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あいドル$ 2

作/KONOMOTO Satoshi

※この作品は、1992年に池袋小劇場で上演された脚本(+絵コンテ)を2014年版として追加手直ししたものです。


第二幕/小さい「あき」見いつけた


 暗がりの舞台。日記を読みつづけている「あき」と「亜紀」。ふたりは日記を見ながら日記を読むわけでもなく、また読まないでもなく。そう対話で日記を交換していく。



あき「六月三日(土曜日)雨 真実はどこにあるんでしょ。道に落ちてるのでしょうか。理想はどこかに落ちてはないかと探していませんか。正義はどこにありますか。何かを求めるようにさまようあなたの安息の地は見つかりましたか。それは想像を越える想像を体験したときにきっと見つかるでしょう。少年たちは野球というボールを投げるのをやめ、サッカーという球を蹴っています。野球少年はどこにいったのでしょうか。ついでに紙芝居のラッパの音はどこにいったのでしょうか。そして僕は先日。路地裏で懐かしい『過去』を見つけたのです。あなたの探し物は見つかりましたか。僕の探し物は…まだ見つかりません。」

亜紀「六月三日(土曜日)雨 今日は始めての営業の野外ショーでした。あーっ、あーっ。私にできるかなぁ。プロの歌手なんて。社長さんは『きみにはその素質がある』とかしか言わないし、マネージャーは『あなたにはできるよ』だけだし…」 


「あき」日記を読むわけでもなく、また読まないわけでもなく。


あき「できるよ」
亜紀「誰?」
あき「僕の名前は『あき』」
亜紀「わ~っ、私と同じ名前」
あき「僕は あなたのファンです」
亜紀「ワ~ッ、嬉しいわ。でも私まだデビューしてまもないのよ」
あき「わかっているわ。でも僕はあなたを知っています」
亜紀「わかった。バンドの頃のファンね」


 首を振る「あき」


あき「いいえ」
亜紀「じゃあ、中学生の頃同じ学校の人とか」
あき「いいえ、もっと古くから」
亜紀「わからないなぁ」
あき「とにかく。僕はあなたのファンなんです」
亜紀「ありがとう」


 「亜紀」の返事は元気がない。


あき「どうしたの」
亜紀「なんでもない」
あき「不安?」
亜紀「ファン?」
あき「違う、不安かってことよ」
亜紀「不安?」
あき「そう、不安?」
亜紀「不安?」
あき「ふぁん、ふぁん、ふぁん(パトカーのサイレンの真似)。お巡りさんが来たりしてね」

亜紀「あんまり、そう、不安 不安っていわないで。そうでなくても、そう
なってしまうじゃないのよ」
あき「そうね」


 しばらく沈黙するふたり。「あき」唐突に歌を歌う。

あき「小さい『秋』小さい『秋』小さい『あき』見つけた。小さい『秋』、小さい『あ…』(おかしいことに気づく)あれっ?」
亜紀「それ『誰かさんが、誰かさんが、誰かさんが、見つけた』じゃないの」
あき「あれっ?そうだっけ」
亜紀「よく間違えるのね、その歌」
あき「誰がつくったんでしょうね。こんなややっこしい歌」
亜紀「自分が間違えたのに作者のせいにするの」
あき「へへへへへへ」
亜紀「小さい頃から聞いている曲」
あき「知っているのに、知らないもの」
亜紀「えっ?」
あき「ちいさい『あき』。ちいさい『あき』。ちいさい『あき』。見つけた(今度は間違いだと知って歌う)」
亜紀「……」
あき「さーてと帰ろっと」
亜紀「……」
あき「がんばってね」
亜紀「うん」
あき「チャンスを逃がすなよ」
亜紀「うん」
あき「大きなチャンスを掴んでも、それを逃してしまう人もいるから」
亜紀「うん」
あき「大きな『あき』でいてね」
亜紀「うん」
あき「交換日記をありがとう」
亜紀「えっ?」



