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あいドル$ 4

作/KONOMOTO Satoshi


※この作品は、1992年に池袋小劇場で上演された脚本(+絵コンテ)を2014年版として追加手直ししたものです。





 第六幕/モンスター誕生


 舞台は研究所のような場所。そしてそこにはひとつの人形が登場する。それは可愛らしい人形だ。その人形が「YUKI」だ。その人形がしゃべり始める。


YUKI「一二月二十四日( 土曜日) 雪  わけもわからず多くの人が私を観ています。 わけもわからず多くの人が私の前に待っています。 わけもわからず多くの人が私の前で踊っています。 その人達は喜び、叫び、そして熱狂しています。 私を観ている彼らは、何者なの…? そして、私は誰…? 私は…、なんだか…、彼らと違う…。 そう彼らのような『肉』の塊をもっていない。 私は何なの…、私は誰なの…」


 「ルイ」登場する。彼は「科学者」の恰好で登場する。


ルイ「YUKIが目覚める…」



 「飛鳥」登場。しかし彼は「芸能レポーター」として登場する。 
                                   
レポータ(飛鳥)「何ですか、それは…」
ルイ「フランケン博士のつくった怪物とでもいいましょうか」
レポータ「怪物? 」
ルイ「そう、怪物」
レポータ「…」
ルイ「しかし、ここでのフランケンは肉の塊ではありません」
レポータ「なんですか? 」
ルイ「データのフランケンシュタインとでもいっておきましょう」
レポータ「データ? 」
ルイ「そうです。博士は人の死体を寄せ集め、そして人の型をした肉の塊を創造した。あたかも神になったように、新たな人工生命を創ろうと挑戦した。私の方は情報を集め、新たな人工生命を創ろうとして挑戦したものなのです」
レポータ「これはスクープだ」


 狂ったように研究する。そしてそこには「巨人」や「小人」のトレイダーたちの人形が飾られていた。それだけではなく多くの「人形」たちが「研究物」として保管されていたのだ。その中に「YUKI」もいるのだった。


ルイ「私はこの子らに生命を宿したいと思いましてね」


 「人形」を撫でる「ルイ」。


レポータ「あなたは神にでもなったつもりですか」
ルイ「はははははは…。君にはわからぬのか、この中から真の人類が生まれるのだよ」
YUKI「真の人類? 」
レポータ「新人類? 」
ルイ「そうさ、私の創ろうとしているフランケンはフランケンでも そんじょそこらのフランケンではないのだよ」
レポータ「なんですって…」
ルイ「それはメシアと呼ばれている」
レポータ「メシアっていう名なんですか、それは…。そいつはスクープだ」
YUKI「私は…」
ルイ「人々を永遠の幸福に導くもの…」
レポータ「…」
ルイ「それとも、永遠の絶望へと導くものかも」
レポータ「…」
ルイ「ふふふふふ…。今、この児が動いたようだ。私の言っていることが聞こえるんだよ。この児には…」


 「YUKI」を見つめる「ルイ」。


YUKI「私は…誰?」
ルイ「まったく、不気味なもんだぜ…」
レポータ「えっ? 」
ルイ「肉体を持たない、意識だけの生命体。デジタルの中で生きる究極のあいドル$…デジタル・アイドルとでもいっておこうか。それとも…」
YUKI「私…」
ルイ「人々の意識に直結して、大衆が好むあいドル$を創作することができる。いやその人の中にいる『アイドル』が、この『あいドル$』を使って自由自在に引きだせるのかも…」
YUKI「私は…」
ルイ「この児の能力は同時に何十億の人々の意識に侵入することができるということです。人々も瞬時に自分の好きな時間帯にそれを体験できる『ビデオ・オン・デマンド』による能力は世界中の人々が同じものを。神や天使や悪魔さえも『体験』できるということですよ。今まで教えられてきたものでない『体験』からくるもの。これほど多くの人々が望んでいたもの、これほど理想的な能力はないでしょうか。我々の求めていた究極のアイドル。それを我々自身が自由自在に 創りだすことができるというものなのですよ」


