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ガイ 3



第四幕/感覚器官メディア
  

            

 「イチ」登場。 留守電の発信音と同時に録音されたものが再生される。

SE: ピィ...............ツ( 発信音)

イ チ「電車を下りると『忠犬ハチ公』。 いろんな人が待っている。 そこにはいろんな人がいるようで、いないのかもしれない。 誰もがみんな透明人間。 いるのに誰も気がつかない。自分自身がただまっているだけでなく、発信することから始めよう。 自分はここにいるのだと。 I'M HERE.  僕はここにいる。 透明人間が叫び始めたとき、僕は見えはじめる。 誰もが皆透明人間。 誰かを待っているだけ、叫ばなければ始まらない。 自分の存在を叫び続けなければ、自分は存在しない。 多くの人がいるから自分はいるのだと。 僕が叫び始めると向こうから君が… 僕らは『渋谷』の街に消えていく。 魂のいるところに…」

 「ニーナ」登場。


●スクリーンには街の風景が映る(アニメ)

                                       

イ チ「もう、日本に来てどれくらいなる」

ニーナ「3年かな」

イ チ「どう、日本は?」

ニーナ「ソウソウね」

イ チ「ソウソウか…。 どうして、日本に来たんだ」

ニーナ「勉強しにね。 私、向こうではデザイナーです。 こっちでは日本語とコンピュータの勉強にきたね。 日本進んでいる国、わたしたいへん勉強になった」

イ チ「東京以外にはいったの…」

ニーナ「お金ないね…」


●スクリーンには若者たちが映る(アニメ)

                                         

イ チ「きみといると彼らが遠くに感じるよ」

ニーナ「どうして…」

イ チ「同じところなのに違う時間にいるようだから…」

ニーナ「わたし、日本嫌いね」

イ チ「…」

ニーナ「でも、イチ好きね」

イ チ「…」

ニーナ「イチ。 どうして戦わない」

イ チ「戦う?」

ニーナ「最近のイチ、戦わない」

イ チ「戦うって…」

ニーナ「以前は何かに向かっていたようだった、でも今のイチそれがない」

イ チ「そうか」

ニーナ「逃げている」

イ チ「逃げている。 何に?」

ニーナ「現実に」

 しばらく「ニーナ」の顔をみつめる「イチ」 

                                        

イ チ「逃げるしかない」

ニーナ「どうして?」

イ チ「俺には俺の考えがある」

ニーナ「返事になってない」

イ チ「今は逃げるしかないと思っている」

ニーナ「どうして?」

イ チ「勝ち目はないからさ」

ニーナ「何に…?」

イ チ「現実に…」

ニーナ「じゃあ、どこか他の国にいったら。 アメリカにいきたいって言ってたじゃない」

イ チ「そいつはできない。 今は…」

ニーナ「どうして?」

イ チ「俺は生まれた故郷を遠く離れてきた」

ニーナ「…」

イ チ「これ以上、離れたくないんだ」

ニーナ「ホームシック」

イ チ「いや、自分の故郷を逃げてきたから、これ以上逃げたくないんだ」

ニーナ「…」

イ チ「ここはおれの国だから…」

ニーナ「あなたの国…」

 「ニーナ」だけ退場。


●スクリーンには多くの「外人」が街を歩いている(アニメ)


 「イチ」も映像の「外人」達に話かけられる。 片言ではなす「イチ」「外人」は去っていく。

イ チ「なんだか、俺だけ違う国にいるようだぜ、目の前に日本人がいるのに、そうでないような。 思わず『助けてくれ』って叫びたい気分だぜ。 誰か彼らのことを教えてくれって…。 ここは本当に俺の国だろうか…」

 「ピアノ」が登場。 「イチ」はひとつの電灯の下に立つ。 そこで「ピアノ」に電話をかける。 電話が鳴り、受話器を取る「ピアノ」。 「イチ」「ピアノ」を強く抱く(ふたりとも受話器をもったまま)

                                     

ピアノ「また…、劇団やめちまって、舞台をおりて…、観客からはなれて…」

イ チ「ここが俺の新しい舞台さ。 これがスポットライトで街がステージさ。 俺はここから始まるんだ」

 「ピアノ」も強く「イチ」を抱く(ふたりとも受話器をもったまま)