 「あき」の方のあかりが消える。「亜紀」だけになる。


亜紀「こうかんにっき?」


 暗 転



 舞台の端からふたりの男が登場。白板に丸い椅子持参だ。場所はプロダクション企画会議室。そして「社長」にマルチプランナーの「飛鳥涼」がいる。


飛鳥「今日からスタートする。『シーズン・フォー・プロジェクト』に参加できまして光栄です。私がこの企画のマーケティング戦略を受け持つ『マルチプランナーの飛鳥涼』です」


 拍 手

社長「いやーっ、飛鳥君ありがとう。君が協力してくれることになって、私はなんて幸せなんだ。君が居れば千人力、いや『マンリキ』」

「社長」はそういうやいなやマンリキを出す(動作だけ)。しかし白ける。とまどう「社長」。

飛鳥「いやーっ、そちらには城内彩子さんという素晴らしいマネージャーさんがいるではないですか」
社長「確かに城内君は多くの優秀なタレントを発掘し育ててきた。人材育成
には彼女の才能は目を見張るものがあった。しかし、飛鳥君。これからはマスメディアの時代だよ。素人だろうがなんだろうがこのメディアコントロールしだいで、もう何十年もこの業界にいるように錯覚してしまう。そんな時代になったんだよ。その中でもきみの才能に 私は目を見張っていたんだよ」


 「社長」「飛鳥」の手を握る。


飛鳥「お誉めを頂いて光栄です。(客席の方に向かって)皆さん、これからはメディア・アイドルと呼ばれる時代です。物体のあるアイドルではなくて、情報の中のアイドルですよ。我々のコントロールしだいで、架空のスターを創りだすんですよ」
社長「それはもしかしたら インサイダー取引に引っ掛からないかね」
飛鳥「その為にはどれだけ多くの人の前に彼女らをさらけださせるかです。それには『メディア』です。メディアをいかすのです」


 「社長」「飛鳥」の手を強く握る。顔は恋する人の顔をしている。


飛鳥「メディアのバックアップがあれば、そのタレントは多くの力を得られます。そして自由自在に放送という武器を使えるのです。よければ彼女らの番組を一本つくるのもいいでしょう。このプロジェクトにはすでに『チャンネル・エイト・グループ』のバックアップが取り付けられています。その強力なバックアップをつけた彼女らに他のメディアも協力をおしまないでしょう」


 「社長」「飛鳥」の手をさらに強く握る。「飛鳥」痛がり「社長」の手を離そうとする。


飛鳥「今回のプロジェクトの意図はこの新しいメディアに対応した新人を育
てることです。まず『赤垣葉流』『夏河奈津子』『千草亜紀』の三人のアイドルを売り出します。彼女らのデビュー前の宣伝/CM、レコード・セールス、コンサートプラン、マーケティング戦略から話し合いましょう」
社長「三人?グループですか?このプロジェクトが欲しているのはスターで。アイドルをいくらそろえても…」
飛鳥「その点はご心配ない。それがこれからの時代ですから」
社長「そうですか」
飛鳥「この目的は、三人全てを売る意図ではありません」
社長「どういう意味ですか」
飛鳥「この中のひとりが、成功すればいいのです」
社長「そんなもんかね」
飛鳥「今の時代には、スターがいません。かつては『美空ひばり』『石原裕次郎』そして『山口百恵』等という人達がスターとして輝いていました。しかし、その後が続きませんでした。私の目的はこの時代にあった『スター』を見つけることです。そんじょ、そこらに転がっているものではありません。その為には大量の新人を放出する必要があります」
社長「ずいぶん、過激ですね」
飛鳥「この三人は実験的にみてみるプロトタイプです。この後にメインを考えています。彼女達のサンプルを収集したら、私はこの時代にあった今までに見たこともない『スター』を創って見せましょう。どうです。社長」
社長「もっと早くからきみといっしょにいたかった」


