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#56 大切をしまう箱。



家の近くの一軒家が取り壊された。

取り壊されて、木の大きかったり小さかったりする欠片が、敷地を埋め尽くしていた。

そこに雨が降った。
雨が降って、欠片たちを濡らして。
懐かしいような鬱陶しいような、チョコレートのような土のような、甘くて湿気を帯びた匂いが漂っていた。

夜通りかかると、何かを見たような気がして。
一度通り過ぎたものをわざわざ引きかえし、そこに立ち止まった。

光を見た。
少し前までそこに建っていた家が隠していた、その奥の風景を、光を、私は見た。
オレンジ色の、それもまた他の誰かが生きている印である光を、誰かが居なくなったことで見たのだった。




なぜ、いつか死んでしまうことを忘れてしまうのだろう。多分それは生きているから。それが生きている、ということなんだろうな。

猫たちを見ていると、半分くらいの確率で悲しくなってしまう。この子たちは、何かが起こらない限り私より先に死んでしまうのだ。前に一緒に暮らしていた猫が亡くなった時の重さと固さを、私の手はまだ覚えている。

私の耳は、亡くなった祖父が火葬された後の骨が、カサカサと鳴る音を覚えている。妙に軽い音だった。

体を作っているものは、こんなにも素材のようなのに、ただ生きているというだけでその生物は、動いたり感情を持ったりする。
モーターなんて付いてない。
付いてないのに。

いわゆる魂と呼ばれるものが私たちの体を動かして、そして少しのズレで機体のコントロールができなくなって、そして燃やすと無くなってしまう素材と共に煙になっていくのか。


私は無いものの話をしていますよね。


〜〜

はるなつあきふゆ
めぐりゆく季節を
あとどれくらい
辿ってゆけるかな

いつか訪れる
最後の瞬きの
その時まで
ずっと 傍に
そばにいて

歌:青葉市子
作詞:山田庵巳
作曲:山田庵巳

〜〜


歳を重ねると涙もろくなると、言う。
確かにそうかも、なんて思う。
でも涙が出なくなったこともあるや。

その涙が出なくなった時、一人友達を失ったような、そんな気がしたんだ。
思い出や感情はともだち。
ずっと寄り添ってくれる。
そう思っていたのにな。

涙が出ないなんて。
可哀想なあの時の私はとうとう、過去に取り残されてしまうのかな。泣いてあげないと、私に、寄り添いたいのに。

胸はまだ熱く震える。
後ろから吹く風がその熱をさらって。
目は空の星を見る。


いつまでもここにいるよ。
私もあなたも。

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