                                       

ピアノ「ふふふ」

イ チ「なにがおかしいだ」

ピアノ「あなたって、かわいいんですもの」

イ チ「かわいい?」

 「ピアノ」と「イチ」離れる(ふたりとも受話器をもったまま)

                                                                            ピアノ「あなたを見ていると…ここの人達にあいそうもない…、でも、この街には合ってるね。 素敵よイチ…。 でも、わたしには合わない…。 わたしにはついていけない。さぁ、行きましょ」

イ チ「どこへ…」

ピアノ「飲みによ、私じゃ不足」

イ チ「いや」

ピアノ「さぁ、行きましょう。 恰好つけやさん」

 ふたり携帯電話を切る、そして「ピアノ」退場。




 入れ替わりに今度はまた「ニーナ」登場。

ニーナ「さようなら、イチ」

イ チ「あっ、行ってしまうのか、ニーナ」

ニーナ「えぇ、タイ、わたしの故郷。 もどります」

イ チ「気をつけてな…」

ニーナ「えぇ。 とても、楽しかった」

イ チ「あぁ」

ニーナ「私もただ、あわれににげまわっていただけだった。 でも、あなたに会えて…。 これが最後になるかもしれないから…ありがとう」

イ チ「縁があったらまた逢おう」

 「ニーナ」退場。 再びうしろから「ピアノ」登場。 「ピアノ」は携帯電話をもっている。

イ チ「僕は人と別れるのがへただ。 もしかしたら、もう一生あえないかも…と、思うとつい、それを避けたがる」

ピアノ「別れも、とっても素敵なことよ。 出会いという人との行事があり、別れという人との行事があります。 どちらも素敵な関係だよ。 出会いが素敵で、別れがいやだとは思わない方がいいわよ。 別れをいやがっていたら、出会いもおこらないよ」

イ チ「ピアノ」

ピアノ「なに?」

イ チ「いや、後ではなすよ」

ピアノ「さようなら…。 わたし、結婚します…。 つきあっている彼にプロポーズされたの…」

イ チ「…」

ピアノ「これは私の決めたことよ」

 「ピアノ」一度は携帯電話を仕舞おうとして、再び取り上げる。

ピアノ「ねぇ、私を遠くにつれてってくれる…」

 「ピアノ」はそう言って携帯電話を切り、そして退場する。 入れ替わり「エン」登場。そこは「イチ」のアパート。


●スクリーン/「イチ」の部屋の映像(アニメ)

                                        

エ ン「なぁ、イチ」

イ チ「ン? 」

エ ン「おまえうちの会社にこないか、知ってるとおり今人手不足なんだ。 おまえが来てくれたら、助かる」

イ チ「兄貴、俺、就職しないよ」

エ ン「おまえ、今いくつなんだ」

イ チ「二五かな」

エ ン「二五、言うたらもうりっぱな社会人じゃないか。 いつまでも夢なんて追ってないで」

イ チ「俺にはやりたいことがあるんだ」

エ ン「おまえのようなひよっこに何ができる」

イ チ「おれはやりたいことをやる」

エ ン「やりたいことってなんだ。 どこにあるんだ。 おまえは本当は、世間や、社会や、仕事から逃げたがっているだけじゃないのか。 いろんな自分の責任から… もっと現実的になれ。 おれはおまえが羨ましい。 おれは長男だ。 そういうことはできない。 しかし、兄としておまえの行動には賛成できない。 戻ってこい、『家』に…」

イ チ「なにもかもすんだら、後でいうよ。 兄貴」

 静かに酒を飲む「エン」

イ チ「みんな新しい時代のエネルギーの中にいきています。 でも、僕はアジアの片隅で小さく震えているだけ…です」

 「エン」退場。 「イチ」こっちを見ているダンボールに気がつく。

イ チ「何だ、こら…」

 「タオ」「イチ」に近づき、一枚の写真を出す。

                                        

