2018.8.3

花火

昔、祖母に連れて行ってもらったのは地元の花火大会だった。
人混みが嫌いな両親は、僕を夏祭りや花火大会に連れて行こうと思っていなかったようだ。僕も人混みが苦手なので、特に不満は無かったのだけど。
その年の花火大会は、なにかの記念でいつもより豪華になるのだという。祖母は僕の手を引いて、打ち上げ場所がよく見える小高い丘へと連れて行ってくれた。
ちょっとした穴場になっていたそこには、既に何人かの大人がいた。
しばらくフェンスに寄りかかりながら待っていると、遠くからアナウンスが聞こえる。
なにを言っているか分からない、と祖母に言うと、花火が始まる挨拶をしているんだと教えてくれた。
さらにしばらく待つと、大きな大きな花火が打ち上がった。丘よりも高いところで、その花火は咲き誇った。ちょっとだけ遅れて、大きな破裂音。お腹の底をビリビリと振動させた。
「ほら、見てな」
祖母が僕の背中を撫でる。
見ていると、パパパ、と小さな花火が続いて打ち上がった。丘と同じくらいの高さ。
びゅんびゅんと四方八方に黄色い筋が走って行く。真っ黒な空に、すごく似合っていた。
スマイルマークの花火、星型の花火、ハート形の花火。
家庭でやるような花火しか知らなかった僕は、花火があんなに色も形も変えるものだと知らなかった。
柳の木のような花火を、僕は好きになったと祖母に言った。
地味なのを選んだね、でも私も好きだよ、と祖母は言ってくれた。
どれくらい見ていただろう。またアナウンスが入ったあとに、大きな花火が続け様に打ち上がった。
もう大きな音にいちいち驚いていられない。
あれはたぶん、夏祭りと花火大会のフィナーレだったんだろう。
最後の、一番大きな花火は空を仰いで見た。
手が届きそうだと、手を伸ばしたけれど届かなかった。
花火が終わると、遠くからパチパチと拍手が聞こえてきた。
「なんであんな大きな花火をするの?」
帰り道、祖母の手を引きながらたずねる。
しっとりと涼しくなった夜風に混じって、火薬のにおいがした。
丘を下って行く。
「また今年も夏がきたぞ、ってしるしにしてるんだよ」
「しるし?」
「今年も夏を迎えたぞ、私たちは元気だぞって、空に教えるんだよ」
祖母は応える。でも僕には、その意味がイマイチ分からない。
「空も地上から打ち上がる花火を見ているはずだよ。今年も夏が来たんだ、みんな元気なんだって思ってるはずだよ」
僕は真っ暗の空を見上げた。薄く曇っているのか、その向こうには何も見えなかった。
「また来年も、花火は上がるよ」
祖母の言葉はやっぱりよく分からなかったけれど、繋いだ手が暖かかったことと合わせて、まだ覚えている。

「そろそろじゃない、花火」
オーナーがそう言った途端に、窓の向こうから破裂音が聞こえた。ちょっと遠い。
僕がいるキッチンからは、それが見えない。
「今暇だから、見てくれば」
オーナーが言う。それを聞いたホールのスタッフが、ぞろぞろと裏口へと向かう。嬉しそうだ。
「お前も」
流れに乗り遅れた僕の背中を、オーナーが押す。
パーン、とまた破裂音。続け様に、破裂音。
建物の向こうで影になるけれど、花火のおこぼれくらいは見える。
わぁわぁ、とスタッフがはしゃぐ。
「ここの花火、県外から人がくるくらい有名なんですよね」
今年入ったばかりの学生アルバイトが言う。彼は県外から来た子だ。
「そうそう。年々豪華になっていってる気がする」
彼女もまた、県外からきた学生さんだ。今年で3年目だと言う。
「もともとは、震災や戦災復興の夏祭りだったんだって」
僕が言うと、へぇー、と揃った声がかえってくる。
「さすが地元人」
といっても、見るのは小学生以来なんだけど。それは言わないでもいいか。
「豪華な花火は良いですね、見てて楽しい」
誰かが言う。おこぼれの花火を、僕らはじっくりと楽しむ。
すると、裏口からオーナーが出てくる。
「いつまで見てるんだよー、手伝えよー」
えぇ、という不満とともに、僕らは店の中に戻る。
最後に僕が入ろうとすると、オーナーが僕の後ろを指差し
「ほれ、大きいの来るぞ」
と言う。
まもなく、今までで一番大きな花火が開いて、その明るさで僕をくらませる。少し遅れて破裂音。
「今年も派手だったな。空の上まで見えたかもな」
「そうですね」
僕は空を見上げる。
花火の煙、火薬の匂いの向こうに、明るい星が一つ、見えた。

サポートしていただいたものは、毎月のAdobeCCのお金にあてさせていただきます。頑張ってデザイン・イラスト制作するよ!