 朦朧としている『YUKI』の意識が目覚めようとしている。 

                          
YUKI「私は…」
ルイ「おまえは人々の集合意識が創りだすあいドル$だ」
YUKI「あいどる?」
ルイ「さぁ、行け! 多くの人々に夢を見せてやれ!」


 「YUKI」多くの人々の意識に向かって光となっていく。


ルイ「本当はおまえは虚無が創りだすモンスターだよ」


 人々の熱狂的な声が聞こえる。しかし人々は「アイドル」を楽しむのではなく、「虚無」に、虚空の世界を魅せられているのだった。そして人々は『虚』の方へと導かれていくのだった。


ルイ「きっと彼女はまだ、自分が子猫を ひとひねりで握り潰せることさえ知らないだろう」


 「YUKI」は熱狂的なファンを喜ばせる。しかしそれは人々の『バーチャルリアリティ』でしかないのだった。


ルイ「きっと彼女はまだ、自分がアリの大群を ひとひねりで踏み潰せることさえ知らないだろう」


 意識を失った人々が呆然とモニターをみている。それはそこにいる「観客」でさえもその中のひとりかと思わせるほどのものだ。


ルイ「人々は自立できなくている。何かに心の拠り所を求めている。馴れ合いを求めている。安心や心配事がなくなる所を探している。そして群れを好み、自立できないためあいドル$を欲しがるのさ」


 モニターには多様な「あいドル$」たちが高速で登場(流れて) していく。それは一瞬のサブリミナルだが、だれひとり止まることはなかった。それよりもその顔や型があたかも、ひとりの人格のようにも感じはじめる。そのモニターを見つめつづける「意識のない人々」。それは他の人形たちと同様になっていく。


ルイ「そのあいドル$の純真な心は多くの人々に触れれば触れるほど汚れていくことを知らない。そしていつか彼女たちは、自分の力に気づくだろう。ひとひねりで大量に人々を殺せることに…」


 モニターでは「ワイドショー」が始まり、「デマ」「嘘」「人の迷惑」情報操作が始まる。人々はこの情報操作に操られていく。


YUKI「ははははは…。今度は●●●( ピー音) とエッチしたことを暴露しようかな。そうそう、写真雑誌にあいつのことばらしてしまえ。皆が私を怖がっていく。まるで私を…恐れていく…怖がっていく…」


 「YUKI」ゆっくり手をひらく。


YUKI「子猫がこの手で死ぬように…。彼らも…」


 「ルイ」は「YUKI」の様子を悲しそうに観ている。それは「哀れみ」の目だ。


YUKI「そう思い出したわ。私は…」
ルイ「天使達は自分で翼を持たねばならぬのに…。そうしなければ飛び立て
   ないのに…」


 「YUKI」が狂いだす。修羅と化す。


YUKI「私はモンスター」
ルイ「文句(モンく)のスター…、モン・スター誕生」


 暗 転



 突然騒がしい音。シャッター音に、フラッシュの嵐。映像には写真週刊誌が映る。「芸能レポーター」が登場。(レポーターは飛鳥)「レポーター」マイクをもっているテレビの前で…(映像だけのシーン)


レポータ(飛鳥)「写真週刊誌によりますと、只今人気上昇の『KOUICHI』と新人あいドル$の『YUKI』が交際中とのことですが真相はどうでしょうか?」


 「吉川」登場。「レポーター」猛突進する。


レポータ「KOUICHIくん、噂は本当ですか」
吉川「そんなのデマですよ」
レポータ「しかし、二人が歩いているところが写真に撮られているんですよ」
吉川「僕と彼女は友達ですからね」


 「レポーター」前を向き聴視者に呼びかけるように。


レポータ「…と、いっていますが真相を言おうとしません」


 「吉川」小走りに歩く。それに食らいつく「レポーター」


レポータ「KOUICHIさん、本当に友達だけの関係ですか」
吉川「そうですよ」
レポータ「その彼女がどうしてあなたのマンションなんかにいくんですか」
吉川「えっ? 」
レポータ「マンションの前でキスをしたでしょ」
吉川「なに?」
レポータ「こっちはちゃんと真実を握っているんですよ」
吉川「でまだ」
レポータ「みなさん、我々が真実を握ってるのにまだ白状しません」
吉川「誘導尋問だ」
レポータ「みなさん、まだしらばっくれています」
吉川「どこに証拠がある」
レポータ「証拠などないですよ」
吉川「なに? 」
レポータ「視聴者の興味を満たせばいいんですから」
吉川「俺たちはおもちゃじゃない」
レポータ「みんな日常に退屈しているんですよ。誰かをからかうのが一番面白いと思っているんですよ」
吉川「そんなことはない」


