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あいドル$ 1



 作/KONOMOTO Satoshi
※この作品は、1992年に池袋小劇場で上演された脚本(+絵コンテ)を2014年版として追加手直ししたものです。

 


プロローグ/ 交換日記をしませんか?

 モノクロ写真のようなモノトーンのステージ。そこにふたつの白い長椅子がある。他には何もいらない。会場は真っ暗から始まる。そしてモノクロの映像が映し出される。海・花・人々・子供の視点からの映像だ。映像の光で片方の椅子に座っている「あき」の影が現れる。「あき」は日記を読む。

あき「三 月二〇日 (日曜日) 晴れ 今は昔。知っている世界なのに違う世界の物語。まだ知らない僕からまだ知らない君に。交換日記をしませんか?なぜって?あなたの物語を残したいからです。僕は知っています。あなたがあなたでなくなる時を。そんなあなたと交換日記をしたいなぁと思ったんです。ここにはあなたが刻まれているのです。あなたの知らない物語が…。だから、交換日記をしませんか?。 」
 そこへ声がする。懐中電灯をもった「千草亜紀」が客席から登場。
亜紀「なんだ。真っ暗か。せっかくお芝居観にきたのに… これじゃぁなんにもならないわ…ねぇ(近くのお客にふる) 」 

 「亜紀」再び前を歩きだす。まるで何かを探すように…。そしてトンネルをさまようように…
                                        
亜紀「おーーーーーい」

 静 粛


                                亜紀「呼んでもなにもなしか…」

 懐中電灯を振る「亜紀」
                                                                  
亜紀「ここでは朝も昼も夜もみんな暗いんです。そう、まるで私の今の心の中みたい。前(未来) も後ろ( 過去) も真っ暗闇。星も出てないこの灯のない世界で私は 何を目指したらいいのでしょうか…」

 ステージから「あき」が客席にいる「亜紀」に呼びかける。 
                                       
あき「きみはスターになれるわ」
亜紀「えっ? 」

 懐中電灯で声の主(あき) を探す「亜紀」 
                                        
あき「きみはスターに…」
亜紀「誰、どこにいるの? 」
あき「…………」
亜紀「ゆ、ゆ、幽霊? うわーーっ」
あき「ちがうわよ」
亜紀「じゃあ、宇宙人」
あき「それでもないわ」
亜紀「こ、こ、これがチャネリングというものだわ。見えないものが聞こえてきて、聞こえないものが見えてくるという」
あき「オーバーね」



あき「そうじゃないわよ」
亜紀「じゃあ、なによ」
あき「早速、応えてくれてありがとう」
亜紀「なにが」
あき「交換日記によ」
亜紀「こうかんにっき? 」
あき「そう」
亜紀「だれと」
あき「ぼくと」
亜紀「この後いきなり円盤が降りてきて第三次接近遭遇なんてことにならないでしょうね」
あき「ならない、ならない」
亜紀「じゃあ、月から駕籠がやってきて私を連れて去ってしまうなんて…」
あき「ならない、ならない」
亜紀「もう、あに言っているのか、わかんない(いきなり不良っぽく)」
あき「日記を交換したいの」
亜紀「にっき? 」
あき「そう、まだ知らない僕からまだ知らないきみに…」
亜紀「私はあなたのこと知らないわ」
あき「僕はきみを知っているよ」
亜紀「えっ? 」
あき「僕はきみのファンです」
亜紀「えっ? 」
あき「歌を歌っているきみが大好きです」
亜紀「ありがとう」
 元気がなくなる「亜紀」
あき「どうして、アイドルになったの? 」
亜紀「えっ? 」
あき「ファンのおちゃめな質問です」
亜紀「唐突ね」
あき「どうして、アイドルになったの? 」
亜紀「輝きたいからよ」
あき「輝き…たい」
亜紀「そう、輝きたい」
あき「きみは今でも輝いているわ」
亜紀「でも、今の輝きは…あの頃と違う」
あき「あの頃? 」
亜紀「そう何か違う。自分のなりたいものになったし、好きなことができて、夢が叶ったのに。何かを失ったみたい。私が私でなくなったみたい。」
あき「ぜいたくね」
 「あき」日記を読みだす。
                                        
