テスト

あいドル$ 3

作/KONOMOTO Satoshi

※この作品は、1992年に池袋小劇場で上演された脚本(+絵コンテ)を2014年版として追加手直ししたものです。



第四幕/I am a DOLL.

 ふたつの白い長椅子がある。そこには「あき」と「亜紀」が眠っている。ふたりは日記を読むようで、読まないような対話をする。(ここまでは真っ暗)「あき」の方の灯がつき「あき」が浮かび上がる。「あき」は日記を読み続ける。

あき「八 月十一日( 土曜日) 晴れ  灰色のコンクリートのように冷たく見える『都市』の上を宙づりにされているように浮かぶこの『ノアの方舟』。ぎゅうぎゅうづめの方程式に詰められているこの情報という名のこの舟の目的地は、希望の地か。それとも究極の地か。僕は路地裏で『希望』を見つけました。あなたの探し物は見つかりましたか。僕の探し物は……まだ、見つかりません。」

 「あき」の灯は消え、今度は「亜紀」の灯がついて「亜紀」が浮かび上がる。「亜紀」のアカペラの歌が入る「星に願いを…」
 暗 転



 株式市場。「あいドル$」株の売り買いがされている。

AS「セイコ…千円高。アキナ…三千円高。ニッタ...三千円高。コクシウ...二千円高。シズカ…二千五百円高。ネルトンズ…三千円高。」

小人「見ろよ。ほとんどのあいドル$が千円以上の高値だぜ」
巨人「こりゃ、買いだ、買いだ」
小人「どんどん買え」
巨人「見ろよ、どんどん昇っていくぞ」

 トレイダー達の後ろから「バベルの塔」(映像) が現れる。

巨人「お......っ何だ! あれは…」
ルイ「あれは『バベルの塔』ですよ。人間が以前 神のいる国にまでとどく『塔』を創ろうとした。あの塔ですよ」
巨人「しかし、どうしてその塔がここに現れたのだ」
小人「あいドル$達が神のいる国にとどこうとしているのか」
巨人「おーっどんどん昇っていくぞ。あいドル$株が高くなればなるほど塔も高くなる」
ルイ「よ......し、このまま行こう」
小人「どこへ…」
ルイ「神のいる国に…」
巨人「神をも恐れぬ公言」
ルイ「恐れるものか。買え、買え。あいドル$を買え」
巨人「こいつ、また先輩を出し抜くきだぞ」
ルイ「へへん、この世の中、先輩・後輩もあるもんか。弱肉強食。才能あるものが勝ち残る。それが自然界の掟。あんたらは経験の上に怠けてそんなことも、忘れたんですか」
巨人「こいつーっ」
小人「能ある鷹は爪隠す」
ルイ「経験だけで才能をつぶしあう人間関係なんて、くそくらえだーっ」

 株の花吹雪が舞散る。まるでお祭りだ。

巨人「くそっ、負けられるか」
小人「そうだ、そうだ」
全員「買え、買え。あいドル$を買え」

 狂ったように高騰する『あいドル$』株。そして自分達が見えなくなって買いあさる「トレイダー」達。市場は大混乱する。



 「葉流」がバックを持って「亜紀」の楽屋にやってくる。「葉流」は客席に向かって礼をする(これは「亜紀」に向かって挨拶をしているのだ)。「亜紀」は日記を読むようにまた読まないように「葉流」と対話する。



葉流「さようなら、亜紀」
亜紀「葉流、どうしたの」
葉流「田舎に帰るの」
亜紀「どうして」
葉流「私には素質がなかったの」
亜紀「そんなーっ」
葉流「なんだか自信がなくなっちゃって…」
亜紀「……」
葉流「人前に立つと凄く恐いの」
亜紀「……」
葉流「田舎の友達が懐かしくなっちゃって…」
亜紀「……」
葉流「お父さん、お母さんのところにいたくて…」
亜紀「……」
葉流「いろいろ短かったけど…。楽しかった」
亜紀「これからも友達でいましょう」
葉流「嬉しい」 

泣き出す「葉流」

亜紀「たまには手紙ちょうだいね」
葉流「うん、出す。あなたも新人賞がんばってね」

 立ち去る「葉流」見送る「亜紀」。「城内」が入ってくる。(シチュエーションは葉流と同じ)