 「レポーター」をぶん殴る「吉川」、ぶっとぶ「レポーター」。その場に立っている「吉川」。その舞台の端から「城内」と「社長」が登場。



社長「ど、ど、ドウショウ。ついにやってしまったよ」
城内「やられましたね」
社長「ほほほほほほほほ…ほんとうにもももももももも…もう」
城内「そういうことではなく」
社長「な、な、何が…? 」
城内「スケープ・ゴートですよ」
社長「何が…? 」
城内「メディアの生贄になったのですよ」
社長「生贄? 」
城内「ええ、生贄ですよ」
社長「彼ははめられたと…」
城内「そうですね。彼と『YUKI』が交際中なんてデマもいいですよ」
社長「なぜ、わかるんだ」
城内「彼の好きな娘は…亜紀だからですよ」
社長「何故知っているんだ」
城内「女の勘です」
社長「それだけでは…」
城内「亜紀を紹介したのは彼です。その時、単なる素質のある友人というより、これが俺の女だっていう印象のほうが強かったんですよ」
社長「……」
城内「彼もまだ亜紀のほうだったら、ましだったかも」
社長「まだ、やばいような気がするが…」
城内「そうね。ふたりとも潰れかねないわね」
社長「どうしよう」
城内「とにかく。静かにしていることですよ」


 「社長」「吉川」去る。「城内」と「飛鳥(レポーター) 」だけになる。


城内「うかつだったわ。メディアが生贄を欲しがるなんて…」


 「レポーター」起き上がる。「レポータ」は「飛鳥」になる(バーチャルシステムを付けている) 。


城内「おまえは、『飛鳥』」
飛鳥「……」


 しゃべらない「飛鳥」。


城内「どうしたっていうの? 」
飛鳥「……」
城内「いや、『レポーター』」
飛鳥「……」
城内「まるで脱け殻」
飛鳥「……」


 映像画面に「ルイ」が映る。



ルイ「その男はメディアに操られたマリオネット」
城内「マリオネット? 」
ルイ「その男はメディアによって洗脳された人形」
城内「人形?」
ルイ「その男はメディアにとっては道具でしかないのだよ」
城内「なんのために? 」
ルイ「大衆の欲求を満たす為の…」
城内「『欲求』を満たす為? 」
ルイ「人の『知りたい』という『欲』が『メディア』を創作した。それは現実』にはない『嘘』の世界の『怪物』だ。人の『秘密を知りたい』という『欲求』は巨大になるほど、その力は大きい。人々を巻き込み、個人の『自由』を奪い、大衆を『狂気』に誘う」
城内「飛鳥涼は大衆の代弁者」
ルイ「いや、大衆が『飛鳥涼』や『レポータ』を創作したのだよ。彼らは大衆をコントロールできると信じていたようだが、実はその逆さ。大衆の『欲』にコントロールされていたのさ。しかも、この『大衆の欲』はしまつが悪い。人の『秘密』をあばき。笑い。そして自分より下のランクへ引きずり下ろそうとしている『欲』なのだよ」
城内「あなたは…誰? 」


 その質問に「ルイ」は答えずに「飛鳥」がロボットのように答える。


飛鳥「あ・い・ど・る」
城内「えっ? 」
飛鳥「『I』『D』『L』『E』…あいどる」
城内「偶像、崇拝」


 今度は「ルイ」が答える。


ルイ「いや、なまけもの、役立たず」
城内「ひどい言葉ね」
ルイ「そう思う」
飛鳥「あい あむ あ どおーる」
城内「これが『飛鳥涼』? いや、『本当の飛鳥涼』は…『あなた』ねぇ」