 強く「飛鳥」の手を握る「社長」。「社長」と「飛鳥」の場所は暗くなる。


街中『AKI』のポスターばかり張られる。株式市場では『AKI』の株がぐんぐんあがる。


AS「セイコ…千円高。アキナ…二千円高。トシヒコ…千円安。マサヒコ…五百円高。ゴウ…五百円高。ゴロウ…二十円安。オニャンコ…千円高。AKI…六千円高」
巨人/小人/ ルイ「AKIを買え……….。AKIを」


 城内彩子登場。城内はファッションショーのモデルのように前に出てきて、ぴたりと止まってポーズをつけて。


城内「思い出したわ『彼』を。彼は学生時代からラジオの番組投稿などしていたハガキ職人。しかしいつの間にかその才能を番組のタレントやディレクターに買われて、この業界に来た男。デビューして以来その斬新な企画力で数々の番組制作で成功。今では押しも押されぬ若手放送作家の一人。それだけでなく、彼はチャンネル・エイト・グループのバックアップをフルに使い。作詞だけでなくCM・映画制作・イベントにも参加。メディアの秘蔵っ子 飛鳥 涼…今度は何を企む」


 暗くなり、「赤垣葉流」「夏河奈津子」「亜紀」登場。彼女たちの楽屋。


葉流「私、恐いわ。亜紀」
亜紀「何いってるのよ」
葉流「でもなんだかすごっくあがってしまうのよ。亜紀」
奈津子「へへへへ、アイドルなんてどうでもいいわ。私は有名になりたいだけよ」
亜紀「でも、なんだかおかしいわね」
葉流「人前に立つとあがってしまうのよ。亜紀」
亜紀「心配しないで」
奈津子「かわいい服着て、人前に立ってキャピ キャピ、ブリッ子していればいいのよね」
亜紀「なにいっているのよ」
奈津子「いざとなったら脱ぐわ、私」
葉流「見る目も違っているし…」
奈津子「君達何悩んでいるの」
亜紀「あなたはのうてんきね」
奈津子「私はシリアスな人生なんてまっぴらよ。楽しく生きなくちゃ」
亜紀「あなたのように単純じゃないのよ」
奈津子「複雑にしているのは誰のせい」


 「亜紀」と「奈津子」にらみ合う。


葉流「さっ、あきちゃん、なっちゃん、レッスンの時間よ。先生がきたわよ」


 ダンスの「先生」がやって来る。


先生「さー,皆さん。ちゃんとしましょうね」
全員「はーい」
先生「才能のないものは生き残れませんよ。しっかり練習しましょうね。地道が一番です。この業界はまじめに練習したらきっといいことがありますよ」
全員「はーい」
先生「じゃぁ,はじめましょう」


 ダンスの練習が始まる。しかし、途中で「葉流」がこける。


葉流「きゃっ」
亜紀「あっ、葉流」
先生「だめ、こんなことでは、あなたは立派な『スター』にはなれませんよ」
全員「スター…」
先生「そうスターよ」
 指を高々と指す「先生」
先生「皆さんもほら、見て。あの星を、あれが『アイドルの星』よ」


 (映像) 星が流れる。


奈津子「あっ、流れた。先生、流れちゃいましたよ」
先生「あっと、間違えました皆さん」


 別の方角を指さす先生。


先生「あれこそが『アイドルの星』でした」
奈津子「巨人の星か、ガラスの仮面といったところね」
先生「皆さんもあの星をいつも見てその輝きを忘れないようにしなさい」
奈津子「(いじわるく)曇りや雨の日はどうするんですか」
先生「う…………ん(悩む先生) 」


 いきなり「葉流」の頬を叩く「先生」(誤魔化す)


葉流「きゃっ」
先生「立ちなさい葉流さん」
葉流「…」
先生「そんなことじゃ、あの星に笑われるわよ」
奈津子「つまり、答えられないのね」
葉流「先生」
先生「獅子はわが子を戦塵の谷に落とすといいます。私の愛をわかってください」
全員「せんせーーい」
 全員「先生」に抱きつく。        
                                      