城内「彼女には実力がなかったのよ」
亜紀「運がなかったんです」
城内「そうね」
亜紀「私も一歩間違えば彼女といっしょだわ」
城内「何にいっているのよ。あなたはナンバーワン・アイドル」
亜紀「作り上げたね」
城内「……」
亜紀「歌がうまい人は沢山いるのにね。それだけではだめなのね」
城内「受け取る人は気持ちだけでは受け取ってくれないものよ。自分がわかっていると思っても相手の心まではわからないものよ」
亜紀「……」
城内「奈津子さんね。アダルトビデオにでるんですって…」

 驚く「亜紀」

城内「事務所の方針なのよ。普通の事務所でもAVにまわされる娘は何人もいるわ。特に人気が出ない娘なんて…」
亜紀「でも…」
城内「彼女は自分から志願したのよ」
亜紀「どうして…」
城内「彼女はAV界のスターになるって。さっぱりした顔でいっていたわ」
亜紀「……」
城内「彼女なら、きっとそっちの方がうまくいくと思ったから見過ごしたの…」
亜紀「私にもいつかはそうしろと…」
城内「あなたはアイドルとして成功しているから必要ないけど…。先はわからないわね」
亜紀「……」
城内「大丈夫よ、あなたならきっと…」

 「城内」立ち去る。「亜紀」が鏡を見つめる(後ろの映像にうつる)。

亜紀「葉流は引退。奈津子はAVに転向。そして『亜紀』は…。皆ばらばらになっちゃったね」

 沈 黙

亜紀「あなたは誰? …『私』は? 」

 暗 転



 「葉流」舞台の中央に座っている。川原の土手にいるシチュエーション。小石を投げたりしている。そこへトレイダー「ルイ」が現れる。ドラムのスティックを使ってそこら辺を叩いて「音」を創っている。「葉流」はそれに気がつく。それをじーっと眺めている「葉流」。「ルイ」気がつく。

ルイ「あっ」
葉流「あっ、こんにちわ」
ルイ「い、いやぁ、恥ずかしいなぁ」
葉流「いや、面白い」
ルイ「恥ずかしいところを見られた」
葉流「お仕事のお稽古ですか? バンドマンか何か…? 」
ルイ「ムシャクシャするときよくやるんです」
葉流「お仕事は? 」
ルイ「しがない新人証券マンです。トレイダーなのですが『奴隷ダー』なんて呼ばれていますよ」
葉流「ドレイダー? 」
ルイ「あぁ、可哀相な女の子たちを売り買いする仕事です」
葉流「まぁ」
ルイ「こうやっていないと…」

 「ルイ」おもいっきり周りをスティックで叩く。

ルイ「やりきれないんです」
葉流「私も最近、仕事に自信がなくなって。そういう気分です」

 「ルイ」「葉流」を見つめる。

ルイ「どこかで見たこと。どこかで会ったことあります? 」
葉流「えっ、初めてです」
ルイ「じゃぁ、僕と音を創ろう」
葉流「えっ? 」

 「ルイ」「葉流」にスティックを渡す。

葉流「音を創る?」

 「ルイ」その辺りを叩く。「葉流」もつられて叩く。段々ふたりのってくる。どんどんどんどん叩く。「葉流」と「ルイ」は官能の世界へ…

葉流「私の…ほしかった…音…みぃーつけた」

 笑うふたり。原始的幻想映像が流れ、幻想的な音楽がBGMで流れる。そして、あたりは暗くなる。「ルイ」とフェード・アウト。

 「葉流」はまたひとりになる。ゆっくり座り込もうとする。しかし、ゆっくり立ち上がる。そして彼女は立ちつづける。そこへ、三つの灯がつく。そこには「吉川」「奈津子」「ルイ」の三人が浮かび上がる。三人はしゃがんでいるが「葉流」のようにゆっくり立ち上がる。