 「城内」前(客席)を指さす。


城内「『飛鳥涼』など存在しなかったのよ」
ルイ「……」
城内「彼こそ、私たちが『メフィスト』と呼ぶもの」
飛鳥「め・ふ・ぃ・す・と」
城内「彼こそ、私たちが『メシア』と呼ぶもの」
飛鳥「め・し・あ」
城内「彼こそ、私たちが『イデア』と呼ぶもの」
飛鳥「い・で・あ」
城内「彼こそ、私たちが『メディア』と呼ぶもの」
飛鳥「め・で・ぃ・あ」
城内「あなたは『真実』を見つめていますか」
飛鳥「し・ん・じ・つ」
城内「あなたは『自分』を見つめていますか」
飛鳥「じ・ぶ・ん」
城内「あなたの見つめているのは『何』だったんですか? 」


 最後の質問は『客席』と『自分』に問いかけるように前をゆっくり振り向く。
 暗 転
 ゲーム終了の音楽がなる。


SE(効果音)「♪ チャララ、チャララ、チャラララ…♪」


 「飛鳥」だけがそこにはいる。ゆっくり起き上がり顔のゴーグルを外す。


飛鳥「これで『ゲーム』は終わりです。『自分自身』の『体験ゲーム』は。皆さんが見たのは最近注目を浴びている『バーチャルリアリティ・ゲーム』と称するものです。いかがでしたか、外の冒険に飽きた人達が自分の『内なる冒険』を求めて創った『ゲームソフト』の試験だったのです。そして私は『仮想現実の世界』に入っていました。そこで『わたし』は『ワタシ』に会いました。『本当の飛鳥涼』にです。しかし、その『本当の飛鳥涼』も『本当』かどうかわかりません。『何故』って。『本当、本当』と言うほど、『真実』から離れるものはありませんから。よく『狼が来たぞう、狼が来たぞう』というお話といっしょです。皆、『いもしない』狼に『恐れ、驚き…、恐怖』するのですから」


 「飛鳥」去ろうとするが、ふっと立ち止まって、「ゲーム装置」を見つめる。


飛鳥「しかし、これが『本当』に『ゲーム』なのだろうか。そして『本当』に『ゲーム』は終わったのだろうか…」


 暗くなる。再び「ゲーム」の動きだす「音」がする(リスタート)。「装置」は動き続けているのだ。そして「ゲーム」には終わりはないようだ。


SE「♪ プシュン、プヒュン、プシュン、プヒュン… ♪」


 暗 転。




第七幕/それぞれ…


「あき」は日記を読みつづける。


あき「一月一六日(火曜日)晴れ  小さい頃、僕は何になりたかったのかわからなかった。 そして、今僕は何になれるかわからない。 しかし、また何になれるかということは考えられる。 そしてそれは『自由』だ。それを考えるだけで面白い。 僕は路地裏で『自由』を見つけました。 あなたの探しているものは見つかりましたか。 僕の探しているものは…」


 「亜紀」が浮かび上がる。そして手紙を読みはじめる。


亜紀「拝啓、千草亜紀様。お元気ですか、遅らばせながら、新人賞おめでとうございます。いつもあなたのご活躍をここ沖縄から見ていて応援しています」


 舞台端に「葉流」が浮かび上がる。「葉流」は「亜紀」と対話する。「亜紀」の声と「葉流」の声がダブル。


葉流「私は故郷に帰って、もう一年になります。ここでは私はバーなどで唄を歌っています。意外と人気が合って、レコードも出す予定です。あの頃より自由にやっているので心配しないで、あの時は落ち込んだけど今は元気です。プロの世界では引退したけれども、歌には引退がありませんから。ではまたいつか、沖縄に来たらよってください。さようなら…赤垣葉流」


 「葉流」消える(暗) 。


亜紀「元気そうなんだ葉流。あっ、奈津子からだ。確かビデオにいくって言ってたけれども、結局ドタキャン。それからすぐ結婚して、オーストラリアにいったって聞いていたけど…。あいかわらず彼女は、ハードなことやっているわね。」