奈津子「ちょっと、臭いかしら」


 音楽がかかりダンスが始まる。
 ダンスが終わると全員解散。



「亜紀」ひとりになる。そこへ「吉川浩一」が登場する。


吉川「よっ、亜紀。元気にやっているか」
亜紀「こういち………っ」
吉川「どうだ調子は? 」
亜紀「まっ、上々ね」
吉川「曲もいい線いっているしなぁ」
亜紀「でも…、私の曲がないわ」
吉川「ン!?」
亜紀「私、バンドの時は自分で作詞作曲してたの。歌うだけではなくて、自分の曲を作るのが好きだったのよ」
吉川「まだおまえは新人だ。いずれ時期が来たら好きなことができるようになるさ」
亜紀「浩一。この業界で働くことができて嬉しいけど…。なんだか…、楽しいのか何だかわからない」
吉川「俺が始めておまえの歌を聞いたとき…」
亜紀「……」
吉川「俺の目から涙がでてきたんだぜ」
亜紀「……」
吉川「それは……」
亜紀「……」
吉川「おまえが音痴だったからさ」
亜紀「こいつ…….」


 逃げる「吉川」追う「亜紀」。じゃれあう二人。そして「吉川」ひとりになる。


吉川「でも、本当は感動したんだ」


 「吉川」の後ろに「城内」がくる。


吉川「俺は亜紀の才能を見込んだからこそ。あんたに推薦したんだ」
城内「わかっているわ」
吉川「亜紀は自分の歌を歌いたがっている」
城内「人気はあがっているわ。キャリアを積めばそれも望みではないわ」
吉川「そうかな。あんたのやり方を見ていると、亜紀を作っているように見えるんだ」
城内「彼女達はまだこの業界を何も知らないヒヨコよ。私達が一から順番に教えなければならないのよ」
吉川「……」
城内「多少そういう感じを受けるかもしれないけど。これはビジネスよ。売れなければ、この世界には居られないのよ」
吉川「……」
城内「あなたも人のことを構っていられないわよ。あなたもそのひとりだからよ。去年のスターが今年は別のスターに代わられる。ファンは移り変わりが激しいのよ」
吉川「歌がよければファンはついてくる」
城内「そう、そういうファンはねぇ、ほんの一握り。本来のファンはねぇ、暇を持て余し、パッションを求めて群がってくると考えたほうがいいわ(ゾンビのような仕草)。そしてその中心となるのがあなた達よ。そう、あなた達は社会のぞんびプログラムに合わせて踊る人形のようなものなのよ(操り人形)」
吉川「はっきりいうな」
城内「ごめんなさい」
吉川「何かあったのか。あんたにしては…いつもと違うな」
城内「えぇ、そうよ。一番『亜紀』の才能を知っているはこの私よ。でもそれをどうしようもできないほど複雑なものなのよ。世の中って」
吉川「それが本音だな」
城内「私の夢はねぇ。私の手で『大スター』を育てることなのよ」
吉川「自分がやりたいことをやるにはどうすればいいんだ」
城内「耐えることね。時間が来るまで」
吉川「他には…」
城内「それができないというのなら…、あきらめることね」


 立ち去る「城内」の後姿に向かって「吉川」が叫ぶ。


吉川「好きなだけじゃ、何もできないのか」


 暗 転。






第三幕/夢をおいていませんか?