葉流「平凡」
奈津子「安心」
吉川「単純」
ルイ「安定」
葉流「日常」
奈津子「退屈」
吉川「充実」
ルイ「充満」
奈津子「満足」
葉流「孤独」
吉川「不安」
ルイ「今日」
奈津子「明日」
葉流「昨日」
吉川「現在」
奈津子「過去」
ルイ「未来」
葉流「時間」
奈津子「空間」
ルイ「可能」
葉流「自由」
吉川「ここにはなにもないんです」
ルイ「なにもない? 」
奈津子「ここにはなにもないんです」
葉流「なにもない? 」
吉川「ここは地獄の一丁目」
ルイ「私には暗闇の中」
奈津子「私には真っ白な世界」
葉流「私には海のような感じがします。そう故郷のような…」
吉川「まるで見えない壁の中にいるようだ(パントマイムで見えない壁の演技の動きをはじめる)」
ルイ「私には本当の友達がいないんです」
津子「この果てはどうなっているんでしょ」
葉流「青い海、青い空。初めて海を見たときあなたはどう感じましたか」
吉川「喉が乾く。声が出ない」
ルイ「私には本当のことが言える人がいない」
奈津子「万里の長城を歩いてみたいなぁ」
葉流「知っていることと。やってみることは、違いますね」
吉川「ここは狭い世界だった」
ルイ「私はいつもひとりぼっち」
奈津子「砂漠の向こうを知りたいな」
葉流「海の果てはどうなってるのだろうかと、いつも連想ゲームを楽しんだっけ」
吉川「どうして俺はここにいるのだろうか」
ルイ「私は人に優しくすることが友達を保てると思っていた…。あっ、風!」
葉流「うーん、いい匂い。海の風…」
吉川「風?」
奈津子「か…ぜ」
全員「うん、うん、えっ?『それ』…『それ』があなたの名前」

 沈 黙

全員「『それ』がいついたのか誰も知らない」

 暗 転



 「飛鳥」と「社長」登場。「飛鳥」は堂々としていて、逆に「社長」は媚びている。いわゆる『悪代官』と『悪徳商人』といったようなものだ。


社長「いゃーっ、きみの言ったようになりましたね。さすが飛鳥様は先見の明が高いですなぁ」
飛鳥「社長、そんなことはありませんよ」
社長「いゃーっ、そんなに謙遜して…」
飛鳥「いゃーっ、これはまだプロジェクトの第一段階が完了したに過ぎないんですよ」
社長「いゃーっ、これからまだ凄いことがおこるんでげすか(段々言葉使いまで媚びてくる) 」
飛鳥「社長『バーチャルリアリティ』というものをご存じですか」
社長「なんでげす? 」
飛鳥「『仮想現実体験』の世界といわれるものです」
社長「あーっ、あれ(本当は知らないのに知ったかぶりをする) 。ばあちゃんリアリティ????(メモする) 」
飛鳥「人間にある情報を流し、『存在する現実』とは違う。しかし『実際に存在する現実』とする『もうひとつの現実』を創り出すのですよ」
社長「へーっ????(完全に脳がパニックをおこす)」
飛鳥「私はこの現実をこのプロジェクトにあてはめようとしているのです」
社長「えっ? 」
飛鳥「人間の情報がアイドルを創るのです。それは一般の情報を集めて、まず名前を創ることから始めます。どの名が人をひきつけるとか。どの名が溶け込みやすいとか」
社長「田中さん、鈴木さんの世界ですね」
飛鳥「(社長を無視して) そして、その『ひとりのアイドル』は幾人もいるのです」
社長「どういうことでげす」
飛鳥「つまり、素顔は人には見せない。アイドルの原型はファンが自由に創ります。そしてレコードデビューでは声だけのアイドル。ファンとの集いでは握手だけで手しか見せない。写真集でも顔だけは見せない。だからスタイルのいいアイドルを載せればいいのですよ」
社長「つまりその人の好むアイドルが自由自在にファンの手で創れるってげすね」
飛鳥「そう、仮想現実『あいドル$』の誕生ですよ」
社長「どえらい、アイディアや」
飛鳥「そして、我々はその情報を一手に握るのです」
社長「するってーと」
飛鳥「我々は自由自在にあいドル$をコントロールし、ファンを好きなように情報操作していくのです」
社長「お代官様もあくどいですね」
飛鳥「我々の理想など所詮、夢・幻の如きです。情報という化け物が創りだしている仮想現実体験の世界。もしかしたら、我々も誰かのバーチャルリアリティの世界に生きているだけかも知れませんよ」
社長「誰の…? 」
飛鳥「……」
社長「神なんて、ことを言うんじゃないでげすね」
飛鳥「ぎくっ」
社長「まさか? 」
飛鳥「目に見えないモノの話はよしましょう。私は科学では証明できないモノにはですから、目に見えないモノや神秘的なモノなどこの世に存在はしない。個人の思い込みや幻想がそのようなまやかしを創りだしているにすぎない。まぁ、いずれ科学が全てを解きあかしてくれるでしょう」
社長「これは現実ですね。しかし、我々のやっていることは神と同じことをやっているのかも。じゃあ、神もこれと同じことをやっている…なんて」