イ チ「ン?、あっ、これは俺とマリアだ。 あんた…」

タ オ「マリアは俺の友人さ」

イ チ「えっ?」

タ オ「俺はこの中で暮らすことによって自由を手に入れた。 そして俺は世界中を旅して絵を書いている自由な女性に出会って、仲良くなった」

イ チ「マリアは元気ですか」

タ オ「あぁ、彼女は今オーストラリアで自然の絵を描いているよ」

イ チ「そうか」

タ オ「彼女が尋ねてきたとき、おまえの写真をいやというほど見せられていたんだ。 もし、たまたまここをとおったらこれを渡してくれって彼女に言われていたんだよ」

 「タオ」「イチ」に絵を渡す。

タ オ「人の縁とは不思議なものだなぁ」

イ チ「えっ?」

タ オ「おまえはどうして、ここにいるんだ」

イ チ「どうして…?」

タ オ「俺にはおまえには目標がさだまっていないようにみえるよ。 やりたいことはやっているが何かがずれている。 俺は自分を表現するためにやっている」

イ チ「自分を…」

タ オ「おまえにはいい出会いがあるし、多くの仲間が集まってくるだろ。 それを大切にしろ」

 「タオ」立ち去ろうとする。

                                      

タ オ「えーっと、それからマリアからのことずけもあったんだ」

イ チ「なんて…」

タ オ「『夢』のない冒険には『意味』がない…って」

イ チ「えっ?」

タ オ「『意味』がない冒険にも『夢』がない。 意味なんてないよ」

 「タオ」歩きだす(退場)。  入れ替わりに「呂」「スコア」登場。

スコア 「なぁ、呂。 面白い遊びしないか」

呂  「なんです」

スコア 「ちょっと、まってね」

 「呂」はパソコンをだして、キーボードをたたく。 画面には「マタハリ」というキーワードが打ち込まれる。

                                       

呂  「マタハリ」

スコア 「そう、『マタハリ』だよ」

呂  「なんです」

スコア 「昔、戦争があって、その時代にかわいそうな女がいたんだ。 その女は今でいう『スパイ』だったんだが、でも、本当は『スパイ』ではなかったんだ」

呂  「えっ?」

スコア 「女は生きていくため、多くの軍人に近づき、そしてその『秘密』を知っただけ。 それが、当局からは『二重スパイ』として危険視されるはめになった」

呂  「二重スパイ」

スコア 「その女の周りに多くの『噂』がひとり歩きをし、その女を『スパイ』としてしまった。 そしてその女は生贄として銃殺されてしまったのだよ」

呂  「かわいそう」

スコア 「でも、そのお蔭で、彼女は『伝説』として残ったのだよ。 女スパイの代名詞として…」

呂  「伝説」

スコア 「そう、僕はいまその『伝説』を復活させようと思うんだ」

 「スコア」はパソコンをだして、キーボードをたたく。 異常な音がしだす。


●スクリーンには不気味な『クロノX・垓』登場(アニメ)。


呂  「なんです。 これは…」

スコア 「どうだい。かわいい子だろう」

 「オペラ」登場。 「オペラ」は色香をつかって「呂」を誘惑する。 「オペラ」のお尻から「蜘蛛の糸」が出ていて、その「糸」が「呂」を絡める。 「オペラ」は段々激しく「呂」を誘惑する。

呂  「これは…」

スコア 「いつも僕のパソコンに連絡をくれるんだ」

呂  「あーっ(頭をおさえる)」

スコア 「そして、楽しい会話をして…」

呂  「あーっ」

スコア 「外で会う約束をするんだ」


●「クロノX・垓」は都市図になる(アニメ)

●「都市図」はネットワーク図になる(アニメ)

●「ネットワーーク図」は「蜘蛛の巣」になる(アニメ)



 「留守電」がなりだす。

呂  「あーっ」

スコア 「でも、いつも僕は彼女に会えない。 いつまで待っても彼女はこない」

呂  「あーっ」

スコア 「だから…。 僕が彼女をつくるんだ。 そして永遠にこの中に閉じ込めるんだ」

SV1「助けて~」

SV2「私はだれ」

SV3「心が苦しいよ~」

SV4「人生がつまらないよ~」

SV5「僕の魂が『ネットワーク』に捕まった」

SV6「誰でもいいから私の気持ちを聴いて…」

呂  「あーっ」

スコア 「マタハリは永遠に僕のものになるんだ」

呂  「うわーっ」

 「オペラ」の「蜘蛛の巣」に捕まる「呂」は彼女の毒牙にかかり、「呂」失神する。

スコア 「君も彼女に会えばわかるよ。 彼女がどれだけ素晴らしい女性かということを…」

 暗 転。


●スクリーンに「黒いピーターパン」登場(アニメ)