 舞台端に「奈津子」が浮かび上がる。「奈津子」と「亜紀」対話をする。


奈津子「ハロー 亜紀、元気。あたしは今オーストラリアよ。ジョンというダーリンと二人で ごっきげんにやっています。そして赤ちゃんができちゃいました~っ。(小声で)内緒だったけど、ダーリンとはアイドルの頃からつきあってたのよ。いろいろ悩んでた時、彼が私を支えてくれていたのが彼だったのよ。いろいろあった時、いつも私を応援してくれて、やりたいようにやらせてくれたし、温かく見守ってくれた彼に、私はこの業界への未練はなくなったの。だから、この人についていこうと決めたの。そんな理由で私はごっきげんに太陽の下で元気、元気。ここでは私達の知っている『サンタ』はサーフィンに乗ってやってきたり、泳いだりとまったく湘南のオールドサーファーかと思わせます。でも私はこのお腹の児にサンタを信じてほしいと思っています。何故なら、そのことがどれほど大切なことだということを私自身が知っていることだからです。そして、かつて『子供だった人達』が『彼ら』を見届けてあげることこそ『彼ら』にも、そして、私たちにもサンタがいることの証明になるんじゃないかと思っています。では、あなたもオーストラリアにくる時はあたしんちに電話してね。じゃぁね、バイバイ…奈津子より」


 「奈津子」消える(暗)


亜紀「相変わらず元気ね」



 「吉川」が「亜紀」の楽屋に入ってくる。「吉川」は正面を向いて「亜紀」と対話する。


吉川「亜紀」
亜紀「あっ、浩一」
吉川「亜紀、話があるんだ」
亜紀「何、そんなまじめな顔して。わかった『YUKI』とのことね」
吉川「いやぁ、あれは出来心で…はっ。ち、違うんだ」
亜紀「やっぱり、あれは本当なの」
吉川「あれはでっちあげさぁ」
亜紀「……」
吉川「俺が見ているは……」
亜紀「私信じている」
吉川「えっ? 」
亜紀「私信じているから」
吉川「そうか」
亜紀「そう。例えあなたが松田聖子にちょっかいだそうが。小泉今日子とホテル に行こうが、武田久美子の入浴を覗こうが、私 信じているから…」
吉川「えらい、言われように思えるんだが…」
亜紀「で、話って何? 」
吉川「亜紀、俺アメリカに行ってくる」
亜紀「何週間。テレビのロケ? 」
吉川「いや、長くなる」
亜紀「どうして? 」
吉川「去年、大賞をとった時思ったんだ。ここが頂点だなんて…」
亜紀「何しにいくの」
吉川「何かありそうな気がするんだ。何もないかもしれないけど。何かやらねーとな」
亜紀「芸能界をやめちゃうの? 」
吉川「いや、やめねーよ。利用できるものは利用してやる。とにかく今はここから出てみたいんだ。向こうに行ったらこっちのものよ。まぁ、アメリカは夢だったからなぁ」
亜紀「つまんないなぁ」
吉川「つまんない世界なら面白くすればいい」
亜紀「……」
吉川「何かを見つけたいんだ。何かを探したいんだ」
亜紀「がんばってね」
吉川「あぁ…」
亜紀「これからも『自分』に正直に生きたいねぇ」
吉川「お互いに…」


 「吉川」去る。飛行機音が響く。


亜紀「これからも『自分』に正直に生きたいねぇ」



 「あき」に灯があたり、「あき」登場。「あき」は日記を読み続けている。


亜紀「あら、またあなたなの?」
あき「……」
亜紀「誰なの? 」
あき「僕は『あき』」
亜紀「それはにも教えてもらった」
あき「そうね」
亜紀「あなたの事、知っているようで知らない」
あき「そうね」
亜紀「教えてくれる」
あき「そうね」
亜紀「そうねしか言わないのね。今日は」
あき「そうね」
亜紀「……」
あき「いずれ、わかるわ」
亜紀「えっ? なにが…」
あき「僕が誰かってことが。そしてあなたが誰かってことが…」
亜紀「どういうこと」
あき「そうね」


 悪戯っぽく横を向く「あき」。ふくれる「亜紀」。そこへ白い物がちらちら落ちてくる。


あき「あっ…。見て」
亜紀「えっ? 」
あき「雪ね」
亜紀「まさか…もうすぐ『夏』になるのよ。『雪』なんて」
あき「『夏』が近いのに『YUKI』が降る。まったく不吉なことだわ」
亜紀「『夏』に『雪』は降らないわ」
あき「だから不吉なのよ…。何かがおこるかもね」


