悪くする。
でも夜にはそれがない。
お店の呼び込みだって、忍ぶのような若い女性には見向きもしない。
きらびやかな街を自由に歩き回れるかんじが、忍ぶはとても好きだった。

忍ぶは考える。
小池くんも、買い物が好きならいいのに。

小池くんは自分の身なりに対してたいへん大らかなので、(そこに忍ぶはだいぶ救われているのだけれど)身につけるものに関心がない。
「服屋にいると、アレルギーがでそう」などと言っていたこともあった。

忍ぶはそういう小池くんの物事に頓着のないところをいいなと思う反面、ひどく寂しくなるときがある。そして、そんなことを思う自分に、絶望する。
私の言い分って、相当勝手だ。
忍ぶは思う。

小池くんが学校終わりに家に来てくれた時、仕事に疲れた忍ぶがぐうぐうはやばやと寝てしまっても、小池くんは決して怒らない。
けれど、忍ぶは休みの日に小池くんがいつまでも寝ているのが許せない。
自分が許されているのに安心しているのに、相手を許すことができない。
そんな自分に腹をたてることがよくある。

今だって。
忍ぶは銀座の街を練り歩きながら思う。
カルティエの前を通るとき、今度の忍ぶの誕生日にリングをプレゼントしてくれたら素敵だなぁと思う。

そしてそのあと、ひどい後悔に襲われる。
小池くんはまだ学生で、お金がない。それに、女の子にアクセサリーをプレゼントできるタイプではない。
そういう不器用な小池くんのことを好きになったはずなのに、まったく逆のことを望んでいる。

矛盾しているけれど、別に忍ぶはカルティエのリングがほしいなんて思っていない。選ぶなら、ノーブランドの、ラッカーのはがれたサックスのような鈍い金色の華奢なものがいい。

でも、それは忍ぶの趣味嗜好だ。小池くんが忍ぶに対して、カルティエのリングをプレゼントしたいと思ってくれたらいいなぁと思う。実際は、小池くんはカルティエというブランドも知らないと思う。そういうところ。そういうところが、好きで寂しいから、世間の女の子が憧れるブランドのアクセサリーをプレゼントしてくれたら素敵だと思ってしまう。

バカみたいに欲張りになってしまったんだよ。と忍ぶは思う。

忍ぶは小池くんから充分に愛されているのに、なのに。いつからか忍ぶはひどく欲張りな女の子になってしまった。
男の子のために、がまんすることができなくなっている。忍ぶの願いを聞いてほしいと思っている。

こんな忍ぶは忍ぶではない、いけない、と思う反面、これが忍ぶなのだ。私は欲張りな女だ。

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