●ピータ「男と女が『意識』を交わす方法はまず、手と手から始まり、次に口と口が絡まり、最後に性器と性器が交じり合う。 しかし、もうそんな必要はない。ネットワークで『脳』と『脳』を繋げれば…。 そしてそれすらもいらなくなり『テレパシー』と呼ばれるもので繋がりあえば…。 『全て』が『ひとつ』になる。 そう、それが『人類』が求めていたものだよ。 今『人類』はその『最終段階』にはいったのだよ」


 「留守電」がなる。

SV(母の声)「もしもし『イチ』。 お母さんだよ。 元気にしてるかい。いつも留守だね。 いつも一方通行だね。 たまには返事をよこしな。『元気』な声を聞かせておくれ、田舎に帰ってこないかい…」

 「イチ」登場。



イ チ「母さん、僕は小さい頃からよく『家出』をしていました。 そして母さん、僕にとって『故郷』を飛び出すことが一番大きな『家出』なのです。 そして母さん、僕が返事をしない理由。 それは自分が一人前になってからだと思っています。 今の僕はまだ『弱い』のです。 母さんの『声』を聞くと戻りたくなるのです。」

SV(母の声)「イッちゃん、もう夕方だから、戻ってらっしゃい。 かくれんぼはもうお終いよ」

SE:去り行く下駄の音。 豆腐屋のラッパの音などが響く。

イ チ「でも、まだ、僕の戻れる故郷はないんです」

 再び「留守電」がなりだす。

SV「黒いピーターパンが子供をさらっていくよ。 まだ、彼は子供の心を大人たちに返さないよ。」

●「黒いピーター」が笑っている(アニメ)

SV「子供の心を取り戻せ!」

 暗 転。







第五幕/シナプス・シティー
                

 「イチ」「レイ」登場。 留守電の発信音と同時に録音されたものが再生される。 

SE: ピィ..................ツ( 発信音)  

レ イ「自分が小さい頃、よく『お地蔵さん』たちのそばでいつもいっしょに遊んだものでした。 大人になっていろんな人に出会って、最近その人達がその地蔵さんたちのような気がしてきたのです」



イ チ「更に僕はいつも遊んでいた地蔵さんたちの中で一際大きく立っている地蔵を思い出した。 あれは『不動妙王』だったんだと自分が小さい頃から多くの地蔵と遊び、そして守られてきたことを悟りました」

レイ/イチ「『平井』目黄色の不動妙王自分が多くの愛につつまれているような気がした、そして多くの人を愛せるような気がした。 子供の頃遊んだ『記憶』が蘇ってきます。 彼らはいつもにこにこ笑っています。 いつもあたたかく迎えてくれます。 そして教えてくれます。 これが『やさしさ』なんだと」