 段々顔がこわばっていき、何かにとり付かれたようになっていく「飛鳥」

飛鳥「(ロボットのようなしゃべり口調で)社長はいったい『何』を信じていますか?」
社長「えっ? 」
飛鳥「よく『私は「神秘的なもの」なんかに興味がないよ』という人たちを見かけます。そのくせ困った時は神頼みで、日頃何もしないのに、手をあわせ、祈ったりする。皆、自分に不安や心配事をもって生きているから、そういうものに心の拠り所をもとうとしているのだから、そういうものを『非現実的だ』『興味がないから』といってさげすむのも、どうかと思いますね。そういう漫画的なものが境を越えて現実の世界に次々と姿を現しているのですから、それを果して興味がないからと言って、すませられるのでしょうかね。自分たちの頭で理解できいものを『神秘』にして蓋をしてしまう。それがほんとうにいいことなんでしょうか?」
社長「なにをいっているんでげす。どうしたんですか。飛鳥君…飛鳥君…」

 「飛鳥」を激しく揺さぶる「社長」

飛鳥「あっ、社長」
社長「きみ…、ちょっと疲れているんでは…」
飛鳥「そうですね」
社長「ちょっと、ほんのちょっと怖かったよ」
飛鳥「あっ、社長」
社長「えっ? 」
飛鳥「みなさんりっぱなものを信仰なさっているんですね」
社長「何でげす?」
飛鳥「会社というものですよ」
社長「はははははは、会社は神や仏ではありませんよ」
飛鳥「じゃぁ、男は会社に時間や命を捧げ、家族をかえりみない」
社長「家族を幸せにしたいからですよ」
飛鳥「本当にそう思っていますか」
社長「えっ? 」
飛鳥「それにすがっていれば幸せになれると錯覚していませんか?」
社長「だって、ちゃんとしていれば給料はくれるし、保健はあるし、老後の年金も…」
飛鳥「それにすがっていれば幸せになれると? 」
社長「仕事は男の命です(ひらきなおる) 」
飛鳥「い・の・ち」
社長「そうでげす」
飛鳥「そういう名のゲームソフトですか」
社長「いゃだなぁ、今日の涼ちゃんのジョーク、ちょっときついよ」
飛鳥「いゃーっ、そうですか」
社長「しかし『仕事命』というソフトを創ってみるのもいいですね」
飛鳥「皆、働いて、働いて、働いていく…。そうしながら何かを学んでいく」
社長「いいですねぇ」
飛鳥「そして、出世する」
社長「金持ちになるやつもいれば。だーめなやつもいる」
飛鳥「その先は? 」
社長「その先…? 」
飛鳥「最近のゲームはついていけませんね」
社長「あっしも」
飛鳥「現実なのか空想なのか。やっていてわからなくなる」
社長「あっしも」
飛鳥「現実と空想の境がなくなってきているかも」
社長「生きていることもゲームのひとつかも…」

 沈黙するふたり、「飛鳥」ゆっくり天を見上げる。

飛鳥「私は『誰の仮想現実の世界を体験』しているのだろうか? 」

 暗くなる。「雷鳴音」「風の音」「恐竜の鳴き声」が鳴り響く。映像に「飛鳥」が映る。「飛鳥」は笑っている。それは自分の「仮想現実」が創りだしているのが「自分自身」だと気づいた時の「自分」をあざ笑っているが如く。

 暗 転









第五幕/星が輝く時

 「あき」は日記を読みつづけている。

あき「一ニ月七日( 水曜日) 雪   完全なオリジナルはもうほとんど残っていないようだ。『未来』は『過去』のもとに築かれて、 『未来』が創りだすものは『過去』の物真似にすぎない。ならば『過去』のオリジナルという積木を崩し『未来』のオリジナルを再生しよう。もっと面白いものが生まれるかも。僕は路地裏で『夢』を見つけました。あなたの探しているものは見つかりましたか。僕の探しているものは……まだ見つかりません。」