亜紀「ところで、あなたは誰? 」
あき「……」
亜紀「あなたは誰なの? 」
あき「……」
亜紀「声だけして応えないなんて卑怯だわ」
あき「本当に『スター』はいるのでしょうか」
亜紀「えっ?」
あき「憧れや願い事があり、人は夜空の星に願いをかけたがります。でも一番の『スター』…それは『自分』。なのに人はいつもまわりに『スター』を探している。あなたが輝く『力』を持っているというのに…」

 亜紀の懐中電灯の灯が「あき」を浮かび上がらせる。「あき」は日記を読んでいたがゆっくりと「亜紀」のほうを見つめる。その顔は不敵に微笑み、そして、ゆっくり口を開く。
あき「僕はあの頃のもうひとりのきみさ」
 舞台は暗くなる。リズムのきいた音楽。そして映像にはタイトルの「あいドル$」が出る。ダンサーが入り、ピンクの傘にカッパを着て映画の「雨に歌えば」のようなシーンのダンスを踊る。「あき」は下がらずにずっと舞台の椅子に座って、そして日記を読みつづける。ダンスの終わりに近づく。そして舞台は「バロウズ」の描くような幻想の住人の住む世界と変わる。そこでは「巨人」と「小人」、そして新しく入った新人の「ルイ」が登場する。



第一幕/あいドル$登場 
  
 明るくなる舞台は株式市場になり騒がしくなる。日記を読みつづける「あき」の前で売買される株。そして電話に忙しく対応する証券マンのトレイダーたち「巨人」「小人」「ルイ」。

アナウンス(略/AS)「セイコ…二千円高。アキナ…二千五百円高。トシヒコ…五十円安。マサヒコ…百円高」
巨人「セイコを買いや」
小人「アキナに五万株買い」
ルイ「マサヒコに一万売り」
AS「オニャンコ…千円高」
巨人「(ゆっくりしゃべるタイプ ) オニャンコ…きかねぇ名だなぁ。なめ猫の一種か…」
ルイ「いや、最近売出し中の新人あいドル$・グループらしいぜ」
小人「(早口でしゃべるタイプ) なめ猫か。そういやぁ、あいつらどうしているかなぁ。謎のバンドだといって、猫の写真なんて使っていたけど、人気が落ちはじめると、あっと言う間に消えちまった…。( 早口で疲れてため息) ふうっ」
ルイ「かわいそう」
巨人「しょせん、企画ものよ」
巨人「そういやぁ、アラジンっていうのもいたよなぁ」
小人 / ルイ「いたいた…」
AS「キョウコ…四百円高。アキナ….五百円高。シブガキ…千円高」
巨人「今年は生きのいいあいドル$達がそろっていいねぇ」
小人「うん、レコードはばんばん売れるし、イベントは大盛況。これもあいドル$さまさまだよぁ」
ルイ「しかし、果してそうかなぁ」
巨人「何が…」
ルイ「この先このままいくかなぁ」
巨人「また始まった。おまえの心配性が」
ルイ「しかしだよ。ほら、この異常な株の高騰。このまま景気がいいなんてありえないよ」
小人「その時はその時さ」
巨人「あいドル$なんて消耗品。創っては次の新製品。そしてまた次の製品と、後をたたない」
ルイ「まるで 缶ビールのようですね」