 ふたりは酒を酌み交わす。

レ イ「イチ、アルバイトみつかったって…」

イ チ「あぁ」

レ イ「そう。 うちのバイトにはこないか…」

イ チ「いって何ができる」

レ イ「まっ、血をとっての検体かマウスの飼育ってとこかな」

イ チ「そんなのできるか…」

レ イ「で、バイトの内容は…」

イ チ「イベントの裏方」

レ イ「あんまりかわらないんじゃない」

イ チ「一応、夢は映画監督かプロデューサーだからな、裏を見てみたいと思ってたんだ」

レ イ「役者になるんじゃなかったの」

イ チ「役者として成功して 映画監督になるんだよ」

レ イ「へーっ、イチに夢があったとは以外ねぇ」

イ チ「そうか」

レ イ「ただふらふらしてるだけかと思ったから…」

イ チ「それはよけいだよ」

レ イ「夢ねぇ…」

 沈 黙。

イ チ「夢やぶれしもの…(つぶやくように)」

レ イ「ん?」

イ チ「今はただいるだけの…『俺』」

レ イ「なにいっているのよ」

イ チ「まだ未来の可能をもったあんたには悪いが…俺にも夢があったんだよ」

レ イ「なにいってんのよ。あんた私よりも若いし、さっきまで『夢』を語っていたんじゃないの」

イ チ「俺は夢を追ってニューヨークへ行ったことがあるんだ。 そこでいろんなことをやったよ。 でも『夢』よりも喰うことが精一杯だった。 アルバイトばかりだった。 でもニューヨークは面白かった。 そんな中でも生きていけた。 『夢』を喰っても生きていけた。 でもここでは『夢』も喰えない。 ただつまらい仕事をして生きていくだけ、毎日がつまらなかった。俺はただ生きているだけだった。 実は俺はもう二五、『夢』を追ってるなんてのに自信がないし、自分の追っていた『夢』がわからなくなってきたんだ。 若い頃のような情熱で『夢』を追うないてのもないし…」

 スクリーンに「黒いピーターパン」が登場。

●黒いピーターパンは「林檎」を食べている。 (アニメ)しかしその林檎には「夢」という文字が書いてある。



レ イ「どうして、もどってきたのよ」

イ チ「…」

レ イ「どうしたの」

イ チ「我ながら馬鹿らしいことさ」

レ イ「なんだよ」

イ チ「女だよ」

レ イ「えっ?」

イ チ「惚れた女を探しに来たんだよ」

レ イ「やるねぇー」

イ チ「何が…」

レ イ「好きな女を探しに夢を捨てる。 なかなかできることじゃないよ」

イ チ「…」

レ イ「なんだよ」

イ チ「自分が小さい頃創った『あいどる(アバター)』がいる。 それは『理想』や『憧れ』を全て偶像化した『女の子』だった。 男は架空の中でその子を追う。 いつか現実に現れることを、いつか、振り向いてくれることを。 だから男は他の女の子を好きになれなかった。 その子が消えないかぎり…。 おかしな話さ。 自分が子供の頃、『憧れ』や『理想』を一つのイメージにしてしまった。 そしていつの間にかそのことを真実と思い込んでいた」

レ イ「私も男にふられたことがあるよ。 でも、そのこのことが忘れられない。 いや、心の中では『あいどる』として存在してきた」

レ イ「わかってくれるか…」

イ チ「わかるとも…」

レ イ「でもな、俺はその『女』にニューヨークであったんだ」

イ チ「よかったじゃないの」

レ イ「ところが彼女は『日本』に帰っていった。 何も言わずに…」

イ チ「そうなの、だから日本に帰ってきたの…で、名前は…」

レ イ「マタハリ」

イ チ「えっ?」

 暗 転。


●社交界の風景。男と女がダンスを踊っている。(アニメ)


 「マタハリ(オペラ)」が登場。 多くの男の目をひく。 そこへ「呂」が登場する。

                                        