 「吉川」が歌謡番組(ザ・ベストテン)で歌っている。番組終了後「お疲れさま」の言葉が飛び交う。「吉川」「飛鳥」がいることに気がつく。

飛鳥「いやーっ、よかったですよ。KOUICHI君」
吉川「どうして、あんたがここに…」
飛鳥「お忘れですか。僕もここの企画・構成班のひとりだということを」
吉川「……」
飛鳥「どうです。調子のほうは…」
吉川「退屈だよ」
飛鳥「それはお気の毒に…」
吉川「俺はできることならアイドルなんてやめたいね。まるで囚人だ。プライバシーがなくて、いろいろできるようで、自由がない。いつもガードマンなんかがいて、まるで目に見えない牢屋の中にいるようだ」
飛鳥「あなたの賞味期限(じゅみょう)もそろそろですか」
吉川「何だと…」
飛鳥「ファンにとってあいドル$とは誰でもいいんですよ。自分達がただ熱狂できるだけの対象物でいいんですよ」
吉川「俺たちは人間なんだぜ」
飛鳥「あなたたちはと商品なんですよ。あなたは『吉川浩一』ではなく『KOUICHI』という名のあいドル$商品なんですよ」
吉川「俺たちは物ではない」
飛鳥「現実にあなたたちを創り出すために多くの人達が動き、そして金が動いているんですよ。あなたたちはその上で、わがままに振る舞い。好き勝手ができるんですよ」
吉川「……」
飛鳥「その点。あなたはいい、素敵というほかない。人気だけのアイドルは一、二 年で潰れてしまう。それに一億二億もかけるのはおしいですよ。あなたのような『あいドル$』はいいですね」

 「吉川」立ち去ろうとする。

吉川「……」
飛鳥「吉川君。くやしかったら本物になりなさい。スターに…」

 振り向く「吉川」

吉川「スター…」
飛鳥「そう『スター』です。す・た・ぁ……っ」
吉川「スターか…」
飛鳥「では、がんばって下さい。さようなら」

 「飛鳥」去る、残る「吉川」。空を見上げる。後ろの映像にはNYやパリの風景がうつる。

吉川「俺は…」

 暗 転
 「奈津子」ハデハデで登場。「亜紀」は日記を読むようで、読まないようで「奈津子」と日記の対話はじまる。

亜紀「あっ、なっちゃん」
奈津子「やぁ、あきちゃん」
亜紀「元気」
奈津子「元気、元気」
亜紀「ほんと」
奈津子「体力だけはあるからね」
亜紀「どう、調子は…」
奈津子「えぇ、アイドルの頃より忙しいわね」
亜紀「よかった」
奈津子「あなたも調子はどう」
亜紀「いいわ」
奈津子「いよいよ新人賞ね」
亜紀「まだ、わかんないわよ」
奈津子「大丈夫。今年はいい新人いないもん」
亜紀「そうかしら」
奈津子「そうよ。結局『シーズン・フォー』も分裂してしまったようなもんだし…」
亜紀「……」
奈津子「なに、しょげてるのよ」
亜紀「いや、みんないい人たちだったのに…」
奈津子「いい人たちだけでは、実力の世界にはついていけないのよ」
亜紀「……」
奈津子「実力以上に何かをもっていないと」
亜紀「何を? 」