 「ルイ」缶ビールを出してくる。

巨人「オッ、気がきくなぁ」
小人「サンキュー」

 三人、缶ビールの蓋をあける。

巨人「この泡のように出てきては消え、出てきては消え。儚いものだよ。あいドル$なんて」
小人「ビールはこの泡がいいんだよなぁ(聞いていない) 」
ルイ「でも、なんだか、かわいそう」
巨人「可哀相なもんか。一年にどれだけの新人と呼ばれるあいドル$が出てくると思っているんだ」
ルイ「知らない(無愛想)」
巨人「知らない? そんなことでよく証券マンなんてやってられんなぁ」
ルイ「だって僕 まだ新人なんです」
小人「そうかそうか、それで彼らのことが気になるんだなぁ」
巨人「よぉーし、俺たちがおまえのことをみっちり教育してやる」
ルイ「よろしくお願いしま~~~~~す」
巨人「やい、新人。まずは肩をもめ」
ルイ「は~~~~~い」

 「ルイ」、「巨人」の肩をもむ。

巨人「うーん、いい気持ちだ。新人はまず先輩を敬わなければならない」
ルイ「(元気に) は~い」
巨人「そして、次に先輩を尊敬しなければならない」
ルイ「( 大きな声で) は~~い」
巨人「そして、最後に新人は先輩に奉仕しなければならない」
ルイ「( にっこり大きく) は~~~い」

 「ルイ」肩をもみ終わると、「巨人」の前に出てきて片手を出す。

巨人「うん? 」
ルイ「三分間・百円」
巨人「えっ?」
ルイ「三分間・百円」
巨人「おまえ、わかっているのか」
ルイ「あっ、さてはただで働かせていたのですか」
巨人「おまえ、新人はまず先輩を敬わなければならないぞ」
ルイ「( 元気に) は~い」
巨人「そして、次に先輩を尊敬しなければならないぞ」
ルイ「( 大きな声で) は~~い」
巨人「そして、最後に新人は先輩に奉仕しなければならないぞ」
ルイ「(にっこり大きく) は~~~い」 

 「巨人」と「小人」顔を見合わせる、そして「ルイ」を見つめながら…

巨人「こいつはどえらい大物になるかも」

 株式市場のアナウンスが再びなりはじめる。

AS「セイコ…千円高。アキナ…五百円…。『AKI』…1株二百円」
巨人「『AKI』? 誰だ? しらないなぁ」
ルイ「知らない」
小人「新人あいドル$だろう」

 「ルイ」酒によってふらふらしだす。

巨人「こういうあいドル$は毎年大量に出てくる。そしてその中で数人しか生き残れない。同情していたらキリがないよ」
ルイ「そうなんですか」

 「ルイ」ついにダウンする。まだ、ふたりとも気がつかない。

小人「あぁ、この世界は品物だけでは売れないんだよ。それを売り込むマネージャーやプランナーも重要なんだ」
巨人「それらの人々が協力をしてはじめてひとつのあいドル$が売れるんだ」
小人「例えば『城内彩子』や『飛鳥涼』なんていうのがついたら、文句なしだね」
巨人「そうだなぁ、その時は俺はその株を大量に買うね」

 やっと「ルイ」がダウンしているのに気がつく「巨人」と「小人」

巨人「あっ、こいつもう酔っぱらってやがる」
小人「おいおきろ、こら」
巨人「おまえ、本当に先輩を敬っているのか」
ルイ「敬ってま~~~~~す」

 暗 転 



 「あき」は日記を読み続けている。そしてそのもうひとつの椅子に「亜紀」が座って「あき」のように日記を読んでいる。その前にふたりの男女が現れる。そして映像が流れる。映像は「亜紀」のいるバンドグループのLIVEコンサート。「亜紀」がボーカルで歌っている。LIVEは終了して暗くなっていく。それを観ていたふたりの男女、タレントプロダクション「社長」と敏腕マネージャーの「城内彩子」だ。