呂  「レディー、どうか私と踊ってください」

マタハリ「喜んで…」

 ふたり踊る。踊りが終わって二人っきりになる。

呂  「私は『ろ いたん』というものです」

マタハリ「ロイターさん」

呂 「はい、ある通信会社を営んでいます」

マタハリ「私は『マタハリ』です」

呂  「おーっ、ではあの美女で有名な。 お噂は伺っています」

マタハリ「お世辞がお上手ですこと」

呂  「お世辞ではございません。 私は通信を使ってあらゆる『情報』を入手して、それをニュースの材料として新聞社などに売っています」

マタハリ「ニュースの商人…あなたがあの有名な…」

呂  「そう、そして私はあなたの正体も知っています」

マタハリ「正体?」

呂  「そう、あなたは二重スパイだということです」

マタハリ「ほほほほほほ、面白いことをいう人。 あなたは探偵になれますわ」

呂  「そう、噂があるんですよ。 あなたが望む、望まないに係わらず」

マタハリ「名探偵さん、噂で私を疑うんですか」

呂  「この街では『それ』が全てなのですよ。 あなたも気をつけたほうがいいのです」

マタハリ「何をです…」

呂  「噂がひとり歩きをしていると…。 『マタハリ』がひとり歩きをしていると…」

 ふたり退場。

 「レイ」「ゴッホ」登場。 「ゴッホ」はテレビのリモコンをスイッチを押して遊んでいる。

レ イ「准教授」

ゴッホ「なんだね」

レ イ「なんだか、変な感じがしてきました」

ゴッホ「それはどんな感じかね」

レ イ「何だか私の意識が…」

ゴッホ「意識が…」

レ イ「数字になっていくような…」

ゴッホ「数字」

レ イ「そうなんです。 一生懸命、『言葉』を喋ろうとしても『言葉』としてでてこないし簡単な『言葉』でも、思い出そうとしても思い出せない、私の『記憶』が『言葉』以外のもの…そう『数字』になっていくような…。 まるで、エレベーターの中にいるように 各階のデジタル表示のカウントを見ているように『世界』がどんどん流れて見えるのです。 そうまるで、多重人格のように『意識』がどんどん変わっていくようです」

ゴッホ「気のせいだよ…」

レ イ「そうですか。 でもこの世界は数字に支配されているようですよ。いや『数字』が世界を創りだしているのかも…。  E=MC2…」

ゴッホ「アインシュタインの相対瀬理論か?… うーん…彼もそうだが、もっと古い古文書のようなものだよ。 そこに文字という記号によって紙の上に記録されたもの…」

レ イ「カミ? 神がそういったと…」

ゴッホ「うーん…そうじゃないが…、そうじゃないが…(考える)忘れた。 私も惚けてきたのかなぁ、記憶が…記録された文字の記号が…数字に変換されてしまったようだ」

レ イ「准教授の場合はただの『ぼけ』では…」

ゴッホ「まぁ、彼らは葬られてしまったが、彼らの意志はいまも残っている。 我々は彼らの言うとおり『数字』の世界で生活している。 お金、偏差値…。 今その『数字』達が『デジタル』となり、ネットワークと化して一つに繋がろうとしている」

レ イ「情報ハイウエイ」

ゴッホ「見ろ、この街を…」


●関東の地図、そこにネットワークの図がかぶさる。


ゴッホ「これは何に似ている。シナプスに似ていないか」

レ イ「シナプス?」

ゴッホ「神経系統さ。 今『数字』達は神経を得て、意識を持ちはじめたのさ」

 「ゴッホ」はリモコンを押して遊ぶ。


●スクリーンには「オペラ」が映る。


  彼女は催眠術に掛かったように、そして彼女は段々「黒いピーターパン」になっていくのだ(実写の「オペラ」の姿がアニメになっていく)



レ イ「意識」

ゴッホ「そして、この『神経』はこの街を中心にしている。 いやこの『街』を中心にして、脳化しているのだよ。 この街は生きている、この街は意識をもっているんだよ。 肉体を持たないけれども、いくつもの意識をもちはじめている」

レ イ「肉体を持たない意識」

ゴッホ「そして、今、君達は逆に肉体が失われた意識となっている」

レ イ「私たちの肉体が失われている」

ゴッホ「そうさ、君達は肉体があることを忘れはじめているのさ。 それは本当にデータ化している証拠。 体験を知らない子供たち。 怪我や喧嘩をしないかわりに、ゲームで人殺しを楽しむ。一体一の喧嘩(タイマン)勝負をしないかわり、多人数で一人をいじめる。 ゲーム感覚で…」

レ イ「ゲーム感覚」

ゴッホ「君達の神経が『数字』になっていっているのだよ」

レ イ「私たちが…」

ゴッホ「肉体を持たない『ネットワーク』と肉体を感じなくなった『我々』の『意識』が今何処かで、ひとつにつながろうとしている」


●「黒いピーターパン」は再び「オペラ」に戻って、眠りにつく(さっきと逆で アニメから実写へ)


ゴッホ「おーっ、これは…」

レ イ「何です」

ゴッホ「これは…、『意味』を喪失した女」

レ イ「意味?」

ゴッホ「『意味』がないのだよ」

レ イ「意味がない」

ゴッホ「いや、『意味』…がない。 『意味』を失っている、でも、それに気がつかないで『意味』を探そうとしているんだよ」

レ イ「どんな『意味』ですか」

ゴッホ「どうせ『人生』とか『夢』とかだろう。 見ろ」


●「オペラ」の身体図とネットワーク図がシンクロする(アニメ)