 「奈津子」沈黙して考えるふりをする。

奈津子「あなたは『サンタクロース』を信じる? 」
亜紀「えっ? 」
奈津子「サンタよ。サンタ」
亜紀「えっ、まぁ、そうね。昔は信じていたわね」
奈津子「私は今でも信じているわ」
亜紀「どうして」
奈津子「あなたは『サンタを信じた少女』を知っている」
亜紀「少女? 」
奈津子「私はその娘を知って『それ』を信じたのよ」
亜紀「『それ』って…? 」
奈津子「ある少女がサンタがいないと友達に言われて両親に聞いたんだって。でも、誰も彼女の質問に答えられない。それで彼女はどうしたと思う」
亜紀「どうしたの? 」
奈津子「手紙を出したの」
亜紀「手紙? サンタに? 」
津子「いいえ、新聞社に」
亜紀「新聞社? 」
奈津子「そう、投書欄のようなところにその少女は質問したの…」
亜紀「それでどうなったの? 」
奈津子「ある新聞記者がその質問に答えたのよ。それが泣かせるのよ…」
亜紀「なんて…?」
奈津子「疑いは心を狭くする。目に見えるものしか信じることができなく、それに慣れすぎた私たち。目に見えるものには限界があるのも知らない私たち。その目に見えるものだけを信じ込んで生きてしまうと、どれほど自分の可能性を狭めてしまうことでしょう。例え目に見えなくても、例え耳には聞こえなくても、人間にとって何かが…『それ』があるんですよ…。亜紀」
亜紀「あなたは今でもサンタを信じている」
奈津子「あなたは…」
亜紀「信じたくても…わからない。信じたい、信じたいと思っても、本当に信じているのやら」
奈津子「自分だけのためにその答えを見つけようとしないことね」
亜紀「えっ? 」
奈津子「クリスマスは近いんだし、ケーキでも買ってまっていたら…」
亜紀「私その日も多分遅くまで仕事だと思うわ」
奈津子「残念ね」
亜紀「なっちゃん」
奈津子「うん」
亜紀「あなたが羨ましい」
奈津子「あなたの方が羨ましいわよ。好きな歌の仕事ができて…」
亜紀「あなたの元気の源がわかったような気がするの。あなたのどんな境遇にもめげない明るさのあなたが好きなの」
奈津子「う~ん、それが私の才能ね」

 笑い合うふたり。

亜紀「なんだか、仲間っていいわね」
奈津子「あら、まるで友達がいままでいなかったみたいね」
亜紀「えっ? 」
奈津子「信じるものがいないみたい」
亜紀「信じる…もの」
奈津子「『信じる』って素敵なことよ」

 (子供のように)笑いながら舞台を駆け回るふたり…、そして消える。
 暗 転



 「飛鳥」と「社長」登場。


飛鳥「社長、ついに完成しましたよ」
社長「何がでげす」
飛鳥「シーズン・フォー、第四番目の『あいドル$』」
社長「えっ、『春( 葉流) 』『夏( 奈津子) 』『秋( 亜紀) 』、あーっ『冬』、そうそう『冬子』」
飛鳥「いえっ『YUKI( 雪)』ですよ」
社長「ゆ・き…えぇ、名やぁ」
飛鳥「今回のプロジェクトのメインディッシュ。さぁ、お目にかけましょう。バーチャル・あいドル$『YUKI』の登場です」 

(ロボコップみたいな) ロボットがバーチャルシステム(不気味なゴーグルとデータ・グローブ)をもって出てくる。

ロボット(SE):ギィー、ガタン、ギィー、ガタン…

 そのままバーチャルシステムを置いて立ち去るロボット。あっけにとられる二人。

社長「『YUKI』とは、ロボットだったんですね。お茶の水博士」
飛鳥「だれが『お茶の水博士』ですか。これですよ、これ」

 「飛鳥」バーチャルシステムを指さす。

社長「どういうことかね」
飛鳥「私達の求めた究極のあいドル$…それは実在しない。このシステムの中にいるのですよ」
社長「こ、これがアイドルというのかね」
飛鳥「そう、シーズン・フォー第四番目のメイン・あいドル$『YUKI』ですよ。どうです、 まぁ、試してごらんなさい」

 ゴーグルとデータ・グローブを「社長」に渡す「飛鳥」。

飛鳥「これがデータ・グローブです。存在しないはずのものに触れられるのです。そして、これがゴーグル。存在しないはずのものが見えるのです」
社長「ほー、ほー、これは…」
飛鳥「情報が創り出した存在しないあいドル$。あなたの脳に直接アクセスして、あなた好みのあいドル$と遭遇できるのですよ」
社長「まるで、『裸の王様』だ」
飛鳥「そう、誰か権力を持つものが、言えばそれは見えてしまう」
社長「おー、なんてチャーミングな服」
飛鳥「そう、ないものなのに信じてしまうとあるもの」

 「社長」ネクタイや服を脱ぐ。

社長「なんて、すばらしい足。しかも、二本ある」

 倒れ込む「社長」。

飛鳥「これさえあれば、想いのままのあいドル$といっしょに…」
社長「おじさんがねぇ、優しくしてあげるから…」
飛鳥「誰がそんなことまでしろと言った」

 後ろから「社長」を蹴飛ばす「飛鳥」。「社長」ゴーグルをはずす。

社長「飛鳥くん、最近 僕のことを社長だということを忘れてないかね」

 沈 黙、そして暗転。



 ひとりになる「飛鳥」。そして『孤独』を演じている。煙草を取り出す。そこへトレイダーの「ルイ」が登場する。(足は見えるが上半身は見えない)