 
 「あき」は相変わらず日記を読み続けている。そこへ「亜紀」が日記をもってやって来る。またはふたりの対話での交換日記が始まる。


あき「七月五日(日曜日)曇り
   かれこれ、どれくらいなるでしょうか。そうまるで、砂漠の中を歩いているような衝動にかられる自分のところは時間の支配する世界。自由は時間によって鎖で縛られ、心は狂気という名の爪でずたずたに引き裂かれ、私を悪夢に誘い込む。僕は路地裏で『懐かしい』ものを見つけました。あなたの探しているものは見つかりましたか。私の探しているものは……まだ見つかりそうにありません。」


亜紀「七月五日(日曜日)曇り
   今日は久しぶりのオフ。何をしようか考えつきません。とにかく洗濯にお掃除。あっ、それから街で洋服を買いたいなぁ。書き溜めた作詞の続きもしなくちゃ。あーっ、あれやこれやでやりたいことばかり。もう何も考えたくない。眠ることだけ考えよう。ぐーっ(寝る)」


 「あき」は「亜紀」を揺り動かすしぐさをする。


あき「亜紀」
亜紀「えっ、あっ?」
あき「亜紀。僕だよ」
亜紀「あなたは、あの時の…」
あき「『あき』でーす」
亜紀「どうしたの?」
あき「あなたに会いに来たの」
亜紀「でも、どうしてここが…」
あき「あなたのことなら何でも知っているって言ったでしょ」
亜紀「ここは夢の中なの」
あき「そうとも言えるわ」
亜紀「あなたは誰なの」
あき「『あき』って言ったでしょ」
亜紀「えっ、えぇ、そうじゃなくて…」
あき「それより、どう調子は…」
亜紀「別に…」
あき「楽しんでいる、芸能人」
亜紀「えぇ、まぁ、そうね。歌う仕事ができるっていいわねぇ。夢が実現したね」
あき「ある人が言っていたわ」
亜紀「えっ?」
あき「『それになるのは優しい。でもなりつづけるのは難しい』って。ロバート・キャパだっけ?」
亜紀「……」
あき「今のあなたは何かが欠けているわ」
亜紀「何が…」
あき「さぁ、自分で探しなさい。僕が答えてもつまんないでしょう」
亜紀「バンドの頃が懐かしいわ」
あき「そうね。輝いていた」
亜紀「今は…」
あき「今も輝いているわよ。勿論」
亜紀「ありがとう」
あき「でも、あの頃のあなたが一番好きだったわ」
亜紀「今は…」
あき「今も好きだけど。うーんと、なんていうか。一番じゃないことは確かね」
亜紀「あなた、誰なの。私のことを本当によく知っている」
あき「あなたのファンのひとりよ」
亜紀「そんな感じがしない。そうあなたに会うと何か懐かしい気がするのよ」
あき「だって僕たち知り合いですもの」
亜紀「えっ?」
あき「あなたの生活の中に謎があってもいいじゃない。でも、いつかわかるわ…。いつかね。じゃぁ、あまり居ると悪いから、帰るね、バイバイ」
亜紀「バイバイ、また来てくれる」
あき「そうね」


 暗 転 …「亜紀」の方だけ灯がつく。眠っている「亜紀」。目覚める。

亜紀「眠る方法を考えていたら。なんだか懐かしいものに出会ったみたい」

目の前に傘を見つける。


亜紀「忘れ物?…。あの娘のもの」


 「亜紀」傘を指して立ち去ろうとする。「あき」のところに灯がつく。


あき「何かを置き忘れていませんか?」
亜紀「えっ?」


 振り替える「亜紀」
 暗 転



「先生」「葉流」「奈津子」「亜紀」が登場。


先生「今日はみなさんとレッスンをしましょうね」
奈津子「先生、今日は何をするんですか」
先生「何がしたいんですか」
奈津子「(冗談っぽく)私は絵がかきたいですね」
先生「(奈津子の冗談に対して皮肉っぽく)奈津子さんはクリエーターさんね」
亜紀「この前はダンスで、次は作詞、そして音楽づくり。でも何をやっても為にならない。奈津子さんは飽きっぽいのね」
奈津子「多才だといってほしいわ」
亜紀「『ださい』というほうがぴったりだわ」
奈津子「なにーっ」