 「あき」去ろうとする(「あき」のところの灯が段々暗くなっていく) 。


亜紀「まって…」
あき「えっ?」
亜紀「いや…? 」
あき「何か? 」
亜紀「まさか…? 」
あき「まさか? 」
亜紀「いや、まさか? 」
あき「いや、まさか? 」
亜紀「あなたは…? 」


 暗 転



 舞台は「意識体」と化した「YUKI」が登場する。彼女の体はもう原型を止めていなかった。「不思議な光」と「声」だけが聞こえてくるだけだった。人々の無意識の集合体に囁くように、いや 苦しむように…。「彼女」の最後の叫びが。


YUKI「ワイドショーの猛攻。人が人を裁こうとする。人が人を差別する。人が人を足蹴にする。人が人の権利を奪おうとする。あなたたちに裁く権利があるの…。あなたは…。お願い。私をいじめないでください。いじめないで…。ごめん…。いや…。ゆるして…、ゆるしてください。お金ならあげますから。ごめんなさい。もっともってきます。もっともってきますからゆるしてください。た…助けて…私を開放して…。あいドル$から開放してください。私を追っかけないでください。私の自由な翼を返して…」


 「ルイ」「飛鳥」登場。


飛鳥「なんだ。どうしたんだ『YUKI』のようすが変だ」
ルイ「いじめられている。誰かにいじめられているんだ」
飛鳥「なんでだ。彼女は架空のあいドル$。誰よりも彼女をいじめたりしないはずだ。より理想的、だれもが好む、そういう人々の創り出す意識の中で彼女は創造されたはず」
ルイ「それだ」
飛鳥「えっ?」
ルイ「どんなところにも『いじめ』はひそんでいるということだよ」
飛鳥「…」
ルイ「子供同士。親と子。親しい人たち。先輩後輩。社会構造。テレビのバラエティー。 ワイドショー。そんな人々のいじめられた意識がここに集まってしまったのだよ」
飛鳥「なに…」
ルイ「人のコンプレックスが集まってくる。劣等的な意識。いじめられる弱い意識。人を見返そうとする負けん気。そして妬みの意識など、そんなものが型作り『狂気』と化す。あいドル$の正体なんて所詮その程度のものだろう」


 辺りは暗くなり、星々が輝き始める。その中でひとりたたずむ「ルイ」


ルイ「そんな弱肉強食の中で人は果して、優しさをもてるのだろうか。人が人のエネルギーを奪い合う社会の中で人は果して、翼をもって飛び立てるのだろうろうか」
飛鳥「…」
ルイ「この『IT』は大丈夫だろうかな」


 その場を立ち去ろうとする「ルイ」。「飛鳥」その背中にむかって…


飛鳥「『IT』ってなんなんだ?」


 ゆっくり振り返る「ルイ」


ルイ「『IT』…って。それはあなたの中に最初からひそんでいるもうひとりの自分…、『インナーチャイルド』だ」


 暗 転



 舞台はにぎやかなダンスがおこなわれている。しかしその妖艶なダンスの賑やかさから、騒がしさにかわる。踊っている人の真ん中に空洞が開く。


ダンサーA「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
ダンサーB 「し…し…死体」
ダンサーC 「自殺だ。自殺だ。飛び下り自殺だ」
ダンサーA 「誰の? 」
ダンサーB 「あ…あ…『あいドル$』の」
巨人「えっ? 」
小人「おーーーーっ。あれは『YUKI』だ。なんてこった」
巨人「どうして? 」
小人「わからん? 」
巨人「近頃の若いもんの考えることは理解できん」
小人「何故だ? 」
巨人「彼女は人気があるのに…」
飛鳥「デジタル・アイドルは成功した。彼らの知らない間に『彼女』は浸透していき、まるで本当に存在しているように彼女は『スター』になっていった。しかし、その怪物は自由かってに振る舞いコントロール不可能だった。更に今は何もかも幻想の時代。多くの人々が自分自身がわからなくなっていき、それは幻想の泡のように、膨らみ弾けるのだった。」


 「亜紀」のところに灯がさし、「亜紀」が浮かび上がる。


亜紀「夏に『YUKI』が降るなんて…」


 暗 転




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