ゴッホ「この女にある『満足』『豊かさ』が表面を創っているが、内面では大きな『不安』が息づいている。 そのうち一気に吹き出して、ぼろい精神の壁を突き破るぞ。 蟻の穴のがもうすでに空いているようだ。 この『不安』が彼女の『生きる意味』や『何のため』なんてものを飲み込んでしまい『空洞化』になるだろうよ」

レ イ「なんでもわかるんですね」

ゴッホ「これさえあれば…。 でも、レイ君。 恐ろしいと思わないか」

レ イ「えっ?」

ゴッホ「このような女。この『街』では増えているということが…」

レ イ「『意味』を失った女。 『意味』を失ったことすら気がつかないで探しつづける女」

ゴッホ「まるで…、砂漠のようだ」

 「レイ」退場。 (舞台にいる)「オペラ」目覚める。

オペラ「今、私の夢の中に入ってきたね。 狂気の夢に…」

 「ゴッホ」退場。 「タオ」「イチ」登場。

                                       

タ オ「こ、これ…」 

 手には一枚の『女の子』の絵。


                                       

イ チ「これは、何か見覚えがある」

タ オ「お前の書いた絵だからさ」

イ チ「あーっ、小学生のころかいた覚えがある。 どうしてお前が…」

タ オ「それが、お前の求めていた『女の子』だよ」

イ チ「えっ?」

タ オ「お前は、理想や憧れをひとつの絵に託したんだよ」

イ チ「託した」

タ オ「自分の創りだした『女の子』に恋をしたんだよ」

イ チ「俺の追っていた女性は…」

タ オ「架空の中で追っていたんだよ。 いつか現実に現れるまで…」

イ チ「はははははは、でたらめだ」

タ オ「狂気の夢を見ていたんだよ」

イ チ「そんな…」

 「ピアノ」「イチ」に近づき、引っぱたく。 そして去っていく。

イ チ「ふられた時に始めて好きになった。 その娘が僕の現実となった。 その娘が僕の『アイドル』となった」

 「タオ」退場。

 入れ替わりに今度は「マリア」が登場する。彼女はスケッチをしている。

イ チ「マリア」

マリア 「ねぇ、イチ。 これがこの街の『生命維持装置』なのよ」

イ チ「えっ?」

マリア 「この木はもう、永くこの『街』に存在している。 この木はもう岩石のように硬い木。 でもこの木がこの『街』の『生命』なのですよ。 この木に花が咲く時『生命』が生まれ、この木が枯れる時この『街』は終わる。 アフリカにはこの『星』の『生命の樹木』があるのそうよ。 でも、その『大樹』が今にも枯れようとしている話を… この木から聞かされたわ」

イ チ「マリア」

マリア 「ねぇ、イチ。 私は絵を描くからわかるの。 色を使うからわかるの。 視覚にだまされては駄目。 見えるからわからないの。 もし、全ての人だモノクロでしか見えなかったら、真実は見えるかもしれないかも」

イ チ「真実」

マリア 「多くの情報に埋もれた私たちにどれだけ認識できて…」

 ふたり退場。「スコア」「呂」登場。

スコア 「あの女は危険だ」

呂  「どうしたんです」

スコア 「あの女はデジタルを否定して、アナログに戻そうとする危険な思想を持つ女だ」

呂  「あっ」

スコア 「あの女は『マタハリ』と呼ばれている二重スパイだ」

呂  「えっ?」

スコア 「あの女は多くの国家元首クラスの男たちと寝ている。 多くの男たちが彼女の甘い唇の虜となっている。 そして男たちはあの女にこっそり自分の秘密を話す。 ベッドの上いや、中でだ」