 「奈津子」「亜紀」睨み合う。


奈津子「売れている娘はいいわね」
亜紀「結局、才能がないのよ」
奈津子「私はつくることが好きなだけよ」
先生「そうね。才能がある。ないじゃなく。何か一生懸命っていいわね」
葉流「一生懸命」
奈津子「私は才能はあるわ」
亜紀「どんな?」
奈津子「つきを呼ぶのも才能のうちっていうでしょ」


 腰を振り、明るく振る舞う「奈津子」


先生「それは腰つきでしょ」
亜紀「あなたのその明るさは才能のひとつね」
奈津子「だって信じたくないでしょ」
亜紀「……」
奈津子「ここまできて…」
先生「……」
奈津子「才能がないなんて…」
葉流「……」
奈津子「そのことに気がつくなんて…」


 全員沈黙


先生「私は信じます」
奈津子「……」
先生「自分の可能性を…」
亜紀「……」
先生「私も昔は アイドルでした。目の前に前髪たらしたチャンスがやってきました。私は、どうしょうかと迷いました。その迷いのまま、私はアイドルになってしまいました。しかし私は迷い続けました。本当にアイドルとしてうまくやれるのか。私はそんなことばかりに時間を費やして肝心の歌を歌うことを忘れてしまったのでした。今考えると私はその選択をしていなかったのです。その責任逃れの為に、私は迷路というストーリーを育ててしまったのです。すると『チャンスの神さま』はいってしまいました。後ろは坊主だったのです。私は余りにも選択に時間を掛け過ぎたのです。私は時間に負けたのです。私の失ったものは大きかったのです」
葉流「先生!」
先生「でも、私は信じます。自分の可能性を…」
奈津子「先生」
先生「私の才能は 『自分の可能性を信じることです』」
全員「せいせーい」


 暗 転



「飛鳥」登場。何かのレポートを書いている。

飛鳥「葉流は、才能はあるが気が小さい。いざと言う時はその才能を出し切れていない。奈津子は、度胸はあるがいまひとつ…っと。そして亜紀 … 亜紀はおもわぬ掘り出し物かも…っと」


 「城内」登場する。
                                        
城内「飛鳥くん、毎日忙しそうね」
飛鳥「彩さん、こんにちわ」
城内「どうプロジェクトうまくいっている」
飛鳥「えぇ、やはり彩さんの目には狂いがありませんでした。あの千草亜紀という娘は思った以上の掘り出しものですよ」
城内「楽しそうね」
飛鳥「えぇ。楽しいですよ」
城内「何がそんなに楽しいの?」
飛鳥「あの娘たちが思った以上の成果をとってくれるからですよ」
城内「成果?」
飛鳥「えぇ、あの娘たちは我々に重要なデータ結果を提供してくれますから」
城内「まるでコンピュータの言葉ね」


 「社長」登場。


社長「飛鳥くんは今大事なお仕事をしているんだよ」
城内「社長」
社長「彼の仕事は我々の考えなどおよびもつかないものだよ」
城内「社長の頭ならおおよその想像がつきますけどねぇ」
飛鳥「そう、金・女・仕事をどうやったら増やすか」
社長「はははははは…。バカ!」
飛鳥「そんな、短い物差しでは確かに計れないね」
社長「飛鳥くん」
飛鳥「しかし、あなたはどうかな」