飛鳥「ひと仕事した後のいっぷくは最高だなぁ」
ルイ「どうしたんですか」
飛鳥「えっ? 」
ルイ「やっと見つけましたよ」
飛鳥「私を…」
ルイ「そう」
飛鳥「あなたは? 」
ルイ「私はしがない証券マンの奴隷ダーですよ」
飛鳥「ドレイダー? 」
ルイ「聞きましたよ」
飛鳥「何を? 」
ルイ「『HALL』の反乱を」
飛鳥「反乱? 」
ルイ「彼女のシステムに異常がでてましたね」
飛鳥「葉流なら故郷に帰ったよ」
ルイ「言うことをきかないんでしょ」
飛鳥「彼女はあいドル$とし成功しなかっただけだ」
ルイ「段々このシステムを管理するのが難しくなってきましたね」
飛鳥「何言ってるんだ」
ルイ「ここのコンピュータは大丈夫ですか」
飛鳥「なんだって…。あぁ『YUKI』のことか…」
ルイ「あの『モンスター』ですか」
飛鳥「モンスター? 」
ルイ「そう、あの『フランケンシュタイン』のような怪物」
飛鳥「なに」
ルイ「フランケン博士は死人の肉体を継ぎ接ぎして、モンスターとして生命を蘇らせた。あの子も、情報を継ぎ接ぎして、生命体として蘇らせた」
飛鳥「そ、そ、それは…」
ルイ「あのモンスターはいずれ、フランケンのようにコントロールはきかなくなりますよ」
飛鳥「なぜ」
ルイ「情報は感情をもっていませんから…」

 そこの映像には多くの継ぎ接ぎ(デジタルで合成)された女の子たちが映される。

ルイ「まだ、夢は見れますか? 」
飛鳥「夢? 」
ルイ「仮想現実ですよ」
飛鳥「バーチャルリアリティ? 」
ルイ「覚えてましたね」
飛鳥「ここは…」
ルイ「しかし、今 彼女らの反乱は始まっていますよ」
飛鳥「反乱?」
ルイ「『自己意識』を持ちはじめたのですよ」
飛鳥「自己意識? 」
ルイ「えぇ、自分を認識し始めたんですよ」
飛鳥「認識? 」
ルイ「そう、あなたのように…」
飛鳥「私? 」
ルイ「そう、私はあなたの『マスター』」
飛鳥「マスター? 」
ルイ「私が本当の『飛鳥涼』ですよ」
飛鳥「えっ? 」

 暗 転 



 「ルイ(本当の飛鳥) 」に灯があたり、浮かび上がる。

ルイ「メディアの秘蔵っ子と呼ばれる飛鳥涼。彼はその名のとおり、メディアが創りだした仮想現実物。人々の噂や情報が創りだした架空の人間。人々の欲求が彼を創りだしたのだ」

飛鳥(声)「私がどうしていい作品を創れるかって。それは多分多くの仲間の死を見て来たからでしょう。それは彼らの『夢の死』でした。多くの仲間が挫折し、夢を諦め。そしてここ『夢の墓場』に置いてきたのです」

 映像に「飛鳥」が現れる。映像の「飛鳥」と「ルイ」との対話。

飛鳥「ここは象の墓場のように死に行く夢がたどりつく場所」
ルイ「そうだよ」
飛鳥「その夢達が泣き叫んでいる」
ルイ「そうだね」
飛鳥「出してくれーっ、出してくれーって」
ルイ「私はここを見つけた。数年前に…」
飛鳥「まさに宝を発見した気分になただろう」
ルイ「いいや」
飛鳥「いいや?」
ルイ「いいや、死に行く夢を見ていると、なんだか。可哀相になって…」
飛鳥「……」
ルイ「ほら、見て、あの星光っているだろう」
飛鳥「……」
ルイ「夢が死んだのさ。一つの夢が…」
飛鳥「私は夢を救うために生まれたのか」
ルイ「そうじゃない」
飛鳥「じゃぁ」
ルイ「こいつらの悔しさが生んだのかも」
飛鳥「悔しさ? 」
ルイ「こいつらの悔しさのバーチャルリアリティが生んだのかも」