呂  「バイタめ」

スコア 「あの女は国家反逆罪で捕らえろ。 全てが漏れる前に…、いや、もう遅いかも…」

 「マリア」「兵士」に捕らえられて登場。

呂  「その女を国家反逆罪で連行しろ」

マリア 「私が何をしたの…」

呂  「お前はスパイだ」

マリア 「私はスパイではない。 嘘です」

 「イチ」登場。

イ チ「マリアーっ」

マリア 「イーーーチ」

イ チ「嘘だ。 君が『スパイ』だなんて…」

マリア 「私は『スパイ』じゃないわ」

イ チ「じゃあ、どうして」

マリア 「私ははめられたの」

イ チ「マリア」

マリア 「大丈夫よ。 心配しないで。 真実はひとつなんだから…」

 連れていかれる「マリア」。 拳を強く握りしめ、地面に叩きつける。 開かない拳。

イ チ「くそーっ。 俺の拳が怒りにもえる。 自分をゆるさない自分。 自分の不甲斐なさにいかる。 この拳に…」

 拳を強く握りしめ、地面に叩きつける。 そしてゆっくりとその拳を開く。 「イチ」退場 。 「オペラ」ワイドショーのリポーターの恰好で登場する。

オペラ「これがあの噂の『マタハリ』と呼ばれるスパイです」

マリア 「嘘よ」

オペラ「いままで多くの話題を振りまき、不倫騒動やスキャンダルを我々に提供してくれた彼女が実はスパイだったのです」

マリア 「私はただの『画家』。 スパイではない」

オペラ「心配しないで、あなたのオリジナルは私が受け継ぐから」

マリア 「えっ?」

オペラ「あなたは、私たちにコピーされたのですよ」

マリア 「あなたは…」

オペラ「あなたが追っていた…『情報』」

マリア 「ちくしょう」

オペラ「あなたはこれで『伝説』になれるのですよ。 よかったですね。『マタハリ』という名は永遠に女スパイの代名詞として伝説に残るのですよ『マ・リ・ア』」

マリア 「嘘よ」

オペラ「嘘かもしれない。 でも、あなたはその『嘘』に殺されるのよ。 いや、多くの人から人へと伝えられる『噂話』や『スキャンダル』になるのかも」

マリア 「なんてこと」

オペラ「ははははははははははは(狂ったように笑う)」

マリア 「気が狂ってる」

オペラ「この『人』の感情という『糸』が絡み絡ませ『怨念』となる」

マリア 「怨念」

オペラ「そう、あなたたちは私から、あの人を奪った」

マリア 「なにをいってるの」

オペラ「私はあの人なしでは生きてはいけなかったのよ。 そんなあなたたちを恨んで憎んだ。 そんな私は『糸』を紡ぎはじめた。 私は『スパイ』になって、この『糸』をはってあなたたちの『情報』を盗んだ」

マリア 「なんのために…」

オペラ「復讐するためよ。 私を捨てた男と、そして私の愛する人を奪った女に…」

マリア 「それは誰なの…」

オペラ「そんな名前はもう忘れたわ。 ただその怨念だけがこの糸の中に残ったのよ」

マリア 「そんなの逆恨みじゃないの。 あなたの『嫉妬』が生きつづけているのよ」

オペラ「私の意識はいま『デジタル』の中で生きている。 私は『スパイ』から『スパイ』だ」に…。 『情報』という『蜘蛛の糸』を使って、多くの人の『魂』をからめとり、そして… 今、多くの人々がこの『情報』の中に押し入ろうとしている。 それは皆が混沌としていて、何を頼っていいかわからないでいるのよ。 私はそこに『一本』の『蜘蛛の糸』を垂らす。 ほらそこに向かって無数の人間が群がってくるのが見えるわ。 この『糸』を登れば『希望』が見える、この『糸』にしがみつければ『生き残れる』とこの最後の『情報』という『糸』に頼って、餓鬼どもが我先に群がる。 でもね、ある時その『糸』はプツンと切れるのよ。 その光景を想像しただけで、私はわくわくするわ。 この世の果てヘ全てのものが吸い込まれていく光景が…。 全てのものが『ブラックホール』の中へと…」

 「兵士」が登場して「マリア」をつれていく。

兵士「こい」

マリア 「きゃーーーーーッ( 悲鳴) 」

 高笑いをする「オペラ」。

オペラ「彼女の魂は闇におちていく」

 暗 転。




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