 「飛鳥」「城内」を見る。「社長」そのふたりの視線の間に入る。


社長「まっ、ここは穏便に。仕事仲間じゃないか」
飛鳥「私の仕事の邪魔をしないでくださいね。彩さん」
城内「あなたのやっていることが危険でなければね」


 「飛鳥」「城内」にらみ合いながら左右に退場。真ん中に立っている「社長」叫ぶ。


社長「オーケー。オーケー。イッツ・ショー・タイム」


 ボクシグのゴングの鐘がなる。


SE「カーーーーーン!」


 暗 転



 落ち込んでいる「葉流」。そこへ「奈津子」と「亜紀」が登場。


亜紀「どうしたの葉流」
奈津子「また、ホームシック」
葉流「なんだか、声が出なくて」
亜紀「はい、喉飴。沢山あるわよ」


 ばらばらと、ポケットから飴がこぼれ落ちる。


奈津子「やめなさいよ。あんたの世話好きは…。葉流も迷惑よ」
亜紀「なんですって…」
葉流「ありがとう。私の為に…」
亜紀「葉流」
奈津子「別に…」
葉流「私にはこの世界は向いていないんだわ」
亜紀「そんなことないわよ。もっと気を大きくもったら、すぐトップの仲間入りよ」
葉流「ほんと? 」
亜紀「ほんとよ」
葉流「あぁ、でもあの歌じゃだめだわ」
亜紀「何故」
葉流「私のじゃないからよ」
奈津子「じゃぁ、なんだったらいいの」
葉流「わかんない」
奈津子「結局、やりたくないのね」


 「葉流」小さく首を立てに振る。しかし、言葉は行動とは別の事を言う。


葉流「そんなんじゃ」
奈津子「あなたがそう思っていなくても。あなたの本心はそう思っているわ」


 うじうじしている「葉流」。それを見ている「奈津子」。いきなり立ち上がる。


奈津子「ばかにしないで…」
葉流「えっ? 」
奈津子「そう毎度毎度、うじうじして…。自分ばかり悲劇のヒロインの真似なんかしないでよ」
葉流「……」
亜紀「奈津子いいすぎよ」
奈津子「私たち暇じゃないのよ。それにみんな競争して一番になろうとしているのよ。いつまでもこの娘のわがままに付き合っている時間なんてないはずよ」
葉流「ごめんなさい」
奈津子「そう、ごめんなさい、ごめんなさい。あなたはいつもその言葉ばかり」
葉流「ごめんなさい」
奈津子「行きましょう、亜紀。私たちこの娘に時間を取られ過ぎたみたい」
 
 吐き捨てるように言う「奈津子」。それを見ている「飛鳥」登場。「亜紀」 はいなくなり、「奈津子」と「葉流」にスポットがあたる。


葉流「なっちゃん怒っちゃったね。まっ、しかたないか。なっちゃんが怒るのもわかるわ」
奈津子「私たち、落ちこぼれといったところね」
葉流「……」
奈津子「亜紀はいまでは人気ナンバーワンのアイドル。チャンスをものにした」
葉流「……」
奈津子「私たちは、こうまだ彼女のようには、ならないわね」
葉流「……」
奈津子「才能があるって羨ましいわ」
葉流「……」
奈津子「私も亜紀やあなたのような才能があったらといつも羨ましがっていた」
葉流「……」
奈津子「でも、私は負けないわよ」
葉流「……」
奈津子「つきを呼ぶのも才能のひとつというでしょ」


 腰を振る「奈津子」


奈津子「そしてもう一つの才能は『自分の可能性を信じる』才能よ」
葉流「……」
奈津子「だから、私一生懸命やるわ。あなたたちに負けないわよ」

去ろうとする「奈津子」。ゆっくり「葉流」の方を振り向く。


奈津子「でも、やっぱり、あなた達が羨ましいわ。じゃあね」


 「奈津子」去る。「飛鳥」メモに書く。


飛鳥「『奈津子』覚醒する。三人に新たな反応の兆しが現れ始める…っと。にやり」


 「飛鳥」闇に消える。ひとり残る「葉流」。沈黙している「葉流」。しかし突然立ち上がる。


葉流「えっ、何…?  あなたは誰なの…? ハル? 」


 誰もいないはずの闇に向かって語る「葉流」


葉流「ファン? …… えっ? そう、そう、うん、うん …… 私は元気よ …… ありがとう …… えっ、忘れ物?  …… 夢を置き忘れているって… …… 何、これ?  …… こうかんにっき? …… あの頃のもうひとりの自分? 」


 暗 転。



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