社長「うん、君のいうとおりだ。あの娘はいけるぞ、城内くん」
城内「ええ、社長 気に入っていただけてよかったわ」
社長「今年のうちの新人の中で特に完成度がいい。ワンダフル。ビューティフルだよ。きみーっ」
城内「えっ、ええ。歌だけでなく。度胸もありますわ」
社長「どこでこんないい娘を見つけてきたんだい」
城内「『KOUICHI』の紹介でね」
社長「よしかわこういち…。あの娘とはどいうい関係かね。彼は今うちではナンバーワン・アイドルだ。スキャンダルやマスコミのおかずにされちゃ困るよ」
城内「まぁ、まぁ、もう彼らも大人なのよ。それに『KOUICHI』はこんなことでは潰れたりしないわよ。自分とこのタレントを信用しないと」
社長「うーん。わかってはいるが…」
城内「今は昔と違ってタレントは雲の上の神様…っていうわけにはいかなくなったのよ。教室の中にいる人気もののような子がいいのよ。かえってふたりの仲がいいイメージ戦略になるかもね」

 「城内」「社長」を色気で惑わす。

社長「うーん」
城内「それにあの娘は素質十分よ」
社長「そ…そうか」
城内「社長! 私に彼女を任せてもらえませんか」
社長「えーっ。君はいままでミドルクラス以上のタレントしか受け持たないんじゃなかったのかい」
城内「だから、やりたいんです」
社長「やりたい…( 勘違いしている) 」
城内「最初からスターを育てたいと思ったんです」
社長「確かにいままで君の手にかかって大物に育ったタレントは多いが…」
城内「私の夢なんです。ビッグスターをこの手で育てるということが…」
社長「君にしては珍しく新人を観にいこうといってついてきたが、それが目的だったんだなぁ」
城内「えぇ」
社長「まぁ、いいだろう。君は勝手に決めてしまうからなぁ」
城内「ありがとうございます」

 「社長」のところは暗くなり「亜紀」のところが明るくなる。「亜紀」は日記を読み続けている。

亜紀「一〇月一〇日( 木曜日) くもり
   学園際で私はひさびさに燃えました。燃え尽きたと言ったほうがいいかなぁ。でもその後おもいがけない『やつ』がおもいがけない人を連れてきました」
 
「城内」は「亜紀」の日記に対話するようにひとりごとを言う。
城内「あれが『千草亜紀』との出会いだったわ」
亜紀「浩一が連れてきた人は城内彩子という音楽プロダクションのマネージャーさんでした」
城内「私はある日、浩一がいつもいっていた、彼女を見せてもらいにいったの」
亜紀「私は興奮しました。だってプロの人に観られていたなんて…」
城内「はっきりと言って、歌のうまさはたいしたことないと思ったわ」
亜紀「もっとうまく歌えばよかったと後悔しました。どちらかというとあの時はのりでおせおせっていうのでしたから」
城内「でも、彼女には何かあると感じました。そう、人をひきつけるものがあると思ったんです」
亜紀「その夜はずっと眠れませんでした。もしかしたら、私がプロにスカウトされるかもと」
城内「その夜、私はずっと眠れませんでした。私もこの業界にはいって一〇年以上。いままでいろんなタレントと仕事をしてきたけどまだ何かやっていないと」
亜紀「私が日本中の人に注目される。ステージの上でおもいっきり歌が歌えるかも」
城内「あの娘を観たとき、私の中で何かを思い出したようだった」
亜紀「あぁ、神様。これが夢で終わりませんように」
城内「あの娘が私の夢をたくせる娘のような気がしたんです」
 暗くなり、すばやく「城内」退場。舞台明るくなる。そしてまた『株式市場』となる。「亜紀」はまた日記を読み続ける。
AS「セイコ…二百円高。ゴウ…四百円安。アキナ…千円高。ゴロウ…十円安。AKI…五千円高」
ルイ「AKIという新人あいドル$は大穴らしいぜ」
小人「なぜ」
巨人「そういえば、新人にしては異常に高いなぁ」
ルイ「なんでも、あの城内彩子がマネージャーだっていってますよ」
小人/巨人「え~~~~~~っ」
ルイ「彼女が天才スターの器だといって、ぞっこんらしいですよ」
巨人「そうか、そうだったのか」
ルイ「よし、『AKI』を買いだ」
巨人/ 小人/ルイ「AKI…AKIを買え…………」
 暗 転


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