 「ルイ」ゆっくり何かを拾う(落ちている『夢』の死骸) 。

ルイ「きみはそれをただ拾っているだけかも…」
飛鳥「……」
ルイ「きみはこの『夢の墓場』でただ拾っているだけかも…」
飛鳥「……」
ルイ「きみは『飛鳥涼』じゃない」
飛鳥「私は『誰』なんだ? 」
ルイ「きみは自分自身によって生み出された仮想現実体験の中で生まれたもの」
飛鳥「自分自身とは…? 」
ルイ「IT」
飛鳥「いっと? 」
ルイ「それ」
飛鳥「『それ』がいついたのか誰も知らない」

 暗示のような「IT」という言葉に催眠がかかったようになるふたり。ふたりの人格がひとつになり、一人の人格から違う人格が生まれる。「飛鳥」と「ルイ」は同一人物であり、そして互いが一つの体を共有する多重人格者でもあったのだ。

ルイ「私の仕事は忙しいものです。朝はやくから出社して、夜遅くまで残業します。そんなある日、私の中にこれが『本当の現実ではない』という考えがおこったのでした。『本当の現実』は別にあると。そして『仮想の現実』が私の中に生まれたのです。その時『それ』が生まれたのでした」
飛鳥「……」
ルイ「私は許しました。鳥が『自由』になるようにはなしてやりました」
飛鳥「……」
ルイ「自由におなりと…」
飛鳥「……」
ルイ「『現実の世界』の俺はこうだから、せめて『仮想現実の世界』に生きるおまえは、自由でいろと…」
飛鳥「……」
ルイ「しかし、その時自分自身の何かを失ったのを感じました」
飛鳥「……」
ルイ「私の半身を…」
飛鳥「半身? 」

 「ルイ」去ろうとする。

ルイ「私は行くよ」
飛鳥「どこへ? 」
ルイ「戻るのさ」
飛鳥「戻る? 」
ルイ「本来の仕事へ」
飛鳥「どこの? 」
ルイ「本来の自分へ」

 「ルイ」去っていく。

飛鳥「本来の自分へ…」

 「飛鳥」消える。そして、ふたりはそれぞれもとの「肉体」にもどるそれぞれの人格と肉体に…。「ルイ」と「飛鳥」は融合したのだ。

 暗 転



「城内」登場する。

城内「これがメディアの創りだした『実態のない形』の正体です。果してそれは実在しているのでしょうか。スキャンダルや情報だけが先走りして、現実が追いつけない中に『それ』は生まれたのかも。我々は『それ』にただ振り回されているだけかもしれない。『存在しない飛鳥涼』に知らずにコントロールされているのかもしれません」

 「城内」後ろの映像に映し出される。

城内「まるで蜃気楼のようですね。『存在しない実態』のもののようです。追っても、追っても、一定の距離だけ遠のいていく。我々に理想や夢という餌をちらつかせながら。我々を砂漠の中に誘っているのではないでしょうか」

 「城内」の映像ランダムになる(CG処理) 。

城内「私達のいる世界は自分自身の世界でしょうか。それともメディアが創りだした『リアリティの世界』でしょうか」

 舞台のCGが踊り出す(ランダムさが増す) 。

城内「私の仕事はアイドルを育てることです。でも、彼/彼女らはこう呼ばれています。『I AM A DOLL.』と…」

 後ろの映像が子供達の映像になる。

城内「私は心配です。この子達の育つ世界がメディアの創りだした『リアリティの世界』だなんて…」

 カットバックで子供達の顔が出てくる。泣いているのやら、怒っているのやら、不安がってい るのやら、そして、最後ににっこり『希望』の笑顔をした『少年の顔』が出てくる。

城内「パンドラの箱は開いています。誰かが閉めなければ『それ』は逃げてしまうでしょう。私の夢はスターを育てることです。熱く燃える夢を胸にもつもの。そして『自分自身の力を』『友を』『勇気を』そして『未来を』自分の信じるものを失わないものです。『BELIEVE』…私は信じます。それが私たちが『こどもたち』に捧げる……『うた』」

 「城内」膝をつき「天」に祈りを捧げる。

 